第18話 IRIS解放戦線
「みなさま。バレンタインデーはいかがお過ごしでしょうか?この配信『サンデー21』では、『IRISの生き字引』こと、藤原まなつが今週起こったIRISのニュースをお伝えします。今回のゲストは、どの男性よりもチョコレートをもらっていそうなこの方、楠本カイネさんです」
「ふふっ、過分な紹介にあずかったね。IRISの楠本カイネだ」
「ようこそお越しくださいました。IRISに届いたチョコは1000個を下らないらしいですね?」
「さすがにそこまでは無いと思うよ。990個くらいじゃないかな。よく話を盛られるからそのせいかもしれないね。それはさておき、チョコはいくらもらっても困らないよね。勉強の合間とかよく食べるんだよ。頭を使った後は甘いものが欲しくなるんだ」
コメント
:誰?このアナウンサー
:説明しよう。藤原まなつはアナウンサーモードになると別人のように清楚になる
:普段は古のスラングでしか喋れない女
:中学生とは思えんほどのネット老人
:一生原稿見て喋ってた方がいいのでは
:なっちゃんのニュース番組を見ると明日から仕事でも頑張れる
:カイネさんへのチョコの送り先はどこですか
:↑ガチ恋勢だ。連行しろ
:クイズ番組で優勝したよな、そのインタビューもするかな?
まなつ先輩のアバターは青い髪とフリルの付いた服がかわいらしい中学生という設定だが、本人はアナウンサーを志望している大学生だ。
普段はおかしな話しかたをするが、ニュースを読むときだけは口調も声色も別人のように大人っぽくなる。
「ゲストを選んだ意図をもう分かっちゃってる方もいるようですが、まずは順番にニュースをお届けしますね。ではまず最初の話題です。IRIS所属のバーチャルライバー、
コメント
:誰?
:デビューして1週間で音沙汰無くなった女子ライバー
:なんで今更?
:誰か情報持ってる?
「私やまなつ先輩がデビューした時にはとっくにIRIS公式サイトのプロフィール上だけの存在だったよね」
「そうそう、
コメント
:なっちゃんが詳しく知らないならお手上げだなあ
:『なしなし』の適当な話を真に受けちゃダメ
角田先輩のごく初期の配信について、まなつ先輩お手製の切り抜き動画がVTRとして流れる。特段どうということもない「サンドクラフト」の配信だ。IRISのサーバーを観光している。
「私たちも捜索していますが、何の手掛かりもありません。続報をお待ちください。――次の話題です。土曜日放送された『IRIS頭脳王決定戦』は番組史上最高のペースで視聴されていますね。私も参戦したんですが、隣にいるカイネちゃんに負けちゃいました」
「熱い勝負だったね。正直言うと勝ったのは運のおかげもあったよ。みんなIRISネタの問題を避けちゃったから、まなつ先輩は持ち味を発揮できなかったところがあるよね。今度は機会があれば1対1で勝負したいな」
コメント
:自然にデートに誘ってて草
:カイネはロリも守備範囲なのか
:前のクイズ番組、全員めっちゃ気合入ってなかった?
:今仲良く話しているのが信じられないレベルでバチバチしてたな
以降はクイズ番組を振り返りながらその時の心境などを解説して話を進行させた。ただし、運営から偽の賞品をちらつかされていたこと、私が医学生として看護師の日向さんに対抗心を燃やしていたことは伏せた上だが。
◇
――配信終了後、私はまなつ先輩との通話を継続し、2人を待った。
「お待たせいたしました。エリカです」
「俺が最後か、待たせたな」
待っていたのは服部先輩とエリカ、つまりクイズ番組の面々だった。そして――
「では、まなつ先輩の成人を祝って、乾杯!」
あの1ヶ月前のクイズ大会の後、私だけでなく他の3人にも『3Dモデルのお披露目優先権』が嘘であることを知らされていた。
後日に元凶である永瀬さんの愚痴を言い合ううちに意気投合し、配信外で度々話す関係となったのである。今回もまなつ先輩の成人祝いと言う名目でオンライン飲み会を開くことにしたのだ。
「まなつ先輩、無理はしなくていいですよ。私たち3人は、全員うわばみですから」
「了解、確かに晩酌配信見てると『酒!飲まずにはいられないッ!』って感じだよね」
「ところでさっきの配信見たけど、別に運営のこと暴露していいんじゃねえ?あの『ガセの永瀬』に口止め食らったわけでもねえだろ?」
服部先輩の質問に、私は缶ビールを口に運んで答える。先輩後輩の関係はあるが、もう口調は遠慮ないものとなっていた。
「さすがにそれは自重したほうがいいんじゃないかと思ってね。私たちはすっきりしても余計なヘイトを生むのは全体の得にはならないよ」
「そうだよ。私たち『IRIS解放戦線』はあくまでIRIS全体のためになることをしなくちゃ」
「まなつ先輩、何ですかそれ」
エリカが怪訝な顔つきで疑問を述べた。彼女だけは丁寧語が口癖らしく、未だに私たちにもこの言葉遣いだ。
「あたしたちのユニット名。運営に不満があって仲良くなった4人でしょ」
「何も運営に反旗を翻すわけでもないでしょうに。私たち、コラボするようになりましたけど、普段の配信活動とは関係ないですからユニット名としては賛成できませんね」
その後も他愛もない話が続いた。先日の東京への出張は正直打ちひしがれることもあったが、こうしてライバーの中に友人ができたきっかけとなったのはありがたいことだった。ローリエは何というか……まだ師匠とか先生に近い距離感で、またちょっとちがう。
原則としてバーチャルライバーは他人にその活動を気取られてはならない。だから困っても部外者には相談できない。
私について言うなら紗良が唯一の相談相手だが、それでも他のライバーの話が出来ないので話せる内容は制限されていた。だから箱の中に相談できる関係が生まれるのは頼もしいことだと感じていた。
全員ほどよく酔いが回った様子のところで、服部先輩がひとつ軽い相談に乗ってほしいとのことで話し始めた。
「俺は探偵をやってるんだが、知っての通り難事件を解決する探偵ってのはフィクションの世界の話で、現実には素行調査だの人探しだのひたすら地味なことばかりやってんだ。それで何というか、刺激が欲しくてライバーやるようになったんだが、最初は具体的にやりたいことがはっきりしてなかった。だが自分で脚本を書いてそれを演じてもらうのに興味があるんだ」
私は興味深く彼の話を聞いていた。演劇に関連することであれば私のやりたいことにもぴったりはまる。
「今、声劇のための台本を書いてるんだが、ラストシーン近くについてだ。いわゆるマフィアもので、かつて同級生で親友だった少女2人がそれぞれ敵対関係の組に入って抗争に巻き込まれて、最後は主人公が友人を殺す展開だ」
なかなか物騒な設定だな……
「主人公は親友に致命傷を負わせた後、その親友が生きているわずかな間に会話するシーンがあるんだが、頭や心臓を銃で打ち抜いたら即死だろう?なんかいい方法は無いか?」
「足とかを撃って話をしてからとどめ、じゃだめなの?」
「まなつ先輩の案でもいいんだが、致命傷じゃないから反撃を許すかもしれないだろ?それじゃあ緊迫感がない」
「それこそ探偵なんですから貴方の領分なんじゃないんですか?私たちの方が詳しいとでも?」
「エリカさんよ、さっき言った通り現実の探偵は殺人に詳しいわけじゃねえって……だからさ、即死じゃなくて1、2分くらいだけ生きてるような急所ってどっかに無いか?」
私は少し俯いて考えた後、彼に伝えた。
「
全員静まり返ってしまった。ちょっと怖がらせてしまったか。それとも引かれてしまった?
数秒間の静寂の後、服部先輩が私に尋ねてきた。
「……お前、たまに配信で人体フェチなところを見せるよな?エリカも聞いたことあるだろ」
「そうですね、この間は『解剖学的嗅ぎタバコ入れ』とかいう部位について30分くらい雑談してましたし。確か親指の付け根当たりの窪み、でしたっけ」
「どうやら、単なる趣味ってわけじゃなさそうだな」
私はちょっと迷った。だが、もし悟られても、3人なら大丈夫かも、何よりあの授業を受けてから誰かに話したくてうずうずしていたのだ。
「もっと面白い話を聞かせてあげようか。大学で『法医学』の講義が最近あってね――」
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