第11話 クイズ人狼 ペンタグラム(前編)

「でも、リアル看護師だからって撮影にナース服で来るかというと別でしょう」

「いやいや、この番組は真剣勝負って聞いてますから。真剣勝負には勝負服で行くものでしょ?」


 個人勢看護師ライバーである日向さんの登場に最初は面食らったが、撮影までのわずかな間に私たちは打ち解けていった。この空間に対戦相手同士の張りつめた空気はない。


 日向さんは真剣勝負というが、前例を見るに優勝賞品などのないお遊びの企画だ。私はというと、どうやって勝つかというより自分なりにどうやって番組を盛り上げるかを考えていた。そのため司会席の三枚堂さんの発言に不意を突かれた。


「役者がそろったところで、運営長の永瀬さんから重要なお知らせです。以下は編集の際にはカットされてリスナーにはまだ秘密の情報となります。今回ゲストを除く4人から優勝者が出た暁には、そのライバーに3Dモデルを最優先で作成される権利が与えられます!」


 空気が変わった。


 しばらく誰も声を発しなかった。台本も何もないのでこれが本当なのか質の悪い冗談なのか、誰も判断できない。私は無意識のうちに手を握りながら司会席を見つめていた。やがて私以外の3人が辛うじて意見を発した。


「な、なんだってー!」

「この発言の真偽を推理するゲームってことか?」

「超法規的措置というわけですね」

 

 私たちにとってはまたとないチャンスだ。3Dモデルは作成に数か月を要する上に、作成できる人材も資金も不足していて、多くのライバーが年単位で順番待ちをしている状況なのである。発言の真偽はやや気になるところであるが、本当であれば優勝を狙うのに理由はない。私は自分の握った手を汗が覆うのを感じた。


 4人の視線を受けた三枚堂さんは一切その笑顔を崩さない。それを見た私たちは、次にその視線を静かに五角形の中心に向けた。状況を楽しそうに観察していた日向さんも後に続く。


「ではいよいよ開始となります。前半は、『クイズ人狼 ペンタグラム』」


 三枚堂さんがルール説明を始めたが、私は既に知っていたので耳を傾けず、集中を途切れさせないよう心構えをしていた。事前の資料で知ったのではない。10年以上前から知っているのである。


 かつてあるテレビ局でこの名前を冠したクイズ番組がコアな人気を獲得した。バラエティ番組らしからぬ心理戦が楽しめるという評判だったが、ルールが難解であったために視聴率が伸びなかった。


 そのため短期間で番組は大きく改変されて原形をとどめなくなり、幻のクイズとなったのである。私は子役タレント時代にこの番組に出演したいと思っていたが、それはかなわなかった。まさかこんな形でその機会が訪れるとは。


「では最初の出題者は……楠本カイネ!」


 1番手か。望むところだ。


「じゃあ始めようか。この勝負、負けるわけにはいかなくなった」


 私は自分の席に表示されたタブレットを操作し始める。20以上の問題ジャンルから1つを選択すればいよいよ開始だ。表示された多数の問題ジャンルから『医療』を選択した。それは司会席に伝達され、その上のスクリーンにも反映される。


「外科手術の前に、手術チームが作業を止めて術式や患者の名前などを確認することを何という?」


 出題者である私が回答することは無い。私はほかの4人をつぶさに観察した。当然手元を覗くことは出来ないが、顔の角度や表情から書いているかどうかは判断出来た。

 

「まなつ先輩、ペンタグラム」

 

 すると、程なくしてスクリーンに彼女の解答が表示される。

 

『指差し確認』

 

 三枚堂さんが宣告する。

 

「藤原さん。不正解です」

「ちょっと!最初から難しすぎるよ!『○○ヨシ!』って現場猫みたいに確認するんじゃないの?」

 

 このクイズは一言で言うと、「出題者が回答者の中から不正解者を見つける」ゲームである。不正解だと思う相手に「ペンタグラム」と宣言し、思惑通り不正解なら解答者が1失点、正解なら出題者が1失点となる。出題者を回り持ちで交代しながら続けていき、失点が累積3点となった時点で退場となる。この番組では脱落者が3人になった時点でクイズは終了だ。


 私は先輩にあたる『藤原まなつ』を真っ先に指名した。普段は小動物のように忙しない彼女が、固まっていて制限時間いっぱいまで考えていたからである。


 『藤原まなつ』。チャンネル登録者数14万人。熱狂的なバーチャルライバーの大ファンであり、その熱意と知識を買われてIRIS入りしていた。口調が安定せず、なにやら不思議な台詞を言うことが多い。


 彼女はライバーであると同時にIRISの公式切り抜き動画の作成を務めている。このクイズではIRISに関する問題も多いため、なるべくそれ以外の問題で失点に追い込む必要があった。


「さらにエリカにペンタグラム」

 

 1人不正解の指名に成功すると、さらに指名する権利が得られる。黒ずくめの女性ライバー、エリカも不正解だった。


 最大で3人まで指名できるが、私はこの2人で止めた。あとの2人は正解している可能性が高いと判断したためだ。すると残る二人の解答が表示された。『タイムアウト』。正解である。そのうちの一人は当然日向さんであった。


「やっぱりそうきたか」

 

 もう一人の正解者である探偵ライバー、服部慎一が自信ありげに口を開いた。


 彼はアバターも現実の職業も探偵と公言してはばからない。アバターはキセルを咥え鹿撃ち帽を被った典型的な探偵スタイルだが、本人は顔こそ彫りの深いイケメンに分類されるものの、どこにでもいそうな服装だった。チャンネル登録者数11万人。

 

「ゲストである日向さんを後半戦に生き残らせるために医療系の問題を選んだな?彼女は俺らと違って賞品がかかってない。そういう状況ではどうしても集中力が落ちるだろうからな。後半戦の早押しクイズでは集中力が重要だから、この差は間違いなく現れる」


 さすがの洞察である。とはいえ思惑が知れたからと言って、方針を変えて日向さんを狙っても得になることはない。こうやって種明かしをしている以上、相手もそれを分かっているはずだ。詰まるところこの発言は動揺を誘うのが半分、もう半分は挑発だ。恐れることはない。


 なお、私が真っ先に医療系の問題を出した理由は正確にはもう1つあった。私自身がこの手の問題に答える事態を避けたかったためである。

 リスナーにも同僚にも医学生とは知られたくないので、その分野の問題で目立ちたくないのだ。あらかじめ出題しておけばその可能性を潰せる。


「……そろそろよろしいでしょうか。次はこのエリカが出題です」

 

 エリカ・デスパイネ。黒ずくめでまっすぐ切りそろえられた前髪。怜悧な顔つきをしている。

 鎌を携え、黒いフードを被った死神のような少女のアバターを持ち、普段は同僚ライバーの変態的行動や問題発言を斬るコラボ企画「エリカの裁判所」を得意としている。

 その際に見せる話術と法律の知識が並ではなく、本職は弁護士ではないかと噂される強敵だ。最近デビューしたばかりの後輩だが急速に人気を高めている。チャンネル登録者数12万人。


「戦国大名、織田信長を本能寺で討ち果たした戦国武将の名前は?」


 これはおそらく全員が知っているだろう。私を含め、回答者全員がすぐに書き終えた様子だ。出題者は全員が正解だと判断した場合、「SAVE」を宣言する。その通りであれば、誰か1人を自由に選んで1失点させられる。1人でも不正解であれば出題者が失点する。


 まなつ先輩が怪訝な顔をして疑問を差し挟む。


「これはさすがに簡単すぎない?」

「サービス問題ってことだろ。問題はエリカが『SAVE』を宣言したうえで誰を失点させるか……。楠本もクールで表情読めないし、頭も回りそうじゃないか。エリカ、楠本を狙ったらどうだ」

「強敵だと思ってくれるのは光栄ですよ。服部先輩」


 このクイズでは時間が許す場合、回答に直接つながらない内容に限り会話が許されている。私は心中を悟られないよう、感情を抑えた話し方に努めた。そしてエリカは会話に加わらず私たちをじっと見つめていたが、20秒ほど経過したところで突然宣言する。


「服部先輩、ペンタグラム」

「なっ……!」

「服部蔵人の答えは……、『明智秀満』!不正解です」


 これがこのクイズの恐ろしさだ。服部先輩はエリカが『SAVE』を宣言するのを読んでわざと間違えたのだ。通称『SAVE崩し』。エリカがそれをさらに読み、彼に『ペンタグラム』を宣言したのが現在の状況だ。たとえ簡単な問題であってもこのような駆け引きが成立するのがこの企画の魅力である。

 

「先輩、さっきからしゃべりすぎですよ。こちらが考えていることをペラペラと。なまじ当たっているのがまた厄介なことで。テレビや小説の名探偵気取りなんじゃないですか?『出る杭は打たれる』ってご存じありません?」


 エリカが得意の毒舌を発揮し始めた。日頃繰り広げるリスナーとのフレンドリーな会話とのギャップはかなりの人気である。冷徹な口調で発せられる的確な論調は、受ける側としてはまるで針で抉られるかのようだ。


 服部先輩は怒りを露わにしてもおかしくない状況だったが、右手で自らの頬を軽く叩き、深呼吸して据わった目つきで向き直った。心理戦で感情を露わにすれば狙われるのは必然だ。こちらも気を引き締めなければならない。

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