第2話 最終面接
あの日から2カ月ほど、灼熱とも思える夏の日差しがアスファルトを照らす中、私は東京都内某区のオフィス街に足を運んでいた。ここまで書類審査、オンライン面接を経て、IRISを運営する企業である株式会社ユーヴィア、まさにその一室でオーディションの最終面接が行われようとしていた。
ビルにたどり着いた私は受付でアポイントメントがあることを告げ、案内を受けて会社のあるフロアに到着した。基本的には受付やPCなどがある普通の事務所という印象であったが、所狭しとライバーのグッズやポスターなどが並んでいるのが特徴だった。
私は受付左側の壁に貼られているひときわ大きなポスターに目をやる。金髪ロールのドレス姿のお嬢様といった出で立ちのライバーだ。彼女は確か「
こういった情報がネット上のIRIS非公式Wikiにやたら詳しく載っていたので、東京への道すがらに一通りチェックしていた。面接対策から後々まで役に立つはずだ。
面談室のドアに立ちドアを三度ノックして入室した。面接官は3人で、そのうちの一人にお座りください、と促されて着席した。3人ともスーツは着ておらず、両隣の男性に至っては私服だ。スーツ姿の私だけがちぐはぐな印象となった。ワイシャツ姿で中央に座っている、骸骨のように痩せた縁のない眼鏡の男性だけは見覚えがある。会社のホームページに載っていた取締役の一人で、名前は確か、
面接は彼の一声から始まった。
「あまり緊張されなくても結構です。あなたの合格は決まっています」
私は動じるそぶりを見せることなく左右に目を配った。左隣の男性の瞼がわずかに開き、中央の永瀬氏に向けられたのを見逃さなかった。実際には合格は決まっていないかもしれない。少なくともこの発言は予定調和ではない。油断せず応対しなければ。
「ですから志望動機のような型にはまった質問はしません。ここまでの審査で既に分かっています。まずこの二人、藤井と斎藤が自由に質問しますのでお答えください」
永瀬氏はそう言って両隣の男性に軽くうなずく。果たしてどんな質問が飛び出すやら……
――と思っていたが、その内容はほとんどが医師や医学部に関することだった。私はあまり考えることもなく、嘘は言わず正直に、知らないことは知らないと答えた。最後に斎藤と呼ばれた左隣の男性から来た質問に、私は内心うんざりしながら答えた。
「ぶっちゃけ医学部ってどのくらい難しいの?」
「……他の学部で例えるなら東大と京大の間くらいですかね。私の大学はそうです。他も旧帝大以外の国公立はだいたいそんなものかと……あの、よろしいですか?ほとんどオーディションと関係ないような気がするんですけど」
そこで永瀬氏はようやく口を開いた。
「これは失礼しました。何せ『医者の卵』が企業勢の応募に来るのはこれが初めてでしてね、我々もたいへん興味深いのですよ。配信のノルマなどと両立できるのか、医師になっても続けるつもりなのか、なんかがね」
成程、そういう意図なら想定内だ。
「医学部での学生生活については十分に可能であると考えています。私の大学でも多くの人はサークルに所属していますし、運動系は今も西医体という医学生の体育大会の練習に汗を流しています。ただし実習が忙しい時期というのはございますので、それに合わせて一時活動頻度を落とさざるを得ないことはあるかもしれません。医師との両立については……申し訳ないのですが医師になっても配信を続けていくのかはまだはっきりとは決めていません。できるかどうかについても確信はありません。医師がそんな軽い仕事ではないことは自覚しているつもりです」
私の言葉に反応して右側の席の男性が食ってかかった。
「では数年で辞める可能性もあると?」
「え、ええ……」
「藤井君」
永瀬氏が再び男性を制した。
「それでもかまいませんよ。ウチは別にゴールでなくてもいい、他の目標へのステップにしてくれていいと内外に公言してますからね。バーチャルライバーという言葉が出来てからまだ3年も経ってない。一生を賭けるだけの職業にはまだなれていないと私も思っています。私からは最後に1つだけ、質問させてください」
一瞬の沈黙が流れた。
「医師とライバー、どちらかしか選べないとなったら、どうしますか?」
この質問は想定内だ。しかし想定内の質問で唯一、自信のある答えを見いだせなかった。私の心は正直に言うとこちらに傾いている。しかし本当にバーチャルライバーが私の望みなのかまだ分からない。とはいえこれはオーディションだ。ライバーときっぱり言い切ってしまうのは簡単だが……
そうして俯いて考えていると、ふと紗良の顔が浮かんできた。私は顔を上げた。
「……まだわかりません。もちろん志望してここに来たのですが、医学部もまだ、帰る場所だと思ってます。学生の間は考えさせていただけませんか――」
面接が終了し、その場が解散となった後、藤井と呼ばれた男性が永瀬に尋ねた。
「永瀬さん。合格が決まっていたというのは本当ですか」
「最後の質問に『ライバー』と断言したら、落とすつもりだった」
藤井は目を丸くして永瀬を見つめた。このワンマン上司の採用基準はいつまでたっても理解できない。
「IRISも軌道に乗ってます。役者の経験があると言っても、今さら配信未経験で辞める可能性の高い人間を採用する意味はありますかね?」
「藤井君、『スマイル』の取り合いではコーテックスには一生勝てないよ。『袖なし』の求心力は増すばかりだ。ウチはコーテックスとは異なる視点から人材を募らなければ。とはいえ彼女にはなるべく早く戦力になってもらいたい。もう1人最終面接に進んだ女性、彼女は『スマイル』だったね?」
藤井は今度は意図を呑み込めたようで、頷きながら答えた。
「了解致しました。準備を進めます」
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