第15話 噛み合わない会話
「くしゅん」
部屋に戻り、侍女がサラサンの髪を布で拭いていると彼がくしゃみをする。
「寒いですか?」
メルデルが思わずそう聞くと、サラサンが首を横にふった。
「大丈夫よ。まあ自業自得だから。あなたはもう下がっていいわ」
不安そうな顔の侍女だったが主に命じられば下がるしかない。
「あとは私が代わりにするから」
手を出していいのかわからず傍観していたメルデルだが、侍女にそう言って布を渡ししてもらう。すると彼女は安堵したのか表情を和らげると退出した。
サラサンの髪はまだかなり湿り気を帯びており、迷ってる場合ではないとベッドに腰かけている彼の髪を拭き始めた。できるだけ優しくしようと布を動かす。
「あら、ありがとう。嬉しいわ」
ふいに顔を上げられ、色気のある青い瞳とかち合って、メルデルは慌てて視線を逸らしてしまった。彼はふふっと笑った後、急に真顔になった。
「メルデル。さっき、ジャミンと何を話していたの?昔話ではないのでしょう?」
顔を逸らしたままの彼女に、サラサンが問いかける。
声は少し硬く、メルデルは手を止めると彼を見つめた。
「私には言えないこと?」
湿り気を帯びた金髪の隙間から、青い瞳が彼女を貫く。
悪いことなどしていないのに、何やら胸がもやもやとした。
--ジャミンの問い。あれは話してもいいのだろうか?あのような問い。不敬に思われるかもしれない。
今は執事であるが、ジャミンは幼馴染で友人でもある。彼の真意はわからなかったが、彼女を心配している気持ちは理解できた。
「やっぱり言えないこと?もしかして告白されたとか?」
「は?告白?何をですか?」
「告白って言ったら、気持ちを伝えることしかないでしょう?」
「気持ちを伝える……。まあ、心配されていたみたいですが、告白という感じではないですね」
「そう、告白じゃないのね?だったら、何を話していたの?」
「……王宮の生活について聞かれました」
「そう?本当に?」
「はい」
--嘘ではない。妃として幸せか、それは王宮の生活に不満がないかということだ。嘘はついていない。
メルデルは自身にそう言い聞かせて、疑惑の目を向けるサラサンに答えた。
けれどもそれで引き下がる彼ではなかった。
「……嘘じゃないと思うけど、何か引っかかるわ。メルデル。私に隠し事はしないでくれる?気になって調べたくなるから」
「調べるって、また間者ですか?」
「ち、違うわよ」
やや動揺しながら否定されるがそれが、逆に怪しく思われた。
「もしかして、まだどこかに間者が潜んでいるのですか?」
「………」
サラサンは目をそらして答えない。
--ということは、潜んでいるんだ。まったく、なんで、まだ。
「では、間者からお聞きください。私とジャミンが何を話していたのか」
「メルデル!」
「髪を拭きますね」
間者がまだ屋敷にいるということは信用されていないこと。
それが彼女を苛立たせる。
けれどもサラサンの髪はまだ完全に乾いておらず、メルデルは再び彼の髪を拭き始めた。
むっつりした顔になってしまった彼女にどう話しかけていいかわからず、サラサンは口を閉じるしかなかった。
☆
「お兄ちゃん。殿下がものすごい勢いで湯浴みの部屋から上がったみたいなんだけど、知ってる?」
「ああ、知ってる。殿下に会ったからな」
「え?殿下はお兄ちゃんに会うために急いでいたの?」
少し癖のある赤毛を揺らしてジュリアは興奮してジャミンを見上げる。
「そんなわけないだろう。俺がメルデル様と話していたから気になったんだろう」
「メルデル様と?お兄ちゃん、まさか告白したの?」
「するわけないだろう。ちょっと確かめたいことがあったんだ」
「確かめたいこと?何?」
妹の問いに兄は答えなかった。
けれどもその茶色の瞳は何かを決心したように輝いていて、ジュリアは少しだけ嫌な予感がした。
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