第14話 赤毛の執事の問い
食事を終え、湯浴みをする。
メルデルの実家には、湯浴み専用の部屋があり、石造りで、湯船まで用意されていた。根っからの王子であるサラサンは王宮から連れてきた侍女を伴い湯浴みをする。王宮でもなんども見てきた光景なのだが、メルデルの胸がチリチリと痛み彼らの背中を自然と目で追っていた。
するとサラサンがくるりと振り返り、一緒にどう?と誘う。
「と、とんでもないです!」
「ふうん。じゃあ、侍女にいつものように洗ってもらうわね」
意味ありげに微笑まれ、メルデルはいい気分はしなかった。けれども一緒に入るという選択はできずに返す言葉を飲み込む。
「冗談よ。そんな顔されたら侍女なんて連れて行けないわ。あなたのそういう顔、見れただけでも嬉しいわ」
「で、殿下?」
ーーそういう顔?
どんな顔をしていたのかと彼女は自然と自分の顔に手を当てる。
「ふふふ。じゃあ、湯浴みをしてくるわ。着替えは手伝ってもらいたいからやっぱり侍女を連れて行くけど、変な想像しないでね」
「へ、変な想像なんてしません!」
「冗談よ。私はあなた以外に興味ないから」
真っ赤な顔で返したメルデルに妖艶に微笑み、軽く手を振り、サラサンは湯浴みの部屋に入っていった。
屋敷の中は自身で案内したいと彼に付いてきたが、このまま部屋の前で待つのも手持ちぶさだったので、図書室にいくことにする。
王宮の図書館には十分すぎるほどの本が揃えられていたが、お茶に関する本は実家の図書室の方が専門的だった。
何度も読んだ本ばかりなのだが、明日からの視察で粗相があってはいけないと、彼女は知識のおさらいをしようと廊下を歩く。
「メルデル様」
「ジャミン」
すると、幼馴染で赤毛の執事に声をかけられ足を止めた。
「少しお時間いただけますか?」
「ここでいいなら」
男性として過ごしていた頃なら、ジャミンと二人きりで執務室で話をしたりしていたが、 女性としては異性と二人きりで部屋に入るなどありえなかった。すでに妃になったメルデルは当然のことで、短くそう答える。
眼鏡の奥の茶色の瞳が迷うように何度が瞬きしていた。
メルデルは視線を逸らさず、彼を見つめる。
幼馴染であり、気晴らしに馬で一緒に遠出をしたりしたこともあった。距離ができたのは、2年前16歳の時で、彼女が誘っても二人きりで遠出にいくことなどなくなっていた。物思いにふけることが多くなったのもこのころだ。
執事見習いとして態度を改めたいと、言葉使いも変わった。
そんな幼馴染は、ベッヘンと同じように黒いジャケットを羽織り、その赤い前髪はきちんとなでつけられいる。
執事として遜色のない姿に、メルデルは目を細めた。
「メルデル様。あなたは今幸せですか?」
ふと予想外のことを聞かれ、思考が止まる。
ーーどういう意味だ?幸せ?
「妃の立場はお辛くないですか?」
「そんなことはない」
彼女が答える前に、次の質問が放たれ、それに関しては反射的に答えた。
「確かに女性として、しかも殿下の妻として振舞うのは大変だ。だが色々学び、妃として責務を果たしているつもりだ」
「責務、ですか?」
「ああ」
ーー当然だ。それは領主の時と変わらない。自身の立ち位置を把握して、問題なく責務を全うする。それが私がすべきことだ。
メルデルの答えにジャミンは小さく息を吐く。
「お前の求めた答えとは違ったか?」
領主時代と同様に彼女は彼に問う。
「ええ、違います。やはり、私は真相を突き止めるべきだと改めて思いました」
「真相?どういう?」
「あら?二人で立ち話?私も混ぜて一緒にお酒でも飲みながら話さない?」
メルデルが追及しようとしたところ、背後からサラサンがいつもの調子で声を駆けてきた。
「殿下。申し訳ありません。懐かしさのあまり、ひと時の間、昔話をしておりました」
彼女よりも早くジャミンがそう口にしたので、驚きしかなかった。しかも昔話などはしていない。
ーーどういう意味だ?ジャミン?
そう問い詰めたかったが、湯上りのサラサンをこのまま突き合わせるわけにはいかないと、メルデルは言葉を飲み込んだ。慌てて上がってきたのか、彼の金色の髪にはまだ水滴が張り付いていて、追いかけてきた侍女が慌てていた。
「ふうん。そうなの?余計に興味があるわね」
「殿下。一旦、部屋に戻りましょう。風邪を引いてしまいます」
水滴が肩にぽたぽたと落ちて、夜風に当たって風邪を引きそうだった。
「メルデルがそう言うなら部屋に戻ろうかしら。当然、一緒に戻りましょう」
「はい」
自身も湯あみをしたいという気持ちもあったが、それより先に彼を部屋に戻すべきだとメルデルは返事をする。
「じゃ、ジャミン。またね。今度ゆっくり話を聞かせて頂戴」
「喜んで」
赤毛の執事は柔らかく微笑むと頭を下げる。
メルデルにはその笑みが胡散臭く見えて、思わず顔を顰めてしまった。
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