第2話 初のお披露目



女性としてのマナー、たしなみなど一切学んでこなかったメルデルにとって、妃という立場は困難だった。しかし、男性として、伯爵として過ごしてき経験は無駄にはならず、特に社交の場では役に立つことになる。


「緊張してる?ドレスって大変なのよねぇ。体はきつくない?」


 結婚して初めて、パーティに参加することになった。

 それは第一王子の誕生日を祝うもので、第二王子サラサンの妃として公式の場に出るのは初めてになる。

 髪は短いままであったが、髪飾りを使い結い上げているようまとめ、ドレスはサラサンの瞳に会わせて青色を基本に純白のレースを重ねて、歩くたびにふわりとドレスが揺れる。

 靴も足に合わせるというよりも形を重視したもので、踵が少し高く、美しいが実用性はまったくない長時間ははいていられないような小さな靴だった。


「メルデルがこうしてドレスとか身につけてると、本当、ドレスなんてつけなくてよかったと思うわ。ごめんなさいね」

「殿下。謝ることではありません。私は妃になったので当然です」


 これも仕事のうちだと思い、きりっと表情を正すとサラサンは少し困ったような微笑を浮かべた。


「どうかしましたか?」


 何か不興を買うようなことをしたかと思ってメルデルが尋ねてみたが、彼は曖昧に笑うだけで答えることは無い。

 そして彼女の手をとり歩きながら囁く。


「とりあえず、私たちの出番が終わったらとっとと退出しましょう。新婚の私たちを引き止めるものなどいないわ」

「新婚……」


 彼が意味することを理解して、メンデルは少し顔を赤らめる。


「やーね。一般的な意味なのよ。私たちは部屋にもどったら着替えて飲みなおしましょう」

「はい」


 二人は夫婦というよりも友人関係の延長のような日々を送っている。

 もちろん、部屋の外に出ると彼の妻として、妃としてその役割を全うするように心がけるが、部屋の中では以前のように女性用ではなく男性用の部屋着を身につけて、昼はお茶、夜は二人で晩酌するのが日課になっていた。

 婚姻の儀を行ってから1ヶ月。

 夜は同じベッドで寝ているが、何もない。

 サラサンが日増しににベッドの右端によりつつあるので、メルデルは彼がいつか落ちないか気になってしまって、自身がソファに横になると提案したが、却下された。

 そんな訳で毎晩、メルデルはサラサンにもう少し自分のほうへよってくださいとお願いしている日々だ。


 サラサンは早々と退出するといったのだが、公式の場に初めてということで、二人の元へひっきりなしに人が集まってきた。

 それは本日の主役の第一王子とその妃の存在を薄らせるには十分で、メルデルは二人から特に妃からよせられる視線が気になった。

 ちらちらと第一王子たちの様子を窺う彼女にも気がつき、サラサンは少し息を吐くとメルデルを抱き寄せた。


「メルデル。ごめん。ちょっと我慢して」


 囁きとともに濃厚な口付けをされ、メルデルは頭が真っ白になってしまった。

 突然のことに、周りにいた貴族たちも呆気にとられているようだ。


「アー我慢できないわ。なんて可愛いのかしら。ちょっとごめんなさいね。ここでお暇させてもらうわ」


 誰も何も反応をできないことをいいことに、サラサンは驚いて固まったままのメルデルを抱いたまま、さっと広間から姿を消す。

 注目の二人が消え、我に返ったものたちは騒ぎだす。

 しかし、サラサンならこういう風に人を仰天されることは稀ではなく、すぐに騒ぎは収まり、本来の主役である第一王子の元へ人が集まり始めた。



「ごめんね。本当。怒ってる?」


 広間から早足で部屋に戻り、扉を閉めてからサラサンはメルデルを解放した。


「怒ってなんていません。ただ驚いただけです」

 

 実際怒りなどはうかばなかった。

 驚き、そして羞恥心が沸き起こり、やっと冷静になった今、メルデルは口付けされた感触などを思い出し、彼から目をそむけてしまう。

 18年間、男として生きてきた。

 女性から迫られたことなどはあったが、一方的でさすがに襲ってくるような女性はいなかったので、男女ともにあのような口付けをされた経験は初めてだった。


「メルデルはとても甘いわね」

「甘い?何かしでかしましたか?」


 甘いといわれ、行動に何か隙があったのかと首を捻る。

 するとサラサンは笑いだしてしまった。


「本当、面白いわ。さあ、着替えましょう。侍女を呼ぶわ。先に着替えておいて」

「あの、殿下。お気遣いは無用です。ささっと着替えるので、部屋を出なくても」


 メルデルは王子に気を使わせたらまずいと思って、そう口にしたのだが、サラサンが眉を顰める。けれどもそれは一瞬で、すぐに微笑んだ。


「私が気にするのよ。あと何かおいしいお酒を調達してくるわ。ゆっくり湯浴みでもして待っていて」


 彼は言い募ろうとする彼女を制するとさっさと部屋を出て行ってしまった。


「殿下にまた気を使わせてしまった。これじゃまずいな」


 独り言はいつもの癖で男言葉だ。油断をすると男言葉が出そうになるので、彼女が極力丁寧な言葉で話すことを心がけていた。


「本当。恩をあだで返しているみたいで、だめだな。何か役に立たなければ」


 せめて妃として立派に務めあげたいと心に決め、拳を固めていると扉が叩かれる。

 サラサンが戻ってきたのかと思ったら侍女で、メルデルは少しだけがっかりした。



 

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