私だけがいないハッピーエンド

ボブジョンソン

第1話 ヒロインは杏璃

 ハッピーエンドは嫌いだ。主人公たちにとって都合のいいお話。少なくとも全員が幸せなわけではない。それをただ笑顔で終わらせられないのは私の今まで生きてきた世界が単純ではなかったからなのか。単に私がひねくれて生まれてきてしまっただけか。違うな。私がきっといつもハッピーエンドの中には含まれない人間だっただけだ。

 この物語は私が幸せになって終わるようなそんな甘いお話じゃない。それでも私が唯一笑顔で終われる物語。結局私の自己満足だけど、それでもただ君に捧げたい物語。


 私の名前は佐伯 泉香(さえき せんか)。私は平凡な見た目で人に少し冷たい、別に得意なこともない、特別不幸なわけでもないし、幸せでもない、ただ私が語り手である以上この物語の主人公は私だ。でもこの世界の主人公ではない。なぜならこの世界には既に完璧な主人公がいるから。この世界の主人公は天野 杏璃(あまの あんり)。大きくて少し垂れた丸い目、はりのある綺麗な肌に少しぽてっとした唇、たぬき顔というのが1番近い表現だと思う。それから長くて艶のある少し明るい茶色の髪の毛、可愛らしい仕草、誰にでも優しい性格、これ以上のヒロインなんて他にはいない。そんな杏璃は私の幼馴染。そして杉田 楓(すぎた かえで)という男も私の幼馴染。誰とでも仲良くなるような明るい奴、サッカー部で、まあ簡単に言うと陽キャ。高校2年生になってもそんな2人と今日も一緒に登校している。今日も杏璃は可愛く笑っているし、楓はそんな杏璃を見つめている。男女の幼馴染なんてそんなものだろうと割り切ってはいる。私も今日のクラス替えでは正直楓と同じクラスになりたいと思っている。学校について3人でクラスを確認すると

 杏璃「また3人クラス離れちゃったね。去年仲良かった子とも離れちゃったぁ。」

 楓「またか、残念だなぁ。まあ来年に期待」

 楓が残念だと思ってるのは3人で同じクラスになれなかったことじゃなくて杏璃と同じクラスになれなかったことだって気づいてしまってる自分がいる。それでも

 泉香「そうだね。杏璃、新しい友達出来るといいね」

 なんて思ってもないことを言ってみた。それからなんとなく会話を続けて自分の教室にやっと辿りついた。自分の座席を確認して自分の席に行こうとすると、男子が私の席で寝ていることに気づいた。一応、もう一度座席表を確認してみて間違っているのは確実にあの男子だということを再確認して

「そこ、私の席です」

 と肩を叩きながら言った。

 ?「え?じゃあ俺の席どこ」

 寝ぼけた声で言われて少しいらつきながら

「わかるわけないでしょ。名前も知らないのに」

 なんて冷たく返してしまって、またやってしまったと少し後悔していたら突っ伏していた顔を起こして

 ?「長谷川 紫陽(はせがわ しゅう)」

 泉香「は?」

 紫陽「だから名前、長谷川 紫陽だって。それで俺の席は?」

 泉香「私に座席確認して来いって言いたいの?」

 紫陽「まあそうなるか」

 泉香「何様だよ。寝ぼけてんの?」

 紫陽「ちょっとだけ」

 泉香「じゃあ目覚ますために自分で歩いて座席表確認してくれば」

 すると黙って立ち上がって張り出されている座席表を見に行った。今になって複数の女子から集まっていた視線に気づいた。

「紫陽君に馴れ馴れしすぎじゃない?」

「今年は佐伯泉香と同じクラスかよ」

 まあこんなのはいつもの話だ。目立ちやすい杏璃と楓と一緒にいるのもあるし、何より私は2人の仲を邪魔する立ち位置になっているらしい。そんなの私が一番よくわかってるのに。なんとなく虚しくなってさっきの男子みたく顔を突っ伏して寝ることにした。そしたら肩を叩かれて顔をあげると

 紫陽「ねぇ、ねぇ、俺隣の席だったわ」

 嘘くさい癪に障る笑顔で言われて

 泉香「そりゃよかった」

 私も気持ち悪い笑顔で返してやった。

 紫陽「良い性格してんね。泉香ちゃん。泉香ちゃんが隣ならこれから学校生活楽しそうだし、ちゃんと学校来ようかな」

 泉香「私が隣じゃなくても学校くらい来い。てかなんで急に名前呼びなの」

 紫陽「1年の頃はほとんど学校行ってなかったんだよね。そして自分の席確認するついでに泉香ちゃんの名前も見てきたの」

 泉香「そういうことじゃなくて、急に名前呼びなのがチャラいって思ったの」

 紫陽「仲良くなりたいっていうアピール?みたいなもんだよぉ。泉香ちゃんは杏璃のお友達だしね」

 紫陽がまた笑いかけてきた。

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