第一章

知夜のおねがい

 二〇二三年、四月六日。俺は、初めて彼女ができた日の事を、生涯を終えるまで忘れる事はないだろう。俺、白崎蒼は、この日初めて彼女ができた。


「私と付き合ってください!」


 場所は、通っている高校である愛川高校の校舎裏。今まで、普通だった景色が色鮮やかに見えた。目の前にいる女性は、隣のクラスにいる黒井知夜。綺麗な黒髪の長髪で、同じ学年内でも、男子の話題に上がるほど、美しい女性だ。特にかっこよくもない普通の男子である俺に、知夜さんが告白して来ている。これは、夢なのか。自分をつねってみよう。


「痛!」


「何しているのですか!?」


 俺の突然とも言える行動に知夜は、驚いた。すまない、夢だと思った。だけど、試しに、手の甲をつねってみたが、目が覚めない。どうやら、これは、現実で間違いない。


「え、えっと、よ、よろしくお願いします」


 お、落ち着け俺、現実だと認識した瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がっているのを感じる。さっきまで、涼しかったのに、頭のてっぺんから、足のつま先に至るまで体が熱い。


「よろしく、お願いします!」


 その声が聞こえた瞬間、手が握られた。温かくて、優しい気持ち包まれているような感覚になった。顔を上げてみると、その顔は今まで見た中で、一番可愛いと思えるぐらい笑顔。そして、この瞬間、俺は知夜のことを好きになった。


「れ、連絡先交換しましょう」


 好きだと、認識したら、さらに鼓動が高まり、言葉使いもおかしくなった。自分にだけ、冷水をかぶって頭を冷やしたい。そうじゃないと、冷静になることは、無理だ。


「うん!」


 再び、知夜は笑顔を見せた。緊張で震える手を何とか抑えて、知夜と連絡先を交換する。その時、知夜の手が震えている事に気づいた。


「緊張している?」


 おい、俺、考えてから口に出せ。好きな人との連絡先交換、緊張するのは、当たり前じゃないか。もっと、他に言う言葉があっただろ、「連絡先交換してくれて、感謝する」とか。なんか、これも言葉遣い、おかしい気がする。なんか、わからなくなってきた。思考回路が、パンクしそうです。


「べ、別に緊張なんか、してない! うん、してない!」


 知夜の図星をついてしまったようだ。あからさまに動揺をしている。災いは口の元とは、これの事だろう。俺の口と脳が悪さをしてしまって、本当にごめん。


「わ、私、用事思い出しちゃった! また、明日ね!」


 知夜は、そう言うと全速力で、その場から走り去った。やってしまった気がする。俺が、あんなことを言わなければ、もう少し会話できていたはずだ。


「ご、ごめん!」


 急いで謝ったが、俺が言葉を発した時には、知夜の姿は見えなくなっていた。携帯を開いて、知夜に『変な事、聞いてごめんなさい』と連絡を送る。緊張感が取れて、体が脱力した。地面に座り込んで、知夜の連絡先を眺める。


「俺に彼女なんて、夢みたいだ」


 この日、俺は人生で初めての彼女ができた。不思議な高揚感と嬉しさが混ざり、今まで経験したことない感情になる。この気持ちは、老人になったとしても忘れることないだろう。



 初めて、彼女ができて、数日が経った。人生で、初めて彼女ができると嬉しくて、ずっと携帯を開いている状態に陥る。基本学校の授業を受けている時間以外は、携帯を開いて知夜と連絡を取り合っている。知夜の返信速度も早くて、授業の合間にある短い休み時間にメッセージを送ると、一分以内には、返信が来ている。


「知夜さん、返信速度が早いなぁ」


「なぁ、蒼!」


「うわぁ!」


 知夜にメッセージを送るのに、夢中になっていると、突然後ろから肩を組まれた。こんな絡み方をしてくるやつは、一人しかいない。


「遼か、どうしたんだ?」


 振り向くと、俺の予想通り青木遼がいた。中学からの腐れ縁であり、高校生活の二年間も同じクラスだ。高校に入ってから、髪を茶髪に染めて、高校生活を満喫している。その茶髪が、遼の顔つきと性格に似合っているのが、うらやましい。俺が茶髪に染めても、髪色が浮いて、不格好に見えるだろう。


「今日、放課後、飯食いに行こうぜ!」


 どうやら、気になる料理があるみたいだ。遼は、度々気になる物があると、俺を誘って来る。一人で行くのが、怖いらしい。俺は、保護者か何かなのか?


「ちなみに、料理は?」


「春限定、桜ラーメン!」


「行こう!」


 そんな疑問は、料理名を聞いて、すぐにかき消えた。即答で返事する。春限定の桜ラーメン気になる。味は、どうなのだろう。どんな、盛り付けなのだろう。楽しみが、頭の中を巡っている。ラーメンは、料理の中で一番好きだ。


「よし、じゃあ放課後、帰るなよ!」


「あぁ、帰らないよ」


 遼は、そう言うと自分の席に戻って行った。桜ラーメン、楽しみだな。あ、これ知夜に教えとこう。


『今日の放課後、友達とご飯食べに行って来る』


 知夜に、メッセージを送る。今までのやり取りから予想すると、『ずるい!』や、『今度一緒に食べて行こう!』とか、うらやましがる、メッセージが来るに違いない。


「あれ、既読が付かない」


 そんな俺の予想は、裏切られた。いつもなら、一分以内に既読が付くのに、付かなかった。その時は、忙しいだけだと思っていたが、返信が来たのは、放課後になってからだった。


『行ってらっしゃい』


 知夜は、いつも明るく話している感じが伝わるほど、嬉しそうな返事が返ってきていた。しかし、この時の返信は、素っ気なく感じてしまうほど、冷たく感じる返信だった。



「いやぁ、美味かった。桜ラーメン! ピンクのナルトが大量にあるなんて、幸せだ!」


「俺、桜ラーメン頼んだのに、普通のラーメンが来た」


「ははは! あれは、面白かった! 蒼って間違えられたり、ぶつかられたり、変な目にあうよな」


「昔からだよ。家族からは、不幸体質って言われている」


 放課後、一駅電車に乗って、近くにあるショッピングモールで、桜ラーメンを食べに行ったはずなのに、俺に出されたのは普通のラーメンだった。わざわざ、返品するのも、申し訳ないと思い、自分の分は食べて、チャーシューと引き換えに、遼から少し桜ラーメンを分けてもらった。確かに美味しかった、もう一回食べに行きたい。


 遼と話している間に、駅へ辿り着く。


「やべ、俺この電車だわ」


 遼は、駅のホームから見える電車を見て慌てて走り、改札口を出た。


「蒼、また明日な」


「おう」


 遼は、駅のホームを走って電車に飛び込む、電車の中で、俺に向かって大きく手を振った。遼、自分の周りを見ろ、同じ乗客に距離をとられているぞ。遼の中にあるはずの羞恥心というのは、成長する過程で、どこかに落としてきたらしい。


「じゃあな」


 俺が、手を軽く振っている間に、遼が乗せている電車が発車する。次第に、電車の姿が見えなくなった。


「ん?」


 携帯の通知音が聞こえた。開いてみると、知夜からメッセージが来ている。


『ラーメン美味しかった?』


 メッセージを見て安心した。ただ、さっきは機嫌が悪かっただけか。


『美味しかったよ』


 メッセージと一緒に食べる前、撮っておいた、ラーメンの写真を知夜に送る。


『美味しそうだね』


『今度食べに行こうよ』


『うん』


 まだ、少し機嫌が悪いのか、どこか素っ気ない気がするが、気にしないことにした。普通に返信してきているから、大丈夫だろう。


『ねぇ、頼み事して良い?』


『俺に出来る事なら、何でもやるよ』


『今度から、私以外の人と遊びに行かないで』


 初めて、彼女から頼まれたことは、予想をはるか上に行く、お願いだった。

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