二章──斬裂少年

その1

「一七七五年、レキシントン。一九一四年、サラエボ。

 そして二〇年前、日本に変革の銃弾が撃ち込まれた。

 政権に不満を抱いていた一人のテロリストが放った銃弾は見事、時の首相を穿ち、死へと追いやった。そして彼は国民に示したのさ、自分達が思っているよりも遥か簡単に銃は手に入るのだと」


 放棄された油の臭気が鼻腔を刺激する廃工場。経年劣化で破損したパイプから漏れる水滴が、不定期に音を鳴らす。

 その一室、本来は荷物を一時的に保管するための貯蔵庫であったはずの最深部に男達は集合していた。

 一人は集団と向き合うポロシャツを纏った男性。特筆すべき要素に乏しく、平凡の二文字が相応しい。

 対峙する集団の服装は多種多様。思い思いの防弾チョッキや防弾仕様の服を装着している。共通項を見出だすのも困難だが、強いて言えばその手に握られているのが、日本では自衛隊にしか持つことが許されない短機関銃であることか。

 そして、饒舌に舌を動かすもう一人。


「そこからは素晴らしき連鎖だ。傑作が生まれた後に模造品が乱立するように、北は北海道から南は沖縄まで。全国各所で銃犯罪のオンパレード、積み上がるは屍の山。

 まさにバブルさ、外国からも違法武器商人が機関銃や狙撃銃を積極的に輸入して売り捌く程に」


 大仰に腕を広げ、喜々として表情を綻ばせる男性。工場内に廃棄された箱を乱雑に積んだ山に腰を下す、薄紫のロングコートを着用した彼は上機嫌に口を動かした。

 吟遊詩人の語りが如く、平凡な男に語りかける。


「しかしバブルとは水泡の夢……如何に素晴らしき物語も、愚物が余計な手を加えることで破綻する。

 五年後の銃刀法改正……拳銃の合法化とは詰まる所、余計な設定だ」


 薬物汚染の酷い国では、比較的中毒性の薄い大麻を合法化することでより深刻な薬物が蔓延する事態を妨げる手法が取られている。

 日本に於ける銃刀法が今回担ったのも、抑制の観点で見れば大麻と大差ない。

 要は国の管理する合法化した拳銃と違法武器商人を介して購入する機関銃。信頼が置けるのはどちらか、という話である。


「いや、設定に理解は及んでんだぜ。西部劇ならともかく現代日本で好き勝手に銃がブッパできるのは不味いってな。

 でも脚本家としては制約を課すんじゃく、もっと魅力的な設定をだな……」

「あの、まだ続くんですか。滝飛沫たきしぶき……?」


 男が恐る恐る告げると、滝飛沫と呼ばれたロングコートの男は唐突に忙しない手の動きを止める。そして薄緑の視線だけが注がれた。

 不気味な所作に男は一歩後退るも、彼は銃を求めて廃工場を訪れたのであってご高説を聞きたい訳ではない。


「なぁ、演者はもっと設定把握に努めるべきだと思うが?」


 口を動かす滝飛沫だが、姿勢はなおも堅持されている。染色したとしか思えない、濃い緑の乱れた髪すらも揺らすことなく。

 背後に立つ男達は口々に小声で会話するばかりで、主と思われる滝飛沫の言葉を止める気配は皆無。それが平凡な男の神経を一層逆撫でする。


「演……? お、俺はここでなら短機関銃を買えるって来たんですよッ。さっさと銃を売ってもらいたいんですがッ、犯罪者無勢がッ!」


 彼の脳裏に過ったのは、無能な癖に部下の足を引っ張ることばかり得意な上司の顔。不快な豚面を蜂の巣にすべく、情報を搔き集めて有力な売人として彼の存在を掴んだのだ。

 せっかく眼前にお目見えしたのに、今更売買を躊躇われても困る。

 滝飛沫は嘆息を一つ、視線を落とす。


「……ま、物語にはモブも必要か」

「……?」


 彼の言葉に理解が及ばない。

 厳密には単語としての意味こそ理解しているが、現状に当て嵌める場合の解釈が浮かばない。

 男の理解度など知ったことかと、滝飛沫は一方的に言葉を続ける。


「取引をしようか。メデューサ」


 滝飛沫が告げると、背後に立つ男達の一人がアタッシュケースを持ち出す。

 場違いな白銀の輝きを持つアタッシュケースが開かれると、そこには濃密な死の匂いを放つ一挺の短機関銃が収まっていた。

 チェスカー・ズブロヨフカ国営会社製、VZ六一。別名スコーピオン。

 高い利便性から本国での生産が終了した現在でもライセンス生産などを通じてテロリストやギャングが好んで扱っている短機関銃の、九ミリパラベラム弾対応モデルである。

 前方に持ち上げられて銃上部に固定された銃底が、愛称の由来である尾を振り上げる蠍を彷彿とさせた。全長二七センチという小型さは男に殺傷性能を不安視させたが、滝飛沫は気にする様子もない。


「持ってみても?」

「どうぞ、弾は抜いてるけどな」


 踏み倒しを警戒したのだろうか、滝飛沫は懐へ右手を突っ込む。

 とはいえ、元より踏み倒すつもりはない。男は手に持った得物の重量や取り回しを確かめる。彼らを不要に刺激しないよう、引金に指をかける愚は犯さない。

 小型に纏めた賜物か、取り回しには快適さを覚える。


「実際に撃つのは勘弁だぞ。防音措置はしてないからな」

「いや、いいですよ。これなら多少適当に撃っても当たりそうだ」


 男は満足気にスコーピオンをアタッシュケースへ戻す。

 続けて鞄の中から封筒を取り出し、滝飛沫へ渡そうとした時であった。


「……なんだ、この音は」


 呟き、滝飛沫が視線を上げる。

 背後に構える部下も、取引相手である男も、何に対して言っているのか分からず首を左右に振る。が、彼らが音に気づく気配はない。

 ただ、滝飛沫だけは確固たる確信を抱いているのか。背後の男達へ指示を飛ばした。


「お前ら、二階から見下ろす形で展開しろ。敵は一人か……いや、にしては妙な音も混ざってるな」


 重たい腰を上げると、滝飛沫は指揮棒を握る指揮者よろしく右手を振るう。

 彼の動きに合わせてか、背後にいた男達は思い思いの得物を片手に進み、貯蔵庫を後にした。横切る男の鼓膜を揺さぶるのは、犯罪が暴露される危機とは思えぬ軽口の数々。

 彼らが半ば部屋を後にした頃、滝飛沫は取引相手であった男へと振り向く。


「せっかくのハプニングだ。試し撃ちのサプライズってのも悪くないですぜ」


 悪事が暴露される悪寒は霧散し、新たな玩具を試したい児童染みた衝動が沸々と湧き上がっていくのを実感した。

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