駛瑪家

第17話 激戦と毒

「ごめん、釉翡。私行ってくるわ」


「ん、頑張れよ」


 ひらひらと手をふると、滅茶苦茶な速さで駆け抜けていった。


「師匠どう?」


「五分五分かな」


「じゃあ共闘でもいいよね」


 白銀に煌めくメスを構え、少女は微笑む。そのまま炬羽に投擲する。そのうち一つが彼女の脇腹を掠める。彼女は座り込んだ。


「濡羽、これ毒?」


「蠱毒・灰塵を薄めたヤバいやつだよ」


「これで私が堪えるとでも思ったー?」


 にっこりと笑った炬羽が答える。しかしその笑みは濡羽と比べ、狂気と歓喜に塗られた異形の類いの美しさを持っていた。


「勘違いしてるんじゃない? 灰塵を薄めた毒だけなわけないじゃない」


「なら何をいれたっていうのかしら?」


 くす、と濡羽が嘲笑を浮かべる。いつもの彼女が見せない、見せるはずもない本性の欠片。


「濡羽、本性出てるよ」

 紗羅が呆れて忠告する。


「いつものあれも本当だって知ってるじゃん」


 師匠に軽口を返して凍裂を抜く。楽しげに構えたまま、距離を詰める━━━━と思われた。背後からで撃ち抜いた。


「は? 銃なんて何処から……」


「私が一旦退いたの、忘れてた? 本当に貴女、私のお姉さまだとは思わないけれど」


 だって、頭の作りがねぇ? と悪役ヴィランじみて嗤う。


「私の大切なひとの大切なひとを誑かして人質に取った上で姉とのたまうのはどうかと思うわ」


 飽きた、と小さく欠伸をして紗羅と帰る少女は。万能と定評のある、自身の防腐剤を2本、ぽいっと投げやる。


「一応姉貴なんだろ? 認めさせたかったらその薬で傷でも治すんだな」


 ひらひらと手を振り、去っていく少女は炬羽の何かを燃やしたようだ。


「勿論ですとも」

 ぎりりと歯噛みしつつ、防腐剤を打つのだった━━。


「ただいまー」

 釉翡に声をかけ、犁柘を起こしてやる。


「事件、終わったよ。炬羽も生きてる」


「んー? 姐さん?」


「全く、世話が焼けるな」


 ぴんっ、と額を指で弾く。痛っ!? と悶絶したのち、恥ずかしげに顔を背ける。


「あの、ありがとな。いろいろ」


「ほんとだよ。私を惚れさせる話はどうなってるのかしらね?」


 炬羽の口調をどことなく真似て言う。


「えと、それは……」


「ちょっと黙れ」


 釉翡に口を手のひらで塞がれる。ぼそ、と瑠禾に殺されてぇのか、と忠告されて青ざめる犁柘。それに対し、からからと笑い声をあげる少女。


 なんやかんやで一段落した連続殺人であったが、よく駛瑪家の家紋である鷹とアイビーが描かれた、黒と金の封筒が届くようになった。


そこでふと、思い付く。


「そういえば、師匠の名字って何でしたっけ?」彼女の瞳の白藍の光が失せている。


「私? 波涅紗羅なみねさら


 濡羽は聞いたことあるでしょ? と落ち着いて答える。なら知っているでしょうけど、と少女は続けた。


「硨畔の側仕えの家系、波涅家と鮑陽ほうはる家。この2家は今から130年前から30年前にかけて主人としての地位・・・・・・・・を争っていた。しかし、本家筋を名乗る1人の人物が現れる。これはまずいと思った2家は取り敢えず仕えるふりをしておくことにした。そして主人としての地位を争っていた者たちを追放する形でおさめた」


「何が言いたい?」


「つまり、師匠は追放された人物の子供で内部事情をおおよそ知っているらしいってこと」


「残念ながらそこまでしか知らないんだ。だから鮑陽の者に聞くしかない」


「それには及ばないよ。なんせ次期当主の双子なら何でも知っている、知ってないと困るよ」


 濡羽が苦笑しつつ、狄盧の双子━━━━桗姫と彗を招き入れた。入ってきたのは、はしばみ色の首ほどまである、ウェーブがかった髪が特徴的なそっくりの2人の男。淡黄たんおうの瞳に赤香の瞳孔が映える美少年。


「「濡羽、久しぶり!」」

 声を揃えて同時に言う。


「久しぶり、だね。桗姫、彗」


 彼女の友人、桗姫と彗。名前通りの美しさだが正真正銘の少年だ。


「濡羽に会いたかったよ」


「早く話したい」


 端的なのが彗で柔らかなのが桗姫だ。


「これが狄盧の双子……」

 瑠禾が若干戸惑っている。少女は慣れた様子で紅茶を淹れつつ、彼らと話に花を咲かせる。


「そろそろ許嫁でもできたー?」


うちは強い嫁なら誰でも歓迎」


「一妻多夫も一夫多妻もありだから濡羽もどう?」


 地味に口説き始める双子。


「どうしても結婚したかったのに貰い手がいなかったらねー」


 瑠禾に立ち入る余地は無いが内心落ち着いていられない。


「で、今日はどうかしたの?」

 桗姫が問う。


「いや、瓈由比と硨畔、狄盧の3家で駛瑪を断罪してるらしいから確認」


「いや、しようにもできないのが現状。政府高官

 も駛瑪の息がかかっているから」


「ねぇ、私の名字知ってる?」


「え? はやめでしょ。はやめ? 駛瑪……は? 嘘だろ?」

 桗姫が動揺しまくっているのを見て、少女がからから笑いだす。


「やだな、ほんとに知らなかったんだー」


「え、じゃあ炬羽って女は濡羽の……」


「そ。名義上のお姉さん」


「で、駛瑪家潰せそう?」


「無理。この3家でするのは」


「ならいいや。ちなみになんだけど。なんで今更なの?」


「それは駛瑪の家宝が欲しいからだよ」

 彗の代わりに桗姫が答える。


「それはもしかしてだけど。不朽樹ふくじゅかな?」


 不朽樹━━それは古代中国に伝わる四の厄災。その本質は決して傷つくことのない札。木製のそれは"何をしても、何年経っても"衰えることを知らない。


 駛瑪の家宝。逆に言えば、武器に転用可能な恐ろしく丈夫な札。全部で4枚。駛瑪・狄盧・瓈由比・硨畔で1枚ずつ保有する品。現在、四凶のうち凍裂と灰塵を濡羽が、不朽樹を4家が保有し、残り1つは不明となっている。


「濡羽は世界征服でもするの?」

 凍裂と灰塵の旨を伝えたら彗が呆れていた。


「しないよ?」

 はてなを沢山飛ばしている少女に桗姫が苦笑する。


「瑠禾もそう思うでしょ?」


 いきなり話を振られて困るタイプの彼はあたふたとしている。


「そうかも」


「絶対あんまりわかってないやつでしょ」


「濡羽、そろそろ俺ら帰るね。もうすぐ稽古だから」


「ばいばい」


 彗の挨拶と桗姫の言を聞いて軽く胸の前で手を振る。


「じゃあねー。瑠禾はどうする?」


「そろそろ俺も帰ろうかなぁー」


「わかった。またねー」


「うん」


 結局、炬羽のことは解決に至らなかったがまあ許されるでしょ、と心にも留めない。大きな欠伸を1つ残して布団に潜り込んだ。



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