第13話 連続殺人 其の弐

「もしもし、茉仁荼? こっちは終わったよ」


「その件ですが……また死人が出ました」


「あー、楼花残ってたもんね。釉翡に一応行かせるわ。じゃ、おつかれ。そっちにも凮雅向かわせてるから」


 ぷつん、と電話を切る。釉翡はどんな具合かなー、とふらつく足を動かした。


「楼花ってお前?」


「それが何か?」


 思ったよりも冷たい反応。敵だろうがなんだろうがたらしこんでいると思っていたが、高級妓女だけある。気位はそこらの令嬢の比ではないらしい。


「悪いけど、死んでもらうわ」


 軽く告げると釉翡が踏み込んだ。手に握られているのは長い棒状の金属。先端には刃がついており、薙刀なぎなたのようなデザインだった。くるくると回して振りかぶる。それをギリギリかわした彼女は空いているように見られる腹部に数多の針を投擲する。それを釉翡は……すべて弾いた。否、数本刺さったようだが、どれも服の端や靴だった。


「早いのね。私の攻撃は全て無駄みたい。でも、これでどう?」

 適当にぽいっ、と縛った男を捨てた。


「おー、瑠禾ちゃん。ご機嫌いかが?」


「この状況でどう思いますかぁー?」


 青筋をたててキレている。釉翡が顎をくいっ、と楼花のほうにやった。黙って瑠禾が縄を切る。糸のこで切ったらしい。


「共闘といきますかー」


 間延びした声音にそぐわぬものを持ちつつも、蒼玉は幼く笑う。


「増えたところで所詮雑魚でしょう? コシュマールではそこそこ有名なようだけど」


「男を釣るのが趣味の奴には言われたくないね!」


 瑠禾が糸のこで斬りかかる。髪先をかすめるだけで、難なく躱される。彼女の足が一歩右に動く。どかん、と爆発した。


「え?」


「わお」


 呑気な釉翡と対極に楼花は呆気に取られて、右足を見ると━━━━綺麗に反対側へとひしゃげていた。


「ざまぁみやがれ♡」

 瑠禾が愛嬌たっぷりにウィンクする。


「うわ、えぐー」

 釉翡はにこにこと笑むばかり。


「拘束拘束~っと」


 糸のこでぐるぐる巻き固め、麻袋に突っ込んだ。


「じゃ、濡羽のところ行こぉー!」


 中の少女は動揺したままに運び出されたのである。


「もしもし、ねえさん? 今、楼花持ってく。ん? 死んでない。おっけ。あとでねー」


「なんだって?」


「殺さないでなるべく綺麗に運べってさ」


「りょーかい」


 十五分後……。今時珍しい濡羽宅のドアノックを鳴らす。


「入っていいよ。裏手にまわして」


 裏手、とは地下室に通ずるドアである。主に拷問に使われる。


「やぁ。久しいじゃない? 楼花」


「あんたがここの闇医者だったのね。知らなかったわ。この間はどうも」


 皮肉げに言う楼花に、少女は笑みを零す。


「そんなに余裕なら、内情なんて教えてくれなそうだねぇ?」


「言うわけないだろうが。殺されたくないもの」


 どうやら知りすぎた者は役に立たなければどんどん切られていくらしい。


「おっけー。ま、せいぜい頑張ることだね」


 まず手始めに、両手指を切り落とした。


「こんなので言うと思ってるの?」


 黙って防腐剤を打ち込んだ。足の指を落とす。糸のこをそのままにして、放置する。


「あとは明日にしようかな。みんなでお疲れさま会しよ」


「いいねー」


「じゃ、行こ」


 彼女の末路は、如何に。


 その頃、楼花は考え事をしていた。


 彼女は、抗争孤児だった。両親も、兄妹もすべて失った、十にもならぬ少女を拾ったのは楼主だった。禿として働き、高級妓女として認められたとき。見知らぬ男に密偵スパイとして働けば、年季を短くしてやろうと言われた。


 やりたい、と強く思った。自由を求めていたから。でも密偵の末路なんてこんなものだ。仕方ない、と思って割り切れるものでもないけれど。妓楼の折檻に比べれば拷問なんてマシな方。濡羽という女も拾われた、と聞いたとき。嫉妬に駆られて我を失った。


 彼女と私。一体なにが違ったというのだろう。冷たい地下室で答えはまだ、出ないまま。

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