改革派の言い分(1)
鳴海が詰番に昇格してからというもの、人と交わる機会が格段に増えた。広間番だったころは、気に入った者と交わっているだけで十分だったのだが、詰番となればいずれは番頭に昇格し、家中の下士をまとめ上げなければならない。彦十郎家では当たり前のように引き継がれてきた職種だが、名目は戦場での侍大将を務めるだけのはずだった。だが、そう言ってのけた鳴海を叱りつけたのは、本家の主である大谷与兵衛だった。
「お主は、今まで気儘に振る舞いすぎたのだ」
五十路に手が届く与兵衛は、そう言って鳴海をたしなめた。
「下士の不満を汲み取り、叱咤だけでなく督励してやるのも、番頭の大切な役目。それも戦場だけでなく日頃から下士らの様子に目を配ってやらねば、戦場で下士らの心を掴むことはできぬ」
さすがは、この道二十年以上にもなるベテランの言葉である。あの丹波など、格好の悪例ではないか。
公のために命を賭けよといくら口で言ったところで、その間にいる番頭が信頼されなければ、軍制にも支障が出る。また、日頃から家中の者と広く付き合って情報を収集・交換しておくのも大切だった。
「縫殿助殿は、よくこのような面倒事をこなしていたな」
ぼやいてみせる鳴海に、与兵衛は苦笑してみせただけだった。与兵衛も先日の麻疹で息子二人を失い、惣領の
鳴海の複雑な立場は、与兵衛もよく知っていた。本人は一兵卒として終わるつもりだっただろうが、彦十郎家は鳴海の手に回ってきた。実父は既にいつあの世の迎えが来てもおかしくない年齢であるし、養祖父とも言うべき水山は、どこか鳴海に対し一抹の遠慮がある。鳴海のやや屈折した性格を熟知した上で、番頭としての教育を施す役回りは、親戚かつベテランである与兵衛が適任とも言えた。
その与兵衛が、現在鳴海に対面を勧めているのが、丹羽
「あそこへ行ってまいれと……」
鳴海は、与兵衛の言葉に顔が引き攣るのが分かった。ある評判を耳にしていたので、気が重かったのである。
「左様。あれを見れば、和左衛門殿のお人柄がよく分かる」
与兵衛は涼しい顔で、鳴海の背を押した。今日の鳴海の服装は、与兵衛に言われて着物も木綿、羽織も木綿だった。普段は大身の家の者らしく絹の着物を着ているのだが、和左衛門のところへ行くときはそれではならぬというのが、与兵衛の忠告だった。それで、りんに頼んでわざわざ木綿の着物と羽織を仕立ててもらい、和左衛門を訪問することにしたのである。
与兵衛の側では、与兵衛の嫡男の志摩がクックッと笑いを殺している。どうやら、志摩は和左衛門のところへ行ったことがあるようだった。
「鳴海殿。あれは是非見てきてくださいよ。なかなかの見ものですから」
そう言うと、志摩はついに笑いを爆発させた。
「志摩。鳴海殿をからかうな」
そういう与兵衛の口元にも、笑いが浮かんでいる。だが、郡代の者とは挨拶をしておいた方が良いに違いない。鳴海はしぶしぶ肯いた。
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