リーナの章② 突然のさよなら

 リッシェルの街は復興を始めた。

 人々は呪具によって活動できなかった一か月以上の時間を取り戻すべく、汗水たらして働ている。

 復興の手伝いをするつもりだったが、街の人々に必要ないと言われてしまった。

 

「ここは私たちの街です。ここから先は、私たち街の人間の仕事……賢者様はどうか、ご自身の役目を全うしてください」


 そう言われてしまったら、無理に手伝うのは逆に無礼だと思った。

 俺の役目は呪具を全て回収すること。

 今のどこかで、呪具の力に呑まれた人間が悪事を働いていることだろう。

 それを止めることこそが俺の役割。

 俺たちはリッシェルの街に別れを告げて、次なる目的地へ向け旅立った。


「またしばらく野宿ぅ?」

「文句言わない。一日でもベッドで休めただけよかったわ」

「そうだよ。私たちは旅人なんだから」


 スピカはリッシェルの宿が気に入ったらしい。

 名残惜しさを感じている彼女を、シアンとリーナがなだめている。

 野宿中は食事も不安定だし、身体を清める場所も少ない。

 女の子にとっては特に厳しい環境だろう。

 なだめている二人も、内心ではふかふかなベッドが恋しいはずだ。

 そんな彼女たちに、ロール姫は朗報を告げる。


「たぶん野宿にはならないかな」

「え、そうなんですか?」

「次の目的地まで、いくつか街を経由することになるからね。あと半日も歩けば、ラードという街にたどり着くはずだよ」

「――ラード……」

 

 僅かにリーナが反応し、視線を逸らす。

 気になる反応だった。

 まるでその名に聞き覚えがあるかのような……。


「リーナ?」

「なんでもありません。また宿を探さないといけないですね」

「そうだね」


 次こそは一人部屋を獲得しよう。

 じゃないと俺が眠れない。

 ロール姫は俺の隣に歩み寄り、ニヤっと笑顔を向ける。

 

「ふふっ、逃がさないよ?」

「……」


 本当にいい性格をしているな、このお姫様は。

 いつかギャフンと言わせてやりたい気分だ。

 これも煩悩、今は治めよう。


 そのまま道なりに進む。

 リッシェルからラードまでの道のりは、整備された街道を進むだけだ。

 危険な山道や森の中を通る必要がなく、魔物と遭遇する危険も限りなくゼロに近い。

 歩いても景色が変わらないことを除けば、とても快適な旅路だった。

 そうして半日後。

 朝に出発したから夜になり、俺たちはラードの街にたどり着く。 

 街の規模はリッシェルの三分の二程度だろうか。

 リッシェルが悲惨な状況だったせいか、人通りの多さを見ると賑わいの差を感じてしまう。


「随分と賑やかな街だな」

「ここは王国でも有数の貴族。アルダート公爵家が治める領地の一つだからね。リッシェルほどじゃないけど大きくて賑やかな街だよ」

「……」

「リーナ? どうかしたの?」

「元気ないねぇ」

「え、あ、ちょっと歩き疲れちゃっただけだよ」


 この街に行くと話してから、リーナの元気がない。

 スピカとシアンも心配している。

 俺も当然心配し、彼女に問いかける。


「どこか悪いのかい? 無理をしてはいけないよ」

「――大丈夫です、先生。本当に、少し歩き疲れただけですから」


 そういって彼女は笑う。

 夜空に輝く星のように、明るい笑顔を見せてくれた。

 魔力は乱れていないし、肉体的にどこか悪くしたという感じではなさそうだ。

 本当に歩き疲れただけ……なのだろうか。

 それとも……。


「宿を探そうか。今日はしっかり休んで、明日に備えよう」

「はい! 先生!」


 心配ではあるが、彼女が大丈夫だと言っている。

 その言葉を今は信じよう。

 俺たちは宿を探した。

 見つけた宿は落ち着いた雰囲気のお店で、繁華街からも離れているから料金も安い。

 お客さんも少ないから、人数分の部屋も取れたけど、ここは賢者らしく欲は出さない。

 三つ部屋をお願いしようとして……。


「二つでいいよね?」

「……そうだな」


 また負けてしまった。

 別に欲を出したわけじゃない。

 この状況で、三つ部屋を取るのは不自然だったからだ。

 どうやらこの先、宿を取ればずっと彼女と同室になるようだ。

 早く慣れなければ……。


「ここ、台所はあるみたいですね。夕食は私が作ります。食材の買い出しに行ってもいいですか?」

「頼むよ。俺も一緒に行こうか?」

「平気です。ここへ来る途中に道は覚えましたから」

「そうか。じゃあ任せるよ」


 彼女はとてもまじめで、道場でも家事全般を任せていた。

 便りにしていたし、信用している。

 だから一人で買い出しに行くことに、なんの不安も感じなかった。

 俺は後悔することになる。

 ここで彼女を一人で行かせなければ、彼女が苦しむことはなかったかもしれない、と。


  ◇◇◇


 リーナは一人で買い出しに向かう。

 宿を見つけるために歩いた道のりの途中に、食材を売っているお店があった。

 彼女は道のりを覚えている。

 迷わず真っすぐ向かい、食材を買って宿への帰路につく。


「久しぶりに台所で料理ができるし、今日は頑張っちゃおうかな」


 彼女は料理が好きだった。

 作ることがというより、自分が作った料理を食べてもらうことが。

 初めは不器用で苦手だった彼女は、毎日練習を重ねて料理が得意になった。

 一番最初に作った料理。

 焦げて見た目も酷かったけれど、アンセルは気にせず食べて、美味しいと言った。

 それがアンセルの優しさだということに、リーナは気づいている。

 その日から彼女にとって料理は、アンセルに美味しいと言って貰えることが何よりの喜びであり、やる気に繋がっていた。

 この日も変わらない。

 ただ、通り過ぎる人の服装や、身に着けている剣の紋章が気になる。


「……」


 この街は公爵家の領地であり、多くの貴族が別荘などを所有している。

 王都から遠く離れているが、滞在している貴族の数は多かった。

 通り過ぎる人の中には、明らかに身分の高い人の姿もある。

 彼女は逃げるように足を速める。

 出会いたくない人たちがいる。

 顔を合わせればきっと、これまで通りではいられない。

 だから彼女は逃げるように、速足で宿へ戻ろうとした。


 しかし、運命というのは残酷である。


「――そこのお前、止まれ」

「――!」


 運命に導かれたのか。

 それとも、ただの不運なのか。

 彼女は見つかってしまった。

 その声に聞き覚えを感じ、思わず固まり、振り返る。


「やっぱりお前か、リーナ。久しぶりじゃないか」

「……お兄様」


 アンセルの弟子、リーナ。

 その本名は、リーナ・アルダート。

 ダートの街を納める領主、アルダート家の公女である。


  ◇◇◇


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい。少し時間がかかったね」

「はい。ちょっと迷ってしまって」

「へぇ~。リーナが迷うなんて珍しいぃ~。それよりお腹空いたよぉ」

「わかってる。すぐに作るから待っていてね」


 しばらくして、リーナが宿に戻ってきた。

 予想よりも遅かったから心配して、こちらから迎えに行こうと考えいた時だった。

 特に何事もなく戻り、彼女は料理を始める。

 その後ろ姿が少しだけ、寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。


「お待たせしました」

「わぁーい!」

「今日も美味しそうね」

「こらスピカ! フライングしない!」

「いつもありがとう。リーナ」


 旅の中でも彼女には助けられている。

 野宿しながらまともな食事がとれるのも、彼女がいてくれるからだ。

 他の二人もそれぞれ役に立ってくれているけど、食事という面では彼女が一番の功労者だ。

 何より、彼女の料理は美味しい。


「お味はいかかですか? 先生」

「うん、とても美味しいよ。リーナの料理は安心するね」

「……ありがとうございます」


 彼女は嬉しそうに笑う。

 ほんの少しだけ、寂しさを含んだ笑顔に、俺は僅かな違和感を覚えた。

 けれど違和感は料理のおいしさに薄れて消える。


 そのまま俺たちは宿で一泊した。


 異変に気付いたのは翌日の早朝だ。

 いつものように俺が一番最初に目覚める。

 正体がバレないように、隣で寝ているロール姫を起こして着替えさせた。


「もう少し優しく起こしてくれないかな? たとえばそう、キスとかして」

「寝言は寝て言ってくれ」

「じゃあおやすみ」

「寝るな! リーナがもうすぐ来る」


 俺の次に早起きなのはリーナだ。

 彼女は俺とほとんど変わらない時間に目覚め、他の三人と一緒に朝食の準備をしてくれる。

 大体この時間に俺の元へ来るのだが……。


「来ないね。もしかして寝坊かな?」

「珍しいな。彼女が寝坊したことなんて一度も……」


 胸騒ぎがした。

 というより、この時点で俺は気づいていた。

 一つ、魔力が足りないことに。

 ドタバタと遅ぎ足で俺の部屋を開ける。


「師匠!」

「たいへんだよー!」

「シアン、スピカ?」


 慌てて姿を見せのは二人だけだった。

 案の定、彼女の姿はない。

 それもそのはずだ。

 すでに彼女はこの宿にいない。


「リーナは?」

「朝起きたらいなくて! 手紙が置いてあって!」

「落ち着くんだシアン。ゆっくり話してくれ」

「は、はい! 師匠、これを」


 深呼吸をして落ち着いたシアンから、折りたたまれた紙を手渡される。

 中を開くとリーナの文字で短く文章が書かれていた。

 

 アンセル先生へ。


 これまでお世話になりました。

 突然ですが、家族の元へ帰ることになりました。

 私は平気なので気にせず旅を続けてください。

 朝食は用意してあります。


 ロール姫も俺の隣で手紙を覗き込み、呟く。


「孤児だと聞いていたけど、家族が見つかったのかな?」

「……」


 それならいい。

 けど、ここ数日の彼女の様子を思い返す。

 家族が見つかって嬉しそうにしていた?

 そんな様子は一切なかった。

 むしろ……。


「確かめに行こうか」

「どこへ?」

「もちろん、俺の弟子の元へ」


 彼女はまだ俺の弟子だ。

 こんな手紙一つで、関わりを絶てると思わないでほしい。

 俺は、俺たちはそこまで、お前のことを軽く見てはいないんだよ。

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