怠惰の章③ 外に出て働け!
街の中は聞いていた通り綺麗な外観だった。
白色を基調とした建物が並び、窓ガラスも鮮やかだ。
本来ならば多くの環境客でにぎわい、大通りは人ごみで溢れていたのだろう。
「静かな街だな」
「今はこうなってしまったわね」
「……」
「どうかしたの?」
俺は立ち止まり、当たり前みたいに隣を歩く彼女に苦言を呈する。
「あのさ? なんでついてきたの?」
「私には残れって言わなかったじゃない」
「いえ、そうだけど……」
普通わかるだろ?
危険だから弟子たちは外で待機させている。
普通に考えて彼女たちよりも戦えないんだから、ロール姫も外で待機するほうがいい。
言わなくてもわかっていると思ったんだが……。
「今からでも引き返したほうがいい」
「ダメよ。私には依頼主として、あなたがちゃんと仕事をするか見届ける義務があるわ」
「信用してないのか」
「出会ったばかりだもの」
夜は決まって俺の横で寝ようとするくせに。
しかも眼を瞑ったら数秒で深い眠りに落ちて、声をかけても起きない奴がよく言えたな。
と、内心では呆れていた。
「それに、私じゃないと誰が呪具の持ち主かわからないでしょ?」
「大丈夫だ。呪具の禍々しい魔力はわかりやすい」
「そうなの? それなら外で待っていればよかったわ」
「お前なぁ……」
今からでも外で出してやりたいが、それなりの距離を進んだ。
一人で戻すのも危険だし、彼女なら弟子たちよりも影響は少なそうだ。
「俺から離れるなよ。あと、多少きつくても我慢してくれ」
「そのつもりよ。今のところ平気ね。本当に呪具の魔力が街を覆っているの? また過保護を発動させただけじゃないのかしら?」
「そこまで過保護じゃない。気づいていないみたいだが、俺たちはとっくにバレてるぞ」
「え? どういう……」
この街全体を呪いの魔力が覆っている。
地面から、周囲の建物からも感じられる異質な魔力が、まるで血管に血液が流れるように循環している。
すでに新しい魔力源が二つ、中に侵入したことは気づいているはずだ。
「気づいているなら、どうして襲ってこないの?」
「侮ってるんだろ。俺たちのことを」
「――?」
「呪具の能力に頼りきりだな」
だから気づけない。
俺が施している偽装にも……故に侮っている。
俺たちが魔術師ではなく一般人、迷い人か何かだとでも思っているのだろう。
ここにあるのは【怠惰】だったか。
なるほど、名前通りだ。
「そろそろ着くぞ」
「ここは……」
街の中心部。
ひときわ目立つ大きな建物、この頂上の部屋に呪具の使い手はいる。
だがその前に……。
「あれは! 街の人ですね」
「そうみたいだな」
建物の壁にもたれかかって、何人も人間が座り込んでいる。
見るからに衰弱していて、何日も食べていないのだろう。
手足はやせ細り、肌に張りもない。
ロール姫は駆け寄り、声をかける。
「大丈夫ですか? ボクの声が聞こえますか?」
「ああ……あ……」
「よかった。意識はあるみたいですね」
「殺しはしないだろうな。殺したら、大事な栄養源がなくなるから」
俺は少し遅れて彼女の後ろに立つ。
彼女は振り返り、疑問を口にする。
「栄養源? どういう意味ですか?」
「呪具の能力だよ。【怠惰】の呪具は対象から魔力や生命力を吸収することができる。気づいていないみたいだが、俺たちも徐々に吸われているぞ」
「――! そういえば、さっきから身体が少しダルく……」
「歩き疲れとは違う。これは魔力と生命力を吸い出されている影響だ。彼らも……この街の人々は、呪具の使い手の栄養源にされている」
街全体を覆う呪具の魔力。
空気ではなく、地面や建物に通っているのがわかる。
条件はおそらく、間接的に術者と触れていること。
この街にいるだけで、人間は呪具の使い手に力を吸われ続けている。
「なら、どうして逃げないんです?」
「逃げようとしたら意図的に、最大の出力で吸い取られるからだろうな。ここも王国が呪具を回収するために騎士を動かしたはずだ。彼らはどうなった?」
「えっと、確か侵入直後に……干からびたと……!」
「だろうな。呪具の使い手はこの街全体を広く把握している。攻め込んできたり、逃げようとする動きを見せれば、問答無用にで殺しに来るはずだ」
俺たちが無事なのは、敵対するような行動をしていないからだ。
加えてロール姫は魔術師じゃない。
三人の弟子たちのように、豊富な魔力を宿しているわけじゃないから、一般人だと考える。
俺の場合は別だが。
「姫様はここにいてくれ。怠惰な奴を叩き起こす」
「アンセル?」
俺は地面をけり上げて、空中へ飛び上がる。
呪具の使い手がいるであろう部屋まで、一回の跳躍で移動し、ガラスを砕いて中に入る。
「お目覚めか? 怠惰な王様」
「あれぇ……なーんだ。侵入者だったのかぁー」
長髪の男がベッドで寝転がっていた。
中性的な顔立ちと、細く白い肌に、はだけた服装だ。
外で人と会う格好じゃない。
予想通り、奴はここで自堕落に生活しているらしい。
「おかしいなぁ~ 大した魔力は感じなかったのにぃ」
「偽装しているからな。魔力の流れは完全にコントロールしている」
俺は街に入る前に、自らの魔力を抑え込んだ。
一般人に偽装するために。
そこから吸収される魔力量も、自らの意思で調整し、極微量に抑え込んでいた。
「へぇ、すごいねぇ~」
「お前が【怠惰】を持ち去った使い手だな?」
「そうだよぉ~」
彼の首には金属の輪が装着されている。
禍々しい魔力の塊。
間違いなくあれが【怠惰】の……首輪か。
「ここれ街の人間から生命力と魔力を吸収し、自身は眠ったまま快適な生活をしていた、というわけか」
「正解! とっても最高だよ。何もしなくても栄養はとれるし、食事もいらないからねぇ。一日中ぼーっとしてればいいんだ。羨ましいだろう?」
「……別に」
何それ羨ましい!
自分は何の苦労もしないで自堕落な生活が遅れる?
過酷な修行も、面倒な家事も、働く必要だってない。
ただ寝ているだけですべてが賄えるなんて理想的な……いや、惑わされるな!
「それを回収しに来た。大人しく渡せば、手荒なことはしない」
「困るなぁ……これがないと生活できないし、邪魔するなら吸い取るよ?」
「できるものならな」
「……あれ?」
ようやく気付いたらしい。
俺から何も吸い取れないことに。
「よく見ろ。俺の足元を」
「……ちょっと浮いてる?」
小指の関節一つ分くらい、俺の足は床から浮いている。
「お前の呪具は間接的にでも触れていないと発動しないだろ?」
「あーそういうこと……めんどくさいなぁ~」
のっそりと彼は起き上がる。
効果がないとわかり抵抗する気を失った?
いや、違う。
彼は右手を俺に向ける。
「じゃあ殺すね」
瞬間、男の手掌から高圧縮された魔力が解放された。
指向性を持った魔力の放出は、建物の壁を破壊し、外へと俺を押し出す。
俺は空中でくるりと回転し、勢いを殺して宙に浮かぶ。
「なるほど。吸い取った魔力を放出できるのか」
「そうだよぉ~ ここの人たちがいる限り、俺の魔力は無限に近いからねぇ」
「そうらしいな」
「ねぇ、めんどうだから帰ってくれない? 別にさぁ、俺ってここにいるだけで悪さしてないじゃんかぁ~ ただ平和に過ごしたいだけなんだよぉ」
平和?
この街のどこに平和がある?
あいつ一人の幸福のために、何千、何万という人間が苦しみ犠牲になっているというのに。
「それはできない相談だな。お前みたいな引きこもりは、強引にでも外に引っ張り出す!」
俺は左手を怠惰の男にかざす。
空気を掴むように指を曲げ、大きく引き上げる。
「え、うわあ!」
男は俺の眼前まで引き寄せられる。
「な、なにこれ!?」
「【
その効果は引力と斥力を操る。
左手は引力で対象を引き寄せ、右手は斥力によって弾き飛ばす。
この二つの力の応用で、俺は宙に浮かんでいる。
「大人だろ? いつまでも他人のスネをかじっていちゃダメだ」
「えぇ……こっちのほうが楽だし楽しいよ?」
「お前だけだろ? たくさんの人に迷惑をかけてまで、一人の幸福を維持するのは不平等だ。ちゃんと――」
「ええ~」
「働け! 引きこもり野郎!」
右手をかざし、怠惰な男を吹き飛ばす。
吹き飛んだ男は元いた部屋のベッドを突き壊し、建物の一階まで落下した。
「俺だって働いてるんだ。一人だけ楽は許さないぞ」
というのが本音である。
それにしても、戦いの最中でも怠惰の姿勢を崩さない。
その点は凄いと尊敬しておこう。
しかしこの世は、働かざる者食うべからずだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【あとがき】
怠惰の章はこれにて完結となります!
次章をお楽しみに!
できれば評価も頂けると嬉しいです!!
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