第7話 少女と法皇
「死神さん見てください! お手紙ですよ。私は知り合いがいないので手紙なんて超レアですよ!」
ヴェールダムから帝都に帰ってきて一週間がたった。
あっちでは病の新たな発病者もパタリといなくなって街が活気を取り戻した、訳ではなくそれはそれで混乱を招いているらしい。
元の街の雰囲気を取り戻すのはまだまだ先の話だろう。
ちなみに、毒を仕込んでいた男の死体は綺麗に回収して、事の経緯を記した手紙と一緒に祝音教のトップ——法皇に送りつけてやった。
教会本部では、すでにこの件について箝口令が敷かれているはずだ。
「お手紙の送り主は……祝音教? なんで祝音教が私宛にお手紙を出すんでしょう?」
余談だが、俺は法皇に手紙を送るとき勝手にミリアの名前を使っている。
元々彼女から受けた依頼なので問題ないと思ったのだが——
「まさか返事を寄越してくるとはな」
「その反応! 死神さん何か知ってるんですか? 何しでかしたんですか⁈ 私責任持てませんよ⁈ 」
「何故そんなに俺は信用がないんだ。俺はこの間、祝音教にヴェールダムでの一件を記した手紙を送るときにミリアの名前を借りただけだ。何もしていない」
「してるじゃないですか! 勝手に私の名前を騙らないでください!」
「ミリアから受けた依頼だ。名前を使って何が悪い」
「悪いですよ全く。もうやめてくださいね? えっとお手紙の内容は……えっ?」
ミリアは心底驚いた表情で、手紙を俺に見せてきた。
内容は今回の件に関する深謝と、それともう一つ。
「褒賞に関して……これって法皇に謁見するってことか?」
こうして、ミリアは祝音教本部まで向かうことになった。
「本当についていかなくて大丈夫か? 道中で変なもの食べたらだめだぞ?」
「大丈夫です。死神さんは私をなんだと思ってるんですか」
三日後、俺は帝都を離れて祝音教本部へ向かうミリアを見送りに来ていた。
一緒に過ごしてわかったが、彼女はかなりぼんやりした性格なので、本当はあまり目を離したくないのだが
「大体、死神さんがついてくるのは不自然です」
そう、一応俺は今回の件には関わっていないことになっている、というかミリアと一緒にいることすら伏せている状態なので、着いていくわけにはいかなかった。
「そうだな、気をつけるんだぞ」
「わかってます。大丈夫ですよ、私死にませんし」
そう言うと、ミリアはそそくさと馬車に乗ってしまった。
ミリアはどこか抜けた性格だが、俺より遥かに長く生きているのだから心配する必要もないだろう。
というか俺としては道中でかのじょがポックリ死んでくれる方が望ましいのだが。
それは流石にありえないか。
俺は遠ざかって行く馬車を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「よくぞ来てくれた、ミリア殿」
「いっ、いえこちらこそ光栄です。法皇聖下」
荘厳な大聖堂の中央で、ミリアは祝音教の法皇に謁見していた。
頭を上げた先にいる初老の男性は、普通の人間はまずその姿を見ることがない要人だ。
それどころか、常人より遥かに長い時を生きるミリアでさえ、彼を見るのは初めてだった。
「まあ、そう畏まらず。今回は正式な場というわけでもないのだから」
法皇は柔らかい口調でそう言った。
「いえ、とんでもないです」
ミリアは手を前で組んで視線を落としたままそう返事をした。
ヴェールダムでの一件は公になっていないので、今回の謁見はあくまで非公式なものだったが、それでもミリアにとってはこの穢れを許さない空間は居心地がいいとは言えない場所だった。
頑なに姿勢を崩さないミリアに対して、法皇は一つ咳払いをしてから再び話し始めた。
「とにかく、貴女の冷静で迅速な判断は我が教会にとって多大な利益をもたらすものだった。教会を代表して、ここに深く感謝の意を表明しよう。して、褒賞についてなのだが」
「うっ、受け取るわけにはいきません!」
ミリアはとっさに手を振って断った。
彼女にとってこの一件を解決したのは死神なのだ。自分がその褒美をもらうわけにはいかなかった。
「ん、その手は……」
「えっ」
法皇は動くミリアの右手をじっと目で追いながら何事かつぶやいた。
ミリアは反射的に手を引っ込め、元の形と同じように組む。
——右手の甲を隠すように。
「その右手の甲は」
「その、なんでもありません」
「……呪いか」
ミリアは黙って頷いた。
元来、祝音教は神の祝福を得ることを最良と考える宗教だ。
その本部に呪い持ちが立ち入れば、何をされようと不思議ではない。
ミリアは血の気が引いていく気分になったが、対して法皇は笑みを含んだ声で彼女に語りかけた。
「そうか、呪い持ちか。ならば貴女にぴったりの褒賞がある」
その声音にミリアが少し警戒を解くと、法皇はグッと顔を近づけて囁いた。
「祝音教の法皇というのはね……代々祝福を持っているんだ。呪いを消し去ることのできる、悪魔祓いの祝福をね。あなたの呪いの内容まではわからないが、どうせ碌なものじゃないんだろう? 私が祓ってやる。それが褒賞でどうだ?」
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