☆KAC20245☆ 秘めごと

彩霞

第1話 華族

 明治十七年、初春。春めいた日差しの中、清二せいじの姉である依子よりこが祝言をげた。


 相手は伯爵家の長男、柳沢やなぎさわ宗一そういちである。柳沢家は由緒ゆいしょある家柄で、清二の家——西村家のように士族から男爵となった、名ばかりの家とは違う。


 そのため多く者は、「何故、西村と柳沢に繋がりができたのか」と疑問に思っていた。


 理由を答えるならば、柳沢宗一と清二の兄である康介こうすけが、幼いころから友人同士だったことが大きい。


 清二の父は、生活の困窮こんきゅうから脱するために、その関係性を利用し、二年ほど前から柳沢家の当主に「商売のやり方を教えて欲しい」と頭を下げに行った経緯がある。


 明治維新のあと、士族——つまり、武士たちは持っていた封建制度の特権を奪われた。それにより社会的地位が下がっただけでなく、経済的にも行きづまってしまったのである。


 しかし食べて生きていくには金がいる。その上、華族であるからには「華族」としての振る舞いを求められ、豊かである風によそおわなければならない。


 ゆえに、士族の連中は金を稼ぐために、こぞって商売に手を出したが、ことごとく失敗。お陰で「士族の商法」などという言葉が広まった。


 清二の父は家計が苦しくなる中で、そういった話を見聞きしていたため、華族の地位を捨てることを考えたこともあった。


 だが、少々おつむの弱い康介を、「エリート」にさせるには、華族の地位にとどまっていたほうが都合がよかったのである。


 華族は、地位相応の威厳を維持するのが大変だが、その分特権を与えられていた。その子弟は学業の面で優遇されており、場合によって帝国大学に欠員が出れば、試験をせずに入学することもできたのだ。


 そのため、清二の父は何とか金を作り現状を維持するために、商売に関してやり手であった何か手立てはないかと柳沢にうたのである。


 柳沢といえば、今から十年前より、持っていた資産を使って「洋服」作りを始めた。舞踏会を開く華族たちは西洋の服を買うために、柳沢家が手掛けた服をよく買うという。富む者はさらに富むとはこのことだろう。


 しかし、己の商売技術を簡単に他人に教える者はいない。


 例にもれず宗一の父であり柳沢家の当主もしぶっていたが、頼み込んだ三か月後に「貴様の長女を、宗一の結婚相手にするのであれば助けてやる」と言ったらしい。


 何故伯爵家ともあろう家が、男爵家の娘を嫁にもらいたいと言い出したのかは分からない。


 だが、こちらは生活がかかっているので、父は即断した。

 また、当時十五歳だった清二の姉は、婚約を勝手に決められたわけだが、「棚から牡丹餅ぼたもち」だと言い、二つ返事で引き受けた。


 それもそのはずで、姉の二つ年上の宗一は家柄がいいだけでなく、きれいな顔立ちをしており、頭がよく、人への気遣いがあって優しい、非の打ち所のない青年だったからである。

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