偽聖女の汚名を着せられ婚約破棄された元聖女ですが、『結界魔法』がことのほか便利なので魔獣の森でもふもふスローライフ始めます!

南田 此仁

第1話 婚約破棄と護衛

「システィーナ、今この場をもっておまえとの婚約を破棄する!」


 王家主催のパーティー会場に、王太子のよく通る声が朗々ろうろうと響いた。

 楽団の演奏や人々の話し声はやみ、辺りは異様な静けさに包まれる。


「……アルバート様、訳をお聞かせ願えますか?」


 王太子の背に隠れ、怯えたようにこちらを見る妹の姿を視界から排除しつつ、真っ直ぐに王太子を見つめる。

 破棄すると言われ『はい、そうですか』と認められるほど、この婚約は軽いものではなかったはずだ。


「おまえは『聖女』の名をかたり王家や民を欺いた! ここにいるミネルヴァこそが真の『聖女』だと、神殿が認めたのだ! 私はミネルヴァを新たな婚約者として迎える!」


「はぁ……」


 思わず間の抜けた声が出てしまったのは許してほしい。

 急に何を言い出すかと思いきや、この王太子は本当に一体何を言っているのか。


「私が『聖女』であることは、洗礼の儀にて最高位神官様のもと、証明されていたことと存じますが?」


「それがそもそもの間違いだったのだ! 前任の神官は老いで耄碌もうろくしていた。おまえはそこにつけ込み、自分に有利な判定を下すよう懐柔したのだろう!」


「…………」


 視線だけでザッと周囲を見渡す。


 国王と王妃は同盟国へ外遊中のため不在。

 ひと月前に代替わりした最高位神官は、王太子の後方で「聖女の名をかたるとは……」となげく素振りをしつつ、抑えきれない笑みに口元をゆがませている。


 王太子にエスコートを拒否された私を珍しく積極的にエスコートしてこの場へと連れ出した父は、観客よろしくこちらを眺める貴族たちに交ざって、満足そうにヒゲを撫でていた。


 ……なるほど。この戦場パーティー会場に味方はただの一人もいないらしい。


「罪を暴かれ申し開きの言葉もないか。本来であれば国家反逆罪として死刑に処すところだが、姉が死すれば心優しきミネルヴァが悲しむ。よって、システィーナ=レオニールに国外追放を申し渡す! 早急に荷をまとめ出ていくがいい!」


「アル、なんて優しいのぉ……!」なんて感激したような甘ったるい声は、即座に耳からシャットアウトした。



 十歳の洗礼の儀で『聖女』の宣告を受けてからというもの、義務だという王族との婚約を受け入れ、聖女として、王太子の婚約者として、八年間国の平和に貢献してきた。

 ——つもりだった。


 いつの間にか思い上がっていたのだろうか。


 聖女の使える魔法は『治癒魔法』と『結界魔法』の二種類のみ。

 年に一度の聖魂せいこんの儀で、王国全土を囲む防御結界を保つため『祈り』を捧げるのが一番の役割だ。


 今年の聖魂の儀はほんの十日前に終わったばかり。

 そのときには偽聖女の話など、一言も出てはいなかったというのに。


 妹もわずかながら治癒と結界を使えるらしいとは聞いていたけれど、王国の結界維持に足るほどの魔力なんて————いや、神殿が認めたのだから、きっと素質があるのだろう。

 これ以上は私が口を出すことではない。


「委細承知いたしました。ただちに荷の準備にかかりますので、御前ごぜん——」


「ああ、今までのように従者を頼れると思うなよ? 国外追放の罪人につけてやる従者などいないからな!」


 結婚するのだからと、関係を良好に保つため努力もしてきた。

 みんなの役に立てればと、自分なりに結界魔法を改良して王城に新たな結界を張ってみたりもした。

 それらすべてが無駄だったのかと思うと、悲しみよりもただただ空虚感に包まれる。


「——御前、失礼いたします」


 ドレスの裾を軽く摘まんで淑女の礼をとり、返事も待たずくるりときびすを返した。





「聖女様、もうお戻りですか?」


 大ホールを出るとすぐに、扉の外で待機していた護衛騎士のダーナンが駆け寄ってきた。


「ご気分でも優れないんで……?」


 熊のような巨体を屈め、気遣わしげに私の顔を覗き込もうとする優しい眼差しから逃れるように、ふいと顔をそむける。


「いえ————そうね。気分は最低だけれど、それは今大した問題ではないわ」


「聖女様?」


「私はもう『聖女様』ではなくなったの。ダーナン、あなたも私の専属護衛なんて子守りから解放されたわよ」


「——はぁ!? どういうことですか、そりゃあ」


 王城に設けられた私の部屋へとすたすた歩を進めながら、ことのあらましを説明する。

 王太子と妹の仲については誰もが知るところであったので、特に説明せずとも状況は伝わったようだ。


「——ということだから、すぐに荷物をまとめなくてはならないの。これ以上があるとは考えたくないけれど、急な思いつきでさらに不利な条件を課せられては困るから、一刻も早く出ていかなくては」


「レオニール家のご当主はなんと?」


「大方お父様も共謀者でしょうよ。期待するだけ無駄だわ」


 私が五歳のとき、病弱だった母が亡くなってすぐに、私とほとんど歳の変わらない娘を持つ不倫相手を後妻に迎えた。

 元々薄かった愛情も関心も、すべてが後妻と妹に注がれて私にはひと匙も残らず、一家揃っての食事の時間こそが私にとって最も孤独な時間となったのだ。


 今さら父に期待する気持ちなど、これっぽっちもありはしない。


「だからあなたも、もう私に構わないほうがいいわよ」


「……俺はシスティーナ様付きの護衛です」


 うなるような低い声にビクリと足を止める。


「ダーナン……?」


「どんな敵が立ちふさがろうと、地の果てまででもお供して必ずやあなた様をお守りしてみせましょう」


「そんな……罪人とされた私に手を貸したりしたら、あなたまで国を追われてしまうわ」


「システィーナ様を罪人呼ばわりする国なんざ、こっちから願い下げです! さあ、とっとと荷物をまとめましょう。僭越せんえつながらお手伝いさせていただきます」

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