my new gear
オランダに移り住んでから二年と少しが経ち、私の数学者もついに使い物にならなくなってきた。今朝も彼にコーヒーを淹れてやったが、二時間くらいは物音ひとつせず、お昼前にガタゴトと動き出したかと思えば、それもすぐに止み、それっきりまた冬眠したヘビのように静まり返った。ここ一か月はまともな定理ひとつ見ていない。まあ、それでも彼に文句を垂れるよりは、今まできちんと作動してくれたことに感謝したい。池袋の家電量販店で彼と出会って以来、値段の割にはずいぶん長持ちしたと言っていい。
そういうわけで数学者を新調することになったのだが、アムステルダムは一国の首都だけあって、数学者を買う場所には困らなかった。しかも日本とは異なり、数学者専門店がいくつもある。看板に「wiskundige」や「stelling」と書かれていれば間違いない。豊富な知識と長年の経験をもつ店主に数学者選びを手伝ってもらえるのは本当にありがたいが(しかもオランダ人はたいてい日常会話くらいの英語はお手のものなのでオランダ語ができなくても問題ない)、秘密裏に対エイリアン用の銃火器を売っているわけでもあるまいし、いったいどうやって採算を取っているのかはなはだ疑問である。
さて、前置きが長くなったが、このたび私が「my new gear」として購入した数学者がこちら。
「MSJ Kiyoshi 3 pro」
そう、迷いに迷ったあげく、結局は日本製のハイエンドモデルに決めたのだ。値段は決して安くはないが、これから十年ほどはお世話になるつもりでいるので、出し惜しみはしない。安物買いの銭失いにだけはなりたくない。
ただ、その前にひとつだけ面倒事が残っている。古い数学者の処分にうるさいのはオランダでも変わらないのだ。しかも日本とはちがって、意味不明なことに店舗での数学者の下取りが法律で禁止されているのである。それでいて日本とほぼ同レベルの分別を要求してくるのだから困ったものだ。インターネットで調べてみても、やはり人々の不平不満で溢れていた。とはいえ仕方がないので、これから古い数学者を自分で分解してみようと思う。分解するだけならまだいいが、なにより数学者の頭脳は国指定の回収所に持っていかないといけないのがやっかいだ。電池のように火災を招く危険があるわけでもないのだから、頭脳くらい燃えるゴミにでも捨てさせてくれよ、と内心思わないでもない。
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