第3話

 その二週間ぐらい後にゴミ捨ての途中。

 校舎裏の非常階段の影で隠れるように、佐々木君と一年生の女子と話しているのを見てしまったのが、最大のミスだろう。

 濡れた葉っぱみたいに濃い緑色の和紙を、佐々木君はその子からちょうど受け取っているところだった。

 それで彼女が、あの綺麗な和紙の送り主だと理解する。


 言葉に詰まるくらい、綺麗な子だった。

 長いストレートの髪をポニーテールにした、物語のヒロインみたいな美少女だった。

 スラッとしているのに出るとこ出て、キュッと腰が締まっているし、目鼻立ちも整っていて、とにかく一度見たら忘れられないような美人だ。


 佐々木君と、一年生の美少女。

 タイプの違う美形同士が並んでいるのは、割と破壊力のあるシチュエーションだなぁなんて、目をそらすタイミングを逃してしまったんだけど。


 ちょっとだけ。

 ちょっとだけ嫌だった。

 生きているぬいぐるみ扱いされるぽっちゃり女子の私と、綺麗でかわいい二人は同じ人類とは思えないぐらい、まるで違う生き物だから。


 それに佐々木君はお返しのように薊色の和紙を渡しながら、美少女との会話しながらくしゃりと普通に笑ったのだ。

 今まで見たことがない、素直な笑顔だった。

 普通の高校生みたいに、あっけらかんとした朗らかな感じだ。

 それだけで美少女が佐々木君の特別な人だとわかってしまい、他人の秘密を覗き見る背徳感で胸がドキドキしてしまった。


 見てはいけないものを、見てしまった気がする。


 ばれないうちに消えようと、そそくさと離れたけれど。

 なんと佐々木君は、私が逃走する姿を目撃してしまったらしい。

 

 翌日、おはよーって教室に入るなり腕を掴まれて、ズルズルと廊下に引っ張り出されたうえに「何か俺に言いたいことあるよね?」とにっこり微笑まれてしまった、怖い。

 顔は笑っていても、目が笑ってないんだけど。

 おびえながら「何も見ていませんし、何も覚えておりません」と言い切って「記憶は抹消するし余計なことは言いません」と宣言したのに、それが佐々木くんの癇に障ったらしい。

 

 聞いてもいないのに「あの一年の子は夏美ちゃん。覚えといてね」なんて急に紹介を始めたうえに、「今度、柚ちゃんにも紹介してあげるから」なんて余計なことを言いだした。

 必要ないですと断ったら、そっかーと笑って「まずは俺たちが仲良くなろうか」なんて笑うから、めちゃくちゃ怖い。


 それからの私は、完全にロックオンされた獲物状態だった。

 ものすごい速度でパーソナルスペースが侵されていく。


 特に理由がなくても「柚ちゃん」「柚ちゃん」と距離を詰められ、私をキラキラ女子の集団に引っ張り込もうとしてくる。

 佐々木君は簡単にスキンシップで触れてくるし、お茶を飲んでいたら「一口も~らい」なんて私の水筒を取るし、間接キスなんて私ばっかりが意識してしまって本当に困る。

 男子に免疫がないから、いつ心臓が止まってもおかしくないというのに、グイグイくっついてくるから、心不全に突然なりそうで怖いったらないんだけど。 


 人になつかない猫がいたいけなネズミをいたぶるのに似てると思う。

 他の綺麗な女の子にかけるのと同じ甘い言葉をマシンガンみたいに乱射しながら、過剰なスキンシップで爪とぎよろしく私を翻弄してくるってやめてほしい。


 ほんと、何を考えてるんだろう?

 

 例の夏美ちゃんとの不思議な和紙の交換も佐々木君は続けているみたいで、時々私をからかうのに「見る?」と言って私に中身を見せつけたりする。

 サラリと書かれた文字は息を飲むほど美しい文字で、ペンで書かれているのにお習字の師範みたいだ。

 大抵、「朔月」とか「望月」とか月齢っぽいものと、「朝顔」や「紫陽花」や「若竹」みたいに雅な和風の物。それから「春・夏」の季節は必ず最後に記載されていて、先月から「翼」の字も増えた。

 

 見たからと言って意味が分かるわけでもない私は「これ何?」と聞くしかないのだけれど、佐々木君は「当ててごらん?」と言うばかりで答えなんて教えてくれない。

 意味が分かるのは、佐々木君と夏美ちゃんだけ。

 本当に意地悪だ。


 その事実に思い至るたび、なんだか心臓がチクチクして痛い。

 どんなに構い倒されても、私の前では普通の少年みたいに笑わないのに。

 夏美ちゃんだけが特別のくせに、私をからかうなんて本当にひどいよね。

 こうやって、二人だけの秘密を、私に見せる意味なんてあるのかな。


「ヒントぐらいほしい」

「うん、たぶん柚ちゃんにぴったりなものだね」

 

 特にこのへん、と言いながら紫陽花や若鮎の文字を指さした。

 まったくもってその二つに共通点がないので、意味が分からない。

 意地悪だ、と唇をとがらせたら、頑張れ、と頭を軽くポンポンされてしまった。


 だから、そういう少女漫画な行動はやめて。

 私は心臓が爆死寸前になり机に突っ伏すしかないのに、佐々木君はものすごく楽しそうに笑うのだ。ひどい。

 悶々と過ごしている私の気持ちを置いてけぼりにして、時間はチクタクと過ぎていく。

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