2度目の告白

如月 怜

戻り時計

 藍野結愛先輩のことが好きだった。恋をしていた。だから僕は先輩にと仲良くなるためにアプローチを何度も重ねた。けど先輩は振り向いてはくれなかった。まるで僕を異性として認識していないように。

 先輩は高嶺の花という存在だった。男子の目は彼女に釘付けで近寄れない。そんなはずなのに先輩は僕に目をかけてくれた。そのおかげで先輩とは一番近い距離で接してきた。色んなところに遊びに行ったりした。その時間が心地よくて僕はもっと一緒に時間をいたいと思い今日、言った。

「先輩、好きです」

その、端的な一言を。

「ありがとう、嬉しいよ。」

返事は返ってこなかった。けどいつか必ず返してくれると思いその日は帰った。次の日、学校に行くと先輩は休んでいた。体調が優れないのかなと思いその日は気に留めなかった。けれどそれから先輩が学校に来ることはなかった。どうして?その言葉しか思いつかなかった。僕に会いたくないからもう学校に来ないのかと考えてしまう。だって僕が告白した次の日からずっと休んでるんだ。そんなの僕のせいとしか思えなかった。

「そんなに、僕と話したくないんですか、先輩…」

教室で小さくそう呟いた。

 やるせない気持ちでいっぱいだった。恋が叶わなかった。それだけならまだ良かった。拒絶までされてしまった。好意を寄せてた相手に拒絶を。悲しみ、苦しみ全てが襲いかかる。それでも、僕は彼女への想いは変わらなかった。拒絶までされているのに僕は彼女を諦められなかった。だから僕は家へ帰り机の引き出しから『戻り時計』と書いてある袋を取り出した。これは昔叔父が海外のお土産として貰ったもので、なんでも想いを込めれば時間を巻き戻せる時計らしい。そんなことあるわけないと貰った当時は思いとりあえず貰っておいた。そんなものに僕は縋るしかなかった。大好きな少女に振り向いて貰うため、僕は想いを込める。

「彼女と関わるすこ前まで時間を戻してください。」

そんな叶うはずのない願いを。

「はは、そりゃそうだよな…」

何も変わらなかった。泣きそうになってくる。失恋ゆえか、自分の愚かさゆえか。こんなことしても無駄ださっさと片付けよう。そう思い戻り時計を引き出しに戻した。そこで僕は違和感に気づいた。外が明るいのだ。僕はさっき学校が終わり家に着いたはずだ。なのになんで外が明るいんだ?

「湊!もう起きなさい!今日から入学式でしょ!」

母親の声が聞こえた。入学式なんてとっくに終わって…。いや待てよ、もしかしたらと思いスマホで日付を確認する。そこには入学式の日が表示されていた。

「嘘、だろ。」

ちょっとした出来心だった。出来るわけないと分かっていた。けど、戻った。あの時計は本物だった。とりあえず学校へ行こう。

 「行ってきます!」

瞬時に準備を終わらして僕は学校へ向かった。そうだ、僕が先輩にあったのは入学式の日だ。あの頃は不安と好奇心が混ざってなんとも言えない気持ちだった。けど今は違う。けどそんな気持ちはもうない。僕は彼女にもう一度会うために来たんだ。藍野結愛。所謂高嶺の花という存在。誰しもが彼女に目線を向けるほどの美貌を持ってる少女。そんな先輩を見つめて僕は

「絶対に振り向かせてみせる。」

距離はまたゼロからになった。けど、一歩ずつ進んでいけばその分距離は縮まるから。だから僕は貴方が振り向いてくれるまで諦めない。

 

 入学式も終わりホームルームが始まる。教師が教壇に立ち話しているが僕はそれを聞き流していた。そんなことより僕はどうしたら先輩に振り向いてもらえるのかそんなことばかり考えていた。やはり顔なのだろうか、しかし整形するお金は持ち合わせてない。なので性格などでカバーするしかないのだが

「どういう性格ならいいのだろうか…。」

僕は結局友達止まりだった。その先へ行くことができなかったのだ。恋人まで発展する方法って…。

「あの、大丈夫?」

独り言を呟いていると隣の人から心配されてしまった。

「あぁ、大丈夫大丈夫。」

何が大丈夫なのだろうか。

「んで、なんで話しかけてきたの?もしかして先輩からの好感度とか教えてくれる感じ?」

「何言ってるの?」

「真顔でそんなこと言われたら傷つく。」

普通に辛い。というか本当に誰か先輩からの好感度を教えて欲しい。そしたら先輩を振り向かせるのが何倍も楽になるというのに。

「話しかけても上の空、私に興味が無いみたいだね。」

「実際興味無いから。」

「ちょっと傷つく。」

「それは悪いことした。」

「謝って。」

「あいにくと下げる頭は持ってない。」

「なんか当たり強くない?」

「それはお互い様。」

僕は過去に戻る前、この子とは友人関係にあった。名前は花宮真白。僕がこんなずけずけと喋っているのはこの程度で怒る奴じゃないのをわかっているから。しかしあっちは初対面だ。それなのによくこんなに絡めるな。

「ふふ、なんだか気が合うね。」

「僕もそう思ってた。」

「友達になろうよ。」

「そうしよう。」

そうして友達ができた。なんか変な会話だったが大体友達になる時なんてこんな感じだろう。

「さっきから素っ気ない。」

「そんなもんだよ。」

「その言葉嫌い。なんか怖い。」

「よく言われるよ。」

「じゃあなんで直さないの…。」

「なんでと言われても、口癖だからしょうがない。」

「その口癖直した方いいと思うよ。」

「善処します。」

そんなこんな、真白と会話を交わした。いい気分転換になった。さて、このホームルームが終わったら今日は帰るだけなんだがどうするか。在校生は授業があるので先輩には会えない。

「とりあえず、先輩の気を引かないと。」

「先輩ってあの綺麗な先輩のこと?」

「そうだよ。」

適当に相槌を打つ。

「惚れてんの?」

「バッチリほれてる。」

「清々しいね。」

「事実なんだし別にいいでしょ。」

誰がなんと言おうと僕は先輩が大好きだ。一度振られているがそれでも僕は彼女のことが…。

「なんか泣きたくなってきた。」

「そんないきなり、何かあったの?」

「色々とね。」

また振られるんじゃないかという恐怖に敵が多すぎるという絶望的な状況。泣いてしまいそうだ。

「たしかに敵は多いから簡単には行かないだろうね。」

まるで僕の心を見透かしたように言ってくる。

「けどそれを乗り越えてこそ、振り向いて貰えるんじゃないかな。それにあの人の周りにいるのは告白も出来ないような人ばかり。君とは想いの重さが違うよ。だから諦めなければきっといけるよ。」

「真白、どうしてそう思うんだ?」

「だって君ホームルーム中ずっと先輩のこと考えてたでしょ。」

「そうだけど。」

「入学当時なんてさクラスのことで悩んだりするのに君はずっと先輩を想っていた。それだけ先輩のことが本気なんだって証拠だと思った、ただそれだけだよ。」

「なるほど…。」

「まぁ、とりあえず当たって砕けろの精神でいこ?もしダメだったら私に泣きついていいから。」

「よく初対面の人にそこまで言えるな、関係なんてすぐ終わるのに。」

あの時先輩に振られた時と同じように、たった一つの出来事で関係なんてものはすぐ崩れてしまう。積み上げて行くのはとても時間がかかるというのに。

「何言ってるんだよ。私たちはもう友達なんだから。」

そう言った彼女は眩しい笑顔を浮かべていて思わず僕は

「そうだね、僕らはもう友達だ。」

そう、言っていた。

 

次の日、朝から先輩に会うことは出来なかった。登校時間なんて人それぞれだし会えないことはわかっていた。それでもなんだか寂しかった。

 教室に着くまでの廊下を歩きながら考える。こんな悠長なことをしてていいんだろうか。もしかしたら先輩に会いに行った方がいいんじゃないのかと考えたがその考えをすぐに打ち消す。ダメだダメだ。焦って行動したら失敗することは目に見えている。だから僕のペースでいい、ゆっくりやっていこう。

 「あ、おはよう」

教室に着くと真白がもう席に着いていた。

「おはよう。早いね。」

僕も挨拶を返す。

「今日は早く目が覚めたから。」

「なるほどね。」

「そういえば私、まだ君の名前知らないな。」

「あれ、自己紹介してなかったっけ。」

「うん、してないよ。」

そうか、僕は過去にもどってきたから名前を知ってるけど相手はそうじゃないのか。

「それは失礼した。僕の名前は一色湊だよ。」

「いい名前だね。私は花宮真白、改めてよろしくね。」

「いい名前だ、こちらこそよろしく。」

自己紹介も終わったところでまた真白が話しかけてくる。

「それで、順調なの?」

「順調とは?」

「先輩のこと。」

「なにも進んでないよ。それに一日でどうにかなる訳ないから時間をかけていこうと思う。」

「なるほどね、まぁ何かあったら相談に来なさい。話だけは聞いてあげるから。」

「ありがとう。」

心強い友達も出来たし先輩のことをじっくり考えよう。どうしたら振り向いてくれるだろうか。やはりいい男にならないといけないだろうか。生憎と僕は平凡な男なのでいい男とは程遠い。そんな僕が先輩に近づけるのだろうか。

できるかなぁ…いや、違うな。やらないと行けないんだ。だって、そのために過去に戻ってきたのだから。


 「部活、かぁ」

帰りのホームルーム時に渡された紙を見ながら呟く。そこには入部届けと書かれていた。

「なにか入った方いいのかなぁ。」

先輩と同じ部活に入りたいけどそんな事して意味はあるのか。先輩目当てでその部活にはいる人だって少なくは無いはずだ。なら入ったところでその中に埋もれてしまうだけだ。

「難しいな…」

「どうかしたの?」

「…え?」

いきなり話しかけてきた女性。その女性は藍野先輩だった。

「藍野、先輩?」

「えぇ、そうだけど。」

分かりきったことを聞く。次は何を喋ればいい?いきなりな出来事すぎて何を話せばいいか分からず頭がパンクしてしまいそうだ。

「えっと、先輩は何しにここへ?」

「借りた本を返しにきただけだよ。それより君は何をそんなに悩んでいるの?」

「部活決めですね。なかなか決まらなくて帰宅部になろうかなと。」

「なにか楽しそうと思ったものは無いの?」

「それがないんですよね。」

正直な話今は先輩のことしか頭にないので部活など他のことを考えてる暇などなかった。

「まぁ帰宅部が一番楽だけどね。」

「それはそうですね。特に入りたいのがなかったので帰宅部にしようかなって思ってます。」

「そう、いいと思うわよ。けど、ちゃんと考えてから決めなさい。後々後悔しないように。それじゃあね。」

そう言って先輩は図書室を後にした。ふぅと一息つく。すごい緊張した。心臓がバクバクする。本当に心臓に悪い。なにかしたいことがあるわけじゃないし部活は帰宅部にしよう。

「先輩と付き合いたいな…。」

図書室で一人そう呟くのだった。


「先輩との出会いか。」

僕は過去に戻る前のことを思い出していた。先ほどの出会いは元の世界にはなかった。ということは未来は変えられるのかもしれない。今までと違う行動をとることで少しずつ未来は変わっていく。つまり付き合える可能性もある。そうと分かったらやる気が出てきた。

「それじゃ、行ってみるか。」

僕は先輩とは誰よりも親しい距離にいたため秘密を何個か知っていた。今回はそのうちの一つを使おう。

「今は飯時だ、ということは先輩はあそこにいるはず。行ってみよう。」

少し乱暴なやり方だと思ったが印象付けるにはこのやり方が最適だと思った。だから…。

「いらっしゃい!」

店員のその声を聞きながら僕は店内に入った。少し当たりを見回すと

「あ、いたいた。」

僕はくすくすと笑いながらその人の隣に座りこう言った。

「奇遇ですね、藍野先輩。」

「…え?」

あまりに突然な出来事に先輩は呆気にとられたような顔をしていた。そりゃそうだ。先輩は美しく、気高く、そして品のあることで有名だ。本人自身もその噂を重々承知のためイメージを崩さないように振舞っていた。ゆえにラーメン屋で夕食を食べる姿など生徒には見られたくなかったに違いない。だからこそ先輩はこんなに驚いているのだが。

「いやぁ、ほんとに奇遇ですね。」

僕はとびっきりの笑顔を先輩に向けてから店員にメニューを告げる。

「ほんとに、もう…」

先輩の顔が凄い赤くなってる。凄い恥ずかしがってる。その顔を見て僕は可愛いと思いにやけそうになってしまう。しかしここでにやけると先輩からの評価はガタ落ちになってしまう。それだけは阻止したいため、僕は普通に振る舞う。

「どうしましたか?顔を赤くして。」

先輩は余程恥ずかしかったのか顔を隠して喋らなかったが、やがて口を開いた。

「…黙っててくれない?」

「ええと、何の話ですか?」

「私が、ここでご飯を食べてること。」

「別に言いませんよ。言う必要もないし。」

「そんなこと言われると逆に怖いんだけど。」

「別に大丈夫ですよ。僕一人が言ったって誰も信じません。藍野先輩がそんなところ行くわけないと信じる人の方が絶対に多いです。」

「なら、大丈夫かな。」

「けど、カメラで撮ってたりしたら話が変わりますけど。」

「やっぱりあなたをここで消すしか…。」

「やめてください。僕はやりませんよ。」

「なら、信じるわ。」

「そうしてください。」

そう僕は返してラーメンを啜った。

戻る前、先輩に何度も連れていってもらったお店なので慣れ親しんだ味だった。僕が食べ始めたのを見て先輩も自分のラーメンを食べ始めた。

「うん、やっぱり美味しい。」

「ほんとに好きですよね、ここのラーメン。」

「あら、まるで一緒に来たことあるような言い方をするね。」

「いやいや、ちょっと言葉がおかしくなっただけですよ。」

言葉を間違えたので急いで修正する。実際ここのラーメン屋には何度か一緒に行っているがその事を先輩は知らない。

「多分だけど好きなんですか的なことを聞こうとしたんじゃない?」

「そうですそうです。」

「好きだよ、ここのラーメンは。味も好きだし何よりこの店の雰囲気が好きなの。」

「昔ながらのラーメン屋って感じでいいですよね。その気持ちわかる気がします。」

この言葉は媚びとかではなく実際思っていた。最近のラーメン屋はチェーン店など多く展開していて昔ながらというものがなくなったりしている。だからぼく自身もこの店は好きだしアジも好みだからぷらいべったーで来たりしていた。

「そうなの!わかってくれて嬉しいわ。」

嬉々とした表情をうかべる先輩。その顔を見て愛おしく思いまたにやけそうになったので先輩から器へ視線を逸らし残りのラーメンを食べ切る。

「替え玉一つ!バリカタで!」

「あ、じゃあ僕も替え玉を、ハリガネで。」

「え、ハリガネって硬くない!?」

「バリカタも硬いでしょう…」

そんなこんな、僕は先輩と距離を縮めることができた。ようやく、スタートラインを切ることが出来た。この先どうなるかなんて僕には分からないけどとりあえず頑張ろう。そう思えた日だった。

 「あら、こんにちは」

「どうも、奇遇ですね。」

ラーメン屋へ行くとそこには藍野先輩がいた。

「こんばんは、えっと。」

「一色です。」

「一色君、こんばんは。」

「よいしょっと。」

先輩の隣に座り込む。そして店員にメニューを告げてから

「大変そうですよね、先輩って。」

「あなたの方が大変でしょう。入学したてでしょ?確か。」

「あれ、僕先輩に学年教えましたっけ?」

「いいや、教えてないよ。けど君が図書室で部活決めようとしてたから。」

「あぁ、なるほどそれで察してたんですね。」

「そういうこと。」

なるほど、考えてみれば図書室で出会ったなぁと思い返す。

「それで、君の方は大変なんじゃないの?」

言うほど大変ではなかった。僕は一度高校生をしている。その時は勉強など疎かにしていなかったため、テストなども難しくはない。だから忙しくはない。ただ、ここは話を合わせるため

「確かに忙しいです。勉強とか追いつけるのかどうか不安です。」

「まぁ、そうよね。」

「藍野先輩は勉強どうなんですか?」

「この私が勉強できないとでも?」

この圧倒的に余裕のある発言さすが藍野先輩だ。

「というか、勉強分からないのなら教えてあげる。」

「…え?」

いきなりそんな誘いをされて戸惑ってしまう。先輩と僕が一緒に勉強?そんな願ってもないようなシチュエーション断る理由がない。

「どうするの。」

「ぜひお願いします!」

「じゃあ食べ終わったらやりましょうか。」

「え、ここでですか?」

ラーメン屋で勉強するなんて考えなかったから聞き返す。

「そんなわけないでしょ。私の家でするのよ。」

…え?先輩の家で勉強?

「本気ですか?こんな見ず知らずの男を家に上げるんですか。」

「ここでしたら迷惑になるでしょ。それともやめとく?」

「いいえ、やりましょう。」

好きな先輩の家に行けるんだ。断りはしない。ただ、いきなり家に誘われて驚いてしまった。

「多分教材とかは私の家にあるから取ってこなくて大丈夫よ。」

「あ、ありがとうございます。」

「それじゃ、食べ終わったら行きましょうか。苦手科目は?」

「数学、ですかね。中学の基礎から教えて欲しいです。」

「うわぁ、果てしない…。」

正直数学は苦手じゃない。ただここは馬鹿なふりをしておこう。先輩に少しでも近づくために。

「そういえばさっき、見ず知らずの男って言ってたけど君の場合は違うよ。」

「え?それってどういう…」

「まぁ、気にしないで。借りを返したって考えといてよ。」

「借りって言われても作った覚えないですし。」

本当に作った覚えがない。なんのことを言ってるんだ先輩は。

「秘密を隠してもらってることとか色々あるじゃん。」

そう言われて確かにと思ったのでなるほどと相槌うち、これ以上は言及しないことにした。

「さぁ早く食べなさい!一分一秒が惜しいよ。」

「は、はい。」

そう言われてすごい勢いでラーメンをすする。先輩との勉強会、不安もあるが楽しみだ。そう思いながら僕は残りのラーメンを食べていた。

 

 「先輩教えるの本当に上手いですね。」

あれから僕達は先輩の家で勉強をしていた。

「いや、これは私が上手いんじゃなくてあなたの覚えがいいだけだよ。そんなするすると覚えれるなんて関心しちゃうな。」

「いやいや、先輩の教え方が上手かったからこそですよ。」

「そんなもんかなぁ。」

「そんなもんです。」

事実、先輩の教え方は上手かった。

僕は覚えていたからいい復習になった。それから僕らは一時間ほど勉強していた。

「あら、もうこんなに経ったのね。少し休憩しましょう。」

「分かりました。」

そこで僕はペンを置いて先輩の家を見回しながら

「それにしても、先輩の家って…」

「なによ、廃れてるとでも言いたいの?」

「いやそうじゃなくて、イメージと違うなぁって。」

「まぁ、そうよね。私学校ではそういう振る舞いしてるもんね。だからこんな部屋見せて戸惑うのもむりないよ。」

「確かに多少は戸惑いますね。」

「…引いた?こんな家に住んでるの。」

「いえ、全然」

先輩はその返しに驚いたのか目を丸くして

「ほんと?」

そう聞き返してきた。

「ええ、別に引きませんよ。引く理由がないですしね。」

「君は優しいね。」

「当たり前のこと言っただけですよ。」

当たり前だ。家柄程度で引く人の方がどうかしてる。大事なのはそんな事じゃなくてその人の存在なんだ。だから僕はその人がどんな場所に住んでいようが引いたりはしない。

「さて、休憩もそこそこに勉強再開しましょうか。」

「そうですね。お願いします。」

それから僕は先輩に復習したい所を教えて貰った。時折香るシャンプーの匂いにドキッとしながら勉強会を終えた。

「あの、今日は本当にありがとうございました。」

「いえいえ、私もいい復習になったから助かったよ。」

「それじゃあ、また。」

「うん、またね。」

そうして僕は先輩の家を後にした。今日はとても進展した一日だった。この調子で仲良くなって僕に振り向いてもらうぞ。そう思いながら僕は家へと帰った。

 あの勉強会から三ヶ月ほどが経過していた。

「おはよう。一色君。」

「おはようございます。藍野先輩。」

こうして僕は前回と同じような立ち位置にいた。先輩の一番近くにいるという存在に。しかしここで満足してはいけない。僕はもう一歩先に進まないといけない。

そのためにするべき事は?スキンシップ?愛情表現?考えれば考えるほど分からなくて僕は

「わかんないな…。」

そう言葉をこぼしていた。先輩はそれを聞き逃さず

「どうかしたの?」

そう聞いてきた。

「あぁ、えっと、先輩はなんで僕を隣にいさせてくれるのかなと考えてまして。」

「そう言われても君と一番馬があったからなんだけど、他を強いて言うなら露払い、かな。」

「なるほど、人気者も大変ですね。」

「まぁ、慣れちゃったけどね。それでも君がいるといないとでは雲泥の差だよ。」

「そう言って貰えて光栄です。」そんなことを話して、僕は少し過去のことを思い出していた。確かこの時期、夏休みに差し掛かるこの夏に僕らは…

「ねぇ、一色君?」

「どうしましたか、先輩。」

「私と遊びに行こうよ。」

またこの時期なのか。

「日にちは、七月三日。その日空いてるかな。」

日付も過去と一緒。分からなかった。僕は今回全く別のルートで先輩と距離を近づけたはずだ。それなのに行き着く場所はここ。きっと行き場所も変わってないんだろう。

「場所は遊園地なんてどう?」

「遊園地なんてカップルみたいなことするんですね。」

「まぁまぁ、ちょっとした思い出作りにね。それでどうかな。行けそう?」

「その日空いてますよ。一緒に行きましょう。」

展開が読めてしまう。遊園地に行って彼女に告白したら答えも聞けぬまま彼女は失踪する。どうすればいい。告白しないでじっくり時間をかけた方がいいのか。いやもしその前に先輩が消えたら元も子もない。僕はどうしたらいいんだ…。

「一色君。」

思わず身を震わせる。そんな僕に先輩は優しくこう言った。

「最高の思い出にしましょうね。」


「着いたね。」

「ですねぇ。」

七月三日になり僕らは遊園地に遊びに来ていた。

「それじゃ、どこから回ろうか。」

「いやぁ、遊園地デートなんてあまりしたことないので分かんないですよ。」

「あまりってことは何度かした事あるの?遊園地デート。」

「家族と遊びに来たことあるだけですよ。デートって言っても恋人とかじゃないですよ。」

「…そう。」

先輩の返事が素っ気ない気がした。

「ねぇ、観覧車って楽しいかな。」

先輩が聞いてくる。

「あぁ、あの高所恐怖症の天敵の乗り物のことですか。」

「なんでそんな言い方…。もしかして高いところ苦手?」

「そうですよ、高所恐怖症ですよ僕は。」

「それならそう言ってくれたら良かったのに。」

「いや高いところ苦手っていうのなんか恥ずかしいじゃないですか。」

「バレちゃったら意味無いでしょうに。」

確かにそうだ。それでも先輩の前で高いところ苦手だとは言いたくなかった。バレてしまっては意味が無いのだけれど。

「それじゃあ、何に乗りましょうかね。」

先輩が悩んでいるのを見て

「ジェットコースターに乗りましょう。」

と提案してみた。すると先輩は困り顔になりながら

「えっと、ジェットコースターは乗らなくていいんじゃない?」

「何言ってるんですか。遊園地と言ったらジェットコースターでしょう。」

「いや、他に楽しめるものもあるし。」

先輩は絶叫系が苦手だ。だからこうやって言い訳をして乗らないようにしてる。そんな先輩が愛おしく思う。ここで乗らないで別のアトラクションで遊ぶのもいいだろう。けど僕はどうしても泣き叫ぶ先輩が見たかった。だから僕は

「まさかあの先輩がジェットコースターにビビるなんてことあるわけないですよね?」

と煽ってみた。

「怖くないよ!何回でも乗ってやるわよ!」

「じゃあ行きましょうね。」

「待って心の準備が…。」

そんなことを言ってる先輩の手を引っ張って半ば強制的にジェットコースターに向かう。それから数十分後先輩の悲鳴が響き渡った。

 

 「いやぁ、楽しかったですね。」

遊びきった僕らは帰り道にいた。

「散々な目にあったりしたけど楽しかったよ。」

「いい悲鳴でしたね。」

「記憶から消してよ。」

少し恥ずかしそうに先輩は言う。

「印象的すぎてわすれられません。」

「全くもう。」

先輩は困ったような笑顔を浮かべて

「それじゃ、今日はお開きだね。またね、一色君。」

そう言って僕に背を向けて歩いていく。一歩、二歩と遠ざかっていく。その後ろ姿を見て考えてしまう。このまま帰していいんだろうか。きっといいはずだ。僕が告白しなかったらきっと先輩は失踪しないはず。なのに胸の奥に不安が残っていた。ふと先輩の方へ目をやるとどんどん遠ざかって行くのが見えた。その背中を見て僕は怖いと感じてしまった。先輩がまた消えてしまいそうで。だから思わず出てしまった。この言葉が。

「先輩好きです。」

「…え?」

「好きです先輩。貴方のことが好きです。」

僕がそう言うと先輩はあの時と同じように優しそうでどこか寂しそうな顔をして

「ありがとう、嬉しいよ。」

前回全く同じセリフを言いそのまま遠ざかろうとする先輩。

「…どうして帰ろうとしてるんですか。返事はくれないんですか。」

「また今度言うよ。また次会った時に。」

僕は知っていた。次なんて無いことを。だから僕は言う。

「本当に答えてくれるんですか。ただ答えをはぐらかそうとしてるだけなんじゃないんですか。」

「なんでそんなに疑心暗鬼になってるのよ。私に考える時間を頂戴?告白してきた相手が君なんだから私だってしっかり考えたいの。」

そう言われて何も言い返せなかった。けどこのまま帰してしまったら先輩はいなくなってしまう。だから言うんだ。彼女への本心を。きっと僕がこの想いを伝えたら多少なりとも先輩の心は揺らぐ。言葉を紡げ僕、最愛の彼女への本心を。

「僕は先輩がいなくちゃ駄目なんです。あなたがいなくなるのが嫌なんです!僕はずっと先輩が好きでずっとずっと憧れてて…」

「ありがとう…ありがとう。」

そう言いながら涙を流す藍野さん。

「嬉しいよ、本当に嬉しい。だからこそさようならなの。またね一色君。」

そう言って藍野さんは僕に背を向けて歩いていってしまった。

「どうして、いなくなっちゃうんですか。僕はこんなにも貴方が好きなのに…。」

視界がぼやける。今までの努力が全て無駄になったのを自覚する。さらに涙が溢れてきて僕はその場に膝をついて泣いていた。

 この日、僕は失恋をした。二度目の失恋を同じ相手で。何が悪かったのだろう、なんで受け入れて貰えないんだろうそんな考えが頭の中を巡る。そして考えてしまった。僕の今までの行動に意味なんてあったのかを…。

 

あれから藍野さんは学校に来なくなった。ここにいても意味が無いと思い、僕は戻り時計を握り過去に行きたいと願った。けれど戻り時計は反応しなかった。なぜ戻れないんだ、先輩への愛が足りないんだろうかと考えていたが分かってしまった。きっと僕が諦めてしまったからだ。そりゃそうだ、あそこまで綺麗な振られ方をしたんだから。先輩への想いは依然として変わらなかったが今回は振られ方が違ったんだ。あそこまで想いを伝えてあそこまで食い下がった。けれど振られた。付き合えない、その事実が僕に重く圧し掛かる。結局藍野さんにとって僕は友達止まりだったんだ。だから僕は戻り時計を元の場所に戻した。

 それからはダラダラと時が過ぎた。今まで以上に怠惰な時間を過ごしていた。藍野さんに会えない。そう考えると自分磨きなども馬鹿馬鹿しく感じた。これから先、僕は誰を愛していけばいいのだろうそんなことを考えながら過ごしていった。

 それから一年、二年と時間が過ぎていったと思う。その日も怠惰な日をすごしていた。

 親戚が死んだらしい。そんな悲報を聞いても僕の心は揺れ動かなかった。親に何度も心配された。心も態度も冷めすぎていると。病院に連れて行かれたりもした。それでも僕が変わることはなかった。「ごめん、ちょっと歩いてくる。」

近くでは親戚みんな泣いていた。そんな状況で僕だけ泣いていないというのがいたたまれなくなりその場を離れた。

 あの場所から五分ほど歩いた場所に来た。桜が咲いていて綺麗な場所だった。

「綺麗だな。」

そう呟いた。

「…あれ?」

当たりを見渡すとこちらをじっと見てる女性がいた。

「あの、どうかしましたか?」

何となくその女性に声をかけた。

「あ、いえ少し色々とありまして。」

「そうですか。誰かに似てたりしてましたかね。」

「そんなところです。」

女性はいかにも主婦という感じの人だった。それよりこの女性がさっきまでいたところは墓場のはず、もしかしたら僕が死んだ旦那さんに似てるのかもしれないなと自己完結した。

「なるほど、それじゃあ僕用事があるので。」

「そうだったのね、さようなら。」

女性は優しい笑顔で手を振ってくれた。僕も手を振り返したが上手く表情はつくれていただろうか。

「…墓の方にでも行ってみるか。」

そう呟いて僕は墓場へと向かった。

 「何をしてるんだ、僕は。」

墓を見ながらそんなことを呟く。用事もないのにこんな場所に来て他人の墓を眺めるだけ。

「バチが当たるかもな。」

ふっと笑う。春、満開の桜が咲き誇る頃。僕は未だに彼女のことを忘れきれない。ほんとに未練がましい馬鹿みたいだ。

「…あ、あれ?」

墓を見ていると見知った名前があることに気づいた。動揺を隠しきれない。僕は進めてた足を止めその墓に刻まれてる名前を見る。

「嘘だ…待ってくれよ…。」

そこには藍野結愛、そう刻まれていた。その瞬間ピロンと着信音がした。僕は目を見開きながらそれを確認した。

「なんで先輩から通知が…。」

送られてきたのはボイスメッセージ。僕は深呼吸をして目を閉じ耳をかたむける。

「こんにちは、かな?私だよ、藍野結愛。えっとまずはごめんね、これを聞いてるってことは多分見ちゃったんだよね。私、お母さんに頼んだんだ。私の言う人がこの墓を見たらこれを送ってほしいって。そんな確率ほとんどないのにね、それを当てた君は幸運というか不運というか、まぁいっか。君がわかる通り私はもう死んでる。持病を持っててね医者には長くないと言われてたんだ。遊園地に誘った日があったでしょ?その前日に言われたんだ。余命一ヶ月だって。私びっくりしたの。君が告白するなんて思ってなかったから。すごく嬉しかった付き合いたかった。でも、駄目なんだ。私の余命は残り少ないそんな状態で付き合ったとしてもどっちも傷ついてしまうだけ。だから君に好きと言えなかった。自分の本心を伝えれなかった。それが辛かったからボイスメッセージとして貴方への想いを残したんだ。貴方には心残りを与えてしまうだろうけどごめんね。これが私の本心で伝えきれなかったことだから。もし後悔したくないならここできることをおすすめするよ。絶対に心残りを与えるだろうから。…それじゃもう良いかな。聞いてるかどうか分からないけど言うね。」

そこで一度止めてしまった。怖いとかじゃない、ただの心の準備のため。これから何を言われるのか分かっているようで分かってない。だから聞くための準備。そして僕は目を閉じ意を決して押した。

「愛してます。あなたのことが好きです。これは最初で最後の君への愛してる。一目惚れだったの。君を見た瞬間すごい好きになった。関わっていく度にどんどん好きになっていった。勉強会もデートも楽しかった。さようなら私の最愛の人。君に出会えて幸せだったよ。」

涙がとめどなく溢れた。こぼれ落ちる涙は墓へと伝っていく。

「僕も愛してます。藍野さん…。」

か細い声で僕はそう言った。


 「おはよう。湊」

「真白か、おはよう。」

登校中に後ろから話しかけてきた真白に挨拶する。

「ねぇ、何かいい事あった?表情が柔らかくなった気がする。」

「さぁ、どうだろうね。」

「教えてくれてもいいじゃん、私たちの仲でしょ。」

「まだ教えないよ。」

「なら教えてくれるまで待ってあげる。」

何故か上から目線な態度を取られたがまぁいいか。

「でも、本当にいい顔をするようになったよ湊。」

「そう?」

「うん、いい笑顔だよ。」

「そっか、ありがとう。」

藍野さんは幸運か不幸だとか言っていたがあれは幸運だ。あれがあったからこそ僕は今笑顔で歩いていられる。笑顔をくれたのは藍野さんだ。気持ちの整理がついた。もう過去は振り返らない、今までのこと全て思い出として残す。もう、戻り時計なんてものはいらない。この道を先輩がくれた笑顔で歩いていく。

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