一粒の涙よりも軽い命を抱きしめる自分へ。

九月の月羊

第1話後悔と暖かい涙。

俺は自分の命が他人より軽いものだと思っている。

自分の命なんかに価値は無く。むしろ生きている事で周りへ何らかのマイナスを産みつずける、生産性の無い無価値なものだと思って生きている。

もちろん死のうとした。

何度も、何度も。

マンションの屋上に行って飛び降りようとも、ハンガーラックに首をくくって死のうとも。

けれど、死ぬ事が出来なかった。

直前で痛みや苦しみへの恐怖で覚悟がかき消されて、何度も死ぬための行為を中断している。

そして数日後、数ヶ月後、数年後に思うのだ。

「なぜ、あの時に死んでおかなかったのだ」と。




車窓の向こうにポツリと浮かぶ満月をぼんやりと眺めていた。

彼女の家からの帰りの電車の中で「死にてぇな」とふと思う。

彼女と会った帰りは必ずそう思う。

彼女と抱きしめあったり、キスしたり、セックスしたり。

彼女は俺の事を愛してくれいてるし、俺も彼女の事を愛している。

満たされているはずなのに、なんだか虚しくて、自分の全てが滑稽に思えて。

死にたくなる。

数ヶ月前に彼女と行った花火大会で、20時から打ち上がる花火を見るのに、いい場所を探していた。

どこもかしこも人が多くて、もたついていうちに花火が打ち上がり、最終的に花火を見るには、いまいちな立地にある公園のベンチに2人で腰掛けて、アパートに被る花火を2人で見ていた。

自分が情けなくて情けなくて仕方が無くて、溢れそうになる涙を彼女にバレる事が無いように、必死に抑えて花火を見ていたのを覚えている。

「欠けた花火でごめんね」

俺が彼女にそう言うと。

「欠けた花火でも君と見れるなら嬉しいよ」

そう、優しい笑顔で彼女は返す。

こんなにも綺麗な彼女は俺なんかに勿体ないなって、優しい言葉をかけられるたびに思う。

俺も彼女も同じ中学で、お互い不登校だった、それなのに彼女の表情からも心からも影を感じない。

そんな純粋な彼女と、自分を比べてしまって、自分はダメな人間だなという思いが心の奥からじわじわと込み上がってくる。

そんな、彼女と自分を比べてしまう自分が心底嫌いだった。


彼女と別れた次の日の早朝、飼い犬の散歩に出かけた。

飼い犬の行きたい方向へただ歩き、登る朝日をボーッと見ていた。

何気なく通った駅裏の広場に1台の自動販売機が寂しそうにぽつりと立っていた。

その自販機に貼られてあるPOP広告のイラストの少女が缶ジュースを片手に可愛らしく笑っている。

そのイラストの少女を見て可哀想と思う自分は、何かが欠けているのだろうか。それとも何かを過剰に持ってしまっているのだろうか。


俺は自分を愛する事が出来ていない。

そもそも他の人が自分を愛して生きているのかどうかわからない。

1度なにかの会話の流れで彼女に「君のためな死ねるよ」そう言った事があった。

すると彼女は「そんな無責任な事しないで欲しいな」と悲しそうに言った。

「残されたちゃった私はきっと、大事な人を失った悲しみと無力感で、死にたくなっちゃうよ」

そう言って、彼女は俺の鼓動を確かめるように強く抱きしめた。

「そうだよね」

俺も彼女の細く華奢な背に腕をまわし、壊れないようにそっと抱きしめる。

「君が嫌になるまでは一緒居てくれたら嬉しいな」

彼女の綺麗な首筋に暖かい涙が落ちた。

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一粒の涙よりも軽い命を抱きしめる自分へ。 九月の月羊 @Kisinenryokunn

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