第3章 夫とデートです♡(万人が恐怖)

第9話 布の袋に入れて城門の外にぽいっ

 アストリットとジルヴェスターの結婚生活も半年ほどが過ぎた。

 大司教を招いた領内での結婚式は冬に執り行われた。非常に豪華な式に、アストリットは目を回しかけた。

 それと前後して始まった、お妃様教育や辺境伯妃としての仕事も非常に大変だが、何とかこなしている。


 中庭は冬を乗り越え、ローズマリーが幅を利かせていた。


 

 雪解けが始まり、雪で封鎖していた街道もどんどんと交通の規制を取りやめた。

 ユリアーネたち修道院の仲間からの手紙も来るようになった。薬草の話が書いてあるものは印をつけて、勉強のために鍵付きの箱の中に入れて保管している。

 仲間からの手紙だけではなく、アストリットには心躍ることがあった。

 城には、そろそろ、冬にはなかなかお目にかかれなかった、薬草の苗を持ってくる行商人が訪れるのだ。


 城に様々なものを売りつけにくる行商人の一行が到着した。アストリットは城の女主人として彼らをいたわった後、薬草苗の商人のところにすっ飛んで行った。

 苗を持ってきたはずの男は、晩秋まで世話になっていた行商人とは違う人物だった。

 中庭に誘いながら話を聞くと、前の行商人は別の地域へ行ったらしい。

 だが、ぎとぎととした彼は、中庭に着いた途端、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。


「ぐえっへっへ……奥方様、お殿様とはよろしくやっておりますかぁ?」

「よろしくやっています」


 なんだか背中に悪寒が走る。自分を囲む下女たちがゴキブリを見たかのように眉根を寄せている。

 ゴキブリ行商人は揉み手を始めた。


「でも、最近お殿様はお忙しくて夜も寝る暇がないとか。とんとご無沙汰で下腹から燃え上がる情欲の炎を抑えられないんじゃありませんか、げへへげへへ」

「お腹から炎は燃え上がっていません。夫の疲労を回復させる薬草を探しています。頼んでおいた苗をください」

「最近お殿様はお忙しくて夜も寝る暇がないとか。とんとご無沙汰」

「頼んでいた苗をください」

「最近お殿様はお忙しくて夜も寝る暇がないとか。とんとご無沙汰」

「頼んでいた苗をください」

「最近お殿様はお忙しくて夜も寝る暇がないとか。とんとご無沙汰」

「……」


 アストリットの心は凍りつき、顔はしわくちゃになった。ゴキブリ行商人は身体を寄せながら続ける。


「オレが夜のお相手を。お殿様より最高の夜にいたしましょう」


 ゴキブリ行商人が頬を緩め、肩に腕を回そうとした。

 心が凍った辺境伯妃は、頑張ってぎこちなく下女たちを見回す。用意の済んだ下女たちがゴキブリ行商人を干草用フォークで追い詰め、布の袋に入れて城門の外にぽいっと捨てた。


 下女たちがアストリットに聖水をかけたり、魔除けの祈りやまじないをした。下女たちは口々に「気持ち悪い野郎でしたぁぁぁッ!」といい、女主人にぶうぶうと言った。


「きっとお妃様が頼んだ苗がなかったに違いありません! だからあんな不埒なことをしてごまかそうと!!」


 彼女は礼を言った。


「こうなると困りましたね。薬草の苗を売ってくる行商人はあまりここには来ないから……」


 彼女は中庭の前にしゃがみこんだ。


 刺々しい葉と葉に似合う凛とした香気を持つローズマリー。小さな葉が可愛らしいタイム。両方とも冬を越す力強い茎を持ち、なおかつ塩をまぶした肉と一緒に焼くと非常に美味しい。

 疲労に良いので、最近政局が難しいらしく目が死んでいる夫の晩餐に出すように指示している。

 ローズマリーとタイムを今日の晩餐分摘み取って籠に入れる。


 ——うーん。


 しかし、それだけではなんとも物寂しい。義母の植えていった薔薇はようやく蕾が膨らみ、ニオイスミレも花咲かすようになった。


「お義母様に『カモミールはまだ植えられないの!?』とせっつかれているし……」


 ラベンダーやミントも植えていきたい。ブラックベリーも。


「そうだ、城下の市場に行けば売っているかもしれない!」


 彼女は、手を拳で打った。

 下女たちは困ったように顔を見合わせ、あまり貴人の妻らしくない辺境伯妃を諌める。


「……お城の外に出るのは、お殿様のご意向をひとまず確認してからでないと」


 それもそうだな、とアストリットは頷いた。脳裏にお妃様教育の作法教師の声が響く。


 ——お妃様はッ! お殿様の頑なな御心を動かした、オストヴァルト侯の秘蔵の姪姫なのですよ!! 国王陛下の血を引くお方なのですよッ! なんかこう、それっぽい感じ、出していきましょう!? もう少しお淑やかに! 上品に!! 元気で呑気のんきな修道女じゃありませんか、それではッ!!

 ——修道女でしたもの!


 頭をふるふると振った。

 ジルヴェスターはわりと妃の行動の許容範囲は広そうだし、すぐに許してくれるだろう。



 夜、アストリットの亜麻色の髪を指でもてあそびながら、夫は微笑んだ。

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