喫茶店にて③
最初に頼んだコーヒーをお互いに飲み干してしまったので、お代わりを注文する。
その間、風祭さんは先程俺が言ったことをスマホアプリに纏めつつ、度々質問をしてきてそれに俺が答える。
それはアイスコーヒーが届くまで続いた。
「じゃあ次に発声や滑舌の練習方法な」
届いたばかりのアイスコーヒーを一口飲んで次の話を伝える。
「発声や滑舌って腹式呼吸とか早口言葉みたいな?」
「そうそう」
「一応練習はしてるんだけど、あれ難易度高いよね」
「まあそれは確かに」
「特に腹式呼吸。あれさ、お腹膨らませるんだよね? でもさ、ドラマとか観てもそんなにお腹膨らんでる感じしなくない?」
「あー、多分それ間違ったイメージしてると思う」
「間違ったイメージ?」
「うん、多分腹式呼吸のイメージって、ご飯をめっちゃ食べた後のお腹みたいな膨らみ方のイメージじゃない?」
「うん、なんかご飯の代わりに空気でお腹パンパンみたいな」
やっぱりな。
腹式呼吸って意外と勘違いされやすいから仕方ないけど、変な癖がつく前でよかった。
「腹式呼吸って実際にお腹に空気を入れるわけじゃないんだよな。実際に入ったら大変なことになるし。腹式呼吸の仕組みはあとで自分で調べてもらうとして、やり方の感覚だけを伝えておくね。ちゃんとしたやり方やお手本は明日の朝俺が見せるから」
「はい、お願いします!」
「じゃあ感覚なんだけど、お腹だけを膨らますイメージじゃなくて腰回りも全部膨らますイメージな。最初は仰向けになって腰と床の隙間に潰しやすいペットボトルを入れて、それを呼吸だけで潰せるようにしような」
「なんで仰向け? 立ったままで練習とかはできないの?」
「仰向けでもできるけど、寝そべったほうが腹式呼吸になりやすいんだ。きちんと腹式呼吸をマスターするまでは寝ながらやったほうがいいね」
慣れるまでは本当に難しいからなぁ、腹式呼吸。
でも、芝居をするにしても歌をするにしても大事な要素だから避けるわけにはいかない。
「あと息をゆっくり鼻から吸ってゆっくり口から吐き出す。そして限界まで吐き切ったら一気に鼻から息を吸う。そしたら一気にお腹周りが膨らむから感覚を掴みやすくなるよ」
「なるほどなるほど。でもさ、ずっと不思議だったんだけど、なんで腹式呼吸って必要なんだろ。だって今話してる時も別に腹式呼吸で喋ってるわけじゃないじゃない?」
「まあそうだよね。歌ならともかくなんで芝居でも……って思うよね。でも、腹式呼吸って芝居でも大事なんだ。大きい声を出すためだけじゃなくて、呼吸のコントロールをするためだったり、スムーズな発声に繋げるためだったり、重要な要素が詰まってるんだよね」
まあ、今はとりあえず腹式呼吸は大事だってことだけ知ってもらえていたらいいや。
あんまり一気に詰め込みすぎても身にはならないし、もうちょい深いところは後々教えればいいだろう。
「そっか。凄く大事だってことはわかったよ」
「きちんと出来るようになったら、結構世界変わるよ。その為に自主練で頑張って」
「はい! 先生!」
「先生って……」
聞き慣れない呼び名に身体がむず痒くなる。
こう背中がムズムズーって感じ。
「それであと他には今のうちにやっておいたほうがいいことってある?」
「あとは滑舌かな」
「あー滑舌……。私早口言葉苦手なんだよね」
「えっと、それもちょっと誤解してるかな」
「え? どういうこと?」
「滑舌の練習だからって早口でやらなきゃいけないってわけじゃないからな」
「そうなの!?」
「慣れたら早口で……っていうのはいいと思うけど、それまでは言い慣れるまでゆっくりでいいからきちんと言えるようにすること」
「でもゆっくりなら言えて当たり前じゃない?」
「それが意外と難しかったりするんだよなぁ。単語だけなら言えても文になると噛んだりしてさ。現国の教科書読まされる時に普通の文なのにスラスラ言えない……みたいなことない?」
「あー、あるある!」
ていうか、ある程度滑舌の練習で言いにくい言葉に慣れてくると、意外と普通の文章を滑舌良く言うの難しい……って感じるんだよな。
「滑舌を良くするためには表情筋と舌の筋肉を鍛えるのがいい。まあこれは公の場でやるのは恥ずかしいから、『表情筋 滑舌』とかでググったらトレーニング方法出てくるから自分で調べてくれ」
「はーい」
「で、舌は両頬に当てるのをまずは10回5セット、そして上と下の歯茎を舌でぐるりと一周なぞる。これを左右10セット。まあここらへんは自分の加減次第でね。やりすぎず、楽すぎず……な」
「これはバイト中とかマスク越しにこっそりできそうだね」
「念のために人が見てない時にやりなよ。変な顔になってる可能性あるからな」
「それは……気をつけます」
あははっと苦笑いしながら頬を掻く風祭さん。
本当にこの子は表情豊かだな……なんてことを微笑ましく思いながら、ズズッとコーヒーを啜った。
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