喫茶店にて①
「ごめんね! 待った!?」
「いや、俺もさっき着いたところなんで、大丈夫っすよ」
駅から少し離れたところにある個人経営の喫茶店。
俺がこの街に引っ越してきてからよく利用するようになった店だ。
雰囲気はいいし、コーヒーも軽食も美味しい店なのだけれど、立地のせいか客もそれほど多くない。
だからこそ落ち着いて一服できるいい場所なのだけれど。
風祭さんも俺と同じようにTシャツとデニムにスニーカーと言ったシンプルな格好で、顔にほんのり汗を滲ませながら入店してきた。
「早めに家は出たんだけど、ちょっと迷っちゃって……」
「あー、それなら駅前で待ち合わせしたらよかったっすね。すみません、気が利かなくて……」
「いやいや、それは全然! 私こそごめんね!」
謝りながら俺の対面に座る風祭さん。
座ったことを確認してメニューを差し出す俺。
風祭さんはありがとうとメニューを受け取り、一通り眺めたのちに店員さんを呼ぶ。
お冷とおしぼり、そして俺が注文したアイスコーヒーを持ってきた店員さんにアイスコーヒーとミックスサンドを注文し、お冷を一口飲んでようやく彼女は一息ついた。
「白鳥くんはコーヒーだけでいいの?」
「ええ、お腹空いてないんで」
「そっか。もしお腹空いたなーって思ったら、私のサンドイッチ食べてもいいからね」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑む彼女は、それだけでとても性格がいい子なんだなとわかるくらいに可愛くて愛嬌がある。
読者モデルとか、そういう方面でスカウトされそうなものだけどどうなんだろうか。
「ていうか、白鳥くん、なんでずっと敬語なの?」
「あー、癖っすね。あんまり面識のない人相手だと、タメ口で話しづらくて……」
「それって仕事関係とか?」
「まあ、そんな感じです。仕事だとここまで砕けた感じではないですけど」
周りは基本的に歳上の方ばかりだったし、同年代でもある程度交友を深めないと気軽にタメ口で話せるような雰囲気もないような世界だったからなぁ。
あと失礼のないようにしないとすぐに干されてしまう可能性もある。
だから言葉遣いや礼儀などは徹底した。
まあ、仕事モードが切れたら砕けるけども。
そんなにずっと気を張っていても疲れるしね。
「とりあえず私に対しては敬語はいいよ。クラスメイトに敬語使われても変な感じするしね」
「そっか。じゃあお言葉に甘えて」
「うん、よろしい!」
「失礼します。こちら、アイスコーヒーとミックスサンドです」
ちょうど話が終わったタイミングで注文してたアイスコーヒーとサンドイッチが届く。
風祭さんは顔を輝かせて、おしぼりで手を拭いてからサンドイッチをいただきますと食べ始めた。
俺もアイスコーヒーのストローに口をつける。
うん、冷えてて美味しい。
「さて、じゃあ今日集まった本題に入ろうか」
風祭さんが食べ終わってから、話を切り出す。
この後にどちらも予定があるのだから、いつまでも余韻に浸かっている暇はない。
「ん、わかった。とりあえず、何から話そっか?」
「まあ色々疑問に思うところはお互いにあると思うけど、そこは置いておくとして、俺が君の芝居を見るってことだけど……」
「うん」
「俺は放課後仕事があることもあるし、毎日付き合う ってことはできない。前みたいに泊りがけのロケとかそういうのは極力減らしてもらってるし、色々配慮してもらってはいるけど、それでも放課後に見るってことは厳しいと思う」
「私もバイトあるからちょっとキツいかも」
「なるほど……。あとは休日だけど、これも行ける日と行けない日があるんだよな。新曲が出たら結構忙しくなるし、土日両方とも終日埋まることもあるし、長期の休みになればドラマの収録が入る場合もある」
学校を休んで……みたいなロケや収録は極力減らしてもらっているけれど、それでもMVの撮影や他県でのドラマの撮影で泊まり込みしなければならない場合もありえる。
俺以上にスケジュールを抑えることが難しい人たちなんていっぱいいるのだから、俺の都合だけで仕事を回すことはできない。
それでもうちのマネージャーや事務所が尽力して今の俺の生活を送れているのだから感謝してもしきれない。
「そうだよね……。私の地元でもよく名前を聞いてたくらいに有名な人だもんね」
「地元……って、ここが地元じゃないの?」
「……うん。今は引越して一人暮らししてるよ。夢もあったし、ちょっと色々あって……」
「そっか。だからバイトしてんだ」
「そう。一応家賃とかは払ってもらってるけど、それ以外はね」
地元の話を出してから先程よりも顔が曇る風祭さん。
あまり触れてほしくないんだろう。
「なるほどね。で、話を戻すけど……」
「えっ、あ、うん……」
俺が深く突っ込まずに話を戻したのが意外だったのだろうか。不思議そうに呆けている。
言いたくないことや触れてほしくないことなんて誰にだってあるだろうし、そんなデリケートなところにベタベタと触れるなんてデリカシーがないことなんてしようとも思わない。
「あのさ、今日みたいに早朝に練習って毎日してるの?」
「そう……だね。やり始めたのは先月からだけど、それからは大体毎日やってるかな。天気が悪い日は流石にやれてないけど」
「そっか。俺も、あの時間帯はランニングしてるし、多分お互いに都合がいいんじゃないかって思うんだけどどうだろう?」
「私はそれでもいい……というか、すっごく助かるんだけど、白鳥くんは大丈夫なの? その、住んでるところから遠いとか」
「ランニングのついでだし、そろそろ距離伸ばそうと思ってたから問題はないよ。それよりもあそこってあの時間帯、人通りとかはどうなの?」
そう、それが一番の問題だ。
この関係はお互いに内緒にしておきたいものだし、今日の俺みたいに高校の生徒に見られた時が面倒くさいことになる。
「それは大丈夫だと思う。あの時間帯は年配の方が散歩してるくらいで、他には全然人通らないし」
「そっか。なら好都合……だけど、あんまり女の子が人気のないところで1人でいるもんじゃないぞ。今はいいかもしれないけど、冬場なんてまだ真っ暗だろうし」
「そうだね、気をつける。でもこれからは白鳥くんが一緒にいてくれるんでしょ?」
「毎日は無理だけどな」
「その時は家で出来ることをやるよ」
「そうだな。それがいい」
そう言って俺たちは笑い合うのだった。
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