【開幕を告げる鐘は銃声と共に】
厳重な検問の前に古めかしい黒のビートルが荒々しく停車し、警備に当たっていた警官達の前に黒いスーツを身に纏った男が降り立った。
男はポケットに無造作に手を突き入れ、背中を丸めて検問へと向かう。
スーツの上からでも分かるほど鍛え込まれた肢体と前髪の隙間から油断なく覗く鋭い眼光に、警官たちも思わず息を飲んだ。
「極東聖教会魔障虐待対策室所属、ケースワーカーの犬塚だ。通してくれ」
真紅のロザリオを掲げる犬塚に警官の男が食って掛かった。
「ケースワーカーだ!? こっちは今それどころじゃ……!!」
「ま、まて……!! そのロザリオは法王庁の……!! それに犬塚って言ったら……確か
「ほ、法王庁?」
「ああ。
「「はっ」」
二人の警官は慌てて犬塚に敬礼した。
犬塚が周囲を見渡しながら歩いていると、警官隊の仮設テントの中に自分のスーツとよく似た黒スーツ姿の女が腰掛けている。
女と目が合い犬塚は咄嗟に顔を背けたが時すでに遅く、駆け寄ってきた女が犬塚の前に立ちはだかり頭を下げた。
「はじめまして! 犬塚さんですね? わたし、今日からバディーを組ませていただきます
深々と頭を下げる真白から鬱陶しそうに目を逸らし、犬塚は無愛想に言う。
「先に言っとくが俺はバディを組むつもりは無い……見つけた……!!」
「え……?」
犬塚は突如目の色変え、真白を置き去りに駆け出した。
真白は訳が分からないと言った表情を浮かべながらも、太刀の入った布袋を両手で掴んで犬塚の後を追う。
「ちょ、ちょっと……!! 犬塚さん!! 何処行くんですか!?」
「決まってるだろ馬鹿!!
「
「ああ……!! 臭いでわかる!! 悪魔憑きから出る嫌な臭いでな……!!」
住宅街の迷路のような細い裏路地を抜けて、犬塚は一軒の民家の前で立ち止まると、ジャケットの影に隠れたホルスターから黒い
犬塚の持つリボルバーのグリップには見慣れぬ文字の美しい彫刻が施されており、それに気づいた真白は思わず声を上げた。
「そのリボルバー……!! まさかカリヨンですか!?」
「そうだ……コイツならどんな悪魔憑きでも風穴を開けられる……!!」
「信じられません……アポカリプス戦争を生き残った奇蹟の鐘で作られた神器ですよ!? なんであなたがそんなものを!?」
「ごちゃごちゃうるせえよ……今は中のガキが先決だろうが!!」
そう言って犬塚は玄関ポーチを音もなく駆け抜け、一階の窓から室内に転がり込んだ。
「ちょっと……!? 犬塚さん……!! 独断で先行しないでください……!!」
真白は慌てて犬塚の後を追った。
窓から中に忍び込むと銃を構える犬塚と怯える少年の姿が目に飛び込んでくる。
「犬塚さん……!!」
少年の背後には体中に長い釘が刺さった血まみれの男が立っていた。
剥き出しの上半身には釘で彫ったであろうラテン語がびっしりと刻まれている。
釘男の頭にはぐるりと一周するように釘が打たれており、両目にも太い五寸釘が打ち付けられていた。
流れた血は頬で固まり、まるで黒い涙のようだった。
その手には血で染まった釘だらけのバットが握られている。
「ぼうず。良く頑張ったな。もう大丈夫だ」
犬塚は釘男を無視して少年に優しく語りかけた。
真白が目をやると少年の手足は釘で床に
釘男は人質の価値を理解しているようで、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、バットの先で少年の白い肌を撫でている。
犬塚に視線を移すと男の顔から笑みが消えた。
代わりに憎悪の炎を目に宿し唸るように口走る。
「祓魔師ども……我ら悪魔の同胞であり……裏切り者……!!」
「おい……俺を信用できるか?」
犬塚は釘男を睨んだまま囁いた。
真白は黙って小さく頷く。
「俺が撃ったら全力で走って丸待を保護しろ」
「ぼうず。俺がいいと言うまで目を閉じてろ? できるか?」
少年はコクコクと頷いて目を閉じた。
「このガキも……貴様たちも……釘で磔にして血を流し……ゆっくりと時間をかけながら……惨たらしく殺してやる……!! 大好きなキリストと同じようにな……!! こいつの魂も、血も、断末魔の最後の一息まで……!! 父親である俺のもんだ……!!」
「父子聖霊の御名によりて……我が弾丸をきよめ給え……」
犬塚は祈りとともに引き金を引いた。
放たれた銀の弾丸は釘男の額の釘に命中し、鋭い金属音が鳴り響く。
それは穢れを払う聖堂の鐘のように澄んだ音だった。
しかし釘男は脳天を撃ち抜かれながらもにやりと口元を歪め、手にしたバットを少年めがけて振り下ろす。
「くそが……!! 祈りが足りてねえ……!!」
犬塚が二発目を放とうとした時だった。
真白は少年と釘男の間に滑り込むと同時に太刀を振り抜き釘男の身体を両断する。
「天に
真白は両膝を地につき、手を合わせて祈りを捧げた。
その祈りに呼応するかのように釘男の身体が足元からざらざらと音を立てて崩れ落ち、塵へと還っていった。
かつて神が残した言葉の通りだ。
”あなたは塵から取られたのだから、塵に還らねばならない”と……
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