正解を教えて

@fuk_moon5

第1話 映画デートの正解

 その日は映画を観た。付き合ってから4ヶ月目で、はじめての映画だった。

 デートにおいて「映画」といえば、基礎中の基礎。ほとんどのカップルはこのステージを攻略しているだろうし、なんなら付き合う前に攻略している人々も多いだろう。

 しかし、貧乏学生と貧乏OLの二人には映画なんて贅沢品だ。いつもNetflixの配信を、ケータイの小さな画面で肩を寄せ合い覗き込むようにして観ていた。けれど、そんな貧乏性の二人にも、ついに映画を観に行く日がやってきた。

 きっかけは宮崎駿だった。どちらかが、とんでもないジブリオタクと言うわけではない。それでも日本における宮崎駿の威力は凄まじくて、公開されれば毎日誰かのストーリーには彼の作品が載っていた。日に日に増える映画館ストーリーに、流石の二人も心惹かれて、2000円を投じて映画を見る判断をしたのだ。

 

 チケットは3日前に取った。映画なんて久しぶりで、ネットで何日前に予約すれば良いかも分からず、更新される日を待ち続けた。

「ちょうどいい時間、これだね」

 次の日は彼女の出勤日だったから、お昼の早めの枠をおさえた。

 購入してから、ふと疑問に思って、彼女は聞いた。

「なんかちょっと高く、ない?」

 今まで学生料金だったからかもしれないけれど、こんなにしたかしら。

 千円だったのにね、学生だったら。あれ、でもそれにしても違う気がする。

 あーだこーだ言っていたら気づいた。

「IMAX料金なんだって」

「IMAX?」

「なんか、うーん、画質がいいらしいよ」

 画質……。

 目を合わせる。「えー、画質に700円かあ」、と二人で唸った。

 700円あればおいしいランチが食べられるし、本が一冊は買えるだろう。

 でも、唸って、もう一度唸ってから、

「じゃあ、元取るために画質堪能しようね」と笑った。

 なんでもプラスに捉えられるのが、誰かといる利点なのかもしれない。


 今回の作品は「君たちはどう生きるか」。友達の視聴率とは裏腹に、テレビではほとんど広告されていなくて、観た友人たちのストーリーも、内容に触れているわけではない。

 二人は予備知識も何もないままに、ポップコーンを買い、席に座り、永遠のような予告を観てから、本編を鑑賞した。

 二人はこう見えても文学部だ。ある程度の考察能力には自信があった。


 ふかふかの席で一つ伸びをして、「ごめんなさい」とぶつかりながら、映画館を出て、二人の一言目は「IMAXわかった?」だった。

「わかんない」「だよね」「なんかちょっといい気はした」「確かにね」

 そして一呼吸置いて彼は「お父さん、やばくないか」といった。「それはちょっと思った」「宮崎駿がやりたいこと全部やったみたいな映画だったなあ」「何が伝えたかったんだろ」「もうやりたいことを全部やるのが主題なんじゃない?」「うーん」

「まあ、ご飯食べよう」

 二人は出口に向かって歩き出した。もっと考察ができると思っていた彼女は少しだけ落胆した。でもしょうがない。彼女も主題の言語化ができるわけではなかったから。もしかしたら二人とも同じ気持ちだったのかもしれない。いや、そうじゃなかったのかも。


 家に帰って、お風呂を出て、ソファに横たわる。彼女の体重を受けてソファのクッションがふんわり沈む。フラットな気持ちで彼女は検索を始めた。

 そして見つけた、「君たちはどう生きるか」の考察サイトを。いろんなサイトがある。そしていろんなサイトを見るうちに、彼女が納得できるものを見つけた。

「これだ」スクショして、彼に送った。

なるほどね。思い返しながら、その考察に納得した。彼からの返事はすぐきた。「なるほどね」

でも、彼女の心には、解答を見ながら宿題を埋めたようなモヤモヤが残った。

本当はこの「なるほど」に、どれだけ時間がかかっても、二人でたどりつきたかった。

映画の2000円は、同じ時間に同じ内容を共有するだけじゃなく、感想を言い合い考察をするまでが含まれた価値なのだと、この落胆を通して彼女は思った。

言語化を甘えちゃいけないな、と思った。

きっとこの人に「なるほど」と納得した途端、自分の中にあった些細な他の感想も「なるほど」に吸収合併されて見えなくなったのだと、気づいているから。


誰かと見て、語り合って、自分の考察に辿り着く。これをできるようになりたい。

そしてそのために、人は映画にたくさんのお金をかけているのだろうと、沈んだソファで彼女は思った。



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