夢中

遊び歩く

夢中


 「夢中」

私は(木下 里香 キノシタ リカ 17歳)今日が2回ある。おかげで生きる意味を一度失った。

 私は自分で言えてしまう程の強烈な親ばかな両親から育った女子高生。嫌だ嫌だとは思っていたけど、初めての彼氏(立花 祐介 タチバナ ユウスケ 17歳)も強烈に愛を表す人だった。そんな彼とも付き合って早2年。2年目記念と期末テストが終わったお疲れ様の意味を合わせての奮発した遊園地デートに行った時の事だった。

あの日のデートは相変わらず私が晴れ女であると思わせてしまうほどの快晴で、出かける準備をしている時から太陽の光が光行と私を照らし、世界中で私が今日のヒロインであると思わせてくれた。

そんな気持ちのまま遊園地の待ち合わせ場所まで着くと、浮かれモードは全開。そしてすぐ私の元に遠くから最高の笑顔で走ってきた祐介と出会うなり、最高のデートの幕開けだった。

先に私たちの話からすると、祐介と私は同じ学校の同級生。恐らく高校生活が始まってうちの学年で最初に生れたカップル。ちなみに高校に進学して最初に話したのも祐介。入学式が終わってすぐに祐介が私のところにきて塾で見たことあると言ってきたのが最初。それから1学期の期末試験が終わる最終日にみんなの前で告白され、流石に急すぎて受け入れなかったけど、後に色々あって付き合う事になった。最初のラブパワーは祐介に偏っていたけど、最近は均衡しているのかなんて感じる時もある。

話しはそれたが、もう祐介と居ればアトラクションに並んでいる時でさえ楽しくてしょうがない。幸せを語るなら今の事を指すのだろう。そんな幸せな時間を開園から満喫した。けど長い時間かけて乗ったアトラクションや、映えで写真を撮りまくった美味しいご飯ですら一瞬の出来事のように終わってしまい、気づけばかなり日が落ち初めていた。

「先生さようならー。」

 遊園地の出入り口付近ではまだ小学生と思える子供達が遠足か修学旅行で来ていたのか大勢集まっていて、親と共に先生らしき人に手を振って帰ろうとしていた。

「やば、え、そんな時間?」

私は子供達の声に思わず声を漏らし、慌ててスマホを取り出し時間を見たらもう17時だった。

「マジだ。つか色々すくんじゃね?」

 微笑ましい風景をみながら祐介が言った。

「それなー!」

「したらジェットコースター行かね?いい加減すいたっしょ。」

祐介は言いながら立ち止まり、通ってきた道を逆走しようと向きを変えた。

「いいけどさ、ちょっと休まない?さすがに疲れてるし。」

「それなー。てかどっかあったっけ?」

「どっかにあった気がしたー。」

「んじゃついでだし戻って探そ。」

「うん。」

 私達は今まで回ってきた道を逆走し、歩いてきた記憶を頼りに休めそうなお店を探し始めた。

「てかさー、サヨウナラって小学生の頃しょっちゅう言ってたけど最近言わなくない?なんか久々に聞いた気がしたわ。」

 祐介は辺りを見渡し歩いてる中、ふと私に顔を向けて言った。

「あ、それなー。」

「やっぱそうっしょ?てか気になるところも似てきたな。」

「え?どういうこと?」

「最近笑うつぼも似てきたくない?最初は違ったし。」

「それ、最初は祐介がツボおかしかっただけでしょ‥なんかやっと普通になったっていうか…。」

「そかなー‥。でも似てきたのはなんか嬉しいし。」

優しい笑みになる祐介。

「まーいいかもね。」

「てかさー話戻すけど、サヨウナラって昔はみんなで声を合わせて使ってたっしょ?でも気づけば禁句?になってない?言いづらくなったっていうか、言いすぎたっていうか、永遠な感じもしちゃうし。」

「それなー。なんかそういう風に捉えられるようになっちゃったね。」

「え、なんか知ってんの?」

「知ってるってかなんかで見たんだよね。薄っすらだけど。」

「え、マジ?教えてよー。」

「そもそも祐介は言葉の意味自体は知ってるの?サヨウナラの意味。」

「意味?え、バイバイじゃないの?」

「まーそうなんだけど、厳密にいうとバイバイって意味にもなる言葉って言えばいいかな。」

「どういう事?」

「サヨウナラって一つの言葉じゃなくて本来は略語でさ。もっと簡単に言えばちょっとした文章を略して繋げたのがサヨウナラになったって言えばいいのかな。」

「マジ?」

「うんー…」

「えー!マジ?気になるし!ちゃんと教えてよ!」

「複雑だしなー…。もうググってよー!」

「なんでよ!いいじゃん里香から聞きたい!」

「これ以上ほんと複雑なんだってー…、うまく説明できないよ…。」

「分かる範囲でいいからお願い!」

「もーほんと分かる範囲だけだからね?んーなんていうか、簡単に言えばサヨウナラって略語だけど本当は接続詞って事かな。」

「接続詞?え、略語は?」

「まーこうなるよね…。元々はね、さようならばって言葉が語源で時代と共に変わって今ではサヨウナラになったの。で、そのさようならばって言葉の意味がそもそもあって、それが(そういう事であるならば)って接続詞になるの。」

「ちょっと早い早い…。そういう事であるならば?が、なんでさようならばになったの?」

「ほらー面倒くさい!一回で聞いてよ?昔の人はさようならって言わないでさようならばって言ってたみたいでさ。」

「うん。」

「で、なんでさようならばって言ってたかっていうと、今日はお疲れ様、さようならば、明日も宜しくって意味をさようならばって言葉一つにまとめて言うようになったからっぽい。」

「ええ…、先生もっと分かりやすくお願いします…。」

「えー、これ以上は自分で調べてよー!」

「お願い!」

 祐介は私の腕に抱き着き、彼女になったかのように甘えて聞いてきた。猫が甘えたい時に頭を擦りつけてくる行動が大好きな私は、大好きな祐介にやられてしまったら許せない事も許してしまう。

「もーだからね。昔の人はさようならっていう言葉が無かったからちゃんとした文面で別れ際の挨拶をしていたの。さっきも言った通り、今日はお疲れ様、さようならば、明日も宜しくお願いしますって別れ際にちゃんと言ってやっとバイバイが成立してたみたい。」

「マジか。でっで?」

「それでね、時代と共に文面だと長いから略されるようになって、文章の真ん中にあったさようならばって言葉だけで済ますようになった感じかな。」

「マジか、てか普通略す時って最初と最後じゃない?」

「そう、良い所に気づいたね。だから日本人ってすごいの。」

「どういう事?」

「文章の真ん中だけ言っても普通何を言ってるか分からないでしょ?主語も無ければ述語も分からないわけだし、略すなら最初と最後をくっつけるのが普通なんだけど、接続詞だけで会話の内容を成立させてるの。」

「なんでそんな事できたの?」

「できたの?って祐介だって使ってるじゃん…。しかも小学生の頃から…。」

「いや…え、あ…どういう事ですか…。」

「冗談冗談。これはね、世界的にみてもサヨウナラって言葉は稀で、普通はおはようとか有難うって言葉には意味があって使うわけだけど、サヨウナラに関しては言葉ってよりは文章だからね。しかもその捉え方を私達日本人は言った人と聞いた人とで意味を合わせられているってのが凄いのよ。」

「確かに…文章の真ん中だけ言えばもうそれでお互い何が言いたいのか分かるって事だからな…てかそんなの教わった記憶無いのにどうして出来るようになったんだろう。」

「もう本能レベルで出来るからじゃない?日本人は忖度文化じゃないけど人に対して他の国の人よりも優れているからじゃないかなって私は思う。日本人って話す相手の感情を理解しようとする意識が高くない?だからサヨウナラでも会話が成立できているのだと思う。」

「え?やばくない?なんかワクワクしてきた。」

「なんでよ…。まー主語も述語も理解できるのは本当にすごいと思うな。」

「例えばなんかあるかなー。」

「うーん…例えば…。あっ、例えばさ、今日の帰り際にサヨウナラって言ったとするでしょ?で、この場合は今日は楽しかったね、さようならばまた明日。って意味で使ってるし、祐介もそう捉えると思う。」

「うん。」

「でもさ、今日は最悪でした、さようならばもう会いたくありません。とか正反対の意味でも使えるし、今日は楽しかったけど、さようならばもう会いません。とかにもなるんだけど祐介と私は捉え方が間違う事はないし、私達だけではなくて日本人はほぼ間違えないでしょ。学校で習ってもいない事なのに日本人ってほんと凄いと思う。」

「ほんとだなー、喧嘩中のサヨウナラとかマジ終わってるしな…。」

「ね。だからサヨウナラを英語で言った場合にGood bay とか See you なんて優しい言葉じゃないってのが本当に良く分かるなー。」

「確かに!俺達ってやばくね?なんか俺、頭が良くなった気がしてきた。」

「これ調べた時日本人で良かったなーって思ったし。」

「それな!日本人で良かったわ。でもこんな良い言葉をどうして使わなくなったん?もっと日本人の良さをアピールしていいと思うけどなー。」

「さっき言ったけど捉え方が変えられる言葉だからだよきっと。年を重ねて人の事をより考えれるようになってくると、変な意味にも捉えられてしまう言葉を選ばなくなるしね。これも日本人の優しさなのかもね。」

「確かに変な風に捉えられるのも嫌だし気を遣う事を考えれば言いたくないな…。てか、だから小学生のうちにサヨウナラを言わすのって人の事を考えられるように育てる為なのかな。」

「どうしたの?祐介っぽくない鋭さだけど。」

「この会話でワンランク頭が良くなったわ。」

 あまり見せないどや顔の祐介。可愛い…。

「まーでもほんと子供の頃からサヨウナラの意味を分かるようになってたらちゃんと人の事を考えられる子に育ちそうね。漢字の成り立ちとかそんなのよりもそもそもの言葉の成り立ちから覚えた方が絶対いいのになー。」

「それなー。俺たちも大人になったって事でサヨウナラって言うの辞めね?心配すんのヤダし。」

「心配なんかさせないよ。でも私も使いたくないからなー、全然おけ。」

「じゃあ約束。って、あれ?あの建物良いい感じじゃない?」

祐介は急に立ち止まり少し離れた所にある真っ白な正方形の形をした建物に指を指した。

「え、あれは違くない?」

「いや、あの建物はどう見てもアトラクションではなくない?ちょっと休めるかもしれないし見に行こー!」

「休めるかもって私は少しお茶とかも飲みたいんだけど…。」

「大丈夫飲めるって。」

祐介は疑っている私を強引に引っ張り、その建物の方向へと向かわせた。けど案の定なのか、近寄れば近寄るほど休めそうな建物では無いとすぐに分かった。その建物は2階建てほどの高さがあり、全体が真っ白な壁で唯一黒い大きな扉とその上に大きな正方形の窓があるだけの建物だった。私は扉へと向かおうとしている祐介を止めようと引っ張られていた腕を引っ張り返し、

「ちょっと祐介ー話しが違うじゃーん。休んでからここにこようよー?まだ時間あるしさー。」

 と、足を止めて言った。

「お茶飲めるかもしれないし中だけ覗いてみよーよ。ね?」

祐介は私が返事する前に今度は私の腰に手を回し、力づくでその建物の扉に行かせようと押してきた。

「祐介ー、後でにしようよー。もう疲れたよー。絶対お茶飲めないよ…。」

「里香がマップを捨てちゃったしなー。この建物が分からないよなー。」

にやけ顔で言う祐介。

「もう…、でもどう見てもここは違うよ…。」

 昼間の事だけど、たまたまゴミ箱にゴミを捨てたらゴミ箱が喋りだし、楽しくて持っていた物を色々捨てているうちに間違えて園内マップまで捨ててしまった。冗談に聞こえるけど、本当に夢中になりすぎて捨ててしまった。一部始終見ていた祐介は大笑いして、私は恥ずかしくてマップなんていらないって意地を張った。実際アトラクションを乗り回っている時は園内マップは必要なかったし、捨ててしまった事など忘れかけていたけど、こうも休む店が見つからないと捨ててしまった後悔が押し寄せてきて何も言えなくなった。

「よし、入ろっ!」

 祐介に身を任せながら扉の前まで着くと、祐介は私の腰から手を放し、両手で大きな黒い扉を開き始めた。扉が重いせいか思いのほかゆっくりと開いていき、私は祐介の隣から背後に周り、背伸びをして中を覗いた。店内は暗く、外の光が一気に入ると目がぼやけて中の様子がすぐには分からなかった。

「なんだここ。」

段々と目が店内に慣れ始めた頃、祐介は口を開けて呆気に取られた表情で店内を見渡した。

「え?ここって…。」

私も店内を把握するまでの数秒間は呆気に取られたけど、よく見れば占いの館だった。店内はパーテーションで仕切られた部屋がいくつも作られていて、どの部屋にも中央に一つの丸いテーブルと壁際にインドの民族衣装であるサリーのような服を着た人がパーテーションごとに座っていた。

「占いか…。」

「そうだね。ほら休めそうにないし他でお茶が飲めるとこに移動しよー。」

占いに興味が無い訳でも無かったけど、歩き疲れから少し無心にもなりたくてすぐにでも移動したかった。でも祐介は目を輝かせながら、

「え?せっかく来たし見てもらおうよ。すぐ終わるっしょ。」

「もー、疲れたんだってー。」

「大丈夫だってー。」

「何が大丈夫なの…。」

 不機嫌な私をよそに祐介は目を輝かせながら並んでいる占い師さんをまた見渡した。こうなると祐介はいつも話を聞いてくれない。私は祐介に聞こえる程のあざといため息をし、ふてくされた顔のまま店内を見渡した。悔しいけど、見渡す程に不貞腐れた顔から興味が湧いてきた楽しそうな顔へと変わってしまった。まずは店内の占い師さんが着ているサリーが可愛くて、それでいて占い師さんの一つ一つの部屋に置いてある小物達も可愛いい。町で見るような占いの館ではなく遊園地さながらの占いの館だからだろうか、異空間にいるような気がしてきてテンションが上がってしまった。それから楽しくなってきた私達は占い師さんの背後の壁に占いの特徴であろう(手)や(星)などの漢字一文字が大きく書かれている事に気づき、気づけば一緒になってどの占いにしようか見回っていた。

「あれにしよう!」

祐介は誰も並んでいない(夢)と壁に書かれた占い師さんを指差して言った。

「え?その占いにするの?」

「空いてるし良くない?早く休みたいでしょ?」

「いや、その休みたいとこれは別に…。」

 もうなんだか反抗する力も無く、先行く祐介に遅れながら占い師さんの元へ行き用意されていた椅子に座った。

「有難う御座います。ここは夢占い専門です。今日はどのような占いをご希望でしょうか?」

 口元だけ紫の布で覆い、全身は白いレースでちょっとセクシーなサリーを着た占い師さんは、私が遅れて座ったのを見てからお辞儀をして言った。

「えっと初めてなんすけど、どんな占いが出来るんですか?」

 祐介は話しながら私に眉をしかめて心配そうな顔を向けてきた。私もこんな本格的な占いなんて初めてだし、祐介に首をかしげて答えるしかできなかった。

「はい。私は未来と過去の夢占いが出来ます。それで夢占いというのもいくつかやり方がありますが、私の場合は占い結果を今夜寝た時に夢の中で披露する夢占いです。」

「え?結果が…夢ってその…、あ、ごめ…。」

 祐介は馬鹿にするように笑いを堪えながら私を見てきたので、すぐに睨んで黙らせ、

「はぁ…。とりあえず占ってもらったら?」

 そんな祐介に呆れた口調で言った。

「うん…。なら俺ら2人の恋愛とかも見れますか?」

「はい。」

「なら俺らの今後の恋愛でお願いします。」

「かしこまりました。では、占いますのでこの水晶の上に両手を乗せて下さい。」

 占い師さんはテーブル中央に置いていた小さな座布団に乗せてある野球ボールぐらいの綺麗な水晶を、祐介の方に座布団に乗せたまま押しだした。祐介は1度ズボンで両手を拭き押し出された水晶の上に乗せると、占い師さんは祐介の手の上に更に両手を乗せた。そして占い師さんは、私達に聞こえるぐらいの吐息を吐きながら目を閉じた。すると、辺りが暗くなったような気がするほどの静かさになった。それから10秒ほどで占い師さんは目を開け、

「はい、では結果は今夜の夢に出てきますのでお忘れないように。」

と、手を祐介の手から離しながら言った。

「え、これだけ?」

 呆気に取られて言う祐介に、占い師さんは静かに頷いた。さすがに私もこの占いの速度には驚いた。イメージしていたのは名前を書いたり生年月日を書いたりして色々な統計学的を算出して、それからありそうな事をベラベラと言われると思っていたから。

「お嬢さんも何か占いますか?」

「え、あ、どうしよう。」

 自分の事を考えていなかったので思わず動揺してしまい慌ててしまった。

「やってもらいなよ。折角なんだし。」

「あ、うん。なら…お願いします。」

「では、どのような事を占いますか?」

「どうしようかな…。あっ!そういえばさっき過去もって言ってましたけど、それってどういう事なんですか?」

「それな!」

 私の質問に祐介が食い気味に言ってきた。

「はい。過去と言っても昔の事ではなく、今日起きた事を夢の中でもう一度見る事が出来るようになります。」

「ん?どういう事ですか?」

「そのままです。今日起きた事をただ今夜の夢で、明日起きた事が明日の夢でもう一度見るだけです。」

「なんかすげな‥ならそれにしてみてよ!やばそうじゃない?」

 ただ楽しんでる祐介を見て睨もうかと思ったけど、すぐに祐介と同じく興味が出てきてしまった。

「うーん‥なんかすごいのは分かるけどさ…。今日の事を夢で見れるってなんか意味あるのかな?…」

「ただ一度念を込めると今晩だけではなく毎日その日の事を夢で見る様になります。勿論、夢を止める方法もあります。止める方法は夢の中でおこなうだけですので、ここに来る必要はありません。」

「夢の中でおこなうってどういう事なんだろ。里香、絶対それだよ。お願い!やってみてよ。」

「祐介がやればいいじゃん。」

「ダメだよ。俺さっき占ってもらったし。」

「これもお願いすればいいじゃん。」

 祐介は何も答えず嫌味な顔で私から私の背後にあった仕切られたパーテーションに目線を動かした。何か書いてあるのだろうと察したけど、祐介の腹立つ顔を1度睨んでから仕方なく祐介が見ている目線の先を見た。するとそこには、(占いは御1人様1回までとさせて頂きます。)と張り紙に書いてあった。

「そんな…。」

「いいじゃん、二人の事はもう俺の夢で見れるわけだしさ。てか、ほかになんか見てもらいたい事でもあるの?」

「そう言われると特には思いつかないけど…。」

「じゃーいいじゃん!」

「ええ…。もう…なら私はその過去のをお願いしてもいいですか?」

「分かりました。では水晶に両手を。」

 私も祐介と同じく緊張して汗ばんだ手をズボンで拭き、差し出された水晶にゆっくりと両手を乗せた。占い師さんは祐介の時と同様に私の手の上に両手を乗せ、今度は聞こえるぐらいの呼吸をしながら目を閉じ始めた。すると、占い師さんの手が段々と温かくなってくると同時に、水晶からも熱を感じるようになった。拭いたばかりの手が両面から温められたせいでまた汗ばみ、何かが起こっている事を確信して思わず占い師さんを直視し た。そして直視している事10秒、占い師さんはゆっくりと目を開け、

「はい。これで今日から今日の夢を見るようになります。今日起きた事は今日の夜に、明日起きた事は明日の夜に、毎日その日の事を夢で見られるようになります。」

 占い師さんは私から手を離しながら言った。

「あ、夢を辞めるにはどうしたらいいのですか?」

「今夜、夢の中で答えます。」

「え?」

「やば!なんかすごいな。」

 私の心配をよそに楽しそうにしている祐介を睨んだ。

「では、次の方がおりますのでこの辺で。」

 人の気配が無かったのに、振り返ると数人並んでいた。

「あれ、お金は?」

「本日は無料になっております。」

 私達は並んでいる人達の手前慌てて立ち上がり、お礼を言ってそのまま占いの館を出た。占いの結果は2人とも寝ないと分からない。祐介はあれで金取ったらただのボッタクリだろーと笑いながら気にしないでいたけど、私は占い師さんから伝わったあの暖かさが嘘ではないように思えて仕方なかった。

それからは休めるお店で一休みして、その後は閉園まで遊園地を満喫した。

「じゃあね。また学校で。」

「うん。おやすみー。」

遊園地の帰り、お互い電車の方面が違うところで別れて私達は各々の家に帰った。帰っている時には夢占いの事なんて忘れてしまっていたけど、家で寝ようとベッドに入った瞬間に思い出して、訳の分からない不安な気持ちが押し寄せ中々眠れなくなってしまった。

「あれにしよう!」

祐介は誰も並んでいない(夢)と壁に書かれた占い師さんを指差して言った。

「え?その占いにするの?」

「空いてるし良くない?早く休みたいでしょ?」

「いや、その休みたいとこれは別に…。」

 もうなんだか反抗する力も無く、先行く祐介に遅れながら占い師さんの元へ行き用意されていた椅子に座った。

「有難う御座います。ここは夢占い専門です。今日はどのような占いをご希望でしょうか?」

 口元だけ紫の布で覆い、全身は白いレースでちょっとセクシーなサリーを着た占い師さんが私が遅れて座ったのを見てからお辞儀をして言った。

「えっと初めてなんすけど、どんな占いが出来るんですか?」

 祐介は話しながら私に眉をしかめて心配そうな顔を向けてきた。

 (あれ、これなんか見た事ある。)

 どこか見た事のある風景に気づき、心配そうにしている祐介を無視して辺りを見回した。

(やっぱり、今日行った遊園地だ。)

店内は見覚えのあるパーテーションで区切られた部屋がいくつもあり、間違いなく今日行った占いの館だった。そして、一周見回ってから正面の占い師さんに目を向けると、占い師さんは私をじっと見ていた。

「あっ」

「気付かれましたね。」

 私は驚き、なんだか不安になって祐介を見た。すると、祐介は心配そうな表情のままなぜか固まっていた。冗談かと思って祐介の足を蹴ったら鉄の様に硬く、揺すっても何をしても硬くて動きそうになかった。

「ここはあなたの夢の中です。」

 焦っている私に冷静な声で占い師さんが言った。

「え?」

「今日だけは私と会いましたのであなたの夢を少し操作しています。」

「え…ど、どういう事ですか?」

「現実でお話しした通り、あなたはこれから今日起こった出来事で一番印象的だった時をもう一度夢で見られるようになります。」

「え?…ほ、本当だったんですか?」

「はい。それに夢の中では実際にあった出来事を操作する事や、今みたいに時を止める事も出来ます。」

「え?ちょ、ちょっと待って下さい。一体何が…。」

「お話しした通り、今日起こった事を必ずその日の夢で見れるようあなたに念を掛けましたので、その説明をしに参りました。」

「せ、説明?あ、あれは本当だったんですか?」

「はい。では時間もありますので説明を続けさせて頂きます。まず、心の中で動けと思い込んでみて下さい。」

「え?」

 戸惑う私に全く同様しない占い師さんは、ずっと私を見つめたまま微動だにしなかった。私はゆっくりと息を吸って気持ちを整え、とりあえず言われたままに目を閉じ(動け!)と心の中で叫んでみた。すると、

「なら俺ら2人の今後の恋愛とかも見れますか?」

 祐介が急に動きだして言った。

「そうです。そのように心の中で言えば時間を止めたり動かしたりする事が出来ます。」

 占い師さんが話しを始めると、祐介がまた固まった。

「す…すごい。」

 私は固まる祐介をマジマジと眺めた。

「説明がありますのでまた時を止めておきます。そして次ですが…。」

「あ、はい!すいません…。」

 淡々と話す占い師さんに慌てて祐介を見るのを辞め、姿勢を正して占い師さんの方を向いて聞く姿勢をとった。

「まず時の説明から。今の様に時を止めたり再生したりはできますが、時を戻したり先に進ませたりする事は出来ません。」

「は…はい。」

「それと、夢の中は現実と同じです。非現実的な飛んだり変身したりワープしたりなどするような事は出来ません。唯一ある能力として時を止める事と再生できる事だと思って下さい。また、その日に出会っていない人は夢の中には出てきません。物なども一緒で、その日に見て無い物は見えません。」

「見てないものですか?」

「そうです。」

「い、一度でも見ていれば大丈夫なんですか?」

「はい。親兄弟や着ている洋服ですら一度も見ていなければ夢には出てきません。それと、夢ですので痛みなどの感覚や味覚などはありません。試しに自分の腕をつねってみて下さい。」

 頭の中が整理できないまま言われた通り腕をつねった。すると、

「本当だ。何も感じない。」

 腕を触っているはずなのに感覚が無かった。それから漫画のように頬っぺたを叩いてみても歯医者で麻酔した時の様に何も感覚が無かった。

「触っている感じはすると思いますが、冷静に触れば感じません。次に、現実とは違う行動を夢の中でとる事もできます。」

「え、どういう事ですか?」

 私は体をいじるのを辞めてまた姿勢を正して占い師さんの方を向いて聞き直した。

「意識しなければ現実であった今日一日を、映画の様に傍観して見る感じになります。ですが、今の様に意識して行動すれば現実とは違う行動を取れます。つまり、お隣の方にこの後別れ話をする事も可能ですし、後ろに並んでいた話した事の無い人達とも会話ができます。」

「え、会話?内容とかはどうなるんですか?」

「ここはあなたの夢の世界です。なのであなたが思うような返答をしてきます。それに、ジェットコースターの様なアトラクションなども見ていれば現実では乗っていなくとも乘れます。夢の世界であれ、現実と同じですから現実と同じ行動が取れるわけです。ただ、もう一度言いますがここはあなたの夢の世界。想像を超えるような展開はありません。それと、時間軸は現実と同じです。あなた方とはこの占いの館を出てからお会いしていませんが、今から1時間後にここに来たらあなたが想像していた1時間後の私達がいます。夢の中でも時間が動いているからです。」

「え、夢で時間?」

「はい。夢の中も現実と同様、時間が存在しています。夢の中で1時間過ごせば夢全体も1時間進んでいますし、現実も1時間進んでいます。それと、現実で途中起きてしまった場合は、夢で描けるぐらいの現実を見ないと夢は更新されません。つまり、長い時間起きないと夢は更新されません。ですので2度寝、3度寝しても見る夢は変わらず、起きた時に停止し、寝たらまたそこから再生されます。この場合の起きている間の時間は夢に反映されていません。それと、現実で起きている時間より長くは寝れない体になりましたので、注意して下さい。例としては、夢で始まった出来事から10時間ほどで寝ていた場合、10時間以上を上回る睡眠は取れません。体が必ず起きてしまいます。」

「なるほど…。2度寝なら夢は続くし、寝るまでの時間しかねれないって事ですね。」

「また、同じような説明になりますが極端に寝る時間が短くなってしまう場合も御座います。」

「短くなる場合?」

「はい。例えば、夢で見る印象的な時が寝る1時間前だった場合です。あなたは1時間しかその日は寝れません。どんなに疲れていても勝手に目を覚ましてしまい、すぐには寝れない体になっています。」

「寝る寸前ですか…。そんな事あるのかな…。」

「それから、夢の中から自分を覚ます事は出来ません。ですが、1つだけ起きる方法があります。」

「方法ですか?」

「はい。これが一番重要です。」

 占い師さんの声のトーンが急に下がったので、私は唾を飲んで真剣な表情になった。

「この夢の終わらし方にもなります。もう次からは普通の夢が見たいと思いましたら、夢の中で死ぬともうこの念が消えて同じ夢を見る事が無くなります。それに、死ぬと同時に目も覚ましますので、これが、強制的に起きる方法にもなります。」

「死ぬって…。」

「痛みがないので大丈夫です。ただ、もう2度と念を掛けれない体になります。それではこれで説明は以上になります。では起きてしまう前に終わります。」

「え、ちょっと待って!まだ理解が…。」

「お話しした通りです。この後はあなたの夢の世界になりますので、私に話し掛けても夢の世界の私です。返答はあなたの想像通りになります。」

「いや、まだ!」

「はい、では占いますのでこの水晶に私と一緒に触れて下さい。」

 すると、占い師さんは現実で見た時と同じ様に祐介に話し初め、祐介も現実と同じように目の前に押し誰された水晶に手を置いた。

「待って!占い師さん!」

「はい?どうされましたか?」

「急にどうしたの?」

 呆気に取られている占い師さんと祐介の顔を見て、もうこの夢の世界?を受け入れようと覚悟を決めるしかなく、私に選択の余地は無いのだと思わされた。

「ちょっと祐介。」

 とりあえず祐介と二人きりになれば不安も消える。そう思った私は祐介が水晶に差し伸べていた手を取り、立ち上がってこの場から離れようと引っ張った。

「イテテッ、どうしたんだよ里香。」

「ほんとだ。現実と違う事が出来る。」

 分かってはいたけど痛がる祐介を見て思わず目を丸くしてしまった。

「何?どうしたの?」

「あーごめん、ちょっと1回出ない?」

「え?占いは?」

「いいからさ、ね、行こ。」

「行こってまだ途中だよ?」

「もう知ってるから大丈夫。」

「知ってる?…。」

「あー、ちょっと一息したいのー!」

「占ってからって言ったじゃんかー…。」

 困惑する祐介の腰にすかさず手を回し、今度は私が無理矢理占いの館から追い出そうと出入り口に向かって押した。祐介は軽い抵抗はするものの、占い師さんに頭を下げながら占いの館から出てくれた。けど、表情はずっと困惑していた。そして占いの館を出てすぐ、

「ごめんね祐介。ちょっと整理したくて。」

「ほんとどうしたの?大丈夫?」

「うん。てか祐介は祐介だよね?」

「え?どういう事?」

 祐介は戸惑いながら答えた。

「あ、いや、そっか…、なんでもない。」

「ほんとどうしたの?占い師さんになんかされた?」

「うーん…。いや、でも大丈夫。てかなんかすごいな。」

「何が?」

「あ…いや…。」

「里香、なんかごめんね。ちょっとほんとに休めるお店に行こっか。占いしようなんて言ってごめん。」

「あーいや、そういう訳じゃなくて…。あ!ジェットコースター行こうよ!」

「え?ジェットコースター?」

「うん。乗りに行こー!」

「行こーって休憩はいいの?休みたいってずっと言ってたけど…。」

「乗れなかったの。」

「え?」

「あ、いやーなんでもない。てか乗ろー。結局ジェットコースターだけは混み続けて乗れなくなるって事もあるしさ。」

「まー俺はいいけど…。」

「よし、行こー!」

 ジェットコースターに向かっている間、祐介は困惑したような表情でいたけど私が普通に話している事もあってすぐにいつもの表情になり、今日行っていた遊園地の時と同じように楽しそうにしてくれた。そのまま待ちに待ったジェットコースターに近づくと、現実でもあった2時間待ちと書いてある掲示板が目に入った。私には時間がない。多分占い師さんと話していた時間とここまで歩いてきた時間を合わせて1時間ぐらい。起きるまでおおよそ後7時間。せっかくの夢の遊園地の世界。その内の2時間をも並ぶだけで過ごしてしまうのはいかがなものかを自問自答し、悩んだ末にもう一度祐介に聞こうとすると祐介はすでに乗る気で目を輝かせていた。

「やっぱり祐介は分りやすくていいや。」

 祐介と握っていた手を少し強く引き寄せるように握りなおした。祐介は動揺することなく笑顔で同じ強さで握り返してくれて、そのまま長者の列の最後尾へと並んだ。

並んでいる間も最初は新鮮で面白かった。並んでいる人達が話しあっているのはもちろん、ジェットコースターからは絶叫が聞こえ、祐介もいつも通り他愛ない会話をしてくれて現実と区別がつかないほど、夢の中にいる事を忘れさせてくれる。

 そして、いつしか私は夢の世界の祐介に恋をしてしまっている事に気づいた。元々祐介にはもちろん恋してはいるけど、夢の中の祐介はより大人でより大胆で、話が合うどころか私が言いたい所をすぐに察知してくれて話しのフォローがめちゃくちゃ上手い。現実の祐介に不満とかあるわけじゃ無いけど、夢の中の祐介は更にポイントを稼いでくる。祐介だけど祐介じゃないこの新鮮な絡みのおかげで、私は後ろめる事なく全力で夢の中の祐介に恋をした。

そして待ちに待った私達の乗る番となり、祐介は私から座るようエスコートしてくれてた。いつもの祐介の顔なのに見惚れながら先に乗り、安全バーを下ろしてすぐ後から乗ってきた祐介の手を取って握った。それから私たちが座るとすぐにジェットコースターが動き始め、私のテンションが上がり、比例するかのようにジェットコースターも上がっていった。

けど幸せだったのはここまでだった。リアルすぎるが故に無風な事であー夢だと気持ちを下げさせる。そして、ジェットコースターと共にテンションが落ちた。

 それでもその後は乗り物に乗る事より祐介の側に居たい、触れていたい、話していたいが強くなり、アトラクションに乗りながらでも話せそうなものを選んで現実と同じようにまた遊園地を回った。この時の私達2人はなんだか目に見えてしまいそうなぐらい濃いオーラが出てる気がして、付き合った当初のように誰よりも特別な存在な2人なんだと世界の中心にいるような感じだった。

 すると、頭上からジリリリリッと聞いた事のある電子音が聞こえてきた。音が頭の芯に刺さるかのように響いてくる。あまりの頭に響くうるささにに耳を塞いで祐介を見たが、祐介は私が急に耳を塞いだ事の方に驚いていた。そして祐介の背後に見えていた青空にぽつんと白い点が現れ、それが一気に大きく広がっていった。この私達を包み込むように広がる白と、頭に鳴り響く電子音が恐怖を生み、私は思わず祐介にしがみついた。

「ど、どうしたの?」

 心配そうに祐介は私を抱き寄せながら言った。けど、その白い点はとうとう私達を包み込んで祐介までも消した。

「祐介!」

 私は見えなくなった祐介に更に強くしがみつこうとした。すると、つかめるはずの祐介がいなくなり、パッと気づいた時にはいつものベッドの上だった。

(あっ、夢か…。)

 寝ぼけながらも脳を揺れ動かす目覚まし時計を止め、立ったついでにいつもの様にカーテンを開けた。真っ青な空から一直線に私を照らしてくる太陽。懐かしくも感じてしまう暖かい太陽の光はすぐに私を包み込み、懐かしくも感じるこの暖かさで楽しかった夢の内容を薄れされた。それでも薄れまなこに夢の内容が脳裏には浮かんではいたけど、ふと気づけばいつも通り顔を洗い、制服に着替えて顔や髪を整えていた。

それからの登校時もいつも通りの殺伐とした通学だった。そして学校へ何事もなく着き、毎日祐介と約束している下駄箱へと向かった。すると、珍しく私より先に祐介が待っていた。祐介と私は付き合ってから決めたいくつか約束があり、その一つに朝の挨拶がある。学校がある日は出会うまで携帯で朝の挨拶をするのは禁止。毎日下駄箱で待ち合わせをして会って始めて挨拶をする。喧嘩していようが何をしていようが、この約束は必ず守る。良いのか悪いのかは分からないけど、高1から付き合って今の高3になるまでのこの2年間、欠かした事はない。

「里香!里香―!」

 祐介は私が見えた瞬間、嬉しそうな顔で勢いよく近寄ってきて私の両肩を掴んで揺さぶった。

「な、何?どうしたの?」

「夢だよ夢!すげーよマジ!」

「ちょ、ちょっとー落ち着いてって、まずはおはよーでしょ?」

「あ、あーごめん、おはよう。でさ、でさ夢だよ夢!」

「おはよう。それでどうしたの?」

「夢だって!里香は見なかったん?」

「え?あ…そういえば見たかな。」

 忘れかけていた夢を思い出すと、理想だった祐介を思い出して少し笑みが零れてしまった。

「お、どうだったどうだった?」

「えっ…あ、いや。祐介は見たの?」

「見た見た!あれ、マジやばいしくそビビった。」

「やばいってどんな夢だったの?」

「俺達結婚すんだよ!」

「え?」

「なんか協会っぽいとこで里香とキスしてたんだわ。あれは誓いのキスだって絶対。」

「え?協会で?」

「そう!絶対あれは結婚式だって。」

「結婚式の夢だったの?」

「そう!あとなんだったっけかな…。色々見てたんだけど忘れたな…。でもすげーリアルな感じだったよ。あっ、後なんだったかな、窓か何かから里香が泣きながら顔を出してたような…。」

「どういう事?。」

「あー忘れたなー…。確か最後は里香をベットの上で抱きしめて起きたんだっけかな…。うわーこんがらがってるわー…。マジで起きた瞬間メモっておけばよかったわ…。あ、里香は?」

「私は…あ、昨日のデートの夢だったかな。」

「すげーな!マジで見れたん?全く一緒だったん?」

「え、あ、うん。」

 浮気をしている訳じゃないけど、夢の中の祐介が素敵だったなんて口が裂けても言えない。

「すげーよなー、もっと占ってもらえばよかった。またあの遊園地いこうよ。」

「それな!楽しかったし。」

「今日もご機嫌だなー。」

 すると、私の背後から学校1イケメンと呼ばれているけど、学校1遊び人とも言われている山口 たかし(ヤマグチ タカシ 17歳)が居た。たかしと祐介は親友レベルで仲が良いけど、私はたかしが嫌いだ。確かにたかしはイケメンだ。私の友達もたかしの事が好きだって子がいっぱいいる。けど、たかしは女の子をその気にさせてるのにふる事が多く、その現場を見て以来たかしの事が嫌いになった。祐介と仲が良いから一緒に居てあげているだけで、常にたかしには軽蔑した目で見ていた。

「お、たかし。」

「あ、おはよー。」

「はよー!やっとテスト終わったなー。もう勉強めんどくせー。」

「お前受験どうすんだよー。」

「祐介は優等生だからなー。俺はどっか生徒の多い大学でも行って女の子と遊びまわりたいし馬鹿大学でもいいわ。最悪浪人でも塾とかで楽しめそうだしさ。」

「相変わらずね…。」

「里香ちゃん相変わらずこえっす…。」

「マジたかしはいいよなー。羨ましすぎる。」

「どこが羨ましいのよ…。こんなばかしの真似しないでよね。」

「ばかしって…。」

「里香怖い…。」

 私は呆れてしまい、この場から去りたくて一足先に教室に向かった。すると祐介は慌てて私を追っかけ、たかしも同様慌てて追っかけてきた。今日はたまたま3人で話したけれど、いつもは私と祐介、祐介とたかしのペアで居る事がほとんどで3人で一緒に何かするという事はほぼありえない。理由はいくつかあるのだけど、1つだけすぐ言える事はたかしが側に居るだけで周りの女子からひがまれる事。せっかく順風満帆な学園生活なのに、特に話したい訳でもないたかしと危険を冒してまで話す必要は無いと思ってたから極力離れるようにしていた。

だから私はこのまま祐介と共に話す事なく教室へと向かった。変な感じはするけどこれがいつもの光景で、祐介も楽しそうにたかしと話しがなら私の後を付いてきていた。気づけばもう夢の事など忘れ、いつも通りの日常を送っていた。

しかしその晩、完璧に脳裏にはなかったのだけどいつも通り寝ようとベッドに入った瞬間、急に夢占いの事を思い出してしまい、咄嗟に今日一日で印象深かった事が何かを振り返った。けれどいくら思い返えしても平凡すぎるいつもの1日。一体この1日のどこから夢が始まるのか、逆に楽しみにも思えてしまい、遠足前の気分で目を閉じても胸の高鳴りが睡眠を邪魔し、真っ暗ないつもの天井をしばし眺める時間が続いた。

「里香!里香―!」

 祐介は私が見えた瞬間、嬉しそうな顔で勢いよく近寄ってきては私の両肩を掴んで揺さぶった。

「な、何?どうしたの?」

「夢だよ夢!すげーよマジ!」

「落ち着いて、まずはおはよーでしょ?」

「あ、あーごめん。おはよう。でさ、夢だよ夢!」

「おはよう。それでどうしたの?」

「それでって…、里香は見なかったん?」

「あ!」

「あ!里香も見た?やばくない?本当にリアルでさー…。」

 見覚えある会話にこれが夢だと気づいた。祐介は思っていた通り話しを続けている中、私はこれが夢なのかどうなのか確認しようと辺りを見回した。ただただ今朝見たはずの長年見てきているいつもの光景。2度目の夢はすでに慣れも出てきて冷静に現状を受け入れる事が出来た。

「里香どうしたの?」

 祐介の話しを聞かずに辺りを見渡していた私に、いきなり肩を掴んで心配そうに私の顔を覗き込むように聞いてきた。いつも見ているいつも一緒にいる祐介だけど、夢の中の祐介は本当に特別。体が熱くなり胸の鼓動が沸騰し始めた。思わず私は心配そうにしている祐介とは逆に、校内では禁止にしていたキスを待とうと目を閉じ求めてしまった。

「里香…。」

 思わず零しただろう祐介の言葉と共に、少しづつ近づいてきているのが6感で感じる。しかし、思っていた時間に唇が潤わない。気持ち長めに待っても深海にいるかのように何も無く何も感じない。あまりの違和感に少しづつ目を開けてみると、私の目の前にキスする寸前の祐介が固まっていた。

(あっ…。)

一瞬困惑こそしたが(ああ、このまま時が止まればいいのに。)と幸せすぎて思ってしまった事を思い返し、深いため息と共に気持ちと距離が徐々に離れていった。たまたま発した止まれに反応するなんて考えていなかった。もう冷めてしまった心を戻す気力も湧かなく、もう一度深い溜息を吐いてからまたゆっくりと辺りを見渡した。いつも見ている光景で何も変わらないが、時を止めている違和感のせいなのか、どこか感じるはずのない冷たさを感じて違和感があった。そこで私は、祐介には悪いと思いつつも時を止めたまま自分のクラスがある4階へと向かう事にした。

冷めきった廊下に冷め切った階段。けど、体感とは裏腹に階数を上がるにつれて私の口は緩み始めた。全てが止まっている。廊下で歩いてる生徒、教室内で挨拶をしている最中の生徒、窓の外には飛んでいる枯葉まで。この光景には改め私は超能力者なんだと実感することができ、意気揚々となった。思えば祐介以外固まっている人を見るのは初めて。

しかし最高な気分もすぐに落胆してしまった。占い師さんが言っていた、見ていないものは見えないという事。恐らく見ていないものは白いモヤモヤがかかるようになっていて、至る所に白いモヤモヤがかかっていた。意識しないようにすれば何ら問題はないけど、一度気になると余計に見てしまう。一応確認の為に他のクラスや他の階、体育館まで見に行ったがやはり白モヤモヤだらけでもう何が何だか分からなかった。

けど、あの超能力者だという気分にもう一度なりたく、校内は諦め郊外を確認しようと1階に戻り、今だ下駄箱で固まっている祐介に悪い気持ちを抱きながら校門を出た。

外の世界はいつも見ている景色だけど、そこは私だけの楽園の世界だった。時間が止まっているだけでここまで印象がまるで違った。通勤時間という事もあって、殺伐とした空気感のまま見事に止まっていた。小走りに登校している生徒、時計を気にしたまま眉間にしわを寄せているサラリーマン、前傾姿勢で自転車を漕いでいる女性。どれもみな時間を気にしている人たちばかりだった。

そこへ私は大事な朝の時間を止めて優雅に逆走している。世界中の時間が止まっているのだと思うと、嬉してくて楽しくてしょうがなかった。でも、やはり白いモヤモヤが気になる。気づけば次回の反省点として、この白いモヤモヤがどこで見えてしまっているのか、現実でどう見ていけばスムーズに見回れるのか、時が止まっている景色よりも白いモヤモヤ探しに没頭してしまっていた。こうして歩き続けていると、ジリリリッと終了の音が頭上から流れ始めた。いきなり鳴った事には驚いたけど2回目ともなれば気持ちも落ち着けて、全体が白く覆われるのを眺めながら気づけば目を覚ますいつもの朝だった。

(あ、まだ覚えてるうちに。)

いつもなら目覚まし時計を止めてその足でカーテンを開けるルーティンだが、今日は目覚まし時計を止めてすぐに机に向かった。今にも消えてしまいそうな夢の記憶をたどり、目を擦りながら確かあったはずの無傷のノートを探し出して机に開いた。まず書かなくてはいけないことは、通学中は注意深く見渡す事、出来るだけ細部まで見渡す事、店内とかも見える範囲全て。校内に限っては他のクラスはもちろん、他の学年、体育以外は行くことのない体育館や図書室なんかも見ておく事。考えれば考えるほど今日の行動範囲の広さに驚愕し、まだ7時と学校へ行く時間には早すぎる時間ではあったが支度に取り掛かった。学校に早く行く理由なんて部活の朝練ぐらいしかないし、帰宅部の私が学校に早く行く事は無縁。こんな私の異変にいち早く気付いたお母さんは、準備を終えて出て行こうとしている私を見て声を掛けてきた。けど、足音をわざとたてて足音で聞こえてないという強行手段で玄関まで行き、お母さんが来てしまわぬ前に革靴を履いて玄関を出た。そして背中に妙な念を感じながら1つ目の角まで小走りで走ってひとまず隠れた。

さすがお母さんに申し訳ない事をしたなと胸が痛くなったが、それでも夢の為。一息してから早速周りをなめるように見渡しながら登校を始めた。普段から見ている景色もよく見れば違う顔をしていて、いつもとは違う朝に気分良く楽しく見回る事が出来た。しかし順調に見渡せるかと思いきや、想定外だったのは時間と体力だった。無尽蔵な夢の中とは違い、思ったより疲れも出て夢の中で想定していた通りに動けない。それにまだ半分も見れていないうちにそろそろ祐介と恒例の下駄箱での挨拶の時間となった。それでもギリギリまで見渡しながら歩き、渋々祐介と約束している時間に下駄箱へと向かった。

「おはよー!里香!」

 今日も祐介が先に下駄箱にいた。

「おはよー!ごめん遅れちゃって。」

「里香が遅れるなんて珍しいじゃん。またドラマ?」

「え?あ、ただの寝坊。」

 前に朝まで録画していたドラマを連続で見てしまい寝坊した事があった。

「里香の寝坊なんて初めてじゃね?なんか新鮮だわ。」

「それなー。」

「てか今日の全体朝礼だるくね?いちいち体育館でやらないで校内放送にすりゃーいいのにさ。」

「あ、ラッキー!」

思わず本音が出てしまった。(夢の為に昼休みに体育館も見回ろうと計画していたが、朝礼のおかげで昼休みに違うところまで見回れるなんて口が裂けても言えない。)

「え?」

「あ、なんでもない!あと祐介ーごめん、今日はちょっと先に教室行っててー。」

「え?どうしたの?」

「えっと…、あ、ちょっと保健室寄りたくてさ。」

「保健室?どうしたの?大丈夫?」

「うん、大丈夫だけどちょっと先行っててね。」

「大丈夫なん?保健室まで一緒に行くよ。」

「あ、ほんと、1人で行くから大丈夫。ごめんね。」

「え、あっ、そか、分かった。教室で待ってるからなんかあったら言ってよ。」

「うん、ありがと。ごめんね。」

 上履きに履き替えながら時おり痛くもないお腹を押さえて話していたら、祐介は私が謝ったタイミングで笑顔で返事し、待つのを辞めて先に教室へと向かってくれた。始業のチャイムまで後15分。祐介が離れていくのを見届け、すぐに祐介とは逆方向へ走り普通なら絶対に行かない他の学年が居る階を早歩きで見渡しながら歩き始めた。

でもこの行動は心臓が飛び出るほど恥ずかしく、もっと見廻りたいけど後悔が勝ってしまって直立不動でほぼ正面を向いて歩くことしかできなかった。2年生達は楽しそうに話しているところに私が通るものだから物珍しそうに会話を止めて私を見るし、1年生達に限っては私を見るなり静まり返り中には教室からわざわざ飛び出してきてまで私を見る生徒までいた。

これには夢の中でも他の学年行くことは辞めようと誓えて、恥ずかしさが抑えきれぬまま始業タイムぎりぎりで教室へ戻り、気づいていくれた祐介は離れた机越しに笑顔で迎えてくて、少し恥ずかしさで高鳴った鼓動を抑えてくれた。

でも嘘をついている事にお母さんに続き、祐介にも心が少し痛んだ。けど、何度言えばいいのか夢の為。ここまで迷惑かけているのだから今日だけは気の済むまでやろうと、固く決心した。

 それと、この苦労を台無しにしないよう忘れてはならない大事な事がある。それは、学校に居る間を今日一日で一番印象深い時にする事。この事が一番重要な事に今朝街を見回っている最中に気づき、どうやって印象的な時にすればいいのかをずっと頭では考えていた。

 私の生活は平凡な毎日。晩御飯が焼き肉になっただけで今日一番の印象深い時になってしまう。夢の中で2回目の焼き肉を楽しむ事もいいかなっとも思ったけど、食べた所でどうせ夢の中だから味覚が無い。それに他に何かをしようにも夜だとお店も学校も閉まっていて、食べる事以外他にやれる事が思いつかない。だから夜になる事は絶対避けたかった。

 そこで私は、祐介を昼休みに屋上へと呼んだ。天気の良い日はたまに屋上でお弁当を食べたりもするので、祐介は不思議がらずに来てくれた。それからいつも通りお昼ご飯を食べ、いつもの様にのんびり話しをして楽しい時間を過ごした。けど今日はいつも私がかたくなに断っていたキスをした。校内では絶対にしないと話していたけど、今日は夢の為に特別。

 こんな積極的な私に祐介は戸惑っていたけど、結局は嬉しそうにしていた。私もキスに興奮してこのまま祐介に寄り添りたかった。けど、昼休み中に図書室や美術室なんかも見回りたいとこがたくさんあったから、鼻の下を伸ばしている祐介をよそにまた「友達と会わないと」なんて下手な嘘をついてその場を去り、まだ見回っていない場所に向かって行った。

 それから今朝見きれなかった場所をどう見回るか考えているうちに午後の授業も終わり、終礼が始まった。思えば朝といい昼休みといい、帰りもすぐに祐介から離れようとすればさすがに不審がられてしまう事に気付き、見回ることよりも言い訳を考える方が先だと終礼の間悩みに悩んだ。けれど良い言い訳が思い浮かばない。

さすがにもう嘘をつく度胸も無く、もう半分は見た事もあって、帰りはいいかなと終礼が終わる頃には諦めが勝っていた。すると、終礼が終わりみんなが帰ろうと立ち上がった途端、ガラっと勢いよく扉が開く音が聞こえた。すぐに音の先を見ると、たかしがにこやかに教室に入ってきてはそのまま祐介の元に向かっていった。

とりあえず私は楽しそうに話している二人を傍観し、この後どうするのかをチラ見しながら判断を仰いだ。すると、祐介はたかしと話しながら片目を瞑って私に申し訳なさそうな顔を一瞬してきた。思わず笑みが溢れてしまったけど、祐介のこれは一緒に帰れないの合図。私はすぐに帰り支度を始め、たかしの背中越しから祐介にパッと手を振り学校を後にした。たかしと知り合って始めて感謝した気がした。けれど、すぐに私の頭の中は今日見ていない場所を思い出して見回る事でいっぱいとなった。

 学校を出てからもすぐに周りの目なんか気にせずなめるように建物を見渡し、いつもの倍以上の時間をかけて帰った。家に着いた頃にはすっかり日も落ちていて、クラブ活動を終えた学生さん達と同じように疲れ果てて帰っていった。あまりの疲れで何も考えずに家に入り、靴を脱ごうとした時にハっと思い出した。また言い訳を考えてない…。もう家に入ってしまった手前出るに出れなく焦りに頭が全く追いつかない。

「里香ー?」

と、案の定なかなか上がってこない私に心配した声色でリビングからお母さんの声が聞こえた。

「はーい。ただいまー。」

頭が真っ白。

「ちょっと里香ー、どうしたのこんな時間まで。」

見かねたのか、母親が急ぎ足でリビングから玄関にやってきた。

「え?ただ勉強してただけだよ。」

「勉強って朝も早かったじゃない。」

「朝も。」

「テスト終わったばかりなのにもう勉強なの?」

「受験だって近いでしょ?やれる時にやらないと。」

「そうなの?…。勉強だってそんな朝からやってたって体を悪くするだけじゃないの?あまり無理しないのよ。授業だってあるんだしそんなに勉強したって一緒でしょー?あ、ご飯は食べたの?すぐ食べれるの?」

「うん、食べる。あっ…今夜のご飯何?」

「今日はお母さんも遅かったから出来合いのコロッケ買ってきたからコロッケよ。あとご飯とお味噌汁。」

「良かったー。すぐに着替えるね。」

「良かった?」

「あ、なんでもない。すぐに食べるー。」

「お母さんもお腹すいてるから早く来なさいねー。」

「はーい。」

 晩御飯が豪勢じゃなくてよかった。ここまで頑張って見回ってきて、疲れた体に焼き肉とかだったらもう寝るのを辞めてたかもしれない。

それよりも、今回はなんとかしのんだが、親には勉強してたから遅くなるとか、早めに行くとかはもう使えない事が厄介だ。うちの親は私が勉強することを嫌い、そんな時間があるのなら一緒に過ごしていたいと言い出すし、家でも勉強なんてしないで一緒にテレビ見ようとまで言ってくる。

そんな親に上手い言い訳などあるのだろうか、頭を悩ましながら次回使える有効な嘘を考え、部屋着へと着替えてお母さんの待つリビングへと向かった。

お母さんから明日も早く出るのか、また遅く帰ってくるのかを何回も聞かれ、もう飽き飽きして思わず明日からは普通に出るよと答えてしまった。言ってしまった手前もう言いなおす事もできなく、受けきれないショックと苛立ちが合わさり分かりやすい顔でご飯を食べ終えすぐに部屋へと戻った。

部屋に戻ってからも、親にこんな態度をとった事ない私はこれが印象的な時間になってしまわぬか心配になり、少し早いけど気分を落ち着かせようとお風呂に入った。お風呂も長めに入ったりして印象的な事になるのが心配で、いつもより早く出て今日はもうすぐにベットの中へ入った。いつもなら携帯を見ながら布団に入り気づいたら寝てるスタイルだが、思いもよらぬビックニュースでも見てしまったら危ないと、携帯も見ずにただじっと目を閉じ頭の中を必死にゼロにした。

「祐介またそのパンなの?」

 学校の屋上で美味しそうに焼きそばパンを頬張る祐介に私が言った。

「これめっちゃ好きだから。あ、里香のハンバーグ頂戴。」

「ほんとこのハンバーグ好きだよねー。」

「里香のお母さん料理うますぎっしょ。作り方習っておいてよ?」

「はーい。あ、ご飯も少し食べてー。」

「どうしたん?体調悪いん?」

「ちょっと友達のとこに行かないといけないから早くしまいたいの。」

「こういう時間も少なくなるんだし大事にしようよー。」

「あ、そうだねごめん…でもそのかわり。」

 少し不満そうにしていた祐介に、いきなりキスをした。祐介は驚き目を丸くしていた。

「ど、どうしたの?」

 キスの余韻に浸りながら、先に口を開いたのは祐介だった。

「一時一時を大事にしたいからね。今日は特別。」

「里香ー!」

 祐介はまだ口に物を含ませたまま私に抱きついてきた。ここで私は(止まれ)と心の中で言って時を止め、固まっている祐介を一度抱きしめてから屋上を出た。

 現実では抱き着かれてまたキスをしようとしてきたから、本当に友達のとこへ行かないと怒られるからってムキになって無理矢理離れて屋上から出て行った。さすがに悪いなーと思ってはいたけど、それもこれもこの夢の為。

そして今、念願に念願だった完璧な世界。お母さんや祐介から不審がられたけど、丸一日この世界を作る事だけを思って動いてやっと出来た世界。思わず涙が出てしまいそうなほどの感動に浸りながら、屋上から校内を一歩ずつ辺りを見回し現実そのものの世界に浸りながら降りていった。

正直楽しみはもちろんあったけど、不安も少しあった。見なければいいものの、ついつい余計に辺りを見回してしまい白いモヤモヤに気づいてしまう事だ。今の所、校内は完璧でどこにも白いモヤモヤが見つからずストレスの無い現実そのままの夢の世界だった。

そのまま昨日に引き続き他のクラスや違う学年も見回り、一度見てしまった分昨日よりは驚きが減ってしまってはいるが、白いモヤモヤが無い事で現実に超能力者になれたような優越感のある世界だった。けれど見ている分飽きも早く、たまたま今日見回っている時に閃いた行動を取ろうと校外へと向かった。

まずやろうと思ったのは、大好きな猫ちゃん達をうちで飼うこと。両親とも極度の猫アレルギーで猫の毛が少しでも服についてたらくしゃみが止まらなくなるほど酷い。だから私は大好きな猫ちゃんを触る事すらできず今日まで生きてきた。それが今日、解禁される。帰り道にペットショップで舐め回すように見てきたし抜かりはない。そして感じるはずのない汗をも感じながら気持ちを高らかにペットショップへと向かった。

「え?」

それはペットショップに近ずいた時の事だった。時は止まってはいるものの思わず出た声に自分が驚き口を押さえた。理由は目線の先にたかしが居たからだ。たかしは、ペットショップのウインドウから猫を眺めたまま固まっていた。

(えーなんで…ほんとどうしよう。)

たかしがここにいる理由がよくわからない。けど、私の夢の中であるということは、何か可能性があってここにたかしがいるということ。固まっているたかしを遠目で見ながら考えても流石に分からし、時を動かさないとお店に入れないし、何しろ動いてる猫ちゃん達と触れ合いたい。遠目で見ていても拉致があかなかったので固まっているたかしの横まで恐る恐る近づき、可愛い猫ちゃん達の前でどうするかを必死で悩んだ。

それから悩みに悩みだした答えは悪魔の私が提案した内容だった。それは時を動かしすぐに扉を開け、また止めては猫ちゃん達を抱きかかえ家まで運ぶ。体力無尽蔵状態の私なら走りつづけて帰れば20分で着く。それで部屋の中でゆっくり猫を鑑賞。お店には悪いけど、これは私の夢だし大丈夫。たかしのせいで予定が変わったけど、自分の部屋が猫カフェになると思えばたかしに会ったおかげとも思えた。

(よし、動け)

時を動かし、自動扉の前で扉が開くのを待った。そして焦る気持ちと同時に街も動き始めていつもの生活音が鳴り響いた。けれど思ったスピード感で扉が開かない。隣にはたかしがいる。バレてもおかしくない距離感で気づいていないふりをして扉の前に立つ私。まだ開かない。

「あ、あれ?里香ちゃん?」

扉が反応する前にバレてしまった。私もたかし同様に驚きの表情をしようとしたが、自分でも分かるほどの固い笑顔でたかしを見てしまった。

「あ、たかし?」

「え、あれ?学校は?てか何してんの?」

「いや、その…」

返す言葉がない。今度は泣きそうな顔でたかしを無視して自動扉のセンサーがある頭上を見上げ、あの赤外線がどうして反応しないのか見つめた。するとたかしは私とセンサーの間に手を伸ばし、自動扉を開けてくれた。

「あ、ありがと…」

動揺となんだか恥ずかしさも湧いてきて、たかしに目を合わさず礼を言った。

「里香ちゃんどうしてここに?」

「あ、いや…。」

返事をせずに時を止めればよかったのだけど、そもそもの動揺と扉を開けてくれた事で止める事忘れてしまっていた。

「里香ちゃんも知ってたのかー。」

「え、え?」

「え、ミヌエットを見にきたんじゃないの?」

ミヌエットは希少な種類の猫の事。そういえば現実で見た時、見るだけの事に夢中すぎて居た事を忘れていた。

「あ、、そ、そう…たかしも?」

「うん…。」

たかしの返事に初めて目が合って緊張してお互い目を逸らしてしまった。それから沈黙してしまい更に重い空気になり、話す言葉を見失っていると、

「あ、あのさ…」

たかしは柄にもなく目を合わせず話かけてきた。

「どうしたの?」

「一緒にさ…一緒にさ、ミヌエット抱いてみない?俺…ここのスタッフの人と知り合いでさ。本当は放課後祐介誘って抱きに来ようとしてたんだよね。」

「そうなんだ、あ…私は…」

「知ってるし、親が極度の猫アレルギーなんしょ?」

「え、なんで知ってるの?」

「たかしが言ってたわ。だから放課後里香ちゃん抜きでここに来ようとしてたしさ。」

そういえば祐介がペットショップの店員さんと仲良くなったって話は前に聞いていた。

「そうなんだ。」

「てか、大丈夫なの?」

「あ、うん…。今日はお母さんも居ないから。」

「え、なら抱っこしよ!店員さん紹介するわ。」

たかしは嬉しそうに店内に入り誰かを探し始めた。それから私達はたかしの知り合いの店員さんに勧められメヌエットの子猫や他の子猫も抱かせてもらい、感覚はないがその愛くるしさに時を忘れ、時間を止めるなんて微塵も思わなくなっていた。

「そういえば里香ちゃんとこうやって一緒にいるの初めてじゃない?」

子猫に夢中だった私に突如たかしが聞いてきた。

「あ、だね…。」

なんか急に緊張してしまった。

「祐介とは高1から一緒にいんのに、その頃から里香ちゃん俺のこと遠ざけてたからなー…。なんだか今新鮮だわ。」

「あー…。」

「気にしないようにはしてたけど、この際聞きたいんだけどなんか俺してた?」

「いや…、そういうわけじゃないの…。みんながね…。」

「みんな?」

「んー、本人を前にしていうのもあれだけど…。ぶっちゃけひがむ女の子もいるからさ。たかしといると…。祐介もいるし極力波風立てないで学園生活終わらしたいなーと。」

「あーそういう事なんか。良かったー…ずっと気になってたんだわ。」

「それな…ごめんね。」

「いや、俺もなんかごめん。」

今まで見た事ないたかしの優しい笑顔に、子猫のことを一瞬忘れてしまうほどだった。シャープな顎のライン、高い鼻、透明感のある色白のたかし。見れば見るほどカッコいい男なんだと思い知らされる。

「たかし、私…」

「あ、そか。わりぃ!俺から出るわ!祐介と放課後また来るから里香ちゃん放課後は祐介貸してね!またねー!すいません、有難うございました!」

たかしは即座に立ち上がり私に礼を言うと紹介してくれた店員さんにも礼を言ってペットショップから出て行った。本当は謝ろうとしたのに、先に動かれたたかしの優しさに心が揺らいでしまった。気づけば目がたかしを追っている。その後もたかしが行ってしまった先を眺め、手元ににいた猫が撫でろと動いてやっと我に帰れた。

急に色々ありすぎて一旦冷静になろうと辺りを見渡してから時を止めてみた。すると、心地の良かった猫の毛は固くハリネズミのように鋭くなり、猫を抱いている気もなくなり気分転換のつもりが気分を落としてしまった。それから一度ため息をして、時を止めたまま子猫を元の場所に置いて外に出た。

すでにたかしの姿はない。高校生活は祐介一筋。他の男の子なんて気にした事もない。けど、私はたかしを追っている。本当に気になってしまっているのかは分からない。それでも気持ちで彼を追っている。夢であれ、現実であれ、彼とちゃんと話したのは初めてだけど、ずっと知っている。この気持ちがなんなのかは分からない。気づけば彼の背中の見えるところまで進んでいた。

一瞬で高まる鼓動。話しかけるべきなのか、このまま辞めてペットショップに戻るべきなのか、ただただたかしの背中を見えてから考えた。

気づけば目前。今だに答えがでない。

(動け。)

すると、心が勝手に動けと言ってしまった。騒めく喧騒。目の前に居るたかし。しかし、たかしは一瞬にして離れていった。

「あっ。」

思わず声が出てしまったが、たかしは気付かずそのまま走り去っていった。もう一度時を止めて追うかとも考えたがすぐに辞めた。

(私、何やってるんだろう…。)

下を向いて考え込み、答えが出ないまま正面を向くとたかしの姿が消えてしまっていた。それからこのまま学校へ行くか戻ってペットショップへ行くか悩み、フッと出した答えは全く違う学校裏の公園に行く事であった。

その公園は、無理矢理だけど祐介と始めてデートした場所。学校が近いが為に中々来ないけれど、昨日なんとなく見て回ろうと回っていた。もう学校にバレてもどうせ夢なんだと踏ん切りもついていたので、あまり人がいない小さな公園で時を止めずにノンビリしたかった。

それからすぐ公園に着き、さほど大きくない近所にあるようなこの公園を首一振りで見渡し、誰もいない事が確認でき次第中に入るとすぐにこの懐かしき雰囲気で初デートの頃を思い出した。

あれは高校1年生の1学期、初めての期末テストが終わった日。あの時放課後になっていきなり祐介に告白された。それもクラス中が告白する事を知っていた告白。まだクラス全員ともまともに話した事がないのに、皆んなが私たちを囲んで見ていた。急すぎる告白と皆の視線に動揺してしまって、思わず何も答えずに教室を飛び出しそのまま学校から出ていった。あの時の私は頭が真っ白すぎて今だに記憶を辿っても、告白をされた瞬間フッと気づいたら道端を歩いているほど道中何も覚えていない。その後すぐに祐介は、私の置いていってしまった鞄を持って追っかけてきてくれて、ちょっと落ち着いて話そうと来たのがこの公園。印象的だったのは、告白に対して何も返事していなかったのになぜか祐介はこの公園に着いてすぐ(初デートの場所だね)と意味わからない事を言い始め、キモいと思うよりも真っ白だった頭がこの言葉で回り始めて冷静になれたのを今でも覚えている。

「あっ!」

思い出にふけている中、さっき行ったはずのたかしが公園の横を歩いていた。それで思わず発してしまった声が思いもよらず大きく、たかしは驚いた様子で私を見た。

「あ、里香ちゃん。」

たかしは私の名前を呼んだ後、すぐに目線を外してうろたえ始めた。

「たかしー、今日は大丈夫だから。さっきは近寄れないなんて言ってごめんね。」

「え?」

「てかたかしはなんでここにいるの?」

私は話しながらたかしに近寄った。

「いや、午後から授業出ようと思ったんだけど、もう始まってたから放課後までゆっくりしようかなと…。てか里香ちゃんはどうしたん?」

「んー、私も似たようなもんかな。」

「そか、てかさこの公園って祐介と始めてきた公園しょ?」

「え?なんで知ってんの?」

「祐介と仲良くなってすぐに聞いたわ。思い出の公園なんだーって。」

「マジか。」

「祐介からいつもりかちゃんの事聞かされてるし他にも色々聞いてるわー。」

「え、マジ…。他は?例えば?」

「んー、初キスとかも聞いたし最近なら遊園地の話も聞いたなー。」

「まじ…、さすがに恥ずいんだけど…。てかそんなん聞いても楽しく無くない?」

「楽しいかっていうかさっきも言ったけど里香ちゃんって割と近い存在なのにほとんど話した事無いし、なんか気になるってか、聞きたくもなるかな。」

「あ…。」

「いや、里香ちゃんは悪く無いっしょ。てかなんか迷惑かけてたら悪いわ。なんかあったら言ってー。」

「たかしこそ悪くないでしょ。でもずっと思ってたんだけどなんでたかしって彼女つくらんのー?いくらでもいけそうだけど。」

「どうなんだろなー、良い人もいないしななー。」

「え、いるでしょ。」

「いるっちゃいるのかな。まー遊んではいるか。この前もカラオケ行ったり映画とかも行ったし。」

「それで付き合わんの?」

「ううんー…。まー俺の事はいいじゃん。それよりさ、デートに来た時の事教えてよ。あいつの言ってる事が本当なんか知りたい。なんか盛ってそうだし。」

「え、それ私も気になる!」

それから私は、まだ誰にも打ち明けた事のない今までのデートの事を話し、たかしも共通する話題に嬉しそうに聞いてくれたのもあり、あっという間に時が過ぎて頭上からアラームが鳴り始めた。

まだ話し足りなかったけど、初めて人に打ち明けた事で目覚めは最高だった。あまりの夢の心地よさに、今日もまた無意識に昨日と同様辺りを見回す生活を送っていた。見回っている最中、度々たかしが頭をよぎる。これは現実だと分かりながらも。

それからいつも通りに下駄箱で祐介と朝の挨拶をして、昨日と同じ一日が始まった。ただ違ったのは放課後に祐介はサッカー部での最後の集まりがあったようで、私は理由も考えずに一人で帰れた事だった。

「里香、本当に無理しないでね。勉強なんていつでも出来るんだから。」

家に着いてすぐ母親に言われた。無意識に早く出て遅く帰った事で、言い訳なども考えず母親をただ心配させてしまった。

「分かってるー。」

「ほんと大丈夫なの?何かあったら言いなさいね。」

「うん。」

 昨日もそうだけど、信じてくれる人に嘘をつくのは本当に心が痛い。この日はお父さんにも同じ様に心配され、また同じ様に嘘をついてやり切れぬ思いでお風呂にすぐ入った。

本当にうちの親は過保護すぎる。受験前の時も2時間部屋で勉強しているだけで体に悪いなんて言うし、ゴールデンタイムなんかは勉強しないで一緒にテレビ見ようなども言ってくる。それに少しでも転んでちょっとした怪我でもすればすぐ病院に連れて行かれたりもしていた。家にいる時以外で友達と遊んでも門限があってすぐに帰らないといけないし、祐介もその事を分かってて一緒に居ても何も言わず門限通りに帰してくれていた。でもやっと最近になって私の友達の恵(めぐみ)とも仲良くなってくれて、恵となら門限過ぎても一緒ならしょうがないと怒られないようにはなった。

こんな親に一切反抗せず言う事を聞いて育っているのは、本当にうちの両親は私のことが一番好きだと思えたから。約束を破ると怒られるどころか両親共泣いてしまって、私の心が痛むだけ。可哀想という感情で反抗する気にもなれない。

 友達にはよく羨ましがられるけど、これはこれで夢の力を手に入れてから思ったのが、退屈な人生なんだなという事。

印象的な時が夢に出る。恐らく何もしなければ平日は毎日晩御飯の時。週末は祐介と会っている時。祐介や友達と会っていない週末はまた晩御飯の時が私の印象的な一日の時。おかげでこの二日間、夢の為に校内で祐介とキスをしたけど、他の人達は毎日どのタイミングが印象的な時になるのだろうと考える様にもなった。 

でもこんな生活で唯一良かったなと始めて思えたのが、祐介と出会えた高校に合格した事。ずっと親が側にいるおかげで自分の時間が欲しい時は勉強をするしかなかった。結果、無理に勉強したって感覚もなく毎日自分の時間欲しさに勉強し、友達には悪いけど普通の生活をしているだけで受かった感覚だったのが本当に良かったと思えた。波はないけど順風満帆なこの生活は親の育て方が私に合っていたのだろうと思えば感謝しかない。

 お風呂に浸かりながら両親について思い返していたら結構長風呂になってしまった。でも、疲れもしっかり取れて気持ちよくベットに入る事ができた。

「里香、最近どうしたんだよ。」

昨日と同じく今日も昼休みに祐介とキスをして離れようとしたら、私の腕を掴まれ止められてしまった。

「え?何が?」

「何がって昨日から変だよ。校内は辞めようって言ってたキスはするしさ、キスししてもすぐどっかいくしさ。朝もそうじゃん?だってそうじゃん?挨拶したらすぐ保健室に行くし。」

「今は恵と用事があるって言ってんじゃん。」

「用事ってこんな連続で?てか何か俺した?」

「なんもしてないよ。」

「でもさー。」

「てか週末お泊りデートだってあるんだしさ、親には恵の家に泊まるって事になってるから口裏合わせ必要でしょ?さすがにうちの親でも勉強もしておかないと怒られちゃうし。」

「え?じゃあ勉強してんの?」

「うん。てか心配するような事なんてするわけないじゃん。何かあったらキスなんてしないし。」

「そうだけどさ。」

「祐介こそ大丈夫なの?怒られて無理になったとかほんと無理。」

「それはない、大丈夫だよ。」

「ならいいけど。」

現実では「じゃあもう恵のとこ行くね。遅いって怒られるし。」と言って屋上から降りて言ったけど、本当は祐介とまだ居たかったし、言わずに横に並んで座ったままでいた。

「はぁー、里香。」

「なに?」

私が返事をすると、困った顔で祐介は私を見た。そして目が合うとゆっくりと近づいてきてキスをした。

「大好きだよ。」

「もう。」

この夢バージョンの祐介は本当にたまらない。夢だと分かれば恥ずかしくて出来なかった甘えを思いっきりしてみた。祐介は初めて甘えてる私をそっと抱き寄せに肩に手を回した。

「ねえ祐介。ちょっと外に行かない?」

「え?」

「サボっちゃお。」

「さすがにやべーだろ。てかどこ行くん?」

「うーん、その辺?。」

「その辺って何もないっしょ!それにやべーってさすがに。」

「大丈夫っしょ。それに週末お泊りデートしたらもうこんな事も出来ないんだし。」

 不安な表情をしたままの祐介を無理矢理引っ張り、学校の裏口から外に出て一緒に走った。

「ハァーハァー、緊張したぁー。」

「ここまでくれば大丈夫じゃない?」

学校が見えなくなるまで走ったところで立ち止まり、人気のなさそうな細道で少し休憩した。

「てかさっきも聞いたけど、学校サボってまでどっか行きたいとこあるん?」

「特には…。なんか今日は外に出たかった。」

「急に?まーたまにはいいんかなー。じゃあさカラオケでも行かね?」

「カラオケ?いやぁ…。」

「なんでよ、里香好きじゃん。なら…あっ!」

祐介は何か閃き少年のような笑顔で私の手を取り歩き始めた。

「え?ど、どこ行くの?」

「いいから。」

「いやぁ、でも…」

「今度は俺の番。」

祐介は得意げな顔で言った。知らない場所に行かれては白いモヤモヤだらけにになってしまう。そんな不安もあったけど、そんな事言える状況でもないし、現実で見た場所に行ってくれと願いながら歩くしかなかった。幸い見たことある道を進んでくれる祐介に少し安心はしていたけど、行き先がわからない不安感は凄かった。

「あーそこだ!なんか懐かしくね?」

「え?」

 ここは私が遠回りして帰ろうとする時の道。そういえば今日はこの道を歩いて帰ったんだった。

「ほら、ここで里香と初めて手を繋いでさ。」

「あっ!」

 私達は高校1年の夏休み中に何度かデートはしたけど照れが上回り手すら握れなかった。皆から小学生みたいなカップルだなと馬鹿にされてはいたけど、私も緊張しちゃって当分は無理だろうと諦めていた。

 でも2学期の中間試験最終日。この日はテストだけで学校が終わるのでお昼には学校から帰れた。祐介と私は帰る方向が正反対だったけど、この日は時間も早かった事もあって祐介が私の家まで送ると言ってくれたので、初めて一緒に学校から帰った日だった。いつもならバスで帰るのだけど、長い時間一緒に居たかった私は、歩いても帰れる距離でもあったのでこの日はバスに乗らず歩いて帰る事にした。しかも、この遠回りの道で。

 それであの時、学校が丁度見えなくなったこの角で祐介は初めて私の手を握った。それも無言でいきなり。祐介の手は汗ばみ震えていて、緊張が十分伝わってきた。それに顔を見れば赤かったし足も微妙に震えていた。もちろん私もそれ以上に緊張しちゃって、多分膝を曲げるのを忘れて歩いていたくらいだと思う。それでも祐介と手を繋いでいるのが嬉しくて、通りゆく景色が一瞬で変わってしまうほど進んでしまい、30分は掛るはずの帰り道が一瞬で半分まで進んでしまっていた。

 今となっては普通に手を繋いで歩いているけど、私達にもこうやって歴史が作られている事に、祐介とはもう無いだろうと思った距離がまだまだ縮めれる事に、夢の中だけど嬉しくて縮めれるだけ距離を縮めたくなった。

「いやーあの時は緊張したわ。」

「私もー。祐介がいきなり手を握ってくるしさ。」

「あの時はもう言葉が見つからなくてさ。それに夏休みになにも出来なくて反省してたのもあってさ…。」

「夏休み直前に付き合ったからね。」

「けどさ、あの時もうちょっと俺が積極的だったらもっと楽しい夏休みが送れてただろうなって今でも思うなー。」

「でもいーんじゃない?この道は本当に良い思い出になったしさ。」

「あ、もう一つの思い出もこの先らへんじゃなかった?」

「あの角曲がったとこだよ。」

「あーそうそう。」

 そこは私達のファーストキスの場所。次の角を曲がると右側に20段ぐらいの神社へ行く階段があり、そこで産まれて初めて親以外とキスをした。手を繋ぐのに4か月掛かったに、キスをしたのは手を繋いでから5分後だった。

けどここで、たかしの事を思い出してしまった。思えば昨日の夢でたかしにデートの話を話したばかりで、祐介との思い出旅がなんだかデジャブになっていた。

「てかやべー、俺学校戻らなきゃだ。」

「え?なんで?」

「放課後サッカー部の集まりがあるって言ったじゃん?荷物とか学校だわ。」

「えー大丈夫っしょーさすがに。」

「やばいって、親にバレたら週末行けなくなる。」

「あー‥。」

現実すぎる夢のおかげで、何も言えない。それから泣く泣く祐介と私は学校に戻る事にした。特に今日の夢は何をしようとか決めてなかったので、このまま学校で2度目の授業を受け、放課後を迎えた。現実ではこの後は町巡りをしていたけど、夢の中だしやる必要もない。

(もしかして‥。)

私は周りを見渡し、帰っていく皆を見てから今度は外を覗いた。外には下校する生徒が大勢いて、そこにはやっぱりたかしがいた。私はおもむくままにすぐさまたかしを追った。たかしは駅に向かう生徒とは別に、急に裏道へと入り、まさかの向かった先はさっき祐介といた場所だった。たかしはさっき祐介といた場所に差し掛かると急に歩くスピードを弱め始めたので、私もたかしと同様にスピードを緩め、一定の距離を追っていると、これまたまさかのキスをした神社へと入って行った。私は、恐る恐る神社に近づき中を覗いてみた。

「あれ!?里香ちゃん?。」

茂みで見えなく、曲がった目の前にたかしがいて驚いた表情で声をかけられた。

「あっ!」

頭が真っ白で時を止めようなんて考えもできず、お互い驚いた表情のまま数秒固まってしまった。

「ど、どうしたの?」

「ごめん!」

私は慌てて振り返りその場を離れようとした。

「ま、待って!」

たかしは振り返った私の手を掴みいくのを止めた。

「え?」

「ちょっと時間ある?」

たかしは立ち止まって振り返った私と目を合わせて言った。

「あ、あるけど‥」

「そこで少し話さない?」

たかしは掴んだ手を離しその手で神社内にあるベンチに指差した。私は無言で頷き、先行くたかしを追った。

「じ、実はさ‥。昨日里香ちゃんの話しを聞いてこの場所に来たんよ。」

「え?」

「あ、いや、そのさ、どんな場所だったかなーって。」

こんな自信無く照れ臭そうに話しているたかしを遠目ながら見ていた中で初めて見た。

「あ、そ、そうなんだ‥。」

「おれさ、実は祐介と仲良くなったのも里香ちゃんがきっかけなんだよね。知ってたっしょ?」

「え?そうなの?」

「あっ、やっぱ聞いてなかったんだ?この学校入ってほんとすぐでさ、俺クラスずっと違ったじゃん?でも里香ちゃん見かけて可愛い子だなってずっと思っててさ。」

「え?」

「マジで。それで話すキッカケがあればなーって思っててさ、そしたらすぐに祐介と付き合ったじゃん?それで祐介に本当に付き合えたの?って初対面だけど聞きに言ったのがキッカケなんだよね。」

「マジか‥。」

そういえば祐介が本当に付き合えたのかって初対面の人も聞いてきたって言ってたのを思い出した。けど、その前に可愛い子って発言をも思い出して返す言葉がなくなってしまった。

「ごめんね急にこんな話しして‥。でも話したかったんだー。なんかこのままさ、高校生活が終わるのも嫌だったしさ。」

「う、うん‥。」

お互い何も話せない気まずい空気が流れるも、居心地は悪くなかった。この空気感は特に話さなければいけないと言ったわけでも無く、無言だからこそのいいう空気感で、初めて祐介以外の男の子と何も話さないで時を過ごしていた。すると、たかしは急に口から「フフフッ」と声を漏らして笑い始めた。

「え?」

「いやーマジこんな空気感初めてで笑えるわ 。」

たかしはあどけない笑顔で更に笑いあげた。わたしもそんなたかしにつられて笑い、和んだ空気で夢が冷めるまでたかしといろんなことを話し。やがて目を覚ました。

そして起きた今日。気分は最高だった。たかしと共通する祐介の話題で笑い合い、私の親の事なんかでもたかしは共感してくれて話しがあった。しかしこれは夢だとカーテンを開けるルーティンでの日差しで、眠気もろとも夢という現実に目を覚ました。

考えてみれば楽しい夢を見るためには、親にも祐介にもまた嘘をつかなければならない。楽しいといえどたかが夢。もう楽しかった思い出として、夢の為の現実から、現実ついでの夢に変えようと決心した。

それでもいつも通りの時間に家を出て、いつも通りに登校を始めても、無意識に辺りを見回している私がいた。それに、心のどこか夢のたかしともう少し話をしたいと思っている私もいた。夢だから浮気ではない。この思いをそう言い聞かせては見ても、心は夢のたかしに持っていかれていた。これは学校が始まっても変わらず、外の景色をぼーっと見てしまう時間も次第に増えていった。そんな中、

「里香ー?里香ー!」

「あ、ごめん。」

それは、 屋上で祐介とお弁当を食べている時だった。夢の為にキスをする事も忘れ、ただ祐介とご飯を食べながら時おり空を眺めてぼーっとする私に祐介が何度も声をかけていた。

「どうしたの?そんなぼーっとてさ!勉強で疲れたん?」

「それなー…」

「大丈夫?なんか変だけど。」

「ん、大丈夫。なんかごめんて。」

「マジで?何かあれば言ってよ?」

「何もないって。大丈夫だから。」

「なんか最近里香変だしさ。なんか俺した?」

「してないって。もう教室行っていい?」

「え?なんで?。」

「なんでってもうお弁当食べたしさ。ごめん、ちょっと頭冷やしてくる。」

「マジどうしたんよ。」

「祐介がどうのじゃないの。ごめん、一回戻るね。」

さすがに祐介には悪いとは思っても、どうしても1人になりたかった。手早にお弁当を片付け、教室に戻ろうとする私に祐介は怒り半分に声をかけてきたけど、私は振り切って屋上から教室へと戻った。

夢の力で遊んでいるとも言えないし、夢のたかしのことを考えちゃっているなんてもっと言えない。好きなのはもちろん祐介だし、別れたいとかなんてもちろん思わないけど、今はどうしても夢のたかしが頭をよぎってしまい落ち着く時間が欲しかった。

これは放課後まで続いてしまった。そして何も考えられぬままいつも通り終礼と同時にたかしが教室に入ってきて、いつも通り祐介がたかしに断って私と帰ると様子を見ていたけど、祐介は昼の件があったせいか私の方も向かずにたかしと教室から出て行った。

さすがに罪悪感が今の感情を勝り、今夜の夢でたかしに諦めをつけて、明日ちゃんと祐介に謝ろうと固く決心した。帰りは今夜の夢の為に最低限見回り帰宅し、今夜の夢に備えた。

「どうしたの?そんなぼーっとしちゃってさ!勉強で疲れたん?」

「それなー…。」

やっぱり夢はお昼に祐介とご飯を食べている時から始まった。夢ではここで頭を冷やしたくて教室に戻ったけど、もう整理はできている。

「ほんと大丈夫。なんかごめんね。祐介がどうとかじゃ本当にないから。」

「てかさ、何かあるならマジで言ってよ。」

 祐介は険しい顔で言った。

「だから何もないって。ほんとごめん。」

「てか俺だって色々考えてんだよ。週末に行く里香との旅行を最後に受験が終わるまで合わない事についてさ。その間に気持ちが離れちゃうかもしれないし、どちらかが失敗したらまた1年会えなくなるかもしれないしさ。それに違う大学に行ったら付き合い続ける可能性が低いってのも聞いてるしさ。会わないようにしようってのがやっぱ駄目だったん?もうハッキリ言ってよ。きついわ。」

「え?いや、そうじゃないんだって!」

「本当の事言っていいよ。冷めたなら冷めたでもいいし、もう旅行すら本当は行きたくないんしょ?前寂しいってずっと言ってたのに最近全く言わないしさ、つうか逆になんか楽しそうにもしてるし。」

「違うって!」

「じゃーなんでここ最近連絡もくれないし、学校で会ってもすぐ離れていくん?おかしいっしょ。休みに入ったらもう会わなくなんだよ?」

「え、いや…だから…。」

「言えないって事はなんかあるんしょ。もういいよ。」

「いや…。え、ちょっと待ってよ。」

「ごめん。もう独りになりたい。」

 祐介はお弁当をしまいいくら言っても無視して屋上から出て行った。隠してる訳でもなく黙る必要も無い夢の力。悲しさも切なさも込み上げ、寂しくもにじまない空をただただ眺める事しか出来なかった。

 その後、祐介は午後の授業に出てこなかった。すぐに連絡をしたけど返事も無く、学校中走り回って探しても見つからず、もう時を動かして祐介が現れるのを待つしか出来なかった。

そしてそのまま授業も終わってしまい、放課後もただじっと待ち続けるだけの夢になってしまった。苦しくも時を早く進めることができず、ほんとにただじっと。祐介のカバンはまだ机にかかっている。戻ってきてもおかしくはない。やがて部活が終わった生徒達までも帰宅を始めたが、それでも祐介はやってこなかった。そしてそのまま夜になり、学校で寂しく一人になり夢が終わった。

気持ちのせいか、ちゃんと寝ているはずなのに疲れが取れていない。むしろ逆。そのまま憂鬱な気持ちで学校に着き、いないであろう祐介が下駄箱にいるかため息混じりに覗いた。

「あっ、祐介!」

祐介は下駄箱に寄っ掛かりながら立っていた。

「あっ、おはよう。」

「おはよう!」

私は嬉しくてすぐにでも祐介に抱きつきたかった。しかし祐介の表情は昨日と同様険しく、私が言い終わった後すぐに下駄箱から上履きを出して何も話さず教室へと向かってしまった。

「あ、祐介待って!」

慌てて私も上履きに履き替えて祐介を追おうとしたが、下段にある私の下駄場に手をかけた途端、カバンが空いてるとも知らず中身が床へと転がってしまった。

(あーもう!)

どんどん離れる祐介を横目に慌てて落ちた物を拾っていった。しかし、急いで拾おうとすればするほど床に張り付いて拾えないレポート用紙と哀れな私に、涙すら浮かんでしまった。

「大丈夫?」

すると、スッと第3の手が伸びてきて落ちていたものを拾い始めた。それは、たかしだった。

「た、たかし…。」

「だ、大丈夫かよ…。祐介は?」

涙目の私を見て心配そうにたかしは言った。

「あ、ちょっと…ね…。」

「ほら、これ。」

たかしは落ちたものを拾い上げ、私に渡してくれた。

「ありがと…。」

私が受け取ると、たかしはいつも避けてる私のことを考えてか、笑顔で頭を少し下げて自分の下駄箱に向かった。

「た、たかし。」

「ん?」

たかしは驚きながら振り向いた。

「祐介が…見当たらないの…・」

「はぁー、全くお前らは…。」

「え?」

「昨日祐介から聞いたよ。里香ちゃんが冷たいって。何かあったのかは聞かないけどさ…。」

「そうなの?てかどうしよう。どこ探してもいないの。」

「いない?まだ来てないってこと?」

「いや、学校には居る。」

「居る?ならどっかで頭でも冷やしてんじゃないの?あいつは大丈夫だって。今の里香ちゃんみたいにあいつも涙浮かべて話してたし。」

「そうなんだ‥。」

「ほんとお前らは似てるよな。素直に言えばいいのにさ。」

私は何も答えれず下を向いた。

「んー、なら里香ちゃんだったらどこで頭冷やす?祐介の事だからそこにいんじゃないの?」

「え、私だったら‥。」

私だったら、保健室か図書室に行く。保健室はお腹が痛いと言えば横にもなれるし、図書室は先生もほとんど来ないし、絶対に静かだし、なんか本の題名を何も考えず見ているだけで気分転換にもなるから。

「あっ!」

「分かった?そこに行ってみれば?」

「ありがとう!」

そういえば図書室を夢の中で探してなかった。祐介が行くはずもないと思って考えてもいなかった。私は急いで上履きに履きかえた。

「あれ?いないってどういう事?。」

なんかたかしが言っていたけど、それよりも図書室に向かう気持ちが高く申し訳ないけど何も返事せずそのまま走って向かった。

(祐介ごめん。)

思いは謝罪しかない。段々と図書室に近づくにつれ、思いもどんどんと膨れ上がる。そして思いっきり図書室の扉を開け、辺りを見回した。すると、壁際には祐介がいた。

「祐介!」

図書室ではあり得ないぐらいの声量で思わず呼んでしまった。幸い誰もいなくて良かった。

「り、里香?」

私は思わず涙を浮かべ、祐介に近寄った。

「祐介ごめん、本当になんでもないから。祐介の事本当に好きだから。」

「う、うん。俺こそごめんな。なんか変に疑っちゃって…。」

「いや、私が変な行動ばっかりとってたから…。」

「それもそうだけど、俺も余裕無くてさ。大学に受からないと里香と離れちゃいそうでそのプレッシャーがさ…。」

「私は離れていても、祐介に何があっても大丈夫だから、私には祐介しかいないから。」

「俺も‥俺もごめんな。」

「ううん、祐介は全然悪くない。私が悪いの。ほんとにごめんね。」

「いや、俺も悪い。」

「祐介、ごめん!」

祐介の優しさに思わず抱きついた。いつもの慣れ親しんだ胸板の硬さに涙が溢れ、このまま祐介に吸い込まれたい気持ちだった。

「明日はさ、ここ最近の事もそうだし受験の事も忘れて思いっきり楽しもっ。」

「うん。」

祐介の優しさに私は誓った。もうこの能力を使うのは辞めようと。それからの私は元の普通の生活を送った。お昼は祐介とゆっくり過ごし、帰りも祐介と同じ所まで帰り、まっすぐ家に帰っていつも通りの時間にご飯を食べて、いつも通りの時間にベットに入った。

ここ数日だけ変わった生活を送っただけだったのに、普段の生活に違和感が出てしまうほど濃い生活だった。でも、もう祐介に心配をかけさせたくはない。それに、明日からは家族には内緒で祐介との旅行も控えている。お互い受験勉強が忙しくなる前に思いっきり遊ぶ今年最後のデート。もちろん楽しみが大きかったけど、今朝の祐介の真剣な気持ちに少し胸が痛くもあった。



そして次の日の朝。今朝見た昨日の夢を思い返し、今日はちゃんと祐介と向き合ってデート楽しもうともう一度誓った。けれど、祐介とのデートはもちろん、旅行も比例して気分が上がる。お化粧をしている時から気分は上がり、家を出る頃には昨日のことなど忘れて楽しむことだけを考えていた。

「ういー、お待たせー。」

昨日のこともあって待ち合わせ場所についてから少し不安な気持ちもあったけど、いつも通りの祐介の態度に不安は吹き飛び思わず楽しみの笑みがこぼれた。

「祐介ー!って荷物は?」

「え?無いよ?1泊だしどうせ浴衣あるっしょ?」

「つうかまじ?」

「何が?」

「ま…いいや…てかポケットがめっちゃ膨らんでるけど…、え、ポケットに突っ込んできたの?」

「まー下着ぐらいはいるかなって。とりあえず行こうぜー。」

膨らんだポケットをパンパン叩き、祐介は笑顔のまま新幹線の乗り場へと向かっていった。呑気に下着をポケットに入れていく祐介に、会うまで不安を抱いていたと思うと溜め息が出てしまい、少し気分が落ちた。

(あっ。)

ここで今夜も今日の夢を見る事を思い出した。祐介との2回楽しい旅行が味わえるなら、もう夢の為の生活を辞めようと思っていたけど、どうせなら楽しいデートを2回楽しみたい。このデートを最後の夢生活にしよう。そう決心してポケットの膨らんだ祐介の片腕に飛び込み、新幹線へとついて行った。

「あ!里香、駅弁買って行こう。」

 祐介は人が群がっているお店を指さしながら言った。私はすぐに何度も頷き、祐介が指さしたお店に一緒に向かった。

「ねえ祐介。せっかくなんだから普通のお弁当にしたら?」

「え?なんで?」

「えじゃなくて…。せっかくの駅弁なんだしさ、釜飯とかイカ飯とかあるじゃん!なんでそれなのよ?」

 祐介が手に取っているのはホテルとかでも売っている四角い箱に詰められたサンドウィッチ弁当だった。

「普通サンドウィッチって袋に入ってるっしょ?これ箱に入ってるんだよ?それにサンドウィッチ弁当って書いてあるしなんか豪勢じゃない?」

 少年のような目でサンドウィッチ弁当を見ている祐介。店内の壁にサンドウィッチ弁当の中身の写真が貼ってあったので見てみたら、案の定普通のハムと卵のサンドウィッチだった。

 でも私は(あ、ここで言い合ったら印象的な時になっちゃう。)と夢の事が脳裏に浮かび、1度大きく息を吸っては(普通普通)と心の中で言いきかせた。

「ま、まーそうね。」

 そして心が落ち着いたところで祐介に同意し、私は駅弁らしい釜飯弁当を選んで祐介と共にお会計を済ませた。

 祐介はたまに天然なところがある。それに少年のように真っ直ぐな心も持ち合わせてるので、説得が難しい。恐らくポケットに入れてきた下着は、祐介に手ブラで旅行に行こうと話してたから、鞄を使いたくない一心でポケットに入れてきたんだと思う。それからは新幹線に乗り、旅行気分を満喫しながらお弁当も食べ、祐介とは止まらない楽しい会話で時を過ごした。

 でもこの楽しさが段々と切なさを産んでいった。受験が終わるまで、もうこうやって出かける事はない。友達からは「やりすぎ。」と受験の意気込みに驚かれたけど、こうでもしないと夏休みの間も会うだろうし、冬休みですらたまに会ってしまいそう。私はたまに連絡する程度でも我慢出来そうだけど、祐介は絶対無理。そんな祐介が、急に受験が終わるまで会うのを辞めようと言ったのには本当に驚いた。それは半年前の高校2年の冬休みが入る前、期末テストが終わって二人で帰っている時だった。

「なぁ里香。」

「どうしたの?」

「俺達ってこの先どうなると思う?」

「え?」

「ほら、まだ今は高校生だけどこれから大学に行って社会人になるっしょ?それだと今からはまだ5~6年先まで結婚なんて無いわけだし。」

「5〜6年先かーまーそうだね。てか祐介はどう思ってんの?」

「俺はもち里香と一緒にいたい。」

「ん?そういうこと?」

「あー違うな。先の話しでさー結婚したら俺がやっぱいい会社に入ってそれで2人で贅沢な暮らしをしてたくない?」

「うーん贅沢ねー…。でも私だって働くよ?」

「うんうん、里香もやりたい事やってほしいし良いと思う。」

「なら二人で頑張ればいけそうじゃない?」

「どうかなー、それでも俺が良い会社じゃないと厳しくない?子供が生まれてもそうだし、やっぱりお母さんが傍にいてほしいしさ。」

「あー子供を考えるとねー。」

「よし、やっぱり決めた。里香、3年の夏休み前に思いっきりデートして、そしたら受験までデートを辞めよう。」

「え?」

「この前親とも受験の話しをして思ったんよ。里香とこの先一緒にいるにはちゃんとした道を進まないといけないって。高校3年の夏は何よりも大事な時期っしょ?もちろん今も大事だけどさ。」

「でも私達って中学も受験してきたからさ。勉強しながらの生活には慣れてない?」

「そうだけど中学の時は里香の事知らなかったし、彼女なんてももちろんいなかったしさ。普通に勉強に没頭してた。」

「それな…。全然考えてなかったけど思えば私達のどっちかが浪人でもしたら付き合い方も変わるかもねー。浪人なんてしたら祐介の場合デートなんて出来そうにないね…。」

「でしょ?そうなるとマジで最悪じゃない?連絡は勿論するけど夏休みから勉強に本腰入れよっか。俺、里香と離れたくないし。」

「うん、私も離れたくない。なんか今日の祐介すごいね。」

「真剣に考えたんよ。ほら、周りも付き合い始めてデートとか始めたろ?俺らこれから受験なのにほんとに大丈夫なんかなって他人のを見て思ってさ。」

「それなー。はぁー、また勉強三昧かー。やっと終わったと思ったのになー。」

「ほんとだよな…。でもこれが最後だからなー。」

「まーそうね。」

 この話は私も納得したし、この話をしている祐介がなんだか頼りがいがあってまた好きになった。あの時のことを思い出して、止まった会話に隙を見て流れる景色の遠くを眺めた。しかし、流れる景色を見つつもまた夢の癖で色々なところを見回してしまった。そ

フとした瞬間、私はある事に気づいた。それは祐介との未来の事。思えば思うほどなんだか心配になり、外を眺めるのをやめて祐介の方を向いた。

「ねー祐介。」

「ん?」

「前にさ、遊園地で占ってもらったのって覚えてる?」

「占い?あー夢で結果をってやつ?」

「そうそう、あの時の夢ってまだ覚えてる?」

「あれっしょ?教会で里香とキスして結婚したってやつっしょ?。」

「そう!なんかそれ以外にい出せない?子供ーとか、年を取った私ーとか。」

「どうだったかなー…。もう覚えてない…。」

「そっか。」

「どうしたん?急に。」

「いや、なんか急に思い出しちゃって。あ!景色変わった。」

「マジだ!」

 タイミングよく景色が変わったおかげで話題を変えれたけど、祐介と付き合って初めてどこか切ない思いをした。

 それから新幹線が最寄りの駅に着き、私達は駅に来ていた送迎車に乗って旅館へと向かった。まだ少し脳裏に祐介の夢が残っていて笑顔になることが難しかったけど、こんな不安を吹き飛ばす出来事が旅館に着いてから起こった。

「記念日だし、1年分のデートだから宿泊代は全部俺が払う。だから泊まる所も決めさせて。」

と祐介は強引に泊る場所を決め、それ以降行先や旅館名は一切教えてくれてなかった。それで今、ずっと気になっていた旅館が目の前にある。そこには誰しもが知る文豪さんや首相のような政治家、そして大物芸能人達が泊まりそうな風格のある立派な門構えの旅館だった。

思えば旅館の人が駅に迎えが来た時からどこかがおかしいとは思えた。他の旅行者は8人乗りのありきたりな送迎用の白いワゴン車だったのに、私達は黒塗りのそれこそ政治家達が乗るようなBMWと書かれた乗用車。車内はほこりなど微塵もない皮のソファー。予約した祐介ですら間違えられているのではないかと緊張の面持ちをして乗車していた。

こんな場違いな旅館で田舎者が都会に来たかのように周囲を見回している最中、思わず私は笑ってしまった。チェックインしている祐介があまりにも場違いすぎて、泊まりに来ている客ではなく、どう見ても配達員にしか見えなかったから。

それに祐介は緊張のせいか両肩は不自然に上がっていて、両足もよく見れば内股にもなっていた。私も確実に場違いな人だけど、この祐介を見たらなんだか緊張が和らぎ、少し気持ちも落ち着けた。そんな私に緊張感の抜けない祐介はチェックインを終わらせ、まだ辺りを見渡しながら私のところにやってきた。

「鍵もらったー。」

と言うと同時に鍵を私にちらつかせた。

「あっ!立花様、私がお部屋をご案内致しますのでどうぞこちらに。」

 恐らく部屋の鍵をもらって嬉しくなった祐介がすぐフロントから離れたもんだから、慌てて女将さんらしき人物が近寄ってきて言ってきた。

「お嬢様、お荷物を。」

 すぐに女将さんが私の鞄に気づいて持とうとしたが、

「は、はい。大丈夫です。有難うございます。」

 鞄の中身は私も下着ぐらいで軽かったので会釈をしながら断った。

「そうですか。それではこちらに。」

 女将さんは私達に一度会釈をして、部屋へと案内してくれた。

「祐介のポケットの中身も持ってもらったら?」

「シッ!…もう…。」

 祐介は両手で膨らんだポケットを押さえて恥ずかしそうに女将さんに着いていった。まだ緊張が残っていたせいか、なんか祐介に嫌味でも言って気分を紛らわしたかった。

けれど、すれ違うお客さん達のオーラだったり、場違いを更に思い立たせる綺麗な渡り廊下だったりで緊張感が下がるどころかせっかく少し下がった緊張感も元に戻ってしまった。祐介も見る物見る人に口を半開きで見ていて、私同様にこの旅館に飲まれていた。

でも、一流の旅館というのは何も旅館という建物だけじゃないというのを私達は体験した。それは女将さんの言動や行動だった。

女将さんは私達が予約した部屋に着くとすぐさま先に入り、私達を出迎えるよう座布団を敷いて案内を済ませ、慣れた手つきでお茶を入れ始めた。私達は部屋の広さや見たこともない和室の綺麗さに部屋の中でも飲まれてしまい座れずに居ると、女将さんは私達を一度見てから急に話し始めた。

「大浴場のお風呂の温度はそこまで熱くないので、熱いお湯に浸かりたい時は部屋のお風呂の方がお勧めです。この旅館に来られるお客様は年配の方が多いので、熱すぎると死んじゃうんですよ。オホホホホ。」

 女将さんは話し終えると急に笑い始めた。緊張感のせいで笑いとは程遠い世界にいたはずなのに、自分で言って自分で笑う女将さんを見て私達は見事につられて笑ってしまった。そして一瞬で和んだ空気の中、女将さんは淡々とまた旅館内の説明や夕食の時間などを話し始めた。私達は気づけば女将さんの敷いた座布団に座り、リラックスした状態で女将さんの話しを聞いていた。

「では、ごゆっくり。」

 と、今度はジョークを言うわけでもなく言い終えるとあっさり部屋から去っていった。

「いいなーこの旅館!」

 祐介は女将さんが部屋から出てドアの閉まる音が聞こえた途端、すぐ横になって言った。

私も気が緩んだのかドッと疲れて横になり、のんびりしている祐介を見て改めて女将さんのおもてなしの能力を感じた。

「てかこの旅館やばくない?なんで知ったの?」

 私も横になって自由を満喫しながら部屋の中を改めて見渡してながら言った。

「いやさー、親父にお母さんと記念に行く旅館とかない?って前に聞いた事があってさ、その時にこの旅館を紹介されたんよ。」

「どうりで…。」

「なんで?」

「なんでじゃないっしょ…。私達が行くようなレベルの旅館じゃないし…。」

「あー…。でも違うんよ…。多分あの人だと思うんだけど女将さんの弟が親父と同級生でさ。」

「え?てか知りってやばくない?親にバレる!」

「あーそれはマジ問題ない。前にさ、たまたま女将さんの弟がうちに遊びに来てて親父から紹介されてさ、その時に彼女と行きたいって話したら連絡先教えてくれてさ。」

「マジ?」

「マジで。そんでその人すごい気さくで話しの分かる人でさー、旅館にはうまい事言ってサービスするって言うし、親にも内緒にしてくれるって。マジうちの親父がうるさいってのも知ってるしほんと問題無いくさい。黙ってくれてるはず。」

「あーなら問題ないかー。恵の家に泊まるって言ってあるからさー。」

「うん、大丈夫な、はず。」

「はず…。まーでもそれなら大丈夫そうかな。てかここ本当にやばいね。私の親も連れて来たいなー。」

「スマホでは見てたけど実際はまじやばいな。」

「やばすぎでしょ…。てか、これからどうする?どこか回る?」

「その辺散歩しながら明日のプランでも決めようか。なんか色々あったな。」

「それなー。」

私達は寝転ぶのを辞め、旅館内と近くにある観光地へと散歩を始めた。旅館内は安い旅館のようによくある小さな土産コーナーや古びたゲームセンター、卓球台などはさすがになく、格式高そうな大浴場や手入れが完璧に行き届いている中庭の庭園があるだけで、私達は横目で見ながらすぐに近くの観光地へと向かった。

旅館に来る途中もすでに匂ってはいたけど、ここら一体には硫黄の独特な香りが漂い、海外から来ていた観光客を含めて浴衣で歩いている人が多かった。私達はそのまま出てきてしまっていたので、ちょっぴり私服の方が恥ずかしかった。

さて、話を結構戻すが私の本番はここからだ。最後だと決めている夢の為にお店というお店の内部まで細かく見ないといけない。なので、暇そうにしている祐介をよそにじっくりと夢の為の探索を開始した。

「里香、見すぎじゃね?」

今夜の夢も楽しみにしすぎているせいで過剰に細かく見ている部分はあったけど、

「いいじゃん、こういうとこ来るの初めてだしすごい楽しいの!」

と渾身の笑顔で少し不満そうにしている祐介に言った。

「まーそれなら…」

「てかさー、せっかくだし記念になんかペアになる物買わない?思い出になる物が欲しいなー。」

「ペアか…、てか明日も回るしじっくり探さね?」

「え、なんか乗り気じゃない?」

「いや…、なんか一通り見てから決めたいなーと…。」

「それなー。あっ!あっちのお店も見ておきたい!」

祐介の言う通り一旦物を買うよりも今はじっくりとお店を見て回りたい。それから何軒か見て回り、祐介に戻ろうと声を掛けた時には水を得た魚のように激しく頷かれ、すぐに旅館へと戻った。部屋に戻ると見疲れしたのかどっと疲れが押し寄せ、最初に寝転んだ時とは別で体を休ませようと寝転んだ。

「里香ー浴衣に着替えたいしご飯前にお風呂行かない?」

 祐介は部屋に着くなりクローゼットを開け、中に入っていた浴衣を取り出しながら言った。私のわがままでお店を見つくしたお礼もあったので、疲れた体にムチを打ちながら、

「それなー、もう旅館からは出ないだろうし私もメイク落としとかも持って行こかな。」

 寝転ぶのを辞めて持ってきた鞄からポーチを取り出した。そして、祐介は何食わぬ顔で浴衣に着替え始めた。もう何度も見ている祐介の裸。2年の夏に私達はお互いの花を咲かせていた。あの時は本当に心臓が口から飛び出しそうなほど高鳴っていた。

「里香ー。」

「ん?」

 あの日は高校2年の夏休みの時だった。私達はいつも通りの週末デートで映画を見に行っていた時だった。少し大人すぎた映画に感想なども特になく、夜ご飯を食べているときには映画を見に行った事を忘れてしまうほど全く違う会話で楽しんでいた。それからの帰り道、電車で帰ろうと改札へ向かう中、祐介が急に私の手を取って足を止めさせた。

「きょ、今日さ…、親いないんだよな。」

「え?」

「いや、その、なんだ…。うちで今日見た映画がつまらなかったし…、DVDでも見ない?」

「え?泊まりって事?」

「うん。」

「急だとお母さんに怒られちゃうよ…。」

「それなー…、うちも急だったからな。さっき親からばあちゃんとこ行くから家の戸締りちゃんとしてって連絡きててさ。」

「マジか…。」

「うん。」

 もちろん私だって祐介の家に泊まりたい。うちはそこまで厳しい家庭ではないけど一切私が反抗してこなかったのもあるし、約束を破れば怒られるってより泣かれてしまう。そんな親に男の子の家に泊まるなんて言ったらもうどうなるか想像も出来ない。だからこんなチャンスでも祐介の家には行けなかった。

「あれ、里香ー?」

 すると、偶然にもクラスで一番仲の良い恵が声を掛けてきた。

「あれ、恵!どうしたの?こんなとこで。」

「あー祐介君も。デート中かーごめんね。」

「あっ、恵だー。」

 祐介も恵とは仲が良く、3人で遊びに行った事もあった。

「さっきまで美穂とかと遊んでたんだー。ほら、里香も前に誘ったじゃん?。」

「あー!それ今日だったか。ごめん。」

「どうせごめんって思ってないっしょー。てかまじ楽しい話があるから今度ね。」

「えー、ちょー聞きたい。」

「またね。てかさっきちょー暗そうな顔してたけどもしかして喧嘩?」

 急に恵は私の耳元までやってきて小声で言った。

「あー違う違う。」

 私は慌てて否定し、祐介に共感をもらおうと顔を見たら携帯をいじっていたので、私は恵の耳元に顔を寄せ、

「実はさ祐介の家今日誰も居ないんだって。それで泊まろってなったんだけどほら、恵も知ってるだろうけどうちの親に男の子の家にお泊りなんて言ったら死んじゃいそうじゃん?。それでね…。」

「なーるーほどねー。」

 恵は急に悪い顔になって私と目を合わせた。

「な…なに?」
「ならうちに泊まった事にすれば解決だね。ちょうど私も居るし電話も変わってあげるから。」

「え?」

「うちなら大丈夫っしょ?何度も泊まってるし里香のお母さんも安心するだろうし。」

「そうだけどさ…大丈夫かなー…。」

「そういう慎重さはいらないと思う。ほら、高校2年の大事な夏だ。まずは親に電話して確認から!」

 恵は急に私の鞄に手を突っ込み携帯を取ろうとした。

「あー、分かったから!ごめん分かった!私が取り出すから。」

「まーったくうちの学年で最初のカップルがこんな初心だとはねぇ。」

「いいでしょ。」

 また意地悪そうな顔で恵が言ったので、ちょっと私はムッとした。でもそれから親に電話をして恵の家に泊まると言うと、恵は言われてもないのに私の電話を勝手に取って私のお母さんと話し始めた。楽しそうに話す恵を見て、お母さんがより安心してくれているのが分かったから恵にはすぐに感謝した。

「ね、大丈夫だったでしょ。これで安心して泊まってきなさい!じゃあねー、良い夜をー。」

 恵は私を祐介の方に押し出し、手を振ってカッコよく去っていった。

「大丈夫なん?…。」

 祐介は途中から私達の行動を見ていて不安そうに言った。

「う…うん…。お母さんにも連絡したし完璧に恵の家で泊まる事になったわ‥。」

「すげな…。」

 嬉しいはずなのに、急に私達に今夜一緒に泊まる事に対しての緊張が押し寄せ、ここから祐介の家に着くまでほとんど会話ができなかった。祐介の家に来るのはこれで2回目。1回目は高校1年の時の年始。

「うちのおせちはマジ豪華なんだよ。絶対食べに来てよ。」

 と誘われ、初めて祐介の家に行っては祐介の親にも初めて挨拶をしてあがらせてもらった。祐介が言っていた通りおせちが豪華で、1時間かけて食べに食べてその後は初詣に二人で出かけた。あの時は祐介の部屋には一瞬しか入ってないし、ほとんどおせちを食べるだけにあがったようなもので、誰も居ない今の祐介の家を改め見回した。

「と…とりあえず部屋…かな?」

「わ…分かった。」

「あ!なんか食べ物持ってくわ。の、飲み物も…。」

「うん。」

「里香、俺の部屋分かる?」

「うん、1回来たから。」

「あ、そか…。じゃあちょっと行っててー持っていくから。」

「うん。」

 祐介の部屋は2階の突き当り。初めて来たときもとりあえず2階の突き当りの部屋で待っててと言われたので、すぐに覚えた。それに祐介の部屋は広い。私の部屋のベッドより一回り大きなベッドで、学習机以外にも部屋中央にコタツが置ける。初めて来たときはコタツだったけど、今はコタツの原型だと思われる四角いテーブルだけが置かれていた。

 祐介の部屋に入るなり私はそのテーブルに鞄を置いて、部屋の隅に置かれていた大きな全身鏡を見て身だしなみの確認を始めた。すると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。やってくるのは確実に祐介だけど、祐介が部屋に入ってきてから私はどうしているのが正解なのか分からず、高鳴る足音と共に私の心臓も高鳴り、祐介の部屋をなぜか歩き回ってしまった。

「あ、あれ…。座らないの?」

 祐介は部屋に入ってくるなり立って待っていた私を見て不思議そうに言った。

「あ‥、うん‥。」

 私は慌てて座った。

「机…いい?」

緊張からテーブルの上に置いていた私の鞄が邪魔で、祐介が持ってきたお菓子が置けない事すら気づけず、慌てて鞄をどかした。

「部屋でDVD見ようか。リビングだと散らかってたらバレそうだし。」

「うん…そうだね。」

 自分の家という事もあってなのか、祐介は少し落ち着きを取り戻していた。私も鞄を抱きしめて必死に落ち着こうとしたけど、色々想像してしまって全然落ち着けず、DVDが始まるまで祐介との会話もろくに頭に入ってこなかった。

 そして祐介はDVDの再生を押し、映画のムードを出そうと部屋の明かりを消した。なんの映画なのか聞くことすら忘れてしまう緊張感の中、始まった映画はサスペンスホラーだった。見たことは無かったけど、タイトルの出方からからホラーであると確信できた。

映画が始まりある程度までは色んな意味で緊張してたけど、始まって10分ぐらいで(えっ?)と我に戻れた。本当に映画を観るためのお泊まりだったのか、普通に映画を見入る祐介を見てそう思うとなんだか緊張している自分が恥ずかしくもなり、気を落ち着かせて映画をまた見始めた。

しかし、ここから急に緊張感が高まった。ホラーであるあるの大人の色気があるシーンで私達は緊張感を高めてしまい、お互いが顔を合わせられなくなってしまった。すると、想像以上にある色気のシーンの途中、

「チュ、チューしよ。」

 と、別に聞いてこなくてもいいのに祐介が言った。何も言わずに頷くと祐介はソッと私にキスをした。それから味を占めたのか、色気のシーンの度にキスしてきた。何度も何度も。そして何度目かのキスで、もう映画のように私達も結ばれると覚悟も決めた。しかし、祐介はキス以上に何もしてこなかった。覚悟を無駄に映画も終了し、その後もムードが作れないまま終了した。

「もう寝よー。」

 映画を観終わってからお互い携帯などをいじり、気づけば朝日が見え始めていた。もう何も起こらない空気感で私も緊張の糸が切れて急に眠気がやってきた。

「寝るか、里香はベッドで寝なよ。俺は下で寝るから。」

「大丈夫ー。なんかこのまま寝れそう。」

 眠すぎたせいでベッドにもたれたまま言うと、

「それはダメだろ。ほら、いいからベッドに乗って。」

 祐介は私の脇に頭を入れてお姫様抱っこをしてベッドの上に寝かせてくれた。

「祐介もこっちで寝なよ。」

 思わず眠気で頭が働かないまま言ってしまった。言い終える時には緊張が一気に押し寄せ、赤くなる顔を隠したくて祐介がいる逆の方に寝転んだ。すると、隣でドシっと祐介が横になり、背中越しに私を抱き寄せてきた。私の後頭部に祐介の顔があって、背中からは祐介の鼓動が聞こえてくる。私は抱いてきた祐介の手をグっと握った。祐介の温かさが頭からも背中からも手からも伝わり、私を包んでくれているような感じがして夢心地だった。そして祐介が本当に愛おしくなり、思い切って振り返り祐介と向かい合い、今度は私からキスをした。

「し…、して…、してみていいかな…。」

 キスを終え、1センチ先で祐介が言った。

「バカ…。」

「ご…ごめん…。」

 それでも私は無言で頷いた。そして祐介の鼻息が荒くなり、私のすべてを触り始めた。この日が私たちにとっての初夜だった。

 次の日、起きてから慌てて私達は祐介のベッドと同じ柄のシーツや布団カバーを探しに家を出て、同じ物を購入したらお昼も食べずシーツなどを交換する為に解散となった。

 あれから数度、私達は共にしている。それで1年も経った今、平然と洋服を脱ぐ祐介を見て私達も大人になったのかなと、旅館に居る事で大人の雰囲気を感じならが思った。そしてあっという間に着替えてしまった祐介は、私が用意できるを待つかのように立ったままテレビを眺め始めた。

「あー祐介ー先行っていいよー。もうこっちでメイク落としてから行くー。」

「え?」

「だってお風呂って男女別々でしょ?一緒に行ってもしょうがないしさ。」

「あーそか。じゃあ先に行くねー里香もご飯の時間すぐだから早くね。」

「うん。あ!鍵持ってっちゃって。どうせ私の方が遅く帰ってくるから。」

「はーい。」

 祐介はテレビを消して部屋から出て行った。私も急いでメイクを落として大浴場へと向かった。こんなすごい旅館の大浴場はまた何かで圧巻するんだろうなーと期待していくと、想像していた綺麗な脱衣所ではなく、逆に少し古いタイプの脱衣所だった。洋服を入れるかごは藁で出来ていて、大きな鏡に洗面台が3つ、ドライヤーなどはあるものの、うちの脱衣所の方がまだ綺麗だと思えてしまうほどどこか古い。一応夢の事も考えて細かく脱衣所を見回ってから、お風呂に向かうための大きな扉を開けた。

 でもこの残念になりそうだった気持ちも一瞬で吹き飛んだ。扉の先は海を一望できるオーシャンビューの大浴場だったから。脱衣所がなんであんなに古びているのかが分からないほど、素晴らしい景色に大きな檜の風呂。お風呂に入って早く絶景を見たい。私は急いで体を洗った。そして、お風呂に浸かっている事すら忘れてしまうほどの景色に、夢の能力を手に入れてから恐らく初めて見渡す事を辞めて見入ってしまっていた。それからのぼせる程お風呂に浸かり、大満足のお風呂を後にして部屋に戻った。

 ポカポカした程良い気分で部屋まで戻る最中、鼻歌を歌うかのように気分良く今日一日のどこが印象的な時になるのか楽しみながら考えた。

そして部屋に着いて扉を開けると、すでに祐介がいて女将さんと何やら話しをしていた。女将さんはすぐに私が戻ってきたことに気づき、テーブルに用意されていた祐介の横に置いてある座椅子に座るよう手で誘導してきた。私は訳が分からないまま座ると、女将さんは何も言わず笑顔で一礼して出て行った。

「祐介?」

 私は小声で隣でにやけている祐介に話しかけた。

「何?」

「何話してたの?」

 祐介は私の質問を無視して不気味な笑みで視線を私から前方に移した。すると、出て行ったはずの女将さんがすぐに両手いっぱいに広げたお盆に溢れんばかりに料理を乗せて部屋に戻ってきた。女将さんは笑顔のまま私たちの前にあるテーブルに、ご飯やお吸い物、焼き物などを並べ、後追いで来た別のスタッフからも料理などを受け取り、旅館の画像でよく見る豪華な食事そのままにテーブルの上に彩っていった。

 それに一人一つの七輪まで用意され、もう私たちの開いた口が塞がらないでいると女将さんはそんな私たちを見て嬉しそうに七輪に火を灯した。絶対に4人前はあるだろう量の料理が立ち並び、最後には絵に書いたような船盛りのお刺身がテーブル中央に置かれた。女将さんもさすがにすべてを出すのには苦労したようで、船盛りを置いた後深く深呼吸をして呼吸を整えながら料理を見渡していた。

「あ、ちょっと待ってて下さいね。」

 女将さんは深呼吸を終えてすぐに、私達に手の平を向けて待つようジェスチャーしながら言っては部屋からまた出て行った。

「ねー…、ほんとにこれ大丈夫なの…。」

 私達しか部屋にいなかったけど、なんとなく目の前に置かれる豪華すぎる料理を見ながら小声で祐介に言った。

「多分…。さっきその話しを女将さんとしてたから…。」

「あーご飯の事を話してたのか。」

「うん。料理はいっぱい食べれるでしょ?って聞かれたから何人前でも食べれますって…。」

「それでこの量…。もしかしてお父さんのお友達がサービスしてくれたのかな?」

「それなー。後でお礼の連絡いれないとな…。」

「マジで…私からも有難うって伝えておいてよ?」

「うん。」

すると女将さんが部屋に戻り息を荒げながら、

「ごめんなさいね…ハァハァ、ハー。急ぎすぎちゃって息がね。はい、もう大丈夫。では、話は聞いておりますので今日は存分に楽しんでね。」

「料理、これ本当にいいんですか?」

 祐介は料理を見渡してから女将さんに言った。

「当り前よ、若いんだしペロっていけるでしょ?あとね、立花君のお父さんは弟と仲良かったけど私とも実は仲が良かったのよ。それで当時の事思い出しちゃってなんだか懐かしくなっちゃってねー。それに、初めて立花君にお酒を飲ませた楽しい思い出も思い返しちゃってね。」

 女将さんは目を見開き意地悪そうに言った。

「え?」

 これに祐介が聞き返すと、

「弟がね、立花君とお酒を飲んでみたいから買ってきてほしいって強請るから、その時私は20歳を超えてたし変わりに買いに行ってあげたのよ。それで普通にビールとかだとつまらないからウォッカを買ってあげてねー。そのまま飲むんだよって意地悪して飲ませたら二人ともベロンベロンになっちゃってね。あの時はおかしかったなー。」

「そんな事が…。」

「そうなのよー。まー今日はお父さん達には来た事は黙っておくからゆっくりしてね。あと、これは私からのプレゼント。受験の為に1年分のデートをここに選んでくれて有難うございます。」

 女将さんは赤いリボンが付いた瓶ビールを私達の前に置き、手元に用意していた小さなグラスを私達の前に置いて注いだ。

「こんな事ばれたら私達も営業出来なくなるわ。だからお互い内緒にしましょう。あ、親子そろって初めてのお酒が私からなのもなんだか嬉しいわね。」

 女将さんはまた意地悪そうに話し、私にもウインクしてからビールを注いでくれた。

「ささ、冷めないうちに早く食べて。本当に受験も頑張ってね。絶対お2人は幸せにもなるわ。もう応援しちゃう!」

 女将さんは嬉しそうに話しながらビールを注ぎ、私達の分を注ぎ終えるとまだ残っていた瓶ビールをテーブルに置いてすぐに部屋の入り口まで戻り、正座をしてし深々頭を下げた。

「すいません、本当に有難うございます。」

 祐介も豪華な料理越しに座りながら頭を下げて言ったので、

「有難うございます。」

 私も、崩していた足を正座に変えて同じように頭を下げて言った。そして女将さんが頭を上げるとまた私たちにウインクをして部屋から出て行った。

「良い人だ。」

 祐介は女将さんのサプライズの余韻に浸りながら呟いた。

「うん。でもお母さんに内緒で来てるから、この旅館の事を言えないのが本当に残念…。」

「また来ればいいじゃん!てか食べようぜ、まじでこんなでかいアワビとか初めて見たし。てかほんとすげー。」

 祐介は手の平サイズの七輪に収まりきらないアワビをお箸でつつき、少年のような輝いた目で言った。

「それなー。てかカニもこれ足折っていくのかな?」

 私も船盛りの前に置かれたものすごい長いカニの足を持って言った。

「どうすんだろな…。ま、食べよ。誰も見てないし抵当にやっても怒られないっしょ。」

 私たちはテレビでしか見た事ない飾られた食べ物を、常にカニを食べている時の様に無心で食べ続けた。気づけば絶対残すと思った4人前はあった料理を一瞬で食べつくし、私達は座椅子の背もたれに全体重を預けた。

「いったな…。」

「ね…。」

 私達は空いた皿を見渡しながら慣れてないコップ1杯のビールで酔いしれ、放心状態になっていた。会話が無く、ただテレビの音だけが部屋中に広がっている。私は顔こそテレビの方を向いているのだけど、お酒のせいか、祐介が傍にいるせいか、眺めるテレビの内容が全く頭に入らず今日一日をまた茫然と思い返していた。

 下着をポケットに入れてくる祐介。せっかくの駅弁をサンドウィッチに弁当って名前がついてるだけで選んだ祐介。それに大浴場。そして豪華すぎるご飯。さすが旅行なだけあってどこが夢に出てくるか分からない。だからどこが夢に出てきても予め何をするかのプランを考え、テレビを見て笑う祐介と同様、妄想で笑ってしまう私がいた。

すると、女将さんが食べたお皿を片すついでに布団も敷くと入ってきた。その間、私たちはまた大浴場へと移動しまたゆっくりとお風呂に浸かった。火照った体に温かい温泉が染み込み、いつもの半分以下の時間で体中が熱くなってしまい長風呂できずにあがった。そして部屋に戻るとご飯を食べていたテーブルがどかされ、布団が二つ並んで敷かれていた。

「里香。」

 祐介は確実に何かを隠している。その分かりやすい笑顔で部屋に入ってきた私に呼び掛けた。

「何?」

「これ。」

 祐介は背中からレモンチューハイと書かれた缶を2本見せつけてきた。

「あ!大丈夫なの?」

「近くの自販機で買っちゃった。」

「もう。女将さんが良くしてくれたんだから変な事したらダメでしょー…。」

「分かってるし、でもせっかくだしさ。」

恩を仇で返すような行為に後ろめたさがあったけど、いいからと勧められた一口目が、火照った体のせいで一瞬にしてアルコールを吸収して酔ってしまった。祐介も思った以上に早く酔いが回ったようで、半分も飲まないうちに浴衣が乱れ初め、そのまま酔った勢いで私に寄り添ってきた。祐介の浴衣からはみ出た生肌の暖かい温もりが私を包み込み、どんどんと気持ちが吸い込まれた。

それに、この日の祐介は私が夢で描いていた祐介そのものだった。場のムードを壊さずに流れでキスをしてくる。私も本能のままキスを返し、絵にかいたような愛し合い方に私はもう祐介に体を委ねた。

それから何度も抱き合い愛し合い、気付けば夜中になっていた。祐介は私を抱いたまま眠り、私も祐介の温もりをもっと感じようと寄り添い眠りについた。

「ほら、里香も一口。」

 祐介がプシュっと開けた缶チューハイを私に差し出してきた。私は素直にレモンチューハイを受け取り、飲まずにテレビが置いてある棚に置いてキスをした。現実ならこの後飲んでからキスをしてたけど、さっきまで愛し合っていた余韻が夢の中の私にはまだ残っていたので我慢できなかった。

「り、里香?」

いきなりのキスに祐介は動揺していた。

「お酒なんて飲まなくても大丈夫。祐介、本当に大好きだよ。」

照れて言えなかった言葉も、夢だから言えた。喜ぶ祐介だったけど、私も嬉しかった。それから現実では考えられないほど私から祐介に迫り、何度も何度もキスをした。現実以上に愛し合う私達。しかし終わりが早く、段々と視界が白くなっていった。

「え?まさかもう起きるの?」

私は目を何度も擦りながら白い世界になっていく風景を消そうとした。しかし、目を擦り終えると目を覚ました私がいた。

(まさか…。)

 私はテーブルの上に置いていた携帯を開いて時間を見た。6時。占い師さんが言っていた夢のルールで、印象的な時が寝る前だった時は現実で寝るまでの短い時間しか寝れないって言っていたのを思い出した。もう一度寝ようと目を閉じてはみたけど、占い師さんが言っていた通り眠気が全く無く眠る事ができなくなっていた。旅行を2倍楽しもうとあんなけ見回って、それなりにプランまで考えていたのに一瞬で終わった。

 別に誰が悪いわけじゃない。けど口を半開きにしてイビキをかいて寝ている祐介を見て、昨日の夜までは夢にも負けない最高の祐介だったのに、夢の中でも相変わらず最高の祐介だったのに、本当の現実を見せつけられたような気がして眠る幸せを奪ってやりたい気分にもなった。でも現実を受け入れ、朝9時からの朝ご飯に合わせて朝風呂に入ろうとまた大浴場に向かった。

お風呂の中、昨日見た夢がまだハッキリと頭の中にあった。積極的すぎた夢の中の私が恥かしくもあり、でもそれで興奮もしてしまい笑みが止まらない。現実であった昨日の夜と夢。短すぎる夢だったけど、占い師さんからこの能力を授かってから1番楽しんだ気がした。それから部屋に戻ると祐介は起きてテレビを見ていた。

「おかえりー。」

祐介は私を見て笑顔で言った。夢の中の私ならここでキスをしていたと思う。お風呂で昨日の余韻も洗い流したと思ったけど、祐介を見るとすぐに思い出してしまう。

「おはよー。朝ご飯もうすぐだねー。」

それでも私は平然を装い笑顔で返した。今日の予定は朝ご飯を済ませて10時ぐらいにはチェックアウトし、少し離れた所にまた別の観光スポットがあるらしいので、バスで向かってゆっくり観光して夕方の新幹線に乗って帰る。私としては観光地が印象的な時になると思っているので、また無駄に歩き回りたいなーとは企んでいた。

そして朝ご飯を済ませ、見送りに来た女将さんに何度もお礼を言ってから予定通り観光地へと向かった。観光地では数の多い階段をあがって行く名物な神社を参拝したり、市場で新鮮なお魚を食べたり、あっとう間に時が流れていった。

「あれ、ここ知ってるな。」

 一通り観光が終わり、私の希望で観光地から外れた所も歩き回わっている時、祐介が協会を見て立ち止まり言った。

「え?」

「なんか知ってるよここ。ちょっと入ってい?」

「大丈夫なの?」

「扉開いてるし、大丈夫じゃね?」

 祐介は半開きで開いていた扉を恐る恐る自分が入れるだけ更に開き、中を覗いた。私も夢の為に内部を見ようと祐介の背中越しに覗くと、

「誰もいないな。ちょっと行ってみよ。」

 祐介は協会の中を見渡しながらゆっくりと入って行った。私も祐介から離れない様くっつきながら入り、辺りを見回した。どこにでもあるような小さな教会。大きな季節外れの彩られたクリスマスツリーが入口横に飾ってあり、落ちゆく日差しが協会の扉から丁度祭壇を照らし神秘的だった。

「里香、こっちこっち!」

 祐介は照らされている祭壇に目を輝かせながら、私の手を引っ張り連れて行った。

「だ、ダメだってー。」

「誰も居なそうだし大丈夫じゃね?いいからさー。」

「辞めようよー、せっかくだし楽しい気分で終わりたいんだからさー。不法侵入とか言われたらやばいってー。」

「大丈夫だよー、てかあれなんよ。ここ前にやった夢占いで見た場所だわ。なんかすげー覚えてるし。」

「占い?」

「ほら!遊園地でやった夢占いの!。」

「え?ここなの?」

「そうそう!ここだよここ!始めて来たけどなんかすげー懐かしい感じがしているし。多分ここだ!」

「ほんとに?」

「絶対ここだ!あ!あれかな。俺らの記念すべきお泊りデートでここに来たからさ、将来もあの旅館に行ってそれからここで結婚式でもすんのかな。」

「あー!そういう事か。なんか結婚とか聞いたら緊張してきた。」

夢占いと聞くと後ろめたさで緊張していた糸が切れ、祐介同様に何も考えず協会奥にある祭壇まで向かった。そして、私達は祭壇から協会の中を目に焼き付ける様にまた見渡した。

「里香。幸せになろうな。」

 急に祐介は私の両肩を掴んで向かい合わせてキスをしてきた。扉から入ってくる光が私たちを祝福するかのように暖かく照らし、この神秘的な風景にも酔いしれ思わず心の中で(止まれ)と叫んでみた。やはり現実は夢とは違い、時間が止まる事なく鼓動と共に時間を刻みゆっくりと祐介は私の唇から離れていった。

「誰かいるんですか?」

 すると、私達の幸せの空間を切り裂くように、聞いた事の無い男性の声が協会の奥から聞えた。

「やべ!里香逃げよ!」

 祐介は声の元が誰なのか見ようともせず、悪戯をした子供のような顔で私を引っ張り協会から走って出た。

「あ!里香あぶねー!」

 祐介が叫ぶ声と共に私は協会の中に押し戻され、突然祐介が目の前から消えた。まだ私の前には危ないと言った祐介の顔が残像で見えている。それから雷が落ちたかのようなドンと音が聞こえると残像の祐介が消え、音の鳴った方へ顔を向けたらトラックが電信柱にぶつかっていた。

「う、うそでしょ…。」

 頭が真っ白になった。私は、そのまま膝から砕け落ちて動けなくなった。辺りはすぐに騒がしくなり野次馬がかなり群がった。もう私はトラックの方を見る事が来出ず下を向いたまま力が入らなくなった。

 そのままどのぐらい放心状態になっていたのかは分からない。気づいた時にはどうやってきたのかも思い出せず警察署にいた。すると、私の両親が涙ながらに走って来て私を抱いた。抱き寄せてくれる両親の温かみに真っ白になった頭の中が少しづつ回り始め、現実に何が起こったのかを思い返そうと必死に脳を動かした。でも、すぐに考えるのを辞めた。溢れ出てくる涙に答えがあったから。私は、声をあげてその場に泣き崩れた。

 それから泣き崩れてどうにもならない私を、両親が無理矢理乗ってきた車まで引っ張り乗せた。

「祐介に会いたい…。祐介は…祐介はどこにいるの?」

 車中で涙ながらに言っても、両親は何も答えてくれなかった。理由は分かる。けど、それでも何回も祐介に会いたいと泣き叫んだ。会えばどうにかなる。無駄にも思えるこの想いが余計に涙を走らせる。運転する父親はバックミラー越しに何度も私をチラ見し、後部席に座っているお母さんは私を抱き寄せたまま離そうとはしなかった。そのまま涙が止まる事無く家に着いた。両親は心配して私の傍に居続けようとしたが、私は一人になりたいと自分の部屋に籠った。

 部屋の中、私はベットの上から動けなかった。頭の中で描いた思い出だけで止まらない涙が、机や棚に飾ってある思い出の品を見て更に溢れだしてしまっていた。私は、そのまま明け方の光を浴びるまでベットの上に座り続けた。そして段々と日の光がカーテンの隙間から私を照らし、涙も枯れ無心にも近い状態だった私はある事を思い出した。

(次寝たら、それが本当に祐介との最後。)

そう、夢の事。この状態で寝るという選択肢は考えられなかったけど、寝たらそれが祐介との最後。祐介に今すぐ会いたい気持ちはあるけど、それで終わりにする覚悟はない。急に恐怖心が私を押し寄せ、思わず立ち上がるとそのまま座る事が出来なくなってしまった。それからは祐介の思い出す事よりも寝る恐怖の方が上回り、不安と心配で指を噛む癖なんてなかったのに噛んではどうしていいのか分からない今を更にこんがらせてしまった。

 すると、目覚ましのアラームが鳴った。消しに行く力も無く、ただ放心状態のままアラーム音を聞いていると段々と夢の中の祐介を思い出した。会いたいけど会ったらもう最後。また不安が押し寄せ、私は全身を押さえてベッドに座った。

「里香ー!」

 そこへ、部屋の外から私を呼ぶお母さんの声が聞こえた。私は返事をせず、アラーム音が鳴り響く部屋の中で全身を押さえたままベットの上に座り続けた。お母さんは、応答の無い私を心配してか、勝手に部屋の中へ入ってきた。そしてベッドに座っている私を見て、それから目線をアラームが鳴っている目覚まし時計に向け、また私に視線を戻すと涙を浮かべた。お母さんは泣きながらアラームを止めると、私のとこへやってきて強く抱きしめてくれた。お母さんの温もりに抜けていたはずの力が更に抜けて、私もまた涙が出てきた。それからゆっくりと私を離し、現状を理解するよう震える声で教えてくれた。

昨日の事故で祐介が即死であった事。突っ込んできたトラックの運転手も電信柱にぶつかってそのまま即死であった事。それに現場に居た人間が私だけという事で、事情聴取として警察に出頭しなければいけなかった事も。

1お母さんはそれでも気が落ち着くまで警察には行かなくていいからと、私を想いまた強く抱きしめて言ってくれた。こんなにも優しいお母さんだったけど、私は悪いと思いながらもすぐにお母さんを突き放した。そしてそのまま目を合わせず部屋の外まで押し出し部屋の扉を閉めた。

お母さんはまだ私が一人になりたいと思っているのだろうと、反抗せずに出て行ってくれたけど、私の思いは違う。本当は印象的な時が祐介以外の時になってしまうのが怖くて、今は誰とも会いたくなかっただけ。さすがに胸が痛く辛くもなったけど、祐介を思えばその気持ちもすぐに消えた。

何度も思ってしまうけど今すぐにでも寝て祐介に会いたい。でも、それが最後。葛藤に葛藤を重ね、私は気持ちの整理が出来るまで寝る事を辞める事にした。最初は立ったり座ったり、太ももをつねったりして眠気を覚ました。それでも頭が勝手に落ち始めて限界になり、壁に貼ってあった祐介のツーショット写真を取り、付けてあった画びょうを取っては写真を見ながら腕に刺して目を覚ました。それからは眠気が来ると写真を見ては画びょうを腕に刺し、痛みと悲しさを重ねて起き続けた。

それからどれほど起き続けただろうか。フラフラになりながらトイレから出ると、お母さんの存在に気づかずいきなり抱きしめられた。

「里香、無茶しないで。お願いだから変な事もしないで。」

 お母さんは憐れむような顔で言った。何か話しかけられたのは分かったけど、頭がボーっとしていて内容が理解出来ない。それに全身を預けれるお母さんの暖かみに思わず意識が飛びそうで返事すら出来なかった。そして一瞬暗闇の世界に入り、またすぐにお母さんの顔が目の前に現れた。気を抜いたらすぐに寝てしまう事に恐れ、もう最後だろう力を振り絞り悪いとは承知でまたもお母さんを突き離して部屋に戻り、すぐに部屋の鍵を閉めた。

「里香…。お願いだからお母さんと話しましょ。事故はあなたのせいじゃないのよ…。」

 お母さんはドア越しで声を震わせて言った。多分、泣いている。でも、私は祐介との最後の方が怖くて何も反応しなかった。その後もドアの向こうでお母さんのすすり泣く声が聞こえたけど、夢がこのシーンにならないように何も考えない様にして耳をふさいだ。まだ最後の祐介と会う覚悟が出来ない。きっと覚悟なんて出来ない。分かってはいるけど今じゃない。タイミングの無いタイミングを考えながら、また画びょうで腕を傷つけ尚起き続けた。

 何度目かの夜も更け始め、またいつもの時間にガチャっと玄関が空いた音が聞こえた。なぜか聞く力もほとんどないのに、こういう音だけは研ぎ澄んでハッキリと聞こえた。これは時間的にお父さん。そしてドンドンと私の部屋に向かってきそうな足音が聞こえ、ドアが鳴った。

「里香。大丈夫か?ちょっと話そう。里香は本当に何も悪くないから。」

 お父さんがドア越しに言った。みんな何も分かってない。私の事なんて分かるはずもない。優しそうに聞こえる言葉を並べても、分からない相手から言われると鬱陶しいだけ。なぜか悲しみが怒りに変わり、

「もうほっといて!」

 ドア越しに聞こえているか分からないけど、今出せる力を全て使って怒鳴った。それで呼吸は荒れ、心臓が高鳴り、握りこぶしを握ってドアを睨んだ。

「お父さん辞めて!」

 お母さんの叫ぶ声が聞こえた途端、ドンと大きな音と共に鍵を閉めていいたはずのドアが倒れた。

「里香!」

 お父さんは部屋を一通り見渡してから私を見て言った。お父さんの表情からは怒りも感じ、哀れみも感じ、なぜだか優しさも感じた。

「お父さん辞めてよ!」

「ごめん。でも1度話そう。何日も食べていないだろう。お母さんも本当に心配してる。」

「もう私は大丈夫だから。あっ!」

 お父さんを部屋から出そうと座っていたベットから立ち上がろうとしたら、足に力が入らずお父さんに寄りかかってしまった。

「里香、寝てないのか?」

「やだ里香…。」

 お母さんは腰を砕きながら座り込み、両手で口をふさいで泣きそうな声で言った。お母さんの目線の先はクマのすごい私の顔から画びょうで刺し続けた血だらけの私の腕へと移り、更に嗚咽を激しくした。

お父さんもすぐに私の腕に気づき、

「馬鹿やろう!」

 涙ながらに傷だらけの私の腕を両手で包み込んで血を抑え込んだ。

「お母さん!救急箱を。」

「は、はい!」

 お母さんは砕けた腰をなんとか蘇らせ必死にリビングに向かって行った。

「里香、本当にお前のせいじゃない。例え悪かったとしてもこんな事しては彼が喜ばないぞ!」

「みんな本当に分かってないんだって!そういう事じゃないの!」

 私は必死にお父さんを振り払おうとした。しかし、力の出ない私とお父さんの力とではびくともせず、枯れたはずの涙が一滴だけ流れた。それからお母さんが戻って来ると、私の腕を泣きながら消毒して包帯を巻いてくれた。

「里香、とりあえず話そう。話してくれないと分からないよ。」

「話すから…、話すから今は一人にさせて‥。」

「そう言って何日も経っているじゃないか!頼むから話してくれ!」

「本当に駄目なの。夢が…、夢が変わっちゃうから…。」

 微量の力で動こうとする私をお父さんはがっちりと抑えながら、視線を私からお母さんに移した。

「もう限界だお母さん。」

 お父さんの言葉にお母さんは唇を震わせ、

「は、はい…。」

 と間を開けてから静かに言って頷き、私を見ながら立ち上がるとそのままリビングの方へとまた向かって行った。お父さんは離れていくお母さんを見届けてから、いきなり私を抱きかかえて持ち上げた。

「こんなにも軽く…。」

「辞めてったらお父さん!本当に大丈夫なんだから!」

「大丈夫なわけないだろう!」

 どんなに暴れても思うように動かない手足のせいで何もできず、ただ言葉だけで反抗するしか出来なかった。お父さんは私を抱いたまま家の駐車場まで行くと、お母さんは車の後部席のドア開けて待っていた。

「運転は僕がするから里香をまず後部座席に。」

「本当に最後なんだから…。本当に夢が…。今までが…。」

 どんなに言ってもお父さんもお母さんも何も聞いてくれなかった。祐介に会うどころか夢が変わってしまう。この恐怖に涙の出ない瞳が震え、カラカラの喉は嗚咽し、全身震えた。お母さんは涙いっぱいに私を抱きしめ、

「大丈夫だから、大丈夫だから…。」

 と念を込めるように背中をさすって言った。それから長い事車で移動し、着いた先は病院らしきとこだった。

「先に言って話してくる。里香をお願い。」

 お父さんがお母さんに言うと車から出て行った。

「どういう事なの?」

 もう私は全く力が出ず、母親に身を預けるように寄っかかりながら聞いた。

「検査…ね。里香は何日もご飯食べてなかったから…。」

 お母さんは初めて私から目線を外して言った。何かがあるとはすぐに感じたけど、夢の事も考えて深くは考えない様にした。すると、病院の大きな扉が開いた。中からはお父さんとストレッチャーを押してくる白衣の人達が出てきて私のいる車の横で止まった。

「大丈夫だから。」

 お母さんは私の手をギュッと握ってから車の扉を開けた。そしてお母さんが車から出るとすぐにお父さんが入ってきて私を抱きあげて車から出し、ストレッチャーの上に座らせた。

「検査…でしょ?」

 呆気に取られている私の言葉を誰も聞かず、白衣の人が私の腕を取って包帯を外した。

「これは危険だ。」

 白衣の人達は互いに目を合わせ、すぐに私をストレッチャーに無理矢理寝かし、腕と腰、そして足を固定させられた。反抗はしたけど力が全く及ばず、泣いてお父さんにすがるお母さんが白衣の人達の間から見え、普通の病院ではない事が読み取れた。それから私は病院内に運ばれ、個室の部屋にあったベットへ移されるとまた手足と腰を固定された。

「今は検査出来る状態じゃないのでまず点滴をして回復してから検査します。」

 白衣を着た人がお父さんに言った。

「お願いします!お話しした通り恐らく里香は何日も食べてもなく…寝てもいませんので…。」

「あっ!ちょっと待って、寝かせないで!お願いお父さん!本当に寝かせないで!」

 お父さんは憐れむ顔で私を見て何も答えてくれなかった。そして看護師らしき女性が私の腕に何かを塗り始めた。
「本当に辞めて!本当に最後なの…。お母さんも何か言ってよ!」

「里香、大丈夫だから…ううう…。」

 お母さんは病院に着いてから一度も涙を止めずに今も泣きながら返事をしてくれた。けど、今寝るわけにはいかない。何も準備が出来てない。今、祐介に会っても後悔しかしない。そんなんで最後を終わらせたくない。

「あ!お母さん、お父さん、ごめん。最後にお願いがあるの…。」

 私は泣いているお母さんをもう一度見てからお父さんを見た。最後だろう涙がまた溢れ、もう一度2人の顔を見た。

「私…、もう‥ほんとうにごめんなさい。でも‥もう死なせて‥。お父さん、お母さんほんとごめ…」

「な、何を言ってんだ!」

「やだ里香!」

「本当に‥本当にごめんこんな娘で。でもここで終わりにしたいの。お願い、寝てしまうぐらいならこのままずっと眠らせて…。本当に…本当に大事な…人だから…。」

「あなたは、あなたは何も悪くないのよ!」

「死んで正解なことなんてあるか!」

 お父さんは怒鳴り、お母さんも震える声で怒鳴った。でも、これは私の本心。死ねば祐介とずっといられる。それが夢の世界であったとしても、後悔はしない。

「あっ!」

 私の腕に何かを注射された。

「先生、里香は、里香はどうしたらいいんんですか!」

「今、精神安定剤を打ちました。睡眠効果もあるのでじきに眠るでしょう。人は起き続けると情緒不安定になります。里香さんは今は冷静ではありませんので、一度休ませましょう。」

「ほんとに死なせて…。もう起こさないで…。私の…私の言う事をほんとに聞いてよ…。」

 頬に涙がしたたり落ちるのを感じながら、夢から覚めていくようにゆっくりと景色が白みがかってきた。それと同時に頭も朦朧とし、舌を噛んで死のうと何度も噛もうとしても傷1つ付ける力も無く、不安と恐怖が襲ってきてまた全身震えてしまった。

「里香…。」

 消えゆく意識の中で、お父さんの呼ぶ声がかすかに聞こえた。

「里香。幸せになろうな。」

 急に祐介が私の両肩を掴んで向かい合わせてキスをしてきた。扉から入ってくる光が私たちを祝福するかのように暖かく照らし、この神秘的な風景にも酔いしれ思わず心の中で(止まれ)と叫んでみた。すると、祐介が固まり動かなくなった。

(あ、寝ちゃってる…。)

時が止まった事で夢にいる事に気づいた。固まっている祐介を見ているだけでも涙が溢れ出てきて、時を動かすのが怖くなった。でも、祐介と話したい。温かいだろう涙を抑えながら大きく深呼吸をして心の中で(動け)とそっと叫んだ。

「あれ、里香?なんで泣いてんだ?」

 祐介は急に泣いている私を見て、手で涙を拭いてくれながら言った。

「誰かいるんですか?」

私達の幸せの空間を切り裂くよう、聞いた事の有る男の声が協会の奥から聞えた。

「やべ!里香行こう!」

 祐介は声の元が誰なのかも見ず、現実の時と同じようにまた悪戯をした子供のような顔で私を引っ張った。

(止まれ)

 私は祐介が協会から出てしまう前に時を止めた。外を見ればすぐ側まで祐介を引いたトラックが接近していた。私は固まっている祐介を必死に、重くてどうしようもない祐介を必死に抱き上げ、祭壇の前に戻してから(動け)と時を再生した。

「待って!」

 私を引っ張る祐介の手を全体重を乗せて逆に引っ張り返し、祐介の足を止めさせた。

「どうしたんだよ里香!やばいって!」

「いいから!」

 それでも引っ張ろうとする祐介に私はもう抱き付いて止めた。

「若いですなー。」

 すると、奥から黒服の牧師が私達の前に現れた。現実で腕を引っ張られながらも見えた黒い物体が牧師だったのだとここで気付いた。

「すいません、勝手に入っちゃって。」

 祐介は頭をかきながら牧師に謝った。

「いえいえここは協会ですから自由に使って下さい。祈りたい時に祈れないと意味無いですから。」

 牧師さんは笑顔で言い終えると、祭壇に飾ってある十字架に向けてお辞儀をした。私は牧師さんの言葉に思わずまた泣いてしまった。あの時、私が怒られるよなんて言わなかったら祐介は逃げなかったかもしれない。自由に入っても良かった協会で私が怯えていたから祐介が逃げたんだ。

「どうしたんだよ里香。」

 口を抑えて泣く私を心配そうに祐介は抱き寄せてくれた。

「祐介、ほんとごめん!私が…私が悪いの!」

 涙を抑えきれず私はまた祐介に抱き付いた。

「どうしたんだって。協会だからって謝りたい事でもあんのか?」

 祐介は私の頭を撫でながら意地悪そうな顔で言った。

「違うの祐介。私が…ほんとに…。」

「お嬢さん、是非、手を合わせて主に告白して下さい。ここは協会です。祈れば必ずしも良い方向へ示して下さいます。」

「ほら、里香。牧師さんの言う通り祈ろう。里香が何をしたのか分からないけど、俺は里香を信じてるし悪くないと思う。里香が辛い方が俺は辛いし。ほら。」

 祐介は抱き付いている私を離し、私の手を取って祈るように両手を合わせさせてくれた。私は涙ながらも十字架に(これが現実でありますように)と夢である事は分かりきっているが願った。

「なんか教会に来て良かったな。」

 祐介は祈っている私の肩に手を置いて言うと、

「人生はめぐり合わせです。ここにきたのも運命に違いありません。」

 牧師さんも私と同じ方向に向かってお祈りをしてくれた。

「牧師さん、この教会って結婚式も挙げたりするんですか?」

「もちろんですよ。」

「里香―、やっぱ俺が見た夢の通りだわ。ここで結婚式を挙げるっぽいね。」

「祐介…。」

「そんな喜ぶなよー。牧師さん、僕達ここで式を挙げるんで覚えておいてください!」

「もちろん覚えておきますよ。」

「祐介、違うの!」

 嬉しそうにしている祐介に私は思わず声を荒げた。

「な、なんだよ?」

 祐介は戸惑いの表情で驚き身をのけ反らした。

「本当に違うの!ここで私が怯えてたから祐介が逃げて死んじゃったの…。本当に…本当に私が悪いの!」

「え?死んだって何を言ってんだよ。俺はここに居るよ?」

「これは夢なの!祐介、本当にごめん!私もすぐ後を追うから。」

「里香…。」

「本当に…」

「里香!」

 祐介はいきなり怒鳴って私の前に立った。

「里香、仮にだ。俺が死んだとして、里香が後を追って死んだら俺はどう思うよ?死んで会えなくなる後悔もあるのに、死なせた後悔までさせんなって。」

「だって本当に…。」

「いいから!俺は本当に里香が好きなんだ。旅行に行く前に喧嘩しちゃったけど、でもそれで本当に里香の事が好きなんだって分かった。里香も言ってたっしょ。里香がしそうな事を俺がするようになって、俺がしそうな事を里香がする。本当に俺らは2人で1人になってきたんだって…マジで嬉しかったんだよ。」

「私だって大好きだよ!だから本当に辛いの!起きたらもう祐介はいないんだから!」

「何言ってんだよ。もう俺らは2人で1人だろ。仮にこれが夢だったとして起きて

俺が居なかったとしても、もう里香の中に俺がいるはずだよ。そうだろ?」

「祐介…。」

「じゃあさ。もう今結婚しようぜ。」

「え?」

「俺が居なくなるって心配なら今しよう。牧師さん、いきなりで申し訳ないんですが立ち会ってもらえませんか?」

「え?」

「形だけでもいいので…。」

「あ、私で良ければ是非立ち会わさせて下さい。」

「そ、そんな…、待って祐介。私…そんな事されたら…。」

「俺じゃダメだった?」

「そんな訳ないでしょ馬鹿!もう知らないから!」

 私は泣き崩れてしゃがんでしまった。それでも祐介は優しく私の頭を撫でてくれた。

「里香、大好きだよ。」

「あらら、式を挙げなくても良さそうですな。」

 牧師さんが笑顔で言うと、

「あ、やべ。」

 と祐介が照れながら返して2人は笑った。

「ほら、里香。式を挙げよう。2人だけの。早くしないと新幹線に遅れちゃうよ。」

 新幹線。この言葉に祐介との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。私にも本当に時間が無い。起きてしまったらもう祐介に会えない。私は必死に嗚咽しながら出る涙を堪えて立ち上がった。

「よし。じゃあ牧師さん。お願いします。」

「はい。それでは新郎新婦として、私の前に来て頂けますか。」

「あ!ちょっと待って下さい。」

 祐介は私に見えない様に牧師に何かを渡した。

「ほほーこれはこれは。」

 牧師さんも私に見えない様に何かをポケットに入れた。

「どうしたの?」

「いいから。」

 気になる私をよそに、

「では先にお2人のお名前をお聞かせください。」

 牧師さんが始めた。

「祐介で。」

「え?あ…、里香…です。」

「では祐介さん。あなたはこの女性を健康な時も、病の時も、富める時も、貧しい時も、良い時も悪い時も、愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛する事を誓いますか?」

「もちろん、誓います。」

「里香さん。あなたはこの男性を健康な時も、病の時も、富める時も、貧しい時も、良い時も悪い時も、愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛する事を誓いますか?」

 私は悲みが溢れ出てきて答えられなかった。

「ほら、里香。」

 祐介は泣いて顔を押さえて返事が出来ない私に、背中を優しくさすってくれた。なぜだか感じないはずの温かみを背中に感じた。私は何度か深呼吸をして必死に涙を止め、目の前に立っている牧師さんを見た。

「はい…、誓います。」

 私の言葉に牧師さんは微笑んだ。

「では、あなた方は自分自身をお互いに捧げますか?」

「捧げます。」

「捧げます。」 

「祐介さん、あなたはこの指輪を里香さんに対する愛のしるしとして彼女に与えますか?」

「はい、与えます。」

 牧師さんは祐介の返事を聞き終えると、ポケットから白い箱みたいのを取り出し祐介に渡した。祐介はその白い箱を受け取ると、逆の手で私の左手も手にとった。そして祐介は、白い箱から白いリングを取り出し私の指にはめた。あまりの出来事に、私は放心状態でこの一連の流れを見る事しか出来なかった。そして、

「祐介…。」

左手薬指にある白いリングを見て、私はまた泣いてしまった。

「本当は旅館であげたかったけど寝ちゃったし、朝起きたら里香がお風呂で居なかったしタイミングがなくて…。だから新幹線の中で挙げようと思ってたんだけど…。」

「馬鹿!サプライズにしたから見えないじゃない!」

「ええ?」

「もう祐介!本当に…本当に…。」

現実で見ていなかったせいでデザインが分からない真っ白な指輪。私は両手で目を抑えて声をあげてまた泣いてしまった。

「好きだよ。」

 祐介は泣いてる私を見て抱きしめて言ってくれた。もう、祐介の胸元で全てを込めて泣いた。今までの事、事故の事、結婚の事、全てを込めて。

「実は教会の夢を見たときに指輪を買おうって決心してたんだ。これからはしばらく会えなくなるけど、この指輪が絶対に俺達を繋げてくれる。」

「しばらく…祐介、もうどこにも行かないで!」

「何言ってんの?行くわけないし、それに受験だって頑張らないとダメだしさ。それまでの辛抱っしょ。」

「祐介さん、里香さん。私が見ておりますので誓いのキスを。」

 祐介は抱き着いている私の両肩を持って離し、見つめ合った。涙越しに見えた祐介は笑顔で吸い込まれそうだった。そして、段々と近寄ってきて、私達はキスをした。

「私の承認の元、祐介さん。里香さん。両名の結婚が成立した事を宣言致します。」

「牧師さん、本当に有難うございます。」

 キスを終えた祐介は牧師さんに頭を下げて言った。

「本当に有難うございます。」

 私もゆっくりと頭を下げて言った。

「里香、俺は何があっても離れないから。どんな形であれ絶対に幸せにする。里香、本当に愛してるよ。」

「私も離れたくない!祐介、愛してる!」

 私はまた祐介に抱き着いた。すると、段々と頭上が白くなっていった。

「うそ、うそでしょ!ちょっと、ちょっとやめてよー!」

 私は頭上から降りてくる白いモヤモヤを追い返そうと、手を振って跳ね返そうとした。

「里香?どうした?」

 祐介は心配そうに私の行動を見て言った。けど、

「これが最後なの!お願い!このまま寝かせてよ!」

 私はそれでも必死に白いモヤモヤを消そうと手を振り続けた。

「里香?」

「お願い!本当にお願い…。」

「里香!」

 祐介は手を振っていた私の手を握り、泣き叫ぶ私にまたキスをした。

「里香、幸せにな。」

 白くなっていく祐介が笑顔で言った。そして、祐介の最後の言葉と共に涙を流しながら目を覚ました。真っ白な天井。放心状態になってしまった私は天井を見つめるばかりで、もう一度寝て祐介と会おうという機転すらも頭が働かず、終わってしまったと固定されて動けない体のまま泣き続けるしかできなかった。

それから数日間、私は拘束具を付けられたまま病院で寝かされた。もう誰とも話したくない。何度も何度も天井と私との間に両親や病院の先生、それに看護師だろう女性が顔を覗かせてきたけど私は全く反応しなかった。

気づけば寝ても覚めても同じ光景にどちらが夢で現実なのかも分からなくなり、どうしてここで寝かされてるのかさえも分からなくなってしまった。それでもう動かない私を見てか、私を固定している拘束具が外された。

けど、動く気力のない私は外されても微動だにせず横になっていた。

すると、警察だと名乗る人達が数名私の元へやってきた。警察は忘れかけた祐介の名前を言って、思い出したくもない事故について聞いてきた。何も答えたくない。意識はちゃんとしてたけど、私は放心状態を装った。でも祐介の事を思い出して枯れたはずの涙が湧き出てはこぼれ落ち、夢まで思い出して体が揺れるほど泣いてしまった。警察はこんな私を見て、これ以上何も聞かずに去って行った。

家にいる間に死んでおけばよかった。祐介を思えば後悔が私を押し殺してくる。答えのない問題に私はまた微動だに動かず、毎日ただ天井を見上げて寝続けた。夢も現実も同じ風景だと気が動転する事もなく、なんだか時を忘れられた。でも、窓から見える外の景色が時を刻んでいる事を知らしめ、過去を思い出させてくる。そのせいで私は毎日、夢か現実かのどちらかの世界で泣いていた。

 ある日、いつも通り哀れな目で私を見ながら点滴を打つ看護師を、なぜか今日は部屋から出て行くまで目で追った。すると、ベッド横に備え付けられているテーブルの上に手の平ほどの白い箱が置いてあった。

 なんだか見覚えのある白い箱。どこかで見た箱。頭のどこかにこの箱が何なのかが刻まれているけど、内容を思い出せない。それに、なぜか不安で箱を手に取ろうとする事が出来ない。私はまた天井を見上げ、刻まれた内容を思い出そうと考えた。

 それから何も思い出せないまま数時間が経ち、私はこの病院で寝かされてから初めて立ち上がった。そして気になる白い箱を手に取った。形の見覚えはあったけど、触れても感触の覚えがない。なぜだか鼓動が高鳴る。更にこの鼓動が緊張となり、箱を開けないよう訴えてくる。

 それでも、震える手で白い箱をゆっくりと開けた。高鳴る緊張に不安を重ね、開いた箱の中をゆっくりと覗くと箱の中も白く何も入っていなかった。空の白い箱に、なぜか寂しい思いが私を襲った。理由の分からないこの気持ち。

何の為にここにいるのか、何でこの白い箱を持っているのか、何が寂しい思いをさせているのか、もう何も分からない。現実でも夢の中でもどうせ同じ事を考える。明日も明日の夢も。

(もう生きる意味を失った。)

 時が刻んでいる事が嫌で毎日同じ行動をしていたのに、もう同じ行動をする事さえも耐えられなくなった。

(お父さん、お母さん、本当にごめん。これは私がいけないの。)

 私は病室の窓を開け、何も分からない今を、何も浮かばない未来を思い、真っ白な曇り空を見上げながら私はそのまま落ちた。

 走馬灯は子供の頃の思い出からだったが、大半は祐介との思い出。祐介…今行くね。初めて入学式で話し、帰り道に初めて男の人と手を繋いぎ、初めて男の人とキスをした相手、祐介。それに、初めて大人の愛も教えてくれたのも祐介。記憶の動画がゆっくりと流れ終えると急に辺りが真っ暗になった。

 すると、また病院のベットで目が覚めた。何度も見ていたあの真っ白な病院の天井。あの世も現実と同じなんだと、悲しく涙が流れた。ここは天国?それとも夢か現実?考えても何も思い浮かばない頭を抱え、思わず叫んだ。すると、私はフッと何かを思い出し横を向いた。

(あった。)

 目線の先には思い出した通り白い箱があった。私はジっと箱を見つめた。絶対に知っている白い箱。なぜか見ているうちに、頬をつたう涙が暖かくなり、全身も急に血が巡ってきたかのように暖かくなった。そして、急に何もかも思い出して涙が一気に溢れ出た。

 夢の最後に出ていた白い箱。私はすぐに起き上がり白い箱を手に取った。そして、震える手で箱を開けると中には銀色の指輪が入っていた。これを見た私は、全身の力が抜けて膝まづいてしまった。

(祐介…。)

 祐介との思い出が、また走馬灯のように頭をよぎった。やっぱり私はこの悲しみに耐えられない。

(今が現実なんだ。)

 私は指輪を手に取り、薬指にはめて窓を見た。そして窓に近寄り、開けては真っ青な空を見上げた。暖かい日差しが無情にも私を照らし、生きろと根も葉もない気持ちを押し付けてくる。でもこの押しつけが私を逆上させ、飛び降りる事を決心させた。

(祐介、夢の中では怒られたけどやっぱりそっちに行きたい。もしかしたら会えるかもしれないし…。だから…ごめん。)

 夢の時と同じように私は窓から身を乗り出した。すると、日差しに乘った暖かい風が私を包み込んだ。懐かしさも感じるほどの気持ちの良い風。風は私を包み込み、寝続けていたせいで力の入らない体は風に押され、体勢を崩されたままベットまで押し戻されそのまま倒してきた。

 全身の力が抜ける懐かしい暖かい温もり。

「里香…。里香!」

「ゆ、祐介?」

「なに寝てんだよ。」

「寝てるって…あれ、どうして?」

「何が?」

「何がって…え、夢?」

「何言ってんだよ。それより行くぞ。」

「え、どこに?」

「どうしたんだよ里香、この先だよ。行きたいんだろ、ほら。」

 祐介は私に手を差し伸べてきたので、手を取ると引っ張って歩き始めた。

「祐介…、本当にごめんね。」

 私は急に溢れ出た涙を流したままに立ち止まり、掴まれた手を振りほどいて祐介に頭を下げて謝った。

「何が?」

「いいの。ごめん。」

「どうしたんだよ里香。」

「いいから…。」

「何があったか分からないけど、謝らなくていいと思う。」

「違うのよ…。」

「やっぱり里香、まだこの先に来ちゃだめだ。」

「え?」

「俺、里香の事が大好きだ、誰よりも。だから幸せでずっと笑っていてほしい。何があっても。」

「だから一緒に居たいのよ!」

「もう里香の中に俺がいる。里香がこの先幸せになれば里香の中にいる俺も幸せなんだ。里香だって俺が幸せだと嬉しいだろ?」

「当り前じゃない!」

「もう俺らは2人で1人だ。何があっても何が起こっても。だから、俺の為に幸せになってくれ。」

「祐介といるのが幸せなの…。」

「俺はもう里香の中にいるから幸せだよ。でも今まで本当に有難う。俺は俺の人生で本当に良かった。サヨウナラって言葉は使わない様にしようって約束したけど、これは悲しい意味じゃないサヨウナラだ。里香なら理解できるっしょ?」

「そんな事言わないでよ!本当に馬鹿なんだから!」

「2人が2人でいるのが今日で終わっただけで明日からは2人で1人だな。そうだろ?」

 祐介は泣き崩れる私に笑顔でキスをしてきた。そして、キスをしたまま段々と辺りが白くなっっていった。

「里香、俺も幸せにしてくれ。君に会えて、共に共感できて、本当に大切な人で、何よりも大好きな人で、本当に楽しい日々だった。ありがとう。これでサヨウナラ。」

 祐介は私を突き放して白いもやもやの中に消えていった。そして世界が白くなり、中央から現実が覗き込み目を覚まし、涙の間からいつものベットで天井を見上げていた。



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