タンクトップ
あべせい
タンクトップ
道幅3メートル弱、長さ30メートルほどの狭い道だ。
一方通行の規制はない。住民は、すれちがいできる場所を知っているが、初めて通る車は、前方から来た車と鉢合わせして、よく立ち往生する。
この日も……。
外国の高級車カマロに乗った中年男(55)が、運転席の窓から顔を出し、
「おい、バックしろ! おれは急いでいるンだ!」
すると、向き合っている国産車を運転する若い男(35)も、窓をいっぱいに開け、
「オッサン! こっちが先に入ってきたンだ。どけよ!」
強い口調で負けていない。
そこに、1台の真っ赤な大型バイクが車の脇をすり抜けて、2台の車の間に立ち止まる。
バイクに跨っているのは、サングラスをかけ、バイクと同じ真っ赤なタンクトップに短パンの女(28)。
季節は初夏。暑い日差しが照り付けている。
女は、フルフェイスのヘルメットを脱ぐとサングラスを外してタンクトップの深い谷間に挟む。
両方のドライバーを交互に見て、
「2人とも元気だこと。負けないで頑張ることね」
運転席の男2人は、あっ気にとられて女を見る。
「この道はここでくびれていて、ここが最も狭くなっているンだけれど、この前も、間抜けなドライバーがここで鉢合わせしたのよ……」
2人のドライバー、女のことばに引き寄せられる。
「どっちも、譲るってことを知らないおバカさんだったから、じっとにらみあい。そのうち、両方の車の後ろに車が溜まりだし、もうどうにもならなくなった、と思いなさい……」
「どうなった?」と中年男。
「どうなりました?」と若い男。
タンクトップの女、晴れやかな顔で、
「パトカーが来たわ」
若い男、眉をしかめて、
「エッ! こんなところにパトカーが入ってきた、って、どうにもならないですよ」
「もちろん、パトカーは車が邪魔だから、ここまで辿りつけない。でも、パトカーは緊急サイレンを鳴らしている。緊急車は優先でしょ」
「はい……」と若い男。
「どうなった!」と中年男。
「パトカーから警官が降りてここまで走ってきて、まず、にらみ合っている双方のドライバーから免許証を取り上げた」
「違反キップを切られるンですか」と若い男。
「あったり前でしょ。緊急車両の通行を妨害しているのよ」
「それから、どうした!」と中年男。
「あなたたちは気がつかずに走ってきたンでしょうけれど、この道は途中、左右に4本も枝道があるの。そこに逃げ込めば、車はやり過ごせる。警察官は両方向で立ち往生している計9台の車をそれぞれ最も近い枝道に誘導して、この道からすべての車を排除した」
「なるほど、パトカーは難なく通過できた、ってわけですか」と若い男。
「そうじゃないだろうが。ここで角突き合わせていた車はどうなったンだ」と中年男。
「あなたなら、どうする?」
「クイズを出して、どうするンだ!」
「わからないのね。相手は警察よ。そのドライバーも走り過ぎようとするパトカーに向かってどなったの。『免許証を返せ!』って。そうしたら……」
「そうしたら?」と若い男。
「パトカーの警察官が窓を開けて答えたわ。『あとで赤塚署まで、取りに来なさい』って」
中年男、苦虫噛み潰した顔で、
「それはないだろう。ここから、赤塚署まで免許証ナシで運転しなけりゃならン。運転していけば、免許証不携帯でキップを切られるンだ」
若い男も考えて、
「車をここの枝道に置いて、歩くかタクシーで赤塚署に行ってもいいけど、そうしたら、残した車が駐車違反で検挙される。どうしたら、いいンですか?」
タンクトップの女、メットをかぶり、
「ここで譲り合わないとどの道、キップを切られる、ってこと。違反点数の少ないほうを選ぶのね。じゃァ、ね……」
エンジンをかけ、バイクのスタンドを外す。
中年男が、若い女のタンクトップのふくらみに目を注ぎながら、
「おい、待て!」
「なァに?」
タンクトップの女、メットのフェイスカバーを上げ、振り向く。
「おまえは、なんでそんなに細かいことまで知っているンだ。ずーっとここにいて見ていたのか?」
タンクトップの女、にやりとして、
「わたし、赤塚署の交通課。きょうは非番だけれどね」
それだけ言うと、バイクは走り去る。
入れ替わるように後方からパトカーのサイレン音が。
「たいへんだ」と中年男。
「すぐ後ろに枝道があったンだ」と若い男。
翌日。赤塚署に例の若い男がふらふらとやってくる。
立ち番の警察官が外から中を覗こうとしている男を怪しみ、
「どちらにご用ですか?」
若い男、返答に窮して、
「あのォ、交通課に……」
「交通課は中に入って、左側です」
「そうですか」
若い男、中へ。
交通課の若い職員、男を見て、
「どんなご用件ですか?」
「免許証をとりあげられたので……」
「いつ、どこで、だれに、ですか?」
「昨日、赤塚9丁目の道路で、名前はわかりません……」
「あなた、名前は?」
「似志旭(にしあきら)です」
「似志さんね。(周りを見て)だれか、似志さんの免許証、預かっていませんか」
仁志、恐る恐る、
「あのォ、女性の警察官でした」
職員、振り返り、
「婦警? うちの交通課で外回りの婦警といったら、桜民都(さくらみんと)、鹿野花実(かのはなみ)、白兎未咲(しらとみさき)、色羽みどり、葉仁穂枝の5人だけだが、(仁志に)どんな婦警でしたか? 年恰好とか、顔にホクロがあったとか……」
仁志、思い出そうとして、
「エー、タンクト、いや……」
「タンクと?」
「いや、そのときそばをタンクローリーが通ったので……」
職員、似志の受け答えを怪しむ。
「きょう勤務している婦警に連絡をとってみますから、そこに掛けてお待ちください」
そう言って、窓際のベンチを示す。
仁志、ハッとして、
「いま、思い出しました。その婦警さん、バイクに乗っていました」
職員、合点した風に、
「それなら鹿野巡査部長だ。彼女なら、もう少しで戻ってきますから、お待ちください」
しかし、仁志、危険を察知して、
「いえ、出直します」
警官が慌てて、
「あなた、ちょっと……」
止めるのもきかず、仁志は外へ。
赤塚署の目の前の道路をミニパトが通過する。署の裏の駐車場に向かうため、左折ウインカーを出している。
仁志、助手席の婦警を見て、駆け出す。昨日のタンクトップだ。ミニパトが歩道を横切ろうとしたところで追いついた。
「あのォ……」
ミニパト、急停止。
仁志、助手席の婦警に話しかけようとすると、運転席から中年の男性警察官が、婦警の胸の前にでかい顔を突き出し、
「キミ、なんですか」
仁志、アッと叫ぶ。
昨日、鉢合わせした中年男に似ている気がしたのだ。
「なんでだ。そんなバカな……」
仁志、うろたえていると、タンクトップが車から降り、でか顔警官に、
「警部補、わたし、ここから署内に戻ります」
でか顔がしぶい表情で、
「それはいいが、白兎クン、(顎で仁志をしゃくり)知り合いか?」
「はい、そのようです」
「なら、いいが、気をつけろ。キミは惚れられやすいからな」
でか顔警官、ミニパトを運転して駐車場の方に消える。でか顔は他人の空似だったようだ。
白兎、似志に向き合う。
「ご用件は? その前に名前をおっしゃってください」
「仁志、仁志旭です。鹿野花実さん、ぼく……」
「待って。わたしは鹿野じゃない。あなた、人違いしている。わたしは白兎未咲(しらとみさき)です」
「でも、交通課のひとが……」
「鹿野さんなら、もう少しすれば戻ってくるわ。失礼」
未咲、署の玄関に行こうとすると、仁志、大声で、
「未咲さん!」
未咲、立ち止まって振り返る。
10数メートル離れた署の玄関で立ち番している警察官が、不審げに見ている。
「あなた、ぼくことを覚えていないのですか」
未咲、意味ありげに、
「あなた、昨日のおバカさん……」
「はい。バカの1人です。あのあと、大変なことになったンです。車は壊される、肩をハンマーで殴られる。ぼくは事件の被害者なンです……」
未咲、ことばを遮り、
「わたし、あと30分で退勤するから、そこの図書館の隣にある喫茶店で待っていて。話は聞くから」
仁志が指定された喫茶店に入り窓際の席で待っていると、外でクラクションが鳴る。
バイクがハザードを点けて停止している。見覚えのある大型バイクだ。跨っているライダーにも、……制服姿でフルフェイスのメットを脱ぎ、手招きするその顔は未咲だ。
仁志、慌てて、喫茶店を出た。
「これを被って後ろに乗って」
未咲、ヘルメットを渡し、エンジンを掛ける。
仁志、急な展開に思考がついていけない。
「未咲さん、どうなっているンですか」
「昨日の鉢合わせよ。あの中年オヤジが刺されたの!」
「エッ!」
「早くッ!」
仁志、急かされて、後部シートに跨るが、
「未咲さん、ぼくバイクに乗るのは初めてです。。どこに掴まるンですか?」
「バカね。ここよ」
未咲、後ろ手で仁志の両腕を自分の腰に導き、
「離すンじゃないわよ!」
返事を待たずに、発進する。
「アッー!」
仁志、後ろに体が振り落とされそうになるが、未咲の柔らかな腹部を両腕で挟み、かろうじて踏ん張った……。
仁志は考える。
昨日、未咲が消えたあと、5メートルほど一旦バックしてから前進して、「居住者以外通行禁止」表示がある枝道に入り、パトカーの通過を待った。
しかし、サイレンは聞こえるが、パトカーは一向にやって来ない。そのうちサイレンは遠のき、仁志が元の道にバックで戻ろうとすると、背後に再びあの中年オヤジのカマロが現れ、仁志の車にあと数センチでオカマかという距離まで迫って停止した。
中年オヤジは、この枝道の通り沿いに用があるのだ。
仁志はカマロのオヤジをよく知っていた。
「きさま、また、邪魔すンのか!」
カマロはそう言うなり、手にハンマーを握って降りてきて、仁志の車のトランクをガンガンと叩き出した。
仁志は恐怖を覚え、たいへんな回り道になるが、枝道をそのまま突っ切ろうと車を急発進させた。しかし、慌てたのがいけなかった。タイヤが道路沿いの家の玄関脇の溝に落ち、後輪が空転する。
オヤジがハンマーを手に仁志の車に近寄り、運転席の窓ガラス目掛けてハンマーを振り下ろしたのと、仁志の車の後輪が溝から抜け出たのが同時だった。
仁志は異常としか思えないカマロのオヤジから逃げることは出来たが、右肩に打撲を負い、まだその痛みが残っている。
その枝道を走りぬけるとき、あの家の2階の窓から、仁志を見下ろしている目と合った。その目はニヤリと笑っていた記憶がある。
予備校の講師をしている仁志は、昨日、午前11時からの授業に遅刻しそうになり、急いでいた。
自宅から予備校までは車で10分余り。ふだんはバスが通る幹線道路を走るが、昨日は早いとわかっていても狭いからとそれまで敬遠していたあの道に入った。
自宅から歩いて5分余りの距離にある道だ。商店街に行く近道でもある。近道というだけじゃない。仁志にとっては、大切な枝道だ。
そこには、すごい美女が住んでいる。
最初は去年の秋だった。アイボリーのセーター、モスグリーンのスカート、買い物かごを下げ、サンダル履きだったが、憂いを含んだその顔に、その瞬間、魂を鷲掴みにされたようにキュンとなった。
彼女は仁志の正面から俯き加減に歩いてきたのだが、何かを思い出したようにふと顔を上げたとき、仁志の目と合った。
彼女は小さく会釈して通り過ぎた。仁志は立ち止まると、踝を返し彼女の後についていった。
彼女はあの枝道を右に折れると、右側から5軒目の小さな二階家に入った。
仁志は彼女が消えた玄関ドアの前に佇み、表札を確かめた。「木多」とある。
仁志が予備校教師の傍ら、少ない給与を補足するためバイトしている駅前の学習塾の生徒に「木多」という中2の少年がいる。
「木多」と書いてキダと読ませるが、キダという名前は、普通「木田」と書く場合が多いから、印象に残っている。木多少年の母親かも知れない。仁志はそう思った。
2度目はつい先月の駅前商店街だった。商店街の中ほどにある、銀行のATM機が2基だけ設置されている建物の前で、彼女が中年男にからまれていた。彼女は迷惑げなようすで行き過ぎようとしているのだが、男が道をふさぐようにして立ちはだかり、さかんに何か話している。
仁志は彼女だとわかると、急に熱くになり、
「どうかされましたか」
と話し掛けていた。
学習塾で木多少年に住所を聞き、彼の家があの枝道沿いにあることは聞いていた。
彼女は仁志の声に振り返り、
「あッ、先生……」
と言った。
彼女の名前は「木多ゆな」。塾に提出している木多少年の「学習環境申出書」には、母親の名前のほか、父は死亡となっている。
からんでいた男は、カマロの男だった。
カマロは先生と呼ばれた仁志を見て、顔をしかめた。
木多少年が通う中学の教師と思ったらしい。
「奥さん、私は何も悪いことを勧めているわけではないンですよ。きょうはこのまま帰りますが、よく考えておいてください」
カマロは立ち去った。
「あの男は何者ですか?」
仁志は、こんな機会は二度とないと考え、大胆になっていた。
ゆなは、仁志と歩きながら話す。
「あの方は不動産会社の社長で、自宅を売って引っ越さないかとおっしゃるンです」
「引っ越し!?」
「こんど駅前に出来た大きなマンションなンですが……」
「塾のちょうど裏手に完成した10階建てマンションですね」
ゆなは頷いて、
「自宅を売却しても、マンションが買える額には届かないとお断りしたンですが、『あのマンションはうちが管理している。引っ越し費用を含めて、差額は面倒をみるから』とおっしゃって……」
「あの、古だぬきッ」
カマロは、未亡人を狙っている。
「それからもしつこいくらい自宅に来られて困っていたのですが、息子の猛(たける)があの方にむしゃぶりついたことがあり、以来、自宅には来られなくなり、ホッとしていました。ところが、きょうこの商店街でばったり出会い……」
「そうでしたか……」
仁志は、その場でゆなを見送って別れたが、未咲のバイクにまたがりながら、頭から離れなくなったゆなのことを思い起こしている。
彼女の年齢は仁志より3つ上。カマロとは違う。恋愛感情をもっても世間から非難されない。仁志はそう考えた。
未咲のバイクが停止した。
仁志は昨日カマロと鉢合わせしたことから、てっきりゆなの家に到着したのかと思ったが、そこは塾の真裏に屹立する10階建てマンションの玄関。
「降りて」
未咲がバイクのスタンドを立て、玄関ドアに進み、管理人に警察手帳を示す。
オートロックのドアが開く。事件はまだ知らされていないようだ。現場は最上階。
「皆野」の表札を確かめ、ゆながドアノブに手をかけたとき、ドタドタと靴音が聞こえ、救急隊員がストレッチャーを抱えて仁志たちに追いついた。
室内には、カマロが腹をおさえてうずくまり、そばに女性の白バイ隊員(あとで鹿野花実巡査部長とわかる)、少し離れて猛少年が座り込んでいる。
「ハナちゃん、早かったわね」
「ちょうど、この近くをパトロールしていたの。ガイシャのキズは大したことないわ。凶器は被疑者からとりあげた」
そう言って、ポリ袋に入れた包丁を示す。
「通報者は?」
鹿野、少年をあごで示し、
「カレ。まだ14の少年よ。名前は……」
仁志が答える。
「木多猛です」
「未咲、その方は?」
「このひとは、関係者。こんどの事件に詳しいと思ったから、連れてきたの」
救急隊員はすでにカマロをストレッチャーに乗せ終え、運び出そうとしている。
「じゃ、わたしは、ガイシャについて病院に行くから、被疑者をお願い」
「了解」
「おっつけ、捜査員が来るから。でも、カレまだ少年だから、ワッパは遠慮するように言っといてね」
「勿論。ハナちゃんも、気をつけて」
鹿野は救急隊員とともに室外へ。
未咲は猛のそばに行き、話を聞く。
事件は単純だった。猛は母親をつけまわすカマロに腹を立て、カマロが車で家を訪れるようになると、ネットで買ったパトカーのサイレンを鳴らして追い払うことを覚えた。
ゆなの家の前も狭いから、カマロが駐車すると道をふさいでしまう。車で1分もかからないところに神社の空き地があるが、カマロはそれを利用しない。
パトカーのサイレンはカマロにはそれなりに効果があったが、他の車や近所には迷惑な話だ。
ゆなの家の隣にカマロの会社が管理するアパートがあり、猛のサイレンはアパートの住人にバレてしまった。
カマロは住人からそのことを知らされると、塾にやってきた猛を捕まえ、マンションの自室に連れ込み、脅迫した。
「このことを知ったら、母親は嘆き悲しむゾ。いまここに呼んでやる」
そう言って、ゆなの家に電話をかけた。
カマロは、ゆなの気持ちを変えさせる好機と考えたらしい。しかし、ゆなは外出していたのか、なかなか電話に出ない。
その間に、猛はカマロの家の台所に走り、包丁を見つけてカマロに迫った。争いになり、どちらが被害者になっても不思議ではない状態だったが、弾みでカマロが刺されてしまった。
カマロは妻に先立たれ、娘2人と暮らしているが、娘は2人とも外に出ていた。
「わたしはこれから、被疑者の母親に会いに行くけれど、あなた、どうする?」
仁志はどうしていいのか。わからない。こんときこそ、力になってあげられる。力になってあげたい。しかし、……。
5分後、仁志は再び未咲のバイクの後ろにまたがっていた。
捜査1係が到着して、猛をパトカーに乗せ赤塚署に連れて行った。
あの狭い道のくびれた箇所で、未咲のバイクが停止した。ゆなの家まで、もう少しだ。
未咲が話す。
「あなた、彼女のことが好きなンでしょ」
「エッ」
「よく、彼女の家の前をうろうろしていたわね。わたしもここは近道だから、よく通るの。バイクでね」
仁志は無言。
「でも、あきらめたほうがいいわ。彼女にはもう決まったひとがいる。彼女の家から、出てくるところを見たことがあるわ。もし、ご希望なら、そのひとの氏素性、調べてあげられるけど、どうする?」
「そんなこと、しなくていいですッ」
仁志は初めて未咲に怒りを覚えた。しかし、……
「未咲さん、どうしてぼくを、そんなにかまうンですか。事件現場に連れて行ったり、こんどは被疑者の母親にまで……」
未咲が押し黙る。
「ひょっとしてぼくを疑っているンですか。ぼくが猛クンをそそのかしたンじゃないか、って」
「図星といいたいけれど……あなた、先々月、駐車違反でわたしに摘発されているのよ」
「先々月、自転車で巡回中の婦警さんから、駐車違反を警告されました。あれ、未咲さんだったンですか。制服だったから、気がつかなかったのか。でも、反則金は払っていません。反則キップはいただかなかったような……」
「ホント、あなたって、鈍いのね。タンクトップでないと、集中できないみたいね。さァ、行くわよ。あなたのご執心の未亡人宅に……」
未咲がバイクから降り、歩き出す。
「未咲さん、もう少しわかるように説明してください」
「あなた、この枝道でわたしを何度も見かけているのに、昨日は、まるで気づかなかった」
「この枝道で、ぼくが未咲さんと鉢合わせしていたっていうのですか。でも、バイクでしょ」
「だけど、ここ1ヵ月はあなたが来ると、バイクのスピードを落として、あなたとすれ違っていたわ」
「そういえば、この道を歩くとき、最近は真っ赤なバイクとすれ違うような気がしていた……」
「あなたはいつも下を向いていて、バイクに跨っているわたしをちっとも見ようとしない。だから、昨日は赤いタンクトップであなたの車を待ち伏せしていたのよ……」
「ぼくを待っていてくださったンですか。でも、気がつかなかった。あの赤いタンクトップなら、気がつかないほうがおかしいけれど……」
「そうよ」
「未咲さんはタンクトップが似合うンです」
「似合うだけ?」
「ほかになにが……あっ、大切なことを言い忘れていました」
「なァに?」
未咲、仁志に近寄り、じっと見つめる。
「未咲さん、赤いタンクトップはよしたほうがいいです」
未咲、首を傾げ、
「どうして?」
「灯油タンクと間違われますから」
「バカーッ! あなたはここから帰りなさいッ」
(了)
タンクトップ あべせい @abesei
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