笑ってみせてよ二人とも
ゴキヴリメロン
第1話 さいしょのおはなし
二つの小さな人影が、目の前の草原を駆けている。
朝日の中で、周囲はほのかな赤みを帯びている。
「ねぇ、どこっ いくの。ハア、もう止まろうよ」
「そうだよもう止まろっ。ねっ」
僕とカイトは、突然走り出したキョウちゃんを追いかけてここまで来てしまった。キョウちゃんはもうここにいちゃいけない。ケンサクさんに怒られる。
「...。ついてこないで!」
そういうとキョウちゃんは、またスピードを上げた。僕とカイトはもう限界。少しかがんで、息を整える。そんな僕たちをおいて、キョウちゃんはどんどん走っていく。
『いっちゃった。』
「おーい」
「キョウちゃーん」
「さっきはこっちに行ってたんだけどな」
お月様がいるうちに帰らないと。ほんとに帰れなくなる。でもキョウちゃんはどこにもいない。
「なあボタン、キョウちゃんもう帰っちゃったんじゃないの。俺たちも帰ろ」
カイトは早く帰りたそうだ。僕も帰りたい。
「ここにいないんだったら、あとは秘密基地じゃない?そこ見に行ってもいなかったら、帰ろうか」
「わかった」
秘密基地は、僕たち3人だけしか知らない、特別な場所。大きな木が一本あるだけなのに、大人たちはなぜか寄り付かない。だから、普段はよくそこで遊んでる。
「それにしても、キョウちゃんはなんであんな態度なんだろう。いつもなら、ケンサクさんが心配するって言って、一番早く帰るのに」
軽く走りながら、カイトに聞いてみる。カイトは他の女の子とも仲がいいから、わかるかもしれない。
「今日の朝飯が嫌いなメニューだからとか?」
「ほんとに?」
「うーん、ボタンがわかんないなら俺もわかんないよ」
「そっか」
今日あったことといえば、キョウちゃんのお母さんのお見舞いに行ったくらいで、キョウちゃん自身も会えて喜んでた。練習した甲斐もあって、合唱も成功したし。尚更わからない。
そんなことを考えているうちに、目印の大木についた。周囲に木はないので、とても目立つ。この木の向こう側が、秘密基地だ。向こう側には、ちょっとのスペースがあって、その奥は崖になっている。崖の下には、どこまでも白い何かが広がっている。
「キョウちゃん!」
回り込むと、案の定キョウちゃんが木にもたれかかって座っていた。
「二人とも…」
僕たちを見上げる顔には、朝日のせいか、少し赤みを帯びていた。
「キョウちゃん、帰ろう。お父さん、心配してるよ」
キョウちゃんは、静かに首を振った。
「嫌だ。私、お母さんにひどいことしてた。私がお母さんを苦しめてた」
「そんなことないよ。お母さんすごく喜んでたよ。ねぇ」
「うん、ボタンの言うとおりだよ。だからほら、泣かないで。一緒に帰ろ。もう日が昇ってる」
それでもキョウちゃんは、首を振る。
「ごめんね、二人とも。こんな時間まで付き合わせちゃって。私のことはいいから、早く帰りなよ。」
そう言われて、僕とカイトは顔を合わせた。
少しの沈黙があった。
「いや、帰らない。3人で帰る」
「もういいから」
「いや」
「ほんとに」
「帰ろう」
「もう」
「帰ろうぜ」
「ちょっと」
キョウちゃんは、その小さな手で顔を覆った。
「ひとりにしてよ。」
何かわからないけど、すごくショックを受けてるみたいだ。こんなキョウちゃん、見たことない。でも。
「ひとりにしない。」
「なんでよ!もう!どっか行ってよ!」
「いや。どっか行かない」
「...」
キョウちゃんは僕を睨む。
「キョウちゃんがそんなになるくらいなんでしょ。話してよ。何があったのか。」
「いやだ。」
「僕は」
僕は。
「僕はキョウちゃんに笑顔でいてほしい。だから、キョウちゃんがなんと言おうが、キョウちゃんの隣にいる」
「...」
「友達、だから」
僕はキョウちゃんを睨み返す。
ふふっとキョウちゃんが笑った。つられて、僕も、カイトも、笑い出す。みんなで笑った。
「二人とも、私帰る。帰ろ!」
「え、もういいのか」
「うん、もうなんで泣いてたのか忘れちゃった!さ、帰ろ帰ろ」
「な、なんなんだよもう」
へへっと珍しい泣き虫が笑った。
白い何かの遥か下
近畿地方のとある山脈、その奥の奥、大江山。
「おい、なんで天下の自衛隊様がこんな山奥の鉄条網を半年おきに変えなくちゃいけないんだ。この山の周り全部って、めちゃくちゃあるぞ。しかも五重。それに少しでも破損箇所があれば報告書だ。めんどくせー」
「ぐちぐち言うな、上の命令だ。」
「ハイハイ、じゃこれも取り付けてっと」
そういうと、若い隊員は看板を取り付けた。
『この先自衛隊特別管理地区。許可なく立ち入った者は、自衛隊特別管理地区法に基づき、相応の罰を受ける可能性があります』
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