古本香る女子高生
広野ともき
プロローグ
机の上には大量の本。タイトル、出版年月、本の状態は様々だ。とても日焼けしていて硬くなっている本もあるし、保管状態がよくて新品のように柔らかな本もある。
「桜田、今日は大漁だな。これでしばらくの間、古本屋巡りをしなくて済みそうだな」
一冊一冊丁寧に手に取り、うっとりとした表情でその本を眺めて仕分けていく彼女は完全に自分の世界に浸っていた。読書好きあるある。その1。すぐに自分の世界に入ることができる。こうなれば何人たりとも邪魔をすることは叶わない。
本日、秋の香りがそろそろしてくる晩夏の9月の某日。俺たちは大阪で行われていた古本まつりに参加していた。汗ばむ中、熱中して目的の本や新しい本との出会いを楽しんでいたら、あっという間に夕方になっていた。
そしてその祭りをあとにして、今は近くの誰も来ない公民館の自習室を占拠して、現在本日の戦利品の確認作業をしている最中である。
「ほら見て、稲野君。これすごいんだよ!」
向かいに座る桜田が目をキラキラさせて推してきた本は古びれた小説だった。タイトルは富豪刑事。日本のSF御三家のうちの一人である筒井康隆の小説だ。
「この装丁のバージョン、初めて見るんだよね。だから見つけた瞬間、これ買わないとってなって買っちゃったんだ」
優しく装丁を撫でて、丁寧に仕分けをする。
「装丁が違うバージョンもあるのか。それは初耳だな。コレクト欲が刺激されてしまう」
「本当にそうなんだよ。私の家の本棚、まだまだ余裕あるけどこの調子でコレクションしていったらあっという間に埋まっちゃいそうで怖いんだよね」
この前聞いた話だと今は100冊程度の本を持っているらしい。1段のカラーボックスが埋まったから新しく6段のカラーボックスを買ったとか。それだったらまだまだ余裕はあるはずだ。
「今日は何冊買ったんだっけ?」
2、4,6……と桜田は数えていく。大小さまざまな本が机の上にある。
「えっと……だいたい30冊くらいかな。今日は小説メインで買ったけど、世界史の本とかおっきいから場所取るんだよね」
「確かにでかいな」
「アルバイトも始めて去年よりも余裕ができるようになったから、興味持ったらすぐに買ってどんどん増えていきそう。今日も一目ぼれでこれ買っちゃったわけだし」
「古本だから新品より安いし、絶版の本も手に入る可能性があるから、見つけたらすぐ買わないと誰かに取られてしまうという義務感?」
「本当にその通りだよ」
古本の宿命というべきか。見つけた古本というのは出会ったら、もう二度と会うことはないと思え、これは古本マニアならよく知っていることだ。次のとこのほうが安く売ってそう~って思って行ってみたものの売っていなくて、店に戻ってきたら売り切れている。大欲は無欲に似たりだ。
「稲野君も結構買ってるよね。何買ったの?」
「俺はだな。民俗学の本数冊とあとはマンガだな。思いの他最近のマンガが結構置いてて財布がゆるゆるになったわ」
「大丈夫なの~?本棚は。この前も結構買ってたよね」
以前した少し遠くのブックオフ巡りのことを言っているのであろう。本当に欲しいマンガが幾つかまとめ売りしていて、地元近隣店舗の在庫状況をある程度把握していた俺は思わず全てを購入してしまった。30冊程度買い金額は7000円程度。持っていっていたリュックが満パンになりしんどいながらも充実感に満たされて歩いた記憶がある。
「俺の家の本棚はけっこう大きいからまだまだ入るから大丈夫。あと500冊は入るな」
「でも稲野君、先月買った本を数えたら100冊超えたって言ってたよね」
「……もうちょい自制したほうがいいのは分かってるんだけど、見つけたら買っちゃうんだよな」
「ホント、そうだよね」
共感半分、呆れ半分と言った感じだ。まぁこれに関しては呆れられてもしょうがないし、自分でも呆れている。さすがに月100冊は買いすぎだ。
「今日の古本まつり、参加してきた中で一番規模が大きかったね」
「そうだな。参加してる古本屋の数も多いし、販売数も多いし、お客さんもたくさんいたし」
「大学生っぽい人もたくさんいたね。みんなで歴史の話をワイワイしてたの楽しそうだったね。歴史系のサークルかな。それともゼミ?」
「どっちだろ。でもすごい冊数買っていってたな」
「あれにはびっくりしたよ。スーツケース3つ持って歩いてるんだからもうホントびっくり。大学生ってホントいろんな人がいるんだって思ったよ」
「しかもあれ全部学術書だったもんな。よくあれだけ探せるなーって思ってしまったわ」
「研ぎ澄まされた嗅覚なのかも」
「何それスゴイ」
「再来年には私たちもあーなってるのかも」
「大学生になって、嗅覚が研ぎ澄まされて、家の本棚に入りきらなくなって床に本が積まれて行って……」
「そして寝起きの寝ぼけた状態でつまずいてバーン。スマホが割れたー!」
「ありそうだな。本の管理って難しい」
「なかなか捨てれないもんね」
「ホントそれ」
会話をしながらサクサクと本の仕分けをしていく。サイズごとに分けて、パラパラとめくって本の状態を確認をする。
「帰ったら虫干ししないと」
「だな。この冊数だからなかなか骨を折りそう」
「頑張らないとね」
「それじゃバイバイ」
「おう、また明日な」
俺たちはそれぞれの帰路につく。これは古本好きの物語である。
古本香る女子高生 広野ともき @sizen
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