【DIGY】-ディジィ-

平 遊

第1話 

「なぁなぁ、5組の田中、最近おかしくね?」


 廊下の遠くの方からそんな声が聞こえてきた。

 俺は2組だから、5組といえば結構遠い。

 それでも、聞こえてきた声に、俺は思わず耳を澄ませていた。


 5組の田中と言えば、去年同じクラスで、たまたま何かの班で一緒になって連絡先を交換したものの、班が解散してからは一度も連絡は取っていない。つまり、わざわざ連絡を取るほど親しい間柄ではない。

 顔と名前が一致していて、顔を合わせれば偶に言葉を交わす程度。

 そんな仲だ。


「えっ、そうか?まぁ、言われてみりゃ」

「突然訳分かんないこと言ったりするらしいぞ」

「へぇ、どうしたんだろうな?」


 なんとなく聞き耳を立てていた俺も、全く同じ感想。


 へぇ、どうしたんだろうな、あいつ。


 そんなことを思いながら、俺はその日家に帰った。



 家に帰って晩飯を食い、風呂に入って宿題をしがてら、気晴らしにスマホを見た俺は、画面に見覚えのないアプリがあるのを見つけた。


【DIGY】


「ディジィ?」


 黒い四角の中に、いかにも『デジタルです』な感じの緑色の文字で【DIGY】と表示されているそのアプリを、俺はダウンロードした覚えは全く無い。


 見知らぬアプリは迂闊に触ってはいけない。

 起動などせず、速やかに削除すべし。


 確か学校で先生からそんなことを言われた気もするが、俺のスマホにはセキュリティ対策のソフトが入っているし、起動するだけなら問題ないだろうと、軽い気持ちでアブリを起動してみる。


 ヤバそうだったらすぐに削除すればいいだけの事だし。


 そんなことを思っていたのだが、起動した画面は真っ黒で、ただ、画面の中央に大きめの緑色の丸が表示されているだけだった。


「なんだこれ?」


 思わず、そう呟いてしまった。

 シンプルといえば聞こえはいいが、表示されているのはただの丸だ。この先何かが起こりそうなゲーム性も何も感じられないし、操作方法の表示も何もない。

 あまりの訳のわからなさに、さっさとアプリを閉じて削除しようとした時だった。


『マッテ』


 スマホから、デジタルチックな音声が聞こえてきた。

 見れば、緑の丸が何か生き物のように微妙に動いている。

 微妙過ぎて、よく見なければ分からないくらいの、本当に微妙な動きだが。


「なに、お前話せるの?AIペットかなんかか?」


『スコシ』


 緑の丸はやはり微妙に動いている。


「へぇ。じゃあ、これからどんどん言葉覚えたりして会話できるようになったりするのか?」

『オボエル』


 カタコトだが、緑の丸とは確かに会話が成立しているように思えた。

 動物アレルギーを持っている俺は、ペットが飼いたくても残念ながら飼えない。だから、デジタルペットは今までに何度も手を出したことがあったが、一方的に言葉を話すデジタルペットはいても、こんな風に最初からほんの少しとは言え意思の疎通ができるペットには、今まで出会った事が無かった。


 試しに少しだけ続けてみようか。


 そう思った俺は、緑の丸に聞いてみた。


「お前、名前は?」

『ディジィ』

「あぁ、あれアプリの名前じゃなくて、お前の名前だったんだ」

『ナマエ、ディジィ』

「わかったよ、ディジィ。俺の名前は」

『タツキ』

「えっ?!」

『ナカノタツキ』


 正直、ものすごく驚いた。

 俺の名前はディジィの言う通り、ナカノタツキ。中野達希だ。


「なんで知って」

『データ』

「……なるほど」


 ディジィの言うとおり、俺はスマホに自分の名前を登録している。

 だからディジィは俺の名前を知っていたのだろう。つまり、それだけの能力は既に持ち合わせているという訳だ。


 もしかしたら、これは面白いアプリを手に入れたのかもしれない。


 そう思った俺は、暫くディジィに付き合ってみようと決めた。

 昨今のAIの発達には目覚ましいものがあるし、このままディジィがどんどんと色々学習していったら、宿題なんかも代わりにやってくれるかもしれないし。

 なんていう、邪な考えと共に。


「わかったよ。これからよろしくな、ディジィ」

『ヨロ』


 意図的に【シク】を省いたのかどうだかはわからなかったが、画面の中の緑の丸は少しだけ跳ねているようにも見える。


 嬉しい、という感情を表しているのだろうか?

 いや、まさか。


『タツキ、トモダチ』


 気のせいか、デジタルチックな音声が嬉しそうな声に俺には聞こえた。

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