第94話 誓いと決意のキス

 夏休みがあと3日で明ける。


 文化祭委員の集まりも今日で最後だ。


 これが終われば、あとは一、二週間ほどを使い、クラスの出し物を中心に俺たちは頑張っていくことになる。


 もちろん、合間を縫って委員としての仕事もこなさなければならないが、夏休みほど昼間の時間をがっつり使って、とはいかないだろう。


 基本的に夕方の少しの時間を使い、打ち合わせを行なっていく。


 ただ、委員全体を見ても、主だった作業は既にどこも終わりかけてる。


 あとは、やりながらの計画微調整で事は粛々と滞りなく進んでいくはずだ。


 一年の俺から見てもそうなのだから、委員長である葉木さんだって、あとは消化試合だと思ってる節があるんじゃなかろうか。


 きっと彼はそんなこと絶対に口にはしないだろうが。


「おはよう。さと君」


 学校に着き、校門へ入ったところ、見慣れた綺麗な女の子が俺の名前を呼んだ。


 暑さにやられ、気だるさ全開であろう背筋が一気に伸びた。


「ゆ、ゆぅちゃん……! お、おはよっ……!」


 まさかゆぅちゃんとこんなところで遭遇するとは思ってなかった。


 今日は一緒に行かず、学校で会おうって約束してたから、てっきりいつもの空き教室で会うものだとばかり思ってたんだ。


「っふふ……」


 俺のびっくりした様が面白かったからか、ゆぅちゃんは口元に手をやってクスクス笑う。


 こういう何気ない仕草が本当に女の子らしくて、クールな見た目にマッチしていて、すごく綺麗に見える。


 でも、ゆぅちゃんは綺麗なだけじゃない。


 俺はこの子と過ごしていく時間の中で、可愛い部分もたくさん見つけた。


 エロゲの新ジャンルに手を出す時、いつも体が横に揺れるところとか、NTRのシーンでは思わず目を閉じちゃうところとか。


 ……いや、もちろんもっと他の私生活的なところでもたくさん可愛いところはあるんだけど。


 とにかく、俺はゆぅちゃんの『可愛い』をたくさん見つけた。


 そして、これからもたくさん見つけていくはずだ。


 この子と付き合い続け、一緒にいる限り。


「ゆぅちゃん。もしかして俺のこと待っててくれてた? 俺が来るまで、ずっとここにいたとか」


 彼女は少し恥ずかしげに頬を赤くさせ、視線を斜め下にやりながら「うん」と頷く。


 俺はすぐさま謝った。


 謝って、自分のハンカチを差し出す。


「ごめんね。暑かったよね? これ、使って? 汗もたくさんかいただろうし」


「へ?」


「あっ。ミーティングまでまだ少し時間もあるからさ、ジュース奢るよ。そこの日陰で待ってて」


 言って、走り出そうとした矢先だ。


 ゆぅちゃんが声を上げる。


 待って、と。


 俺は急ストップして彼女の方へ振り返った。


「……? どうかした? ……って、もしかして気分悪い!?」


「う、ううん! ううん! 違うの! そうじゃなくて……」


「……?」


「そうじゃなくて……大丈夫だってことを伝えたかったの。私、さと君のこと待ってたのは待ってたけど、さっきまで日陰にいたから」


「あ、あぁー……」


 けど、だとしても、だろう。


 日陰にいたとしても、夏のこの暑い中、待たせてたのは変わらない。


 汗だってたくさんかいたはず。


 何か飲ませてあげたい気持ちは揺るがない。


「……でも、いいよ。なんていうかほら、今日で最後だし」


「最後?」


「文化祭委員の集まり。いきなり強引に参加させられて、今日までお疲れってことで、俺に奢らせてくれないかな?」


「う、うーん……」


「その間、デートとかもあまりできなかったし」


 俺が言うと、ゆぅちゃんは「じゃあ」と提案してくる。


「私も一緒に行く。熱中症なら大丈夫だから」


「ほんとに? 気分悪くなったら言ってよ?」


「それはこっちも。さと君も具合悪くなったら遠慮なく言って? 私が保健室まで連れてくから」


 そもそも、その保健室は今日空いてるんだろうか。


 疑問に思ったものの、俺は頷いた。


 なら、一緒に自販機まで行こう、と。


 二人、横に並びながら歩いて。





●○●○●○●






「はい、ゆぅちゃん」


「……ん。ありがと」


 ゆぅちゃんにスポーツドリンクを渡す。


 二人でペットボトルを携え、日陰のベンチに座る。


 夏だから快適とは言い難いが、それでもさっきよりかは涼しい。


 スポーツドリンクもよく冷えてて美味しかった。


「……あのさ、ゆぅちゃん」


「……?」


「なんか俺さ、別に大隈先輩と戦ったりしなくてもいいんじゃないか、とか思い始めた」


「へ……?」


 突然だね、とゆぅちゃん。


 突然だ。


 でも、頭の中は今、そのことでいっぱいだから。


「とある人から言われたんだ。あの人は俺たちの仲を引き裂こうとしてるわけじゃない。もっと別の何かのために、俺とゆぅちゃんへ付き纏ってるんじゃないかって」


「……そもそも付き纏って欲しくないよ」


「ま、まあ、それはそうなんだけど……」


 俺はこほんと咳払い。


 話を続ける。


「なんていうか、俺とゆぅちゃんはその……仲良しじゃん? 喧嘩もあまりしないし」


「……うん。喧嘩するほど仲が良いみたいだし、喧嘩しないカップルより、喧嘩して仲直りする時間が短いカップルこそ一番って言うみたいだから、適度に喧嘩はした方がいいのかなって悩んではいるんだけど……」


「……い、いや、そこはあまり悩まなくていいと思う。俺はなるべくゆぅちゃんと喧嘩したくないよ。攻撃とかする気ゼロだし。ゆぅちゃんに」


「……私も……さと君に何かされても……いいって思っちゃう……。普段優しいから……そのギャップがすごくいいかもって思って……」


 あ、あれあれ? 何か言ってることがおかしいような?


 自分でもそういう話をしてるわけじゃないって気づいたからか、すぐにゆぅちゃんは首と手を横に振り、焦りながら否定し始めた。


「ご、ごめんねっ。そういう雰囲気じゃなかったのに……!」


「ううん。なんかグッときたたころもあったし、全然OK。むしろ、エロ同人的に言えば、『お前も俺好みのエロ女になってきたな……! ぐへへ……!』ってシーンだったし」


「っ〜……! さ、さと君好みの……え、えろおんな……」


「あっ……! も、もちろん冗談だよ? エロ同人的に言えばそういう場面で良いですなーって言ってるだけで……ってちょっとこれフォローになってるか!? あ、あれ!?」


「…………」


「う、うーむ……」


「……っふふ」


「……!」


 そのまま、黙り込んでしまっていたゆぅちゃんは笑い出す。


 俺の考えとか悩みとか、そういう面倒なことをすべて吹き飛ばしてくれるくらい、明るい表情で。


 それから……。


「ぅえ!?」


 ひとしきり笑うと、俺の方へ横から身を寄せ、こてんと頭を肩に乗せてきた。


 ドキッとする。


 サラサラの髪の毛と、ゆぅちゃんの香りが一気に鼻腔を突いてきて、彼女の感触が左肩に伝わってきたから。


「いい……。私……さと君のためならエッチな女の子にもなる」


「……ふぇ!?」


「ていうか、なりたい。さと君がいつも一生懸命なんだもん。私も一生懸命になりたい。さと君のために」


「ゆ、ゆぅちゃん……!」


「さと君……私に……雪妃に……一生懸命ご奉仕させてください……。どんなお願いでも聞くから……」


「どどど、どんなお願いでも!?!?」


 がちん、と固まる体。


 それをからかうみたいに、ゆぅちゃんは指先で俺のお腹にいじらしくくるくる円を描き始めた。


 くすぐったいし、変な気持ちになる。


 ちょっとエロゲのやらせ過ぎかも。


 こうやってからかってくるようなタイプじゃなかったよこの子!


「ふふふっ。冗談」


「んぇ……!?」


 言って、ゆぅちゃんが俺のお腹から指を離す。


 頭も肩から離して、元の位置に体を戻した。


 ドキドキしたまま、俺は胸を抑える。


 汗がすごい。


 飲んだスポドリをもう体外へ出してしまったかも。


「いつも読んでる同人誌みたいなこと、私にはできない。できないけどね?」


「……?」


「私は、一生懸命なさと君のために、一生懸命になりたい」


「……ゆぅちゃん……」


「それが今なの。今なんだ」


 ゆぅちゃんの顔が俺の顔へ近づく。


 離したばかりなのに、今度は何を?


 荒れ狂う心臓と共に考えていると、優しい唇の感触が頬に触れた。


 キスだ。


 ゆぅちゃんが俺にキスをした。


 甘い感情が、溶けたチョコレートみたいにドロドロ流れ込んできた。


 俺は真っ赤になっているであろう顔で彼女を見やった。


 ゆぅちゃんは自分の唇を抑え、


「さと君。今度は私があなたに応える番。見ててね」


 そう、確かに言ってくるのだった。

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