第92話 決意と心意気

 大隈先輩が言ってたことは本当だった。


 空き教室に戻ると、イベントとして叫び祭が開催される運びになっていて、それに参加するメンバーがすでに決定していた。


「おいおい、名和くんやい。雪妃とラブいのはいいけどよ〜、ミーティング前に教室を飛び出して出て行っちゃうのは無しだぜ〜? 私も擁護のしようがなくなっちゃうからよ〜」


 教室内でメンバーたちは散り散りになって話し合いをしたり、出し物の制作をしたりしている。


 そんな中、武藤さんが俺の元へ来て、肘でわざとらしく突いてきた。


 隣にはゆぅちゃんもいる。心配そうに俺のことを見つめていた。


「ごめん。ほんと申し訳ない」


「おぉう。なんか言い訳でもするかと思えばマジ謝り……。それもそれでやめて欲しいな。こっちも反応に困るし」


「何だよそれ……」


 そうは言ったって俺が悪いのは事実だ。


 謝るしかないから仕方ない。


「……さと君。それで……さっきの先輩は……」


 ゆぅちゃんが切り出してくる。


 俺は少し視線を下へ落とし、それから彼女をはっきりと見つめて返した。


「大丈夫だよ。特段酷いことを言われた、なんてことはない。ただ、勝負をしようって言われただけだ」


「勝負……? 勝負って何? あの人、雪妃のことが好きなんだよね? 雪姫をかけて勝負すんの? だったら先輩に勝ち目無くない?」


 武藤さんは言いながらゆぅちゃんの方へ視線をやる。


 ゆぅちゃんは控えめに頷き、俺の手をそっと取ってくる。


「さと君。私は、さっき言った通りだよ。ここではあまり大きな声で言えないけれど……あなたのことしかないから……」


「っ……」


 わかってはいる。


 わかってはいるけど、それでも改めて面と向かって言われると来るものがあった。


 ドキッとする。


「ありがとう、ゆぅちゃん。俺、頑張るよ」


「だから、頑張るって何を? 何で勝負するか教えてよ。私も雪妃もそこが気になってるんだって」


 武藤さんが詰め寄りながら言ってきた。


 俺は曖昧な反応をするしかなく、急かされて返す。


「あそこ。板書にもされてるけど、叫び祭だよ。あれに参加するよう言われた。大隈先輩も参加するみたいで、その場で勝負をしようって」


 俺が向こうの黒板を指差しながら言うと、二人ともそっちを見やる。


 それから返してきた。


「まあ、なんかそうやって先輩が言う前から名和君が参加するのは決定事項っぽかったけど?」


「え?」


 決定事項とはどういうことだろう。


 思わず首を傾げてしまう。


「雪妃はそのミーティングの途中から参加したけどさ、この子も参加するんだよ。あそこに名前も書いてあるし」


「え……!?」


 ゆぅちゃんも参加するのか。


 失礼な話、そこまで大きな声なんて出せなさそうなのに。


「ね、雪妃? あんた、参加するよね? 理由も言ってたじゃん」


「う、うん。さと君が参加するみたいだから、私も参加する」


「ラブだねぇ〜」


 やれやれ、とばかりに首を横に振る武藤さん。


 いや、何がラブなのか。


 ゆぅちゃんが参加する理由がちょっと俺はわからない。


「ちょ、ちょっと待って? どうしてゆぅちゃんが参加するの? 俺と先輩が参加するのは勝負ってことだからなんだけど」


「その勝負ってのも意味不明だけどね。叫びあって何を基準に戦うのさ?」


「そ、それは……」


 今は言えない。


 皆の前でゆぅちゃんへの想いをぶつけて、俺と先輩、互いが互いに屈服させようとし合ってるだなんて。


「言えないって何なのさ。雪妃は君への想いをぶつけようとしてるのに。なんか色々モヤついてるみたいだから」


「っ……」


「勇気いるよね? 友達ながらよくするわーって思う。それだけ君のことを元気付けてあげようとしてるんだよ? それを君はわかってあげなきゃ。大隈先輩なんか目もくれず、さ」


 言われ、俺はゆぅちゃんのことをそっと見つめる。


 彼女は、心配と慰めと、それから色々な感情の入り混じった瞳でジッと俺のことを見つめ返してくれていた。


 言葉が出ない。


 本当はもう何も憂うことなんてないかもしれないのに。


「もちろん、私も不気味に思うよ。叫び祭の参加者を決める時ね、委員長の葉木さんも名和君のことを最初からさせるみたいな感じだったし」


「お、俺のことを?」


「そそ。大隈先輩が参加するなら名和君もだな、みたいにね」


「……」


「その後に雪妃が帰ってきて、参加者として立候補した。それは完全に想定外な流れらしかったけど」


「……そう……なんだ」


「何にせよ、雪妃もだけど、私が言いたいことだって同じ。周りがどうしてこようと、君は雪妃に紛れもなく想われてんの。そこは自信持ちなよ。不安に思う必要なんて何もないんだって」


「……」


「早いところしゃんとしないと、そのうち愛想だって尽かされちゃうよ? ねぇ、雪にゃん?」


 武藤さんに話を振られ、ゆぅちゃんは慌てて首を横に振った。


 そんなことはないけど、と。


 でも、その通りだ。


 ゆぅちゃんからの想いはいつだってもらってる。


 あとはもう、俺の想いを皆にわからせるだけ。


 たったそれだけなんだ。


「……ありがとうゆぅちゃん。それに、武藤さん」


「ん。吹っ切れた?」


「うん。大丈夫。大丈夫なついでに、俺と先輩がどういう勝負をしようとしてるか伝えるよ」


「うん。何? 何しようとしてんの?」


「ゆぅちゃんへの想いを互いに伝える。それを皆の前で言って、皆にわからせてやるんだ。どっちがゆぅちゃんに相応しいかって」


 そんなのねぇ。


 武藤さんはため息をつく。


 そして返してくれた。


「やる前からわかってる。勝負は君の勝ち。あの人が何を考えてるのかはわからないけど、先輩だってきっとわかってるはずだよ。結果なんてさ」


「うん」


「まあ、そのまま迎えればいいんじゃない? 本番。もしかしたら、二人の仲の深さを知らない先輩はワンチャンを狙ってのかもだし」


 ありがとう。


 俺は元気付けてくれた武藤さんに感謝し、それからゆぅちゃんのことを見つめた。


「俺も好きだからね。ゆぅちゃんのこと」


 そっと告げると、彼女は少しばかり頰を朱に染め、安心して頷いてくれた。

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