第81話 甘さと苦さ

 例えば、と一度だけ考えてみたことがある。


 ラブコメの主人公みたいに複数の女の子から好意を寄せられて、誰かを選び、誰かを切り捨てなければならなくなった状況で、俺はどういうことを考え、どういう行動をするだろうか、と。


 結論から言って、ちゃんとした回答は自分の中で作り出すことができなかった。


 そもそもの話、誰かを選ぶことができなかったのだ。


 なあなあのまま、俺を好いてくれる女の子複数人と関係を持ち続ける選択肢しか選べそうになかった。


 ただ、それはたった一人を選び、その子だけじゃ満足できそうにないから、ってわけじゃない。


 誰かを選び、誰かを傷付けるのが嫌だった。


 こんな俺なんかを好きになってくれて、たくさん話し掛けてくれて、行動を共にしてくれて。


楽しいことも、嬉しいことも、色々な想いを共有してくれる。


 そんな女の子の悲しそうな表情を想像するだけで、胸が張り裂けそうになる。


 俺は、彼女たちを悲しませたいわけじゃない。


 自分を好きになってくれて、本当は感謝の気持ちでいっぱいで。


 だから、その女の子たちを一秒でも長く笑顔にさせてあげたい。


 女たらしと罵られてもいい。ハーレム野郎とバカにされてもいい。変態と軽蔑されてもいい。


 自分がどう思われようと、俺を好いてくれた女の子たちを幸せにできるなら何だっていい。


 一度だけ想像した妄想で、俺はこんなあやふやな結論を出した。


 答えにはなっていない。


 わかってる。


 それでよかった。


 俺が考えていたのはただの妄想で。現実なんかじゃないから。


 だけど、今は――






「さと君……?」






 声を掛けられているのに気付き、ハッとする。


 我に返ってみれば、心配そうに覗き込んでくれているゆぅちゃんの顔が目の前にあった。


「ゆ、ゆぅちゃん……!」


「うん。私。雪妃。さと君、どうかした? すごく深刻そうに足元だけ見つめて歩いて」


「え……」


 俺、そんな深刻そうな顔してたのか。


 つい自分の頬に手をやる。


 そして、すかさず苦笑いを浮かべてみせた。


 まるで色々なことを誤魔化すように。


「べ、別に。どうもしてはいないんだけど……ほ、ほら、夏休みなのになんでこんな学校行事の委員メンバーにさせられて、ミーティングにも参加させられてるんだろって考えてたっていうか……」


「大丈夫。それは私も同じ考えだよ。面倒だよね。家に居たらエアコンの効いた部屋で一日中ぐでーっとできるのになぁ、みたいなこと考えちゃう」


「だ、だよね。あ、あはは……」


「外に出ればこうして溶けそうなくらい暑いし、きっと学校の中も夏休み中だからエアコン効いてないはずだよ。暑そうな中で会議しなくちゃいけないの本当に嫌……。自分の家のお部屋でさと君と一緒に過ごしたい……」


 何気なしに言われ、俺は東京旅行のアレを思い出してしまった。


 ただ、アレと言っても色々ある。アレだ。お風呂の中のアレ。


 恥ずかしくなって思わず下を向いていると、隣からも少し悶え声が聞こえてきたので、そっちの方を見やる。


 案の定、ゆぅちゃんも頬を朱に染めていた。熱中症なんかじゃない。明らかに何かを想像して恥ずかしがってる図。それを見て、俺はまたさらに自分の顔が熱くなるのを感じた。


「ま、まあ、夏休みもあと少し残ってるし、タイミングさえ合えばまたおうちデートとかもできるんじゃないかな?」


「……うん。したい。一緒にエロゲしよ?」


「っ……! え、エロゲかぁ……」


 それはそれでまたとんでもない空気になっちゃうんじゃないでしょうか。


 いや、もちろん次のステップに進むのもアリと言えばアリなのですが。


「私は……その……だ、大歓迎だから……もう」


「……へ……?」


 何がだろう?


 首を軽く傾げると、ゆぅちゃんは赤くなったままの顔でもじもじ続ける。


「と、東京旅行で……け、決心がついた……といいますか……」


「……?」


「さ、さと君さえ良ければ……近々……そ、その……え、えっと……」


「ゆぅちゃん……?」


「っ~……!」


 ギュッと目を閉じ、やがて彼女は自分の顔を手で抑えた。


 そして悶える。


 耳は真っ赤だ。


 ゆぅちゃんが何を言おうとしているのか、申し訳ないけど俺はよくわからなかった。頭上に疑問符を浮かべてしまう。


「……うぅぅ……さと君……」


「はい。何でしょう?」


「今日、委員の帰り、一緒にショッピングモールのカフェ行こ?」


「うん。いいよ。いいけど、いきなりだね」


「いきなり。それで、その後……き、キスしたい」


「きっ!?」


 それもかなりいきなりだ。


 何がどうしたらキスに繋がるのか。


 唐突過ぎて吹き出してしまった。


「い、色々いきなり過ぎない!? き、キスって……! ほ、他の人に聞かれてないよね!?」


 慌てて周りを見渡す俺。


 ゆぅちゃんは駄々をこねるように俺の右腕に縋りつきながら訴えてくる。


「わ、私ね……東京旅行の後から……なんか変なの」


「へ、変……?」


 それを聞いて、ふと冴島さんの顔が頭に浮かんだ。


 胸がズキっと痛む。


「さと君の傍にいないと……なんだか体の芯が切なくなって……寂しくなって……。さと君がいないと……耐えられない体になってる……」


「っ……!」


 言い方だ。


 耐えられない体って……。


「私……今はさと君とずっと触れ合ってたい……。朝も、昼も、夜も、ずっとずっと。近くで君を感じていたいの……」


「ゆ、ゆぅちゃ……!」


「だめ……かな……?」


 ダメだった。


 いや、そのお願いに関して言えばオールオッケー。


 むしろこっちからお願いしますと言いたいくらい。


 でも、少しでも今の彼女を直視し続けていると、自分の理性が粉々になってしまいそうで怖かった。


 こんな真昼間の外で。


 俺は慌ててゆぅちゃんから顔を逸らす。


 彼女は俺の右腕を弱々しい力で揺すって、


「んーんっ……」


 もっと構って、みたいに甘えた声を出してくるけれど、それには屈しなかった。


 彼女のあまりの可愛さに、手で口元を抑え、顔を別の方へやり、ただひたすら早足で歩く。


 もちろんゆぅちゃんの手は握っていた。


 彼女を引っ張るみたいな形になってる。


 甘さと苦さ。


 ゆぅちゃんと冴島さん。


 それらは各々に魅力を放っていて、かつ俺の頭を芯から悩ませる。


 どちらを選ぶか。


 その答えは既に決まっている。


 今さら恋人を裏切ることなんてできない。


 でも、だからこそ。


 俺の答えはより一層迷宮入りして。


 複雑に、答えの出ないものへとなっていく。


「……まさかだもんな。彼女の好意が俺にも……なんて」


「……? 何か言った? さと君?」


 いや、別に。


 そう返し、俺とゆぅちゃんは学校へ着くのだった。


 波乱は続く。


 今からは、冴島さんもだけど、あの大隅先輩とも顔を合わせなくちゃいけないから。









【作者コメ】

なろうノクターンに載せるアレな話、鋭意制作中です。

さっそく一話目からゆぅちゃんがさと君のアレを管理しようとする話です。

ぜひともよろしくです。近日中にアップしますんで。

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