第79話 東京旅行の終わり

 この東京旅行の当初の目的は、NTR同人誌によって壊されたゆぅちゃんの脳を回復させてあげることだった。


 そのために、俺は確立させていた独自の脳回復方法を彼女に教えたり、同人誌ショップを巡り、気晴らしできるような純愛作品を買ってあげようと意気込んでいた。


 やましい展開を期待してたわけじゃないと言えば嘘になるが、それを一番に楽しみにして臨んだわけではないのだ。


 だから。


 だからこそ。


「……っ」

「うぅ……」


 帰り道の新幹線内で、こんな空気になってるとは一ミリも予想してなかった。


 気まずい。


 昨日のお風呂での出来事。


 あれがあって以降、俺たちはまともに目を合わせることができないでいた。


 何て声を掛ければいいのかわからない。


 互いの体の一部の見たいところを見せる。


 それをしようとしただけなのに。


 まさか俺はあんな……あんな……!


 じ、自分の……モノを……ゆ、ゆぅちゃんのお腹に押し付ける形になってしまって……そのまま……!


「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 絶叫。


 隣に座っていたゆぅちゃんはびっくりしながら俺を見た。


 周りの乗客も一斉に俺の方を見てくる。


 すぐさまそれに気付き、自分で自分の口を抑えるものの、恥ずかしさはすべて昨日のことに関してだけ向かってる。今、誰に奇異の目を向けられようがダメージはない。


 ゆぅちゃんは俺を見つめながらもじもじし、艶っぽい色を瞳に浮かべるばかりで、何も言ってこなかった。


 やがて恥ずかしそうに目を逸らし、一人で足元を見つめる。


 その仕草が、どれほど昨日の事の重大さを物語っているか。


 俺たちは、もしかしたらある意味大人の階段を登ってしまったのかもしれない。


 本番はもちろんしていないけれど。


 俺の●●は思い切りリバースされてしまったわけだし……。


「っ~……!」


 極限まで顔を熱くさせ、俺はそれを手で覆う。


 いったいどうしたらいいんだろう。


 こんなので文化祭委員が務まるんだろうか。


 不安だ。不安でしかない。


 そんなことを考えていた矢先、スマホがバイブする。


 LIMEメッセージが届いた。


 見れば、送り主は冴島さん。


 微妙なタイミングだ。こんな時に何だってんだろう。




『イチャラブ旅が終わったら、みっちり感想聞かせてもらうね』




「え……」


 小さいながら、思わず声を漏らしてしまった。


 言ってなかったはずなのに……。


 何で冴島さん、俺たちが旅行してたこと知ってるんだ……。


「……」


 隣をチラッと見やるも、ゆぅちゃんはただひたすらギュッと目を閉じているだけ。


 俺がLIMEメッセージを受け取ったこと、気付いていないみたいだ。


「っ……」


 気まずいし、今聞くのはさすがに厳しい。


 とりあえず、俺は冴島さんに『何で旅行してること知ってるの?』と訊いた。


 既読はすぐに付き、返信も速攻で送られてくる。




『雪妃に教えてもらったから』




 短いメッセージを確認し、俺はゆぅちゃんの方を再度見やった。


 でも、やっぱり彼女は目を閉じている。


 仕方ない。


 観念し、帰り次第冴島さんと話すことを決心した。






●〇●〇●〇●






 それから約一時間ほどして、俺たちは新幹線から降りた。


 降りてすぐ、俺は彼女の手を引いて歩き出す。


 気まずさは未だ続いていたから言葉を交わすことはなかったけど、ゆぅちゃんは俺が手を握ると、すぐにキュッと握り返してくれた。


 それだけで、この気まずさが不仲によるものじゃないと確かに教えてくれる。


 ただ、嬉しくなって声を掛けようとしたものの、振り返るとゆぅちゃんも俺の背に張り付くみたいにして動き、なかなか視界の正面に映ろうとしてくれない。


 会話するのは恥ずかしくて無理。


 暗にそう言われているようだった。


 諦めて歩き始め、前へと進む。


 そこから俺たちは在来線の電車に乗り込み、それぞれの家がある街へと帰ることになった。


 俺の家がある街と、ゆぅちゃんの住んでいる街は、駅で言うと二つ分くらい離れている。


 だから、先に電車を降りるのはゆぅちゃんの方だった。


 さすがにこうなると、声を掛けないわけにはいかない。


 隣に座ってる彼女へ話しかける。


「駅、俺も降りるよ。家まで送る」


 ゆぅちゃんはふるふると首を横に振って、


「大丈夫。さと君も疲れてると思うから」


 か細い声で返してくれた。


 そのタイミングで車内アナウンスが鳴る。


 この駅でゆぅちゃんは降りないといけない。


「ありがとう、さと君。東京旅行、すっごく楽しかった」


「ありがとうだなんてそんな。感謝しなきゃいけないのはこっちで、それに……」


「……?」


「そ、それに……むしろ俺は謝らないといけないくらいだと思ってるし……。お、お風呂でのこと……」


 言うや否や、通常色へ戻り掛けていたゆぅちゃんの赤面がまた一気に爆発する。


 握られていた俺の手には力が込められ、目も速攻で逸らされてしまった。


 別れ際で何でこんなことに。


 けど……。


「……そんなの……気にしないで……」


「……へ?」


「あの時は……私も………………」


「……ゆ、ゆぅちゃん……?」


 何か言いかけた……?


 気になって顔を近付けるも、ゆぅちゃんは赤くなった顔をさらに別の方へ逸らす。


 ショックではあった。拒まれている感が凄いわけだし。


「と、とにかく……さと君は謝らないでいいから……! あれはお互い様なので……」


「お互い様……?」


 どこがお互い様なんだろう。


 言葉の意味がわからず、俺は首を傾げる。


 ただ、傾げていたタイミングで扉が開いた。


 うっかりだ。


 もうゆぅちゃんは降りないといけない。


「そ、それじゃあね、さと君」


「あ、う、うん! 本当にありがとうだし、お疲れ様、ゆぅちゃん!」


 楽しかったよ。


 そんな言葉をセリフの後に付け加える。


 ゆぅちゃんは赤い顔のままにこっと笑い、自分の手を俺の手から離した。


 そして、電車を降りて行く。


「私も楽しかった」


「うん! またすぐにLIMEするね!」


「さと君」


「ん?」


 俺が疑問符を浮かべたところで、会話を強制終了させるように扉が閉まった。


 電車は動き始める。


 俺は閉まった出入り口扉に接近し、動くゆぅちゃんの口に注目した。


『大好き』


 夕陽に照らされていた彼女は、俺へそんな言葉を残してくれた。


 波乱の東京旅行。


 イチャラブで終わった東京旅行。


 大隅先輩なんかに負けたくない気持ちが強くなった東京旅行。


 色んな意味の込められた旅行を終え、俺たちはまた一つ関係を前に進められたような気がする。


 最後の最後にとんでもないことが起こったけど、やっぱり行ってよかった。


 俺は一人で電車に揺られながら、心の底からそう思うのだった。

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