第77話 最低なおバカップル

 冷静になって考えてみると、エロ同人誌において、男女が二人きりでお風呂に入る展開っていうのはあまりない気がする。


 ラノベではよく男の子と女の子がお風呂場で鉢合わせたりするんだけど、同人誌となると、もっぱらそういう展開が失せるわけだ。


 でも、その理由ってのは何となく察しがつく。


 要は、そんな『裸見てしまった』くらいでは、テンションが上がらないんだと思う。


 裸を見るのはもはや当然で、その先の先を思い切りしちゃうわけだから、スタートラインみたいなところに立ってるだけでワーキャー騒げるわけないだろうが、って感じなのだ。


 そう考えると、同人誌の世界線は悲しいし、もったないないと思ってしまう。


 だって、好きな女の子の素肌をまじまじと見られるなんて、これほど最高なことはない。


 普段、服を着ている彼女を見つめるだけでも心臓が痛くなるほどドキドキするのに、それが裸となると、そのレベルは段違い。


 呼吸するのも精一杯で、視線は他のところへやれない。


 努力しないと、見つめる先を変えられなかった。


 まるで磁石で引っ張られてるみたい。


「ゆ……ゆぅ……ちゃん……」


「……うぅぅ……」


 浴室内。


 そこで俺たちは裸になっていた。


 恋人になって初めてだ。


 彼女の背中を見るなんてこと。


「え、えっと……その……」


「……さと君……」


「あっ、は、はい!」


 つい声が大きくなる。


 俺は思わずその場で気を付けの姿勢。


 ゆぅちゃんはこちらに背を向けた状態でもじもじしながら立っている。


 小さく、か細い声で続けてくれた。


「お……お、お、おっ……」


「……お……?」


「お、お背中……」


「お……背中?」


「お背中……流しましょうか?」


「え……!?」


 一瞬聞き間違いかと思ったけど、違う。


 マジですか。


 この状況で俺はゆぅちゃんに背中を流してもらえるの?


「い、いいの……? ゆぅちゃん……俺の背中を……なんて……」


 問うと、彼女は小さく首を縦に振る。


「だ、だって私……それくらいしかできそうになくて……」


 それくらいって……。


 充分すぎると思う。


 こんなに可愛い彼女に背中を流してもらうなんて、とんでもない豪運の持ち主じゃないと人生のうちで遭遇できないイベントだろうし。


「ごめんね、さと君……。この旅行で勇気を振り絞ろうと思ったんだけど……私にはこれくらいが精一杯なの。ごめんなさい……」


「えっ……! ご、ごめんなさいって何が……? それに『これくらい』って? 俺からしたら神イベント間違いなしで今にも気絶しそうなくらいなんだけど?」


「……それなら……私も安心……」


「ゆぅちゃんは……何に関して謝ったの……?」


 率直な疑問だった。


 一緒に同人誌も買いに行けて、同じベッドの上で寝られて、イチャイチャできて。


 極め付けにはお風呂だ。


 これ以上を望もうものなら、恐らく俺は傲慢だと切り捨てられて神から断罪される。


 それだけは間違いなかった。


「……本当に……わからない……?」


 彼女が相変わらず小さい声で問うてくる。


 俺は間髪入れずに返答した。何となく察することはできるけど、それが正しいのかはわからない、と。


「じゃあ、その察したこと、言ってみて?」


 言われ、一瞬たじろいでしまった。


 それを口にしなければいけないのか、と。


 躊躇していると、ゆぅちゃんは俺を急かしてくる。早く、と。


 言うしかなかった。


 腹をくくり、俺は意を決して思っていたことを口にする。


「……え……エッチなこと……とか……?」


「っ~……!」


 俺が言った途端、言葉にならない悶え声を上げるゆぅちゃん。


 体を縮こまらせ、その場にしゃがみ込んだ。


 俺も慌てて彼女と同じ目線になってしゃがみ込む。


「ちょ、ちょっと待って!? ゆぅちゃんだからね、言ったの! どんなこと想像したのか教えてって!」


「……う、うん……。そうだね……」


「で、でしょ!? だから俺はそれに従ったまでで……!」


 言い訳しながら、またしても段々恥ずかしくなってくる。


 俺は何を言ってるんだろう。ちょっとブサイク過ぎやしないだろうか。


「っくあぁぁぁ……! は、恥ずかしい……! 恥ずかし過ぎる……! なんか俺だけその気になってた感が半端ない……!」


「へ……?」


「もう罵っていいよ、ゆぅちゃん……。俺は、彼女とお泊り旅行するだけでそういう展開を期待しまくってたただの変態です……。白状します……言い逃れできないです……」


 でも、そもそもこういう展開でそういうことを期待しない男がいるんだろうか。いや、いない。


 心の中で反語をキメ、ただ自己嫌悪に陥って頭を抱える俺。


 きっとゆぅちゃんも気持ち悪いと思ったはずだ。ただの楽しい旅行だったはずなのに、変なことを期待されていて。


 本当にいい迷惑だよな。とほほ……。


 ……なんて考えていた矢先だ。


 自分の手に誰かの手が触れる感覚。


 いや、誰かの手って言っても、それはゆぅちゃんただ一人しかいない。


 うつむかせていた顔を上げ、目の前を見る。


 するとそこには、片方の手と腕で自分の胸を隠したゆぅちゃんの姿があった。


 俺は冗談抜きで吹き出してしまう。


 鼻血も出そうになった。


 こんなことがあっていいんですか!?


「ゆゆゆ、ゆぅちゃん!? そ、その、え、ええぇぇっ!?」


「っ~……! し、下過ぎるところは……見ないで……? ごめんね……?」


「いいい、いやっ、ぜ、絶対に見ませんっ! そこは! そこだけはっ!」


 ヘドバンみたいに頭を縦に振り、了承する俺。


 彼女の指し示す『下』というのは、言葉通り『下』である。


 生命の起源。


 いや、申し訳ない。これこそ何言ってるんだろう。絶対にやめておいた方がいいい。変なことは一切考えないことにした。こんな状況で無理があるだろうと話ではあるのだが。


「さと君のも……み、みみ、見ない……からっ……!」


「は、はいぃっ!」


 悲鳴にも似たボイスで返答。


 お互いにそちらへ目線が吸い寄せられそうになってるのを我慢し、しかしどこへ視線をやればいいのかわからず、大パニックで右往左往。挙動不審のまま、結局持っていたタオルを各々顔に被せることになった。


 ぼんやりとゆぅちゃんの裸体シルエットが見えるけど、それはモロじゃないのでオーケー。


 完全に俺のナニは戦闘モードになっていたけど、もはやこればかりは仕方ない。


 ゆぅちゃんも目隠ししてるし、遠慮なく俺はソレをそのまま屹立させ続けた。だって、どうにかしようとしたってどうにもならないから。


「そ、それで……急にいったいどうしましたかい……?」


 動揺のせいで口調がおかしくなる。


 でも、ゆぅちゃんも動揺してたんだろう。一切ツッコんでこず、話が先へと進む。


「う、うん……。私は……そうじゃないってことが言いたくて……」


「そうじゃない……?」


 ゆぅちゃんのシルエットが縦に一回だけ動く。


 頷いてくれたらしかった。


「そういう……え、ええ、エッチなこととか……考えてたのは私も……なので……」


 絞り出すような声音。


 まあ、そうなってもおかしくない。


 控えめに言ってとんでもない告白だ。


 俺、女の子にこんなこと言わせてしまっていいのだろうか。不安になった。


「も、もっと言ったらね……?」


「は、はい……」


 謎に敬語になってしまう。


「私は……今だって……さ、さと君のソレ……すっごく近くで見たいから……」


「――!?」


 大 告 白。


「ゆゆゆ、ゆぅちゃん!?」


 声を裏返らせ、俺は動揺を全体的に出してしまう。


 ゆぅちゃんもそれに釣られてか、声を震わせて返してきた。


「だ、だって、だって! ゆ、許してよぉ……。せ、せっかく付き合えたから……大切な大切なさと君のソレがどうなってるのか……すごく気になって……」


「お……あっ……おぁぁっ……!」


「お父さん以外のとか……見たことも無いし……」


 キュンと胸が締め付けられる。


 いや、締め付けられるタイミングおかしいんだけどね?


 でも、ゆぅちゃんが初心で、俺はすごく嬉しかった。


 何色にも染まっていない彼女は完全に処女雪と同じで。


 文字通りまさに何もかもが初めてで。


 それは俺も同じで。


 これから作っていく思い出の一つ一つすべてが新しい轍となっていく。


 恋人との思い出なんて、きっと一筆書きのように一本でいいから。


 何本も道を作る必要なんて無くて、それは理想とは言わない。


 恋人なんて、きっと皆生涯に一人でいいはずなんだ。


 それ以上増やしたって、それは経験値とは言わない。


 ただの失敗談だ。


 その失敗を美化する傾向があるけど、それは間違い。経験しなくてもいい、余計な経験となるだけだ。


 そして、以前の恋人と今の恋人を無意識のうちに比べる。


 そんなのはどう考えてもおかしい。


 純愛とは呼ばない。


 俺はゆぅちゃんと純愛がしたい。


 重くても、癖があっても、それが俺だから。


 考え方を捻じ曲げる気は無かった。


 彼女へ向ける想いと同じで、すべて真っ直ぐで通すつもりだ。


「ゆぅちゃん。……じゃあ、こうしない?」


「……?」


「俺たちは、今日今からお互いに見たいものを一つだけ見せ合う」


「ふぇ……!?」


「それで、そこから先のことは今度にしよう。まだアレだよね。心の準備がどうしてもできないんだよね?」


「それはそう……なんだけど……」


「うん」


「…………い……いいの……?」


「こちらこそ提案した側でごめん。いい? 何でも一つだけ見せてもらっても」


 タオルは顔に付けたまま。


 でも、そのシルエットが確かに頷いたから。


 俺は荒くなる呼吸を必死に落ち着かせ、やがてタオルを顔から取った。


「さと君……」


「ゆぅちゃん……」


「「じゃあ、一つだけ」」


 声が重なる。


 俺たちは、各々に見たいものを一つだけ言った。


「お●ぱい」


「おち●ち●」


 この時ばかりは心の底から思った。


 最低だけど、すごく面白いカップルなんだろうな、自分たち。


 って。









【作者コメ】

カクヨムコン終わったからってやり過ぎだと思う。完全に趣味小説と化してる模様。

運営さん。お願いですからバンだけは勘弁してください……。本当に何でもしますから♂←(たぶんこういうのがもうダメ)

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