第74話 一緒に経験して。慣れていって。

 正直な話、俺は高校生のことをもういい大人だと思ってる。


 世間一般的にも、成人の基準が二十歳から十八歳になったし、身体的にもほとんど二十五くらいの人と変わりはしない。


 精神的な面で言えば確かに幼いかもしれないけど、それは人生経験の浅さからくるものだ。


 そこに経験というものが生じれば、もはや大人と言っても過言じゃない。


 だから、そんな大人な俺たち、恋人の男女がやることと言えば一つだ。


「「……っ」」


 夜。


 安価のビジネスホテル。


 二人部屋。


 その中で、俺とゆぅちゃんはベッドの上に座り、互いに背を向け合っていた。


 当初からの目的だった同人誌は、漫画喫茶から出た後に良さげなショップを見つけて何冊か購入。


 くだらない俺の脳回復作戦なんてすべて無視し、純愛モノのみ買った。


 それ以外、今の俺たちには必要ない。


 なぜなら、現在進行形にリアルで純愛をしているから。


 わざわざ寝取られモノなんて摂取する必要はなかった。


 今の俺たち二人には、さらに関係を良くするバイブルだけでよかったんだ。


「……さと……君……」


「っ……! ひゃ、ひゃい……! な、何でしょう……?」


 二人して顔を見ることができないままに言葉を交わす。


 この状況で想像できる先なんて一つしかなかったから、心臓もバクバクだ。


 広くない密室。


 ゆぅちゃんの耳に心音が届いているんじゃないかと思ってしまう。


 それくらいに緊張していたし、体が震えていた。


「そ……その……わ……私……」


「う……うんっ……」


「ど、ど、どうしたらいいのか……ぜ、全然わからなくて……」


 どうしたらいいのか全然わからない。


 それは、具体的に何に対してなんだろう。


 いや、そんなの知ってる。


 俺の中で答えはもう出ていて、ゆぅちゃんが言わんとしているのは、要するにお年頃の男女が密室でやることといえば? という問いの定番アンサーそのままなんだけど。つまるところせっせっせのよいよいなんだけども。


 そうは言ったって、それを堂々と「セ●●●」でしょ! とブッ込めるほど、俺は肝が据わっていない。


 下品な男だと思われたくないし、涎を垂らしてそういうことをしようとしてる獣か何かと間違われるのも嫌だ。


 俺のお付き合いしている女の子。


月森雪妃ちゃんは、高貴で、美人で、純粋な女の子だから。


 どす黒い欲望でまみれさせていい存在じゃない。


 仮にゆぅちゃんが俺のそういう欲望をありのままに受け入れてくれたとしても(なんか受け入れてくれそうではあるが)、乱暴な扱いだけはしたくなかった。


「ご、ごほん……! え、えっと……どうしたらいいのかわからない……。なるほどなるほど……」


「そ、そもそも……こういうホテルの部屋で男の子と二人きりになるのも初めてで……」


「う……うん……」


「そ、それがまた……恋人のさと君と一緒ってなると……頭の中が真っ白になって……」


「そ、そんなの俺もだよ。俺だってゆぅちゃんと二人きりになってここからどうしていいのかわからない。現に今だって顔も見れないし……」


「っ……」


 黙り込むゆぅちゃん。


 彼女がもぞもぞ動いているのはわかった。布団と服の擦れる音がする。


「……きっと……きっとさ……」


「……?」


「女の子に慣れてたり、こういう密室に女の子と一緒によくいる男子だと、手際よく色々やるんだろうなって思う……。ごめん、ゆぅちゃん。俺、あなたの顔もまともに見れなくて……」


「……ううん。気にしないで。私は、むしろこういうのに慣れてない男の子の方が好き」


「……ほ、本当に……?」


 思わず泣きそうになる。


 女神か何かですか、ゆぅちゃんは。


「さと君がどういう人なのかも知ってるし、すごく優しくて、一生懸命なのも知ってるもん。慣れてなくて、ぎこちなくたって、全然いい」


「……ゆぅちゃん……」


「それにね? こういうのって私……失敗し合いながら……緊張し合いながら……一つ一つお互いのことを理解していきたいなって思う派なんだ……。だから……さと君はそのままでいてくれていいからね……?」


「っ……」


「私も……さと君と一緒に……同じペースで……色々知っていきたいから……」


 その言葉を聞いて、俺はすぐにでもゆぅちゃんの顔をこの目で見つめたくなった。


 恥ずかしいのも何もかも捨てて、振り返る――


 ……つもりだったのだが、背中に伝わる小さな感覚。


 これは……ゆぅちゃんの指……だろうか?


 ゆぅちゃんが俺の背中に指で触れている……?


「……さ……と……く……ん」


「ん……っ」


 なんだかくすぐったい。


 ゆぅちゃんの指先が、俺の背中の上で文字を描きながら動く。


「……す……き……」


「ゆ……ゆぅちゃん……」


 たまらなくなって、彼女が文字を書き終えたところで俺は振り返る。


 ゆぅちゃんは既に俺の方を向いていて、ほんのり赤くなった顔のまま、にこりと微笑みかけてくれた。


 気付けば、俺は彼女の体を抱き締める。


 抱き締めて、体重を前へ。


「ひゃっ」


 ゆぅちゃんのことを優しく押し倒すみたいになって、顔と顔が一気に近くなる。


 俺は――


「……ゆぅちゃん……?」


「……? なぁに……?」


「同人誌……後で一緒に読もうね……?」


「……うん。それはもちろん」


「で……読む前に……なんだけど……」


「うん」


「……キス……」


「……?」


「キス……してもいい?」


 たぶん、俺はまともなキスさえできない。


 だからそこからだ。


「……ん……」


 俺の問いかけに対し、ゆぅちゃんは軽く手を広げる仕草をして、優しく受け入れてくれる。


「いいよ……さと君……」


「っ……」


「……来て……?」


 目とそっと閉じるゆぅちゃん。


 俺はそんな彼女の唇に、自身の唇を軽く重ねるのだった。

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