第24話 立ってられない

 今まで生きてきて、面と向かって誰かに告白されたことなんて一度もなかった。


 男の子にも、女の子にも。


 だからこそ、絵里奈が告げて来たその言葉を、私は上手く自分の中で処理し切ることができない。


 ――アタシの一番は、ずっと雪妃なんだよ?


 困惑する。でも、顔はすごく熱くなる。


 目の前にいる親友の顔をちゃんと見つめ返すことができない。


 え……。嘘……。どういうこと……?


 絵里奈が私に対して好きって……。


「ごめんね。いきなりだったよね。混乱しちゃうのも無理ないと思う。アタシ、色々先走り過ぎだし」


「あ……え、えと……」


 私が必要以上に困惑しすぎたのかもしれない。


 絵里奈は、どこか悲しそうに苦笑し、またまな板に向かおうとする。次の具材に手を伸ばそうとしていた。


「今の、忘れて? あと、気持ち悪かったら気持ち悪いって言ってくれていいからね。アタシ、雪妃の嫌がることは絶対したくないから。ね?」


「ち、違っ……! 絵里奈……私は……」


「……?」


 申し訳なさそうな表情のまま、絵里奈は小首を傾げる。


 ダメだ。上手く言葉が出て行かない。


 絵里奈が傷付かないようなこと、早く言ってあげなきゃいけないのに。


「あははっ……」


 必死に間違いのない言葉を探して、発しようともがいてると、絵里奈は私の頭をひと撫でしてくる。


「大丈夫。今すぐ何か返して欲しいわけじゃないよ。ゆっくりでいいから」


「っ……」


「とりあえず、先にカレー作っちゃお? ごめんね。私が手を止めさせて」


 そう言われて、私は小さく頷くしかなかった。


 でも、思う。


 今ここで作ったカレーは、きっとどんな手を尽くしたとしても、味があまりしないんだろうなって。






●〇●〇●〇●〇●〇●






 それから、私たちはぎこちないやり取りを続け、カレーを完成させた。


 出来栄えは完璧。


 でも、思った通りあまり味はしなかった。


 たぶん、美味しい。


 それより、私は絵里奈がさっきの話の続きをいつするのか、そこばかりが気になる。


 二人でテーブルに向かい合って座り、会話も途切れ途切れで、スプーンが食器にぶつかる音だけが今ここにあるもののすべてなんじゃないかとさえ思える。


「あっ……!」


 そんな折だった。


 緊張からか、私はスプーンを床へ落としてしまう。


「雪妃、大丈夫? 代え、いくらでもあるから使って? それはもう流しに出しておいていいよ」


「だ、大丈夫だよ。水で洗えば全然使えるし」


 言って、私は作り笑いを浮かべ、電気の点いていないキッチンへ小走りに向かう。


 カランを捻り、出てきた冷水でスプーンをゴシゴシした。


「いいのに。新しいの使っても」


「――!」


 びっくりした。


 そっと背後から声が聞こえ、振り返ると、すぐそこに絵里奈がいる。


 足音も、気配も何も無い。


 本当に、ずっと私の傍にいたみたいに、そっと声を掛けてきた。


「え、絵里奈……ちょ、ちょっと……あの」


「……? どうかした? 続けて? 新しいの使ってもいいけど、雪妃は洗うんだよね」


「……そ、そうだけど……」


 距離が近い。


 さっきよりも、断然。


「……雪妃……」


「ひゃぅ!?」


 後ろからそっと抱き着かれ、耳元でそっと囁いてくる絵里奈。


 体がビクッとし、息が荒くなる。


「……雪妃の髪の毛はいつも綺麗だね……。暗くても……手触りとかで綺麗なのがわかる。あと、いい匂い」


「え……絵里奈ぁ……や、やめっ……」


「あは。雪妃、もしかして耳弱い?」


「……」


 答えずにいると、絵里奈はクスッと笑って、


「それは初めて知っちゃった。こんなこと、名和くんは絶対知らないよね?」


 どうして名和くんがそこで出るの……。


 そう言いたいけれど、体に力が入らない。


 握っていたスプーンも手から落としてしまった。


 流しの中で転がる。


「……ねぇ、雪妃? アタシがさ、雪妃にエッチなこともっと知った方がいいんじゃないって言ったの、覚えてるよね……?」


 忘れるはずない。


 だって、それがきっかけで私は名和くんと仲良くなったんだから。


「あれね、アタシのズルい作戦だったの」


「……作戦……?」


「うん。作戦」


 やめて……耳元でこれ以上囁くの……っ。


 膝がガクガクしてくる。


 私はもうほとんど絵里奈に体重を預けてた。


 絵里奈がいなかったら、きっとその場に倒れ込んでる。


「ああ言ったら、雪妃はきっと真面目に色々知ろうとしてくれる。知ろうとして、たぶんアタシに色々聞きに来るだろうなって思ってた」


「……っ……」


「そしたら二人きりになれて、そこで雪妃に色んなこと、アタシ教えてあげるつもりだったの。本当に、本当に、色んなこと」


「ひぐっ……!」


 ダメ……!


 私の膝は遂に限界を迎えた。


 立ってられない。


 その場に座り込むけれど、雪妃は私を抱き寄せたまま、自分もそこへ座った。


 撫でられながら、本当に、絵里奈の思うがまま。


「でもね、雪妃ったら、全然アタシのとこに来なかった」


「ひぅっ……!」


「それどころか、近くにいるのはなぜか名和くんで、すごく仲良さそうにしてる」


「え……えりにゃっ……!」


「そんなの……そんなの嫉妬しちゃうよ……。全然思ってたのと違う。アタシの想定外」


 言いながら、絵里奈は私の唇を指でなぞる。


 もう、抵抗する力もなかった。されるがまま。


「だから……こうするしかなかったの。アタシの想い、全部言っちゃうしかなかった」


「……」


「雪妃……好き。大好き。本当に、本当に、好き。好きなの」


 またキス。


 舌の入った、私をめちゃくちゃにするようなキス。


 立てるはずなかった。


 しばらくはカレーを食べに戻ることもできない。


 私、今日はここで一夜を明かすの……?


 でも、それは……。


 そうなったら……。


「雪妃、アタシのベッド行こ?」


「……け、けど……私……」


「立てないんだよね?」


 頷くのが恥ずかしかった。


 でも、嘘なんてついてもバレる。


 ゆっくり、控えめに頷いた。


 絵里奈は恍惚の笑みを浮かべ、


「なら、いいよ。アタシが連れて行ってあげる」


「…………」


「雪妃はそのままでいいよ。身も心も、アタシに全部預けて」

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