第16話 月森さんとの関係
ファッション街にある店舗をいくつか見て回った後、俺たちはこれまたオシャレなカフェに入り休憩することになった。
現在の時刻は十二時を少し回ったところだが、二人と合流して約二時間ほど。
この時点で俺の体力は四分の三ほどがもう削れてる状態。
今日は恐らく夕方の六時くらいまで一緒にいるだろうから、もう死ぬ自信しかない。
月森さんも月森さんで、俺と何かやりたいって言ってたけど、未だそれっぽいことをしてこない。
これから何かアクションを起こしてこられるならば、本当に体力温存しとかないと。このカフェで少しでも英気を養おう。
そう思ってたのだが……。
「じゃあアタシは~……うんっ、決めた! スプラッシュピュアピュアミルクラテイチゴ風味のアイス、サイズはトールでホイップクリームのカスタマイズもお願いしまーす」
……呪文?
たかだか一杯の飲み物を頼むだけだろうに、聞き取れないレベルでペラペラと高速で何かを注文する冴島さん。
傍にいた月森さんも何やらよくわからない呪文を唱えながら爽やかなオレンジ風の飲み物を注文してた。
マズい。俺も何か頼まないと。
「名和くんは何にする? 甘いものから苦いものまで色々あるけど」
困惑してると、冴島さんから聞かれる。
「え、えーっと……どうしよっかなぁ……」
速攻で決めようと思ったのだが、如何せんメニューが多いうえに商品名も長い。
しかもなんだこの【ティターニァマウンテン】っての。コーヒーか? コーヒーなのか? そういう豆の種類から取ってんの? 直訳したら【妖精王の山】って意味だろうけど、ファンタジー世界のダンジョン名とかじゃないよな? 絶対違うよな?
「うーーーーーん……」
悩んでると、店員さんは微笑を浮かべたまま「ごゆっくりどうぞ」なんて言ってくれる。
けど、あんまりゆっくりもしてられない。
うしろには他の客が待ってるし、何なら月森さんと冴島さんも待たせてる。
早く……! 早く決めなければ……!
「え、えーと……」
決めかねてる時だ。
ふと、月森さんが俺に密着してくる。
そして耳元で――
「おすすめはこれだよ」
こそっとメニュー表を指差しながら教えてくれた。
甘い吐息と声に、思わず体の力が抜けそうになる。
思わず彼女の顔を見ると、にこっと笑みを投げかけてくれた。
か、可愛い……。
「あ、あの、じゃあ、これと……このサンドイッチを一つください……」
「はい。かしこまりました。では、少々お待ちください」
店員さんの決まり文句に促され、俺たちは商品受け取りのスペースに移動。
そこで注文したものを受け取り、席に着いた。
「……ねぇ、やっぱ怪しいよ。二人さ~」
「え?」
席に着くや否や、疑うような、ジトッとした目つきで俺を見つめてくる冴島さん。
「な、何が? 怪しい? ふ、二人?」
「名和くんと雪妃のこと。なーんかやっぱ妙に仲いいし、距離も近いよなーって。付き合ってるの?」
「つ、つきっ!?」
動揺して手に持ってたカップをこぼしかけた。危ねぇ。
「い、いや、別に付き合ってはないけど!? ね、ねぇ、月森さん!?」
「う、うん。付き合ってはない。……たぶん、仲はそこそこいい方だと思う……けど」
月森さんの言い方を見て、冴島さんは「へぇ~」と何か納得顔。
「男子の苦手な雪妃が『仲はそこそこいい方』ね~。ふぅ~ん」
「ちょ、あ、あの、変な勘違いはやめてよ!? 本当に俺たち……そ、その、仲が良い方……なだけだと思うから! うん!」
「うん。わかった。わかったよ、名和くん。よーくわかった」
絶対わかってないような言い方だった。明らかに俺たちの関係を疑ってるような言い方。ほんと待ってくれ。マジで。
「いやいや、別にいいんだよ? 仮にもしも名和くんと雪妃がそういう仲だったとしてもアタシがとやかく口挟むようなことじゃないし、雪妃が特定の男子と仲良くなるなんて、こっちとしてはすごく成長したなって思えて微笑ましいことだから」
「だ、だからほんと違くて……」
「あと、もし好きだっていうんなら色々聞きたいくらい! どうして名和くんなの、とか、名和くんのどんなとこが良かったの、とか、色々!」
「……(汗)」
向かい合ってるところから前のめりになって俺の方へ顔を近付けてくる冴島さん。
彼女の隣にいる月森さんはただひたすらに顔を逸らし、カップに入った飲み物を飲んでる。私には話を振らないでくださいみたいな、そんなオーラを出しながら。
「ね、雪妃。アタシ気になるよ~。雪妃が認めた男子、名和聡里くんの魅力がどんなどころにあるのか。アタシが気付いてないところにも目を付けてそうだしね~」
「……たくさん……あるのはあるよ?」
あぁ……! また要らないことを……!
「おぉぉ! やっぱり!? やっぱりそうなんだ! へぇぇぇ~! 聞きたいな、聞きたいなぁ~! 詳しく聞かせて欲しいなぁ~!」
あぁぁ……ほら見たことか……。めちゃめちゃ食いつかれてる……。
「いいけど……ここじゃ無理。名和くん本人の前で言うとか……その……無理だし……」
頬を朱に染めながら言う月森さんを見て、俺はもうどうリアクションすればいいのかわからなかった。
今度は俺が話を振られたくないみたいに顔を逸らし、カップに入った飲み物をひたすら飲む。
なんでこんな話題にいきなりなったんだろう……。体力温存しときたかったのに……。
「じゃあ、じゃあ、雪妃。この三人デートが終わったら、夜に名和くんのいいとこLIMEで教えてね。こっそり。ふふっ」
俺を見ながらニヤニヤして言ってるそれのどこがこっそりなんだろう。勘弁してくれマジで……。
月森さんにも後で言っとかなきゃ。俺のいいところなんてそうそうないし、言ってくれたとしても事実だけでお願いします、と。盛るのは禁止ですよ、と。
そしたらいいところのあまりの少なさに冴島さんは言葉を失って、次から変な勘違いとかもしなくなるだろう。もしかしたら『こんな男と雪妃を一緒にいさせるわけにはいかない!』とか言って牙向いてくるかもしれないけど、事実なので仕方ない。そもそも俺なんかが月森さんと色々してられること自体奇跡なんだ。現実を受け入れる覚悟はできてる。俺に死角はない。
「ちょっとごめん。盛り上がってるけど、私少しお手洗いの方に……」
「あ、うん。いってらー、雪妃」
手を振って、お手洗いに行く月森さんを見送る冴島さん。
俺は冴島さんと二人きりになってしまった。気まずい。
「むふふっ。でもそっかー。そうなんだー。雪妃と名和くんは仲良しなんだねー。ふふふっ」
「いやあの、ほんと色々誤解だけはお願いですから避けて頂けると……」
「大丈夫だよ。誤解なんてしないって。アタシは現実だけを的確に見抜きますのでー。ご安心を」
綺麗なカラコンの入った瞳を指差しながらそう言う冴島さん。不安でしかなかった。先が思いやられる。月森さんと二人でエッチなことの勉強してます、とか口が裂けても言えないし。はぁ……。
「……でも、現実だけを見抜くから、色々苦しい時もあってね。もしかしたら、それが今なのかなー、とか思ったり……」
「え?」
「あ、ううん。こっちの話。何でもないよ。気にしないで」
言って、何でもない風に手を横に振りながら笑う冴島さん。
何でもないことはないだろ。今、明らかに表情が陰って、苦しい時が今だなんて言ってたし。
友人関係のことだろうか。それとも……もしかして、月森さんのことについて?
「……気にしないでって言われると気にはなったり……するかも。人間の性といいますか……」
「……あはっ。もしかして、気遣ってくれてる?」
「別に。ただ興味本位だし、ズルいなって思うから。月森さんに俺のことこっそり聞くくせに、冴島さんは俺に自分のこと話してくれないとか」
自分でも何言ってるんだ、とは思った。
陽キャ女子の余計で面倒なことに首を突っ込む必要なんてどこにもないだろ、と。
雰囲気に乗せられたのかもしれない。
とにかくよくわからないけど、気付けば俺は彼女にそう聞いてた。どうしたのか、と。陰キャのくせに。
「……いいのかな? アタシ、名和くんにこんなこと言っちゃって」
苦笑しながら言う冴島さん。
「そんなの俺にはわかんないけど。言えないんなら言えないでもいいよ。俺の問いかけとか、興味本位でしかないし、ただの会話の一環みたいなとこあるから」
「……だけど、雪妃の心を奪った君だもんね?」
「だから心奪ってませんから……」
思い切り誤解してるじゃん……。
冴島さんは一つ息をつき、伸びをしてから、意を決するような顔つきで言った。
「……大したことじゃないんだけどね。ちょっとだけ聞いてくれる?」
俺は彼女のその言葉に対し、サンドイッチを食べながら小さく頷くのだった。
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