第36話イリス王女視点

 私、イリス・ド・モンティーヌの婚約が正式に決まったのは十歳の時でした。

 この縁組は五歳の頃に持ち上がっていましたが、両親を始めとする親族一同が大反対していたため縁組の話が中々進まなかったのです。



 叔母様の件が尾を引いているせいでした。


 それでも婚約が締結されたのには偏に神殿の圧力でしょう。

 如何に大聖女の国でも神殿全てを敵に回す事はできません。


 ロベール王国の現国王陛下は、モンティーヌ聖王国と関係修復を果たすために叔母様の件を公的に謝罪なさいました。



『ロベール王国を許さなくても構いません。ですが、この世界のために人々のために婚姻を受け入れていただきたい』

 

 国王陛下のその言葉と真摯な態度に最終的には謝罪を受け入れる形で婚約が成立いたしました。

 

 叔母様は最後まで反対されていましたが、お父様の「本当の意味で謝罪を受け入れた訳ではない。イリスのロベール王国滞在については細心の注意を払う」という言葉に従い渋々と受け入れたようです。

 そして、今回の婚約に関して叔母様は一つの条件を出されました。


 両国はそれを受けいれ、私はロベール王国へと旅立ったのです。

 









 叔母様の心配も分からない訳ではありません。

 ですが、私は知っています。ロベール王国がどれだけの努力をしてきたのかを――――


 この百年、失墜した王国の信頼回復の為に様々な改革を行っていました。

 現国王陛下は今も国の信頼回復に尽力されていらっしゃいます。

 

 百年前の一人の王太子によって引き起こされた不祥事から今なお、立ち直っていません。

 叔母様の元婚約者。

 クロード王太子殿下には母親違いの兄君がいました。側妃を母に持った第一王子殿下は成人後に臣籍降下なさり、母方の辺境伯爵家を継いでいましたが、クロード王太子殿下が廃嫡されたことにより立太子されたと歴史書に書かれていました。非常に優秀だと評判の高い方で、この方が最初から王太子だったならばロベール王国の歴史は変わっていただろうとすら言われています。今のロベール王家はその第一王子殿下の血統なのです。


 第一王子殿下は『善王』と呼ばれています。

 実を言いますと、この『善王』から非公式ではありますが聖王国に謝罪があったと両親から聞きました。

 誠実な人柄だったと伺いました。

 『善王』の存在がロベール王国を持ち堪えさせていると仰っています。

 『善王』でなければ王国はとうの昔に滅びていたとも。

 

 両親は『善王』の存在があったからこそ、かの国を静かに見守っていたのでしょう。歴史教科書に書かれていないことまで詳しく知っていましたから。両親やおじい様達と違って叔母様はロベール王国に関する最低限の情報しか持っていませんでした。本人が知る必要がないと判断なさったのか、家族が意図的に情報を制限してきたのか分かりません。


 叔母様の「あの国とは関わりたくない」という気持ちも理解できます。


 しかし、このままではいけないと、両親は分かっていたのでしょう。

 だからこそ、聖王国は因縁のあるロベール王国との和解に乗り出したのです。

 私との婚約でロベール王国に対する各国の批判や嘲笑も徐々に風化していく事を期待しているのかもしれませんね。


 






 

 

 ロベール王国のシャルル王太子とはそれなりに良好な関係を築いていたと思っていたのですが。どうやらシャルル王太子は違っていたようです。


「すまない。私には愛する人がいる」


 頭を下げる彼と、その横で申し訳なさそうな顔をしながら勝ち誇った目をしている少女に呆れるしかありませんでした。

 彼らは自分達が何をしているのか理解していないのでしょうか?

 

 叔母様の嫌な予感は当たってしまいました。


 このような人通りの多い場所で言うセリフでしょうか?

 何故、学園のカフェテリアでそのような事を言うのか理解に苦しみます。周囲をごらんなさい。先ほどから聞き耳を立てている生徒の半数以上が真っ青な顔で今にも倒れそうではありませんか。


 




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