第26話 魔王的常識

 少し間を置いた後、ひいらぎは説明を続ける。


「今のミツキは焦りのせいか、目標に追いつこうと無茶ばかりするようになった。すぐに深層に向かおうとするし、目を離せば一人でダンジョンに入る始末」


 柊は「はあ」とため息をつき、俺を見た。


「それがどれだけ危険なことか、わざわざ説明する必要もないだろう? ダンジョン内で自分から格上に挑んだり、ソロで探索しようとする物好きなんてそうそういるはずもないからね」

「……ソウデスネ」


 なぜか他人事とは思えなかったので返答がぎこちなくなってしまった。

 柊は特に気にならなかったのか、そのまま言葉を紡ぐ。


「いずれにせよそういうことだ。今の冷静さを失ったミツキを深層に連れていけば、彼女だけじゃなく他のメンバーまで危険に陥る。だからどうか、しばらくは彼女に無理をする理由を与えないでくれ」

「……ふむ」


 真摯しんしな願い。

 この柊という女性は心からミツキのことを思い、そう頼んでいるのだろう。


 ――だけど。

 今の話を聞いて俺が感じたことは正直、彼女とは全く異なることだった。


 けれどまあ、今は俺の感想についてはどうでもいいか。


「分かった。とりあえずアイツにはもう魔道具を売らないし、そうするよう職員にも伝えておくよ」

「感謝する」


 話を聞かせてもらった以上、柊との約束を破る気はない。

 こちらからも情報を教えてくれたことに感謝を告げた後、今後こそ探索者ギルドを後にした。


 そして、


「……とにかく、ダンジョンにでも行くか」


 そう呟いた後、俺はガレリスダンジョンに向かうのだった。



 ◇◆◇



 ――【ガレリス中級ダンジョン中層】――



 数時間後。


「はあッ!」

「……本当にいるとは」


 なんという偶然か。

 ダンジョンの中層を探索していると、たった1人でモンスターの群れと戦うミツキの姿を見つけた。


「はあっ、はあっ」


 汗をダラダラと流し、握力もなくなっているであろう状態で剣を振るい続けるミツキ。

 先ほど柊から聞いた事情に、彼女をあそこまで駆り立てる何かがあるのだろう。


「――せいっ!」


 最後の一振り。

 襲い掛かってくるハイオークを両断しモンスターの波が途絶えたタイミングで、ミツキは俺の存在に気付いた。


「あなたは確か……」

「神蔵だ、久しぶりだな」


 そう挨拶すると、なぜかミツキは怪訝そうな表情を浮かべる。


「何か用?」

「いや、だいぶ頑張ってるんだなって思って眺めてただけだ」

「……ストーカー?」

「違う」


 なんって失礼な奴だ。

 ちょっと知り合いから交換条件でお前の情報を聞き出して、どこかのタイミングで会えたらいいな~っと思ってダンジョンに来ただけだというのに。

 それでストーカー扱いとは。まったく常識のない奴だ。

 魔王大憤慨。


 などと考えている間に俺への興味を失ったのか、きびすを返して震える足で先に進もうとするミツキ。

 そんな彼女に向けて話しかける。


「そんな無理をしてまで、追いつきたい相手がいるんだってな」

「――ッ!」


 するとミツキは血相を変えてこちらに詰め寄ってくる。


「誰に聞いたの? 瀬名さん? いえ、あの人にはそこまで話したことはないし……」

「お前のパーティーのリーダーからだよ」

「柊さんが!? そんなことをするような人じゃないと思ってたのに、最悪……っ!」


 ふむ、これは言わない方がよかったかもしれない。

 まあそんなことより、


「一応忠告しておくと、それ以上無理をすると死ぬぞ」

「っ、分かってるわよ、そんなこと!」


 腕を大きく振り払いながら、ミツキはそう叫ぶ。


「それでも、限界を超えてでも頑張らなくちゃ姉には……あの人には追いつけないから、やるしかないの! そもそもあなただって、中級探索者になったばかりなのに一人で中層に来てるじゃない! そんなこと言われる筋合いはないわ!」


 もっともすぎて、言い返しようがない。


「そんな細かいこと気にすんなって」

「バカにしてるの!?」


 してないんだけど、なぜか怒られてしまった。


 ミツキは怒った様子で続ける。


「あなたも私を止めるの? 無謀だからって、身の丈にあったレベルに挑めって」

「いや、止めないが?」

「……は?」


 素直な気持ちを返してやると、なぜかミツキはきょとんとした表情のまま固まった。


 そう、俺はミツキの様子を見てからずっと、これだけは伝えたかったのだ。

 無謀だから身の丈にあったレベルに挑むのが正解? そんなのは確信を持って違うと断言できる。


 俺が作ったダンジョンとは、遥か強敵魔王に挑むため、様々な脅威を乗り越えながら高みへと突き進んでいくもの。

 それをなんだ、安全を考慮して危険のないエリアをじっくり進む?

 そんなの、つまらないに決まっているではないか。


 その点ミツキは、今もなおみずからの限界に挑戦し続けている。

 ああ、それは魔王的常識からして――最高の行動じゃないか!


 そう確信しているからこそ。

 俺はミツキに向かって力強く宣言した。



「何度でも言ってやる。自分を上回る遥か強敵に挑むその心意気は素晴らしい。他の誰が否定しようと、大魔王この俺が認めてやる」

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