第25話 ミツキの事情

 マスター・メイジ討伐後、ダンジョン内を歩いて帰宅する途中。

 曲がり角の向こう側から、不意に別のパーティーの話し声が聞こえてきた。



「もっと先に進みましょう、今のあたしたちならいけるはずです!」

「いや、しばらくはこのまま中層の探索を続ける。無理だけはよくないからな」



 ……ふむ。

 何やら揉め事の気配を感じたため、顔だけを出してちらりと様子を窺う。

 すると、


「あいつは……」


 見たところパーティーの数は5人で、話し合っているのはそのうちの女性2人だけ。

 そして俺は、その一方に見覚えがあった。

 つい先日、探索者ギルドで魔道具の検証に付き合ってくれた黒髪が特徴的な少女――ミツキだ。



「大丈夫ですよ、今のあたしたちなら! それにもしもの場合でも、新しく手に入ったこの魔道具があれば何とかなるはずです!」

「魔道具一つじゃどうにもならん。それに魔術なら私が使うので十分だろう」

「いいえ、この魔道具ならひいらぎさんと同じ火力の魔術を半分以下の魔力量で撃てるんです! パーティーの戦力増強にも繋がります!」



 ……ん? 魔道具?


 何やら気になるワードが飛び出してきたが、とりあえず続きを聞くことにする。



「馬鹿を言うな。魔道具による戦力増強には限度があるし、魔力消費が半分以下とはいえ結構な量だろう。いまのウチにそれだけの魔力を回せる余裕はない」

「剣士のあたしなら普段の魔力消費は少ないですし、問題ありません! だからあたしたちも深層に――」

「くどいぞ、何度も同じことを言わせるな」

「――ッ」



 どうやら、話し合いはそこで終わったようだ。

 まあどちらかと言えば、難易度の高い深層に挑もうとするミツキを、リーダーらしき女性――ひいらぎと呼ばれていた彼女がただいさめていたようにも見えたが。


「それにしても、この魔道具さえあれば……か」


 数日前のことを思い出す。

 実は受付の瀬名せなに20個の適応型てきおうがた魔術石まじゅついしを売却する際、ミツキから自分にも幾つか売ってほしいと懇願されたのだ。


 検証に付き合ってくれたお礼の気持ちもあり、そのうちの2つを直接ミツキに売ったという出来事が実はあったわけだが……


 まさかそれを頼りに、パーティーを巻き込んで高難易度の深層へ挑もうとしていたとは。

 冷静沈着な性格だと思っていたが、どうやらかなりワンパクな一面を持っているようだった。

 個人的には嫌いではない。

 が、一般的に受け入れられる提案ではなかったのだろう。


「…………っ」


 パーティーの最後尾に立ち、悔しそうな表情を浮かべながら歩くミツキの姿が、やけに印象に残るのだった――



 ◇◆◇



「ありがとうございます、神蔵さん! 在庫が切れてからも購入希望者が後を絶たなかったので、すごく助かりました!」


 翌日。

 俺は探索者ギルドから直々に依頼され、適応型魔術石を新たに20個納品しに来ていた。

 魔術石を受け取った瀬名が、嬉しそうに表情を綻ばせる。


「まだまだ購入希望者の数には足りないので、幾らでも持ってきてくださいね!」

「時間がある時でよければ」

「はい、それでも構いませんのでよろしくお願いします!」


 金はいくらあってもいい。

 また時間に余裕ができたら作って持ってくるとしよう。


 そう思いながら探索者ギルドを後にしようとした次の瞬間だった。



「どうするリーダー? ミツキを抑えるのももう限界だぞ」

「俺たちの平均レベルも60を超えたんだし、そろそろ深層に潜ってもいいんじゃないか?」



 併設された待合室から、知っている名前が聞こえてきた。

 視線をそちらにやると、昨日ミツキと一緒にいたパーティーの四人がテーブルを囲っていた。

 ミツキから柊と呼ばれていた女性もいる。

 様子を窺うに、どうやら彼女がパーティーのリーダーのようだ。


 パーティーメンバーの提案に、柊は首を横に振る。


「いいやダメだ。このパーティーを作る以前、私も他のパーティーで深層に挑んだことがあるが、難易度が一気に跳ね上がるんだ。そもそも今回はレベル以前の問題で、今の冷静さを失った状態のミツキを連れて行く気にはならない。強さを追い求めるのはいいが、まずは安全こそ第一に考えなくては」


 ふむ。

 昨日見かけたときにも感じたが、どうやらミツキには特別強くなりたい事情があるみたいだ。

 だけどその姿を見て柊は危険を感じ、何とか説得しているといったところだろう。


 と、そんなことを考えていると――


『発売直後に売り切れた例の火力変動型魔道具について、今から追加分の販売を行います!』


 ギルド全体に瀬名のアナウンスが響き渡る。

 するとその直後、ギルド内から大量の探索者が受付に駆け寄っていった。



「追加分が来たのか!? 10個売ってくれ!」

「ばかっ、独り占めする気か! こっちには5つだ」

「おい、並んでる数が見えねえのか!? さっさと後ろに順番を回せ!」



 そう言って集まってきた探索者は、軽く20人以上いた。

 瀬名から依頼されたときに聞いてはいたが、まさか本当にここまで需要があったとは少々驚きだ。


 すると、テーブルに座ったまま横目でその様子を見ていた柊が少し険しい表情で口を開く。



「また魔道具の販売と来たか」

「確かアレって、ミツキが持ってきたやつだよな?」

「ああ。何でも本人曰く、魔道具を見つけた張本人から買い取ったと言っていたが……まったく、まさかそれを説得材料に持ってくるとは。発見者には何の罪もないが、少し文句を言いたくなる気分だよ」

「いいぞ、言っても」

「……ん? 君は?」



 ちょうどいいタイミングだったため、柊に話しかけてみた。



「いま言ってただろ? ミツキに魔道具を売った奴に文句を言いたいって。それが俺なんだ」

「……そうか、すまない。今の言葉が耳に入ってしまったかな。気を悪くしないでもらいたいんだが、決して君を責めたいわけでは」

「分かってる。それより今話していたことについて少し聞かせてくれないか? 魔道具を直接売った手前、ミツキの事情が少し気になってな」



 そう尋ねると、柊は怪訝けげんそうに眉をひそめる。


「……そんな理由で、私から仲間の情報を聞き出そうと?」

「ああ、アイツが強くなりたくて焦っているのは知っている。それで魔道具を頼りに無茶をされて何か起きたりしたら、俺としても思うところがあるからな」


 俺の魔道具を使ってなにモンスターに負けてんだお前、とか色々と。


 そんな真摯しんしな俺の願いが伝わったのだろうか。

 柊はしばらく俺の目を見つめて何かを考え込んだ後、一つ提案してくる。


「全てをつまびらかに伝えることはできないが……事情を知って納得すれば、これから先ミツキに魔道具を売らないと約束してくれるか?」

「ああ、いいぞ」


 すると柊は諦めたようにゆっくりと息を吐いた後、告げた。



「言ってしまえばよくある話だ。ミツキはある存在を追い越すという目的で探索者を続けている」

「目標があるのはいいことじゃないのか?」

「その辺りの事情は少し複雑でね。ミツキにとってはその目標が追い風ではなく足枷あしかせとなってしまっているのが現状なんだ」

「…………」

「身に過ぎた力を求めるなど、危険が増すばかりでいいことなど何もない。かつての彼女のように、もう少し冷静になってほしいものだが……」



 柊はいつかの思い出を振り返るようにして、そう呟くのだった。

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