オマセな間瀬拓真は解きました

平葉与雨

第1話 不気味な栞

 図書室内で読まれた本は元の位置に戻されないことが多々ある。

 近くの本棚や似たようなジャンルの本が置かれているところに、そっと置いた経験は誰しもあるだろう。

 この学校も例外ではなく、上巻があっちにあったり下巻がこっちにあったりということがままある。


 ***


 ———ある日の放課後。


「ごめんね、委員会活動の日じゃないのに」

「大丈夫です」


 図書委員である拓真たくまは、図書室で前から所在が分からなくなっている数冊の本を探していた。これは明日に控える蔵書点検のためである。


「あっ、あった」

「おっ、間瀬ませくん見つけた〜?」

「はい」


 体型は平均的で顔は整っているがまだ子どもらしさが残っている。言動にはどこか大人びた雰囲気がただよっており、中身を疑いたくなる不思議な小学5年生。それが間瀬拓真である。


「ちなみにどれだった〜?」

「『五階のサセル』です。歴史コーナーに置いてありました」

「あはは〜、全然関係ないわね〜」

「ですね。それより、先生もそろそろ手伝ってくださいよ」

「ごめんね、あとちょっとで終わるからもう少し2人で頑張って〜」


 図書室に常勤するこの先生は今年で28歳になる綿谷わたや実和みわ。髪はこげ茶色でセミロング。ゆるやかなれ目が特徴的だ。


「だそうです」

「分かりました」

「あと4冊か……」

「まだまだ時間が掛かりそうですね」

「はぁ、頑張りましょう」

「はい」


 この物静かな少女は、もう1人の図書委員である6年生の利倉りくら詩織しおりだ。後ろ髪は肩にかかるくらいで前髪は目が隠れるほど長い。誰に対しても敬語を使うため少し大人な雰囲気がある。


 拓真と詩織は背中合わせで会話をしながら本を探している。


「それにしても本当に広いですよね、この図書室」

「そうです……かね。6年目なので慣れてしまいました」

「まぁそうですよね」

「他の学校はどうでしたか?」

「全然ですよ。せいぜいここの半分くらい。ここは広過ぎです」

「そうですか。ではこの学校に通えて良かったです」

「今もそう思いますか?」

「……ふふっ、はい」


 この学校の図書室は第2校舎3階の端に位置していて、近くに教室はなく校庭から離れているためとても静かだ。部屋の大きさは通常の教室の数倍。さらに蔵書数は1万冊を超えており、1日に4冊読んでも6年間では読み切れない。読書好きにとっては最高の環境と言える。


「利倉さんならそう言うと思いました」

「間瀬君は、この図書室は嫌いですか?」

「好きですよ。でも今この瞬間は嫌いです」

「ふふっ、そう言うと思いました」


 見ていた列に目的の本が無かったため、2人は隣の列を探し始めた。


「知ってますか? この図書室は小さな図書館って呼ばれているんですよ」

「小さな図書館……みょうですね」

「本当にそうですよね」

「……利倉主任、従業員を雇いましょう」

「え?」

「いや、何でもないです」

「あっ、見つけました!」

「やった……あと3冊だ……」

「向こうに持って行きますね」

「自分が行きますよ。ついでに先生を引っ張り出してきます」

「ありがとうございます。ではお願いします」


 拓真は詩織から本を受け取り、綿谷のもとに行った。


「先生、利倉さんが見つけましたよ」

「ありがと〜。じゃあ、あと3冊だね〜」

「1人1冊ですね」

「・・・」

「先生」

「そんな顔しないでよ〜」

「早く見つけないと1人で3冊探すことになりますよ」

「えっ、もうそんな時間?」

「はい」

「よし、探しましょう」


 下校時間が近づいていることに気付き、綿谷も本の捜索を始めた。


「さてさて、どこにあるのかな〜」

「そっちの列には無かったですよ」

「あっ、そうなの。じゃあこっちか〜」

「先生、その列にもありませんでした」

「えー、ならあっちか〜」

「じゃあ自分は右奥見てきます」

「では私は左奥を見ますね」


 3人は別々の場所を探し始めた。

 流れが変わったのか、綿谷が加わってから5分ほどで拓真が1冊見つけた。

 そしてその数分後、綿谷も1冊見つけた。


「あったー! これであと1冊ね〜」

「最後は『鏡の国のタヌキ』ですね」

「さぁ、早く見つけて——」


 綿谷の言葉を遮るように、喜びの声が上がった。


「あっ、ありました!」

「本当に!?」

「はい、こちらに!」

「終わったー!」

「良かった〜、間に合って。2人ともありがとね〜」

「いえ」

「ふー、帰ってゲームしよー」

「間瀬くんは本当にゲームが好きね〜」

「じゃあ、お先に失礼します」

「はーい、さようなら〜」


 拓真が帰ろうとした時、詩織の声が耳に入った。


「これは一体……」

「どうかしました?」

「見てください」


 詩織が拓真に見せたのは、不気味なしおりだった。

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