【外伝】拝啓、10秒後の自分へ。

上村栞(華月椿)

第1話

俺、日陽朔は悩んでいた。

目の前で文句をぶつぶつと言いながらたい焼きを食べる皐月琴葉の前で悩んでいた。

言うべきか、言わざるべきか。

それが問題だ。


ハムレットに登場する有名なセリフのもじりを俺は頭の中で繰り返した。言ってみると少しかっこいい。何度か繰り返した。心のなかでだけ。


認めるべきか、認めざるべきか。

それが問題だ。


俺はもう一度言った。

心のなかでだけ。


ハムレットといえば先輩が2032年版のオーディションに落ちて鬱になりかけてたな。俺はその話を聞きながらごま油で揚げた唐揚げを貪ってたっけ。


いや、それどころではない。俺は心中だけで自分の頬をひっぱたき、口を開いた。


「ねえ琴葉、俺たちって幼馴染だよな?」

「うん、そうだけど」


餡をご丁寧にスプーンでたい焼きから取り除きながら琴葉が言った。俺の目の前に置かれているカスタードクリームのたい焼きを恨めしそうな目で見つめている。

相変わらずだな、と顔に出さないように俺はため息を付いてスマホを握りしめた。


「なんで俺たちってこんなに恋人に見られるわけ?」


俺はTwitterを表示したスマホ片手に呻いた。

Twitterの画面には『日陽朔 皐月琴葉 恋人』と検索が掛けられ、呟きにはすべてこの二人の恋愛について書き込まれている。


「いくらドラマや劇で恋人の役やってたって、プライベートでずっと一緒にいるからって、なんでそんなに恋人にしたいんだよ…」


どうしようもないほど恥ずかしすぎる。

俺は顔を真っ赤にして蹲った。琴葉が艷やかな茶髪を揺らして笑った。小馬鹿にしているような笑い方なのに、可愛らしく見えるのがなんとも皮肉である。


翠川高校の芸能コースでも普通コースでも男子生徒にモテまくっている琴葉がしつこく俺と一緒にいるものだから、ネットでもリアルでもこう言われるのは当然といえば当然だろう。


「まぁ、こんな美人と一緒にいれば朔が私と付き合ってるって思うのは当然じゃない?」


得意気に言う。俺も琴葉を可愛いと思ってしまっているのも事実なのでなにも言えない。埃が光に反射して、琴葉の姿が柔らかく霞む。


「というかさっきからずっと言おうと思ってたんだけどさ、髪の毛に埃付いてるよ」


琴葉が俺の髪の毛に手を触れて埃を取った。顔が想像以上に近く、不本意に顔がまた熱くなる。琴葉は気づく様子も全く無く埃を床に飛ばした。


「それだって琴葉!それだって!それを外でもやるから俺たちは誤解されるんだよ!」


一際大きな声で俺は手を前に突き出して言った。顔を隠すようにそっぽを向く。

琴葉がどんな顔をしているのかはわからないが、おそらく小首でもかしげて不思議そうな顔をしているはずだ。


「もう本当に分かってないな」

琴葉はなぜかため息を付いて寂しそうにそう呟いた。


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