第24話 番外編 アマーリエの恋 辺境の地2

「アマーリエ、手紙……読んでないよな?」


 アルフォンス様はぼそっと呟くように私に話した。


「はい。読めなかったわ。ミリー嬢の事を書いているのかと思ったら読めなかった」


「うん、あの女のことを書いていた」


 やっぱり……ん? あの女?


「あの女って? 婚約者なのに?」


「こ、婚約者?」


 アルフォンス様、声が裏返ってるよ。そんなに驚かなくても。


「婚約者だって私に言っていたわ。だから近づくなって。私が他国の王女だから無下にできないだけで迷惑してるって」


 あら、なんで私こんなにペラペラ喋ってるの?


「そうか、そういうことか」


 そういうこと? 何よ。


「あの時ちゃんと話すべきだった。我が国の問題に君を巻き込みたくなくて何も話さなかったのだが、すでに巻き込まれていたのだな」


 我が国の問題? 何を言っているの?


 馬車の中の空気が変わった。


「到着したみたいだな。話は辺境の地の魔獣退治が済んでから全て話す。私は婚約者はいない。あんな女が婚約者の訳がない。私が好きなのはアマーリエだけだ。行くぞ!」


 はぁ? 何、なんかすごいこと言われたような気がしたのだけど。


 私はアルフォンスにエスコートされて馬車から降りる。


「アマーリエ様!」


 ゾイゼ卿が出迎えてくれた。辺境伯の邸に足を踏み入れると血と消毒薬の匂いが鼻についた。


「ご覧のありさまです。これを見てもロルフ殿下は大した事はないとおっしゃるのでしょうか」


「この様子を見て大した事ないと言ったら殴ってやるわ」


「アマーリエ、いつもの調子が出てきたな」


 アルフォンスがくすっと笑った。


「ゾイゼ卿、お父様は?」


「奥にいます。回復魔法をかけてもらっているのですが、魔導士達も疲弊していてなかなか……」


 ゾイゼ卿は俯いた。


「私がやるわ」


「私も援護しよう」


 私達は奥の部屋に行きゾイゼ卿のお父様の姿を見て絶句した。鋭い爪でえぐられたような痕、巻かれた包帯には地が滲んでえんじ色になっている。


「アマーリエ、しっかりしろ!」


「しっかりしてるわ!」


「よし、じゃあ始めよう」


 私は回復魔法をくりだす。その魔法にアルフォンスが魔法を被せていく。部屋中が光に包まれて眩しくて目が眩みそうになる。


「扉や窓を開けてくれ! 軽症な者ならこの光で治るはずだ!」


 アルフォンスが叫んでいる。


 部屋にいた騎士達や魔導士達は慌ててあちらこちらを開け出した。


「まだ力が残っている魔導士は我々の魔法に回復魔法を被せてくれ!」


「はい!」


「わかりました!」


 アルフォンスの呼びかけに何人かの魔導士の回復魔法が加わる。


「アマーリエ大丈夫か?」


「大丈夫よ。アルフォンスこそ大丈夫?」


「あぁ、大丈夫だ。辺境伯殿を死なせなら伯父上に殴られるからな。伯父上と辺境伯殿は友達らしい」


「そうなのね。私も辺境伯閣下の令嬢のアーニー様とはいつも朝の鍛錬を一緒にやってる仲間なのよ。その人のお父様なんだから絶対助けるわ」


 私はより力を込めた。


 欠損した部分が戻ってきた。傷口も塞がってきたようだ。


「もう大丈夫だ。みんなありがとう」


 アルフォンスが声をかける。



「アマーリエ様、こんなにすごい回復魔法を始めて見ました。父だけでなく、この敷地内にいる怪我人は皆回復したようです」


 ゾイゼ卿は顔が涙でぐしゃぐしゃだ。私もこんなすごい回復魔法は初めてだ。



「アーニー嬢、伯父上や公爵家の騎士団はどこに?」


 アルフォンス様がゾイゼ卿に尋ねる。


「魔獣の討伐に行かれました」


「魔獣の発生地はわかりますか?」


 辺境伯閣下がベッドから少し身体を起こした。


「北の森の泉です。北の森は瘴気が酷くて、なかなか浄化できていない状態です。」


「浄化か……」


 アルフォンス様は呟く。


「マインラートを連れてくるよ。伝書バードを飛ばして場所を確定する」


 アルフォンスは伝書バードを取り出し飛ばした。


「マインラートは浄化の力に優れている。私がマインラートを連れてくるから、アマーリエはマインラートと泉の瘴気を浄化して穴を封印してくれ。浄化できる魔導士は力を貸して欲しい」


「アルは?」


「私は戦闘に加わるよ。攻撃魔法は得意だからね」


 そうか、アルフォンスは攻撃魔法が得意だったなぁ。


「アルフォンス殿下、マインラート様から連絡がきました。現在地はここです」


 ゾイゼ卿も慌てた様子だ。


「では、行くよ。すぐ戻るからまっていてくれ」


 アルフォンス様は粒子になり消えた。


「アマーリエ様、ありがとうございます。アルフォンス殿下と繋いでくださり本当にありがとうございます。ロルフ殿下ではあんなに動けませんし、父をあそこまで治すことは無理でした」


「私もアルがあそこまでデキる男とは思ってなかったから驚いたの」


「惚れ直しましたか?」


 へ?


「いや、私達はそんなんじゃないわ」


「え~、どう見てもそんなんですよ。って、私見えちゃうんです。縁の糸が。ふふふ」


 縁の糸? ふふふ?


「アーニー、殿下をからかうのもいい加減にしなさい。ほら、粒子が現れてきた、そろそろくるぞ」


 辺境伯閣下が指先方を見ると確かに粒子が形になってきている。


 転移魔法ってこんなふうに現れるのね。初めて見た。


 粒子がだんだん大きくなり、あっという間にアルフォンスともう一人の男性が現れた。


「アーニー! 遅くなって申し訳ない。私は絶対転移魔法ができるようになる。今回のことで誓った」


「マイン様~、お会いしとうございました」


 ガシッと抱き合うふたり。


 辺境伯閣下をふと見ると、呆れた顔をしている。


「ふたりはそういうことなの?」


「らしい」


 アルフォンスも生暖かい目だ。


「取り込んでいるところ申し訳ないが、北の森の泉に行くぞ。転移魔法ができる者はできない者をサポートしてくれ」


 そう言うとアルフォンスは私を後ろから抱きしめた。


「行くぞ」


 視界が歪む。


 瞬きをしたらそこは北の森の泉のほとりだった。確かに瘴気が凄い。息をするのも大変だ。


「マイン、あとは頼む。私は魔獣のところに行く」


「あぁ、浄化する」


「アマーリエ、戻ったら話をしよう」


「はい」


 なんだかよくわからないけど、私の誤解みたいだし、素直になろう。


「気をつけてね」


「あぁ、怪我したら回復魔法を頼む」


「嫌よ、怪我なんてしたら話してやらないわ」


 アルフォンスは赤い顔をしている。


「おふたりさん、イチャつきたいのはわかるけど、先にやることをやってしまおう。早く片付けて私もアーニーとイチャイチャしたいからな」


 マインラート殿下に冷めた目で言われた。


「じゃあな」


 手を振りながらアルフォンスは粒子になり消えた。


 泉のほとりにはマインラート殿下、私、魔導士が10人程いる。


「こんなに濃い瘴気は初めてだ。スタンピードのはじまりかもしれない。早く浄化してしまおう」


 手をかざして何かを探している。私も鑑定魔法で泉を見る。


「そこだ!」


「そこね!」


 同じ場所を指差す。


「アマーリエ嬢、今見えた核に浄化魔法をぶっ放してもらえるか? 私はかそこに魔法を被せる。皆も被せてくれ」


 私は力を込めて浄化魔法をくりだす。


「お~、やるね。さすがアルの思い人だけある。うちの馬鹿弟や調子乗りの親達のことなんか無視したらいいよ。私が押さえ込むから。さぁ、さっさと片付けて帰ろう」


 そんな無駄口を叩きながらマインラート殿下はしれっと浄化魔法を重ねる。他の魔導士達もどんどん重ねていく。

 何人かの魔導士は泉からこぼれ出てきた魔獣を駆除しているようだ。


 私達の繰り出す浄化魔法で泉の水が一旦外に出、泉の真ん中に開いた穴を見せる。その穴目掛けて魔法を送り込む。穴からは灰色の瘴気が溢れ出ていたがだんだん少なくなってきているようだ。


 マインラート殿下がなにやら呪文を唱え始めた。


 穴の上を覆う透明の膜のようなものが見える。そしてその幕は泉の底全体を覆う。


「マインラート殿下、結界ですか?」


「あぁ、ここまで押さえ込んで結界を張れば大丈夫だろう。結界は厚めに張っとこう」


 外に出ていた水が元に戻る。


「これは湧き出ている泉ですが、結界を張り封印することで水が枯れたりしませんか?」


「大丈夫だよ。結界は良くないモノを通さないだけだから、湧き出ている水は今までどおりだ」


 なるほど。結界の魔法って便利だわね。


「こっちはもう大丈夫だ。あっちが気になるな。誰が転移魔法できるやついるか? 私を戦闘している辺りに連れて行ってほしいのだが」


「あぁ、私も行きたいわ」


「君は女性だし、危ないよ」


「危ないに男も女も関係ないわ。私、火属性もあるから火炎放射とかならできるわ」


「アルの言うとおり人の話を聞かない気の強い女だ……」


 マインラート殿下は何かをつぶやいているようだがよく聞こえない。


「私がお連れします。辺境伯家魔導士団副団長のハンスです」


「では、ハンス、私とアマーリエ殿下も頼めるかな?」


「承知いたしました。ここには後始末の魔導士を何人か置いておいて、戦闘魔法が使える者達は一緒に移動します」


「あぁ、頼む。怪我人がいたら治療も必要だしな。アマーリエ嬢、回復魔法は得意だろう?」


「ええ任せて、攻撃も回復も得意よ」


 マインラート殿下は私の腕を魔導士に掴ませた。


「さぁ、行こう」


 視界が歪む。また瞬きをしたら、景色が変わっていた。



 魔獣が6体いる。


 5体はもう死んでいるようだ。口から魔石が出ている。


 あと1体か。


 アルフォンス様が攻撃魔法を連続で繰り出している。


 凄い。力のある魔導士ってああなのね。私なんてちょっと魔力が強いだけでまだまだぜんぜんだわ。


 公爵閣下も魔法騎士団の皆さんも魔導士団の皆さんも凄いわ。


「アル、カッコいいよね。惚れ直した?」


「だから、惚れていません」


「もう、諦めて認めればいいのに」


 マインラート殿下は面白がっているようだ。


ギャ~


 金属音のような大きな音がしたと思い、魔獣の方に目をやると、攻撃で弾けた魔獣の破片がこちらに凄いスピードで飛んでくる。

 

「逃げろ!」


 誰かの叫び声も聞こえる。


 マズい、当たる。このスピードでこの距離。絶対逃げられない。


 死ぬのか? 私はこんなところで死ぬのか。


 それならアルフォンスに思いの丈をぶつければよかった。


 逃げなきゃよかった。後悔だわ。苛烈な鬼姫のくせになんで身を引いたりしたのよ。あんな嘘つき女ぶん殴って、蹴落としてでも私のモノにすればよかったのよ。逃げるなんて私らしくなかったわ。


 目の前に火の玉がやってきた。


 皆さんさようなら。ありがとう。短い人生だったけど幸せだったわ。


 アルフォンス……。


 私は目を閉じた。

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