第十七話 祭壇起動

「……さて、軽い説教も済ませた所で、情報共有をしよう。こうして直接やり取りが出来る、またとない機会だからね」


「そうですね。折角ですし、やるとしましょう」


 レイン殿下から軽い説教という名の釘を刺さされた所で、俺とレイン殿下は情報共有をする事となった。

 そういや、何気にこうやって対面で情報共有するのは初めてだな。最初に会談して以来、今までずっとスライム越しの会話だったし。


「さて、まずはこちらから報告するとしよう。ファルス」


「分かった。殿下」


 そう言って、レイン殿下はファルスから数枚の書類を受け取ると、俺に手渡した。

 そして、見るよう促す。

 俺はその通り、1枚1枚丁寧に内容を確認していく。


「ふむ……」


 書かれている事を総括するとこうだ。

 まず、世界中の森で以前シュレインの森で見かけた”キルの葉を喰らった魔物”が大量発生したらしい。それで、王国側もその対処に乗り出しており、対処は出来ているようだ。

 ただ、その影響で物資搬入の妨害に回す人員が半減してしまい、取り逃しが少し増えてしまったようだ。

 また、情報網をいい感じに形成出来た事で、王国側でも幹部陣の動きが掴めるようになり、今は追い込み漁的な要領で追いつめているらしい。

 総括すれば、順調といった感じか。

 ただ、不確定要素にして恐らく単騎で世界の全戦力と互角以上に渡り合えるノワールがアジトに引き籠っている以上、結局戦況は分からないというのに落ち着いている。


「なるほど。ありがとうございます」


「ああ。して、そちらは何か報告する事はあるかな? 無いなら無いで、構わないよ」


「ふむ……」


 報告する事、か。

 特に無い……と言おうと思ったが、女神エリアス経由で手にした特大情報があるな。

 この報告書に書かれていない事から、王国側そっちが神託経由で知り得ていない情報っぽいし、言っておいた方がいいだろう。

 無論、女神エリアス経由である事は伏せて。

 だって絶対面倒な事になるもん。

 女神から神託を授かるって、それだけで普通に女神エリアス教の教皇になり得る所業やし。

 俺、そんなのまっぴら御免だぜ?

 レイン殿下が約束を反故にするようなクズでは無いと知っているが、どこに教会の耳があるか分からない。油断は禁物なのだ。

 ……いや、そもそもここ教会だ。思いっきり聞かれそうな場所だったわ。


「……はい。実は重要な情報を入手しまして、漆黒の魔術師ノワールを殺す鍵になるでしょう」


「おお、随分と重要な情報を入手しているではないか」


「ああ。ノワールの討伐方法は、こちら側にとって最大の悩みだったからな」


 俺の言葉に、2人はそれぞれそんな言葉を口にする。

 ああ、やはりそこに頭を悩ませていたのか。

 そりゃね。何せ相手は600年前の激動の時代を終わらせた最強の人間――その1人だ。

 勝てるビジョンを思いつけるのは、真なる天才か馬鹿の二択だと思う。


「ノワールは、”祭壇”と自身の魂を繋げる事で魂を固定し、生き永らえているようです。その為、”祭壇”を破壊すればノワールは死ぬようです。また、ノワールはその関係で”祭壇”から一定範囲内にしか居る事が出来ず、その外へ行っても死ぬようです」


 息継ぎ無しで紡がれた報告に。

 2人は一瞬目を見開き、固まる。

 暫くの空白――そして、レイン殿下が言葉を紡いだ。


「……それは、凄まじいね。情報の信憑性……は、シンなら大丈夫そうだし、この程度の賭けぐらいやらなければ、ノワールに勝つのは不可能」


「ああ。中々絶望的な戦いに勝ち筋が生まれたんだ。お祝いしたい気分だ」


「それは、勝ってから思う存分するといい」


「だな」


 2人は希望が出来たとでも言うように、若干嬉しそうに言った。

 平常心を保とうとはしているようだが、嬉しさが全然隠しきれていない。


「これで、報告は以上です」


「そうか……ありがとう。これは実に有用だった。直ぐに、会議でこの情報を上げ、それを前提とした作戦を立てるとしよう。では、そろそろ失礼する。時間が押しているからね」


「ああ。この後も、スケジュールは1時までギッチリだぞ?」


「……それが、宿命だ。では、暫くは安静にしているように」


「分かりました」


 そうして、レイン殿下とファルスは部屋から出ていくのであった。


 ◇ ◇ ◇


 これは、シンが目覚めてから1日後の出来事となる。


「我が”主”。物資搬入が全て終わりました。どうやら範囲を国外にまで広くした事が、大きく響いたようです」


 シュレインの森にあるアジト内にて。

 筆頭幹部グーラは同じ幹部のネイアと共に、”祭壇”の前に佇むノワールに頭を垂れながら、報告をしていた。


「そうか。ご苦労だったな。ようやく、”祭壇”を起動出来る」


 ノワールはどこか感慨深いような声音でそう言った。

 それはそうだ。600年以上も、これを成功させる為だけに生き続けていたのだから。

 人間の魂の限界を超えて、ずっと――


「……これの起動準備を始めれば、恐らく世界中の教会に神託が降りる。覚悟してろ」


「「はっ」」


 ノワールの言葉に、2人は息を揃えて返事をする。

 そして、その返事を聞いたノワールは”祭壇”へと向き直ると、部屋の隅に置かれている素材に手を向け、詠唱を唱えた。


「圧縮せよ。飛べ」


 すると、その素材が一気に超重力により圧縮され、黒い球体となった。

 そして、それが空間魔法によって移動し、”祭壇”に捧げられる。

 直後、まるで充足したかのように”祭壇”が点滅し――廻る魔法陣の中で、欠けていた最後の魔法陣が出現する。


「……始めようか。タイムリミットは1日後――、3日後だ」


 そう言って、ノワールは”祭壇”に手を翳した。

 そして――唱える。


「ふぅ――”祭壇起動ブート・オルター”」


 直後、勢いよく廻り始める漆黒の魔法陣。


「さあ、始まりだ――女神エリアス」


 この瞬間。

 世界中の教会に女神エリアスから神託が降りるのであった。

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