第七話 初めてのテイム

 魔法の指導が終わった俺は、屋敷内を歩いていた。

 いつもよりも、すれ違う使用人の数がだいぶ少ない。

 それもそのはず、父――ガリアはつい先ほど王都ティリアンへ、多くの共を連れて向かったのだ。

 色々と会議をするらしく、帰ってくるのは丁度1か月後になると予想される。

 ふっ これは大胆に動くチャンスだ。今の内に下水道へ忍び込んで、テイムの実験をするとしよう。

 匂いとか汚れ?

 その辺は問題ないな。

 だってここは侯爵家の屋敷だぞ?

 下水道はちゃんと掃除されてるよ。もうピッカピカだよ。

 だったらスライムはいないんじゃないかって思われるかもだが、その心配はない。

 隙間とかに絶対潜んでるんだよ。

 そう。例えるなら、掃除するのが億劫になるタンスの裏――そこに潜むゴキブリだ。

 そんなことを思いながら調理場に入り、そのまま奥へ行くとそこには掃除用具を持ったおじさんがいた。

 この人はいつもこの時間帯に下水道の掃除とそこにある浄化クリーンの魔道具の点検をしている人だ。

 俺はその人がいたことに安堵しながら声をかける。


「ちょっといいですか?」


「うを!? ……て、し、シン様!? 何故こんなところへ?」


 おじさんは俺の姿を見るなり、目を見開いて声を上げる。

 まあ、当然の反応だよな。

 こんなところに侯爵子息がいたら、誰だって驚くよ。

 ま、そんなことは置いといて、用件を言うか。


「下水道にいるであろうスライムを、僕が先日授かった”テイム”の祝福ギフトで従魔にしてみたいのです。なので、そのお手伝いをしていただきたいなと」


「そ、そうなのですか……ですが、何もここでしなくてもよいのでは? 侯爵様にお願いすれば、シン様に相応しい魔物を用意してくださいますよ?」


 おじさんは戸惑いながらもそう言う。

 ああ、おじさんはやっぱり知らないか。俺の”テイム”がF級であることを。

 まあ、ここは丁度いい言い訳を見つけてあるんだよ。


「はい。ですが、僕はここで父上に内緒でこっそりと”テイム”の練習をして、父上を驚かせたいのです。お願い……できませんか?」


 そして、ねだるようにじっとおじさんのことを見つめる。

 5歳の子供にこんな眼差しを向けられれば、当然――


「りょ、了解しました。是非、私にお任せください」


 おじさんはびしっと敬礼すると、胸を張ってそう言った。

 よし。ちょろ……ゴホンゴホン。

 何でもないです。


「では、ここでお待ちください。至急、スライムをここへ連れてきますので」


 そう言って、おじさんは下水道へ続く扉を開けると、勢いよく飛び出して行った。

 騙すようで申し訳ないが、別に彼がこれで不利益を被るようなことはない。

 安心して、任せるとしよう。

 そうして待つこと数分後……


「あ、帰って来た」


 奥からタタタと足音が聞こえて来たかと思えば、バケツを抱えたおじさんが現れた。バケツには、ちゃんと蓋がされている。

 そして、バケツの中からは何かが這いずるような音が聞こえてきた。

 どうやらこの中にスライムがいるようだ。


「はぁ はぁ……シン様。スライムをお持ちしました。では、準備が整いましたら、ゆっくりとこの蓋を開けます。その隙にテイムしてください」


 そう言って、おじさんは蓋を抑えたまま、バケツを地面に置く。


「ありがとうございます。では、お願いします」


 俺は息を整えると、バケツに手をかざして、そう言った。


「分かりました。では、ゆっくりと行きますよ」


 おじさんはそう言うと、慎重に、ゆっくりとバケツの蓋をずらしていく。すると、中にいる薄青色のアメーバ状の生き物――スライムが少しずつその姿を露わにしていく。


「友達になろう。”テイム”」


 俺はそのスライムに優しく語り掛けるかのように”テイム”を使う。

 すると、スライムと何かで繋がったような感覚に陥った。表現方法が難しいが、多分成功したんだと思う。

 確認のため、何か命令してみるか。


「スライムさん。手を上げてみて」


 スライムに手なんてないだろと突っ込まれそうだが、そんなの知ったこっちゃない。

 すると、バケツの中にいるスライムは体の一部を上へと掲げ、あたかも手を上げているかのような仕草を取った。


「成功だ……」


 俺は声を震わせながら、喜びを噛み締めるように言う。

 にしても、この感じからして、多分今のは俺の言葉……と言うよりは、スライムとの繋がりによって伝わった俺の思いに反応して、行動したんだと思う。スライムが手を上げるという動作を知っている訳が無いからね。

 これなら多少難しい命令でも聞いてくれそうだ。この部分だけなら、とてもじゃないがF級とは思えない。


「おめでとうございます。シン様。して、そのスライムはどうしましょうか?」


「うん。ちょっと愛着が湧いちゃったから、僕の従魔にする。下水道でこっそりと飼うことにするから、見つけても殺さないで。この子には、おじさんと会ったら合図をするように命令しておくから」


「分かりました。では、そのようにしておきますね」


 おじさんはそう言って、俺の言葉に頷いた。

 よし。これでまずは1匹ゲット。

 それに、下水道は屋敷の外と繋がっているから、視覚を共有すれば、街の様子を屋敷の中から見て、楽しむことだって出来る。

 遠隔で命令をすることは出来ないと思うけど……まあ、どれくらい離れてたら出来ないかはよく分かっていないから、そこら辺の実験もしておくとしよう。


「では、スライム……いや、ネム。頼んだよ」


 しれっと名付けをしつつ、俺はスライム――ネムに頼みごとをする。

 言葉ではなく、思いに反応して行動したことから、恐らくこれだけでも俺の意図は伝わったはずだろう。


「キュ! キュ!」


 俺の命令を聞いたネムは、可愛らしい声を上げながら体を上下に動かす。

 了解……とでも言っているような感じだ。


「ほう。随分と懐いていらっしゃいますね」


 おじさんはそんなネムを見て、感心したように言う。


「うん。あ、そろそろ部屋に戻らないと。おじさん。ネムを下水道の方に戻してください。あと、掃除頑張ってください」


「りょ、了解しました! 誠心誠意、務めさせていただきます」


 俺のお子様スマイルをもろに受けたおじさんは、照れたように頬を赤くすると、警察の敬礼のような動作で頷いた。

 あーやっぱお子様スマイルは反則だな。それも、俺って自分で言うのもあれだが結構美形だからね。それがその反則度に拍車をかけているんだと思う。

 俺は一礼するおじさんに軽く手を振ると、足早に自室へと駆け出して行った。

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