好き。
ふと、好きってなんだろうと考える。
あの歌が好き。あの小説が好き。この映画が好き。散歩が好き。物理が好き。あの子が好き。好きという感情のひとつに、一体どれほどの意味があるのだろうか。感情や人の気持ちなんてのは、言ってしまえば脳の電気信号に過ぎなくて、それ以上の意味を持っているはずもない。あの子のことを考えると、胸がドキドキする。それだってホルモンの影響で自律神経が乱れているだけ。全ては説明できる。触れたい。抱きしめたい。キスをしたい。果たしてそれは性欲だとかの本能以外に意味があるんだろうか。人間に、感情なんてあるんだろうか。
春過ぎの暖かい日に青天井を見上げる。蝉の声がうるさいあぜ道を2人で歩く。薄暮の中、海の向こうに溶けていく太陽を見る。残雪の中に山桜桃が揺れた。夏野を駆ける君が、こちらを振り向いて笑った。夕立に濡れる互いを見つめて、またひとつ。
陽はまた昇る。ゆっくりと変わっていく。僕らがこれから進む道は無謬じゃないかもしれない。ただ後ろを振り向いた時、間違いじゃなかったと言えるように。好きでいて良かったと思えるように。通ってきたあぜ道には、段々と石が混ざって、周りには人が現れて、ゆっくりと確かなものに変わっていく。少しだけ振り返って、また、好きってなんだろうと考える。分かれ道の先で君が笑っているのが見えた。その向こうで、斜に構えた猫が座っている。言葉なんて冗長だ。好きなんて言葉に、意味なんてないのかもしれない。路傍の人は、立ち止まる僕のことを気に止めることも無く。
これから、僕はたくさんの人を好きになる。その度、また考えるだろう。道の果てまでいけば、答えは見つかるだろうか。ただ今は、この道を信じられなくてもいい。答えは、見つからなくてもいい。進まなかった道の美しさに心を囚われても、それでも、歩いた道を誇れるように、私はそんな歩き方をしたい。
青嵐に煽られて、僕はまた前を向いた。
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