【短編】クズな俺と、バカ地味女の始まりは(18+)

さんがつ

【前編】クズな俺

いつも通り大学での授業が終わる。俺は一人で帰り支度を始めた。

高校の時は友達と呼べる奴らと群れて帰っていたけれど、大学生になってからは一人で帰る日が多い。

いわゆるボッチ…と呼ばれるような俺だが、それは俺ではどうにもならない理由があるからだ。

いや、違うか。これは自業自得ってやつか。


いつもの様にスマートフォンを片手に、誰にも捕まらない事を祈りながら、画面を眺め外へ抜ける門へと向かう。

学外へ抜ける無駄に長い、ゆるやかな下り坂をぼんやりと歩いていると、誰かが俺の腕を急につかんで来た。


「っ、はぁ?」

「っ!榊原さんですよね?」


不躾な衝撃にイラっとしつつ、スマートフォンから耳に流れる音楽が、俺の言い分を遮るような気がした。だから俺は、つかまれていない方の手で、左耳のイヤホンを鬱陶しい顔を作りながら外した。


「何?」

「っつ!すみません、すみません」


苛立つ俺の様子に気が付いたのか、そういつは俺のつかんだ腕を外して、大きく頭を下げて謝りだした。

俺の視線の先に見えるのは、謝り続ける小さな頭部。そして服装から読めるのは、明らかに地味な女。

そうか。今日は、いつも俺に言い寄って来る、あの派手な女達とは違う訳か…。


地味女との関りに面倒だなぁと思いつつも、俺はいつも声をかけてくるような女と少し毛色が違う事に、興味が向いたのかもしれない。

そう、それは、ほんの少し。ほんの少しの無自覚だった。


「…何か用?」

「…っつ」


だから俺は、地味女を無視せずに声をかけた。

その声に驚いたのは地味女。俺の質問の答えが言えないのか、言葉が詰まり、口にするのは「あの」とか「その」ばかりで言葉が続かない。

そんな地味女の様子に呆れた俺は、「はぁ…」と大きなため息を吐いて、やっぱり無視するべきだったと、地味女を無視して再び歩き出した。

いつもより足取りが重いのは多分気のせいでは無い。それはほんの少しだけ気落ちした自分に気が付いて違和感を覚えたからだ…。



それから3日後、俺は再び地味女につかまった。


「何なの?あんた」

「っつ!」


前回と変わらず、腕をつかんで俺を引き留める地味女。

そんな勇気はあるのに、俺への返事は答える事が出来ないらしい。相変わらず「あの」とか「その」ばかりで、言葉につまる地味女。そんな煮え切らない態度に俺も徐々に腹が立って来る。


「っ、もう二度と来んなっ!」


強めに拒絶の言葉を吐いて、俺は彼女の腕を振りほどいた。

そんな俺の剣幕にやっと意を決したのだろうか。地味女は真剣な顔で、とんでもない事を言いやがった


「私を…私の事、抱いて下さい!」

「は?」


突拍子もない地味女の言葉に、俺の冷ややかな声を出した。けれど地味女は俺の冷たい声に怯まず、真っ赤な顔で俺の目をジッと睨みように見つめている。

地味女の真剣な面持ちに、益々腹が立って来た俺は、眉間にしわをグッと寄せながら盛大に睨みつけた。

そんな俺の拒絶を見た地味女は、小さく「あっ」と呟いて、みるみる顔を青くさせたかと思うと、そのまま俯いて黙り込んだ。


はぁ…。このバカ地味女は、俺を怒らせてばかりだ。


「はぁ~っ」


俺は大きなため息を吐いて、地味女を無視して再び歩き出そうと向きを変えた。

けれどその日は前回とは違った。歩き出した俺の腕を、バカ地味女は再びつかん来たのだ。


「ほ、本気です!」

「は?」


懇願するような声に縫い留められ、俺は地味女に振り向いた。


「…」

「…ほ、本気です…」


もう何度目のため息だろうか。

吐いたため息の回数を忘れる程、また心の中で大きく息を吐いた。

そして俺の決めたルールを地味女に告げた。


「本気の奴は、相手にしてない」


そう。もう本気とか、そう言うの面倒なんだよ。

そんな俺の言葉に地味女は肩を揺らすと、意を決したように俺に縋りついた。


「し、知ってます!ほ、ほ、本気ですけど、そ、そうじゃないんです!」


いつもなら、こんなつまらないやり取は、さっさと放っておいて無視するだろう。

けれど地味女とのやり取りに、無性に腹が立ったのは、きっと目の前の女がいつも声をかけて来る派手な女じゃなくて、バカで地味な女だったからだ。


「何それ?バカにしてんの?」


目の前の地味な女をバカと罵りながら、そんなバカ地味女に怒りを覚え、無視が出来ない自分もバカだと自分で自分を罵ってもいた。


「さ、榊原さんが良いんです…」


俺の罵声するようなセリフにも折れないバカ地味女。

俺は彼女の言動に「チッ!」と、無意識に舌打ちをして、そのバカ地味女の手を強引に引き、門に向かって歩き出した。




*****




大学の門を抜け、バカ地味女の手を離しても、彼女は黙って俺に付いてきた。

だからバカ地味女が俺にどこまで付いてくるのか?を試す事にした。


俺は黙って駅に向かって歩き出した。やがてやって来た電車に乗って、着いた駅の繁華街の裏路地を抜けて、目的のホテルに入り、指定した部屋のドアを開けた。

そして、部屋の中央に置いてあるベッドの傍に進んでも、バカ地味女は、黙って俺の後ろに付いて来た。

そんなバカで地味な女に、俺は無性に腹が立った。

俺は乱暴にドカッとベッドに座ると、真向いで困った顔を浮かべるバカ地味女に、こう言ってやった。


「どうぞ」

「え?」


睨みつけるような俺の眼差しに、バカ地味女は困惑を超えて、混乱している様子を見せた。


「だから、やってって」

「…何を?」

「知るか」


この状況で何をするか分からないとは、やはりバカ地味女は、バカなのだ。

そんなバカ地味女をよそに、俺はベッドの上で後ろへ倒れると、目を閉じて大学での日常を思い出していた。



大学に入ってから、俺は何故だか急にモテだした。本当に何でかは分からない。ここに来た女の好みが、たまたま俺のような奴だったと思っている。

だから俺も最初の頃はモテ期が来たと、彼女が出来たと浮かれていた。

けれど出来た彼女は、俺に本気じゃ無かったみたい。だからあっさりと振られてしまった。やがて元カノになった彼女の都合が良かったのか悪かったのか、俺が遊んでいる男だと言い出した。そしたら俺に興味本位で近づいて来る女がまた増えた。


俺の事をそんな風に言う元カノと、聞いた話で興味本位で寄って来る女。そんな女達に腹が立っていたいた俺は、来るもの拒まずで適当に遊んでやる事にした。

そっちがそうなら、俺もこうだとばかりに。そしたら当たり前だが、それも俺からすれば悪い方向に進んだ。


遊びたい奴とか、興味本位の奴、彼氏が出来るまでのインターバルの相手みたいな感じの奴ばかりが俺に声をかけて来た。こんな事をしていてはダメだと分かっていたから、こうなった自分にも腹が立っていたし、俺をこんな風にした女や、俺を適当に扱って良いと思う女にも腹が立っていた。

そうしていく内に、俺は自分を隔離するように、一人で居る事が多くなっていった。


だからだろうか。このバカ地味女が気になったのか。

「本気です」と言ったくせに、「そうじゃない」と言ったからだろうか。

俺は誰よりもこのバカで地味な女に腹が立っていた。


ふと下半身の違和感に気が付けば、バカ地味女は俺の半身と向き合っていた。

下手くそなくせに、それはもう一生懸命だった。

やっぱりバカ地味女はバカだ。こんなに下手くそで俺が靡くはずも無いのに…。

それでも何一つ変わらない俺の半身に、バカ地味女はずっと向き合っていた。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


そう言ってバカ地味女はとうとう泣き出した。


(はぁ、俺の方が泣きたいわ…)


ベッドに沈んだままの俺は、ほの暗い天井を見上げた。


「…」


どうやら人間は、いら立ちが突破すると無になるらしい。


俺は体を起こしベッドから立ち上がると、床にしゃがみこんだままのバカ地味女の腕をつかんで、ベッドの上に放り投げた。

そのまま押し倒すように上から組み敷いて、バカ地味女の唇を親指でふき取り、俺はバカ地味女をまるで食うかのようにして、彼女の口の中に押し入った。


「んんっ!」

「っつ」


そこからは、もう無茶苦茶だった。俺は乱暴に彼女を扱った。

でもどこかで冷静にそれを見ていた。

俺、酷いなぁ…とか、バカ地味女、可哀そうだな…って。

そうこうしている内に、俺はそのまま乱暴にバカ地味女の中に挿し入ろうとした。

と、その時。


「っつ痛!」


俺の耳にバカ地味女の痛みを訴える声が届いた。

その声で冷静になった俺は、バカ地味女の顔に目を向ける。


「えっ…」

「っつ!」

「お前…」

「ごめんなさい!やめないで!このままやめないで!」


青い顔で震えながら、まるで懇願するように俺にすがるようバカ地味女。

泣き出すのを、まるで耐えるように俺にしがみつくバカ地味女。

この時の俺は、バカ地味女の事を気の毒と言うか、哀れと言うか。…そう、同情してしまったのだ。


俺に乱暴に扱われても、呆れられても、怒りを向けられても。こんなクズみたいな俺に初めてを奪わるのにすがりついて…。

本気ですと言ったくせに、そうじゃないと言ったくせに、俺に一生懸命にしがみついて…。


その時、俺はこのバカで地味な女が、この瞬間だけは俺に本気で向き合っているのだと気が付いてしまった。いや、むしろ言葉の通り、初めから本気だったのだ。

本気では相手にしない…そんな俺の話を聞いて、だから本気じゃないって、そう言って来たのだろう。

本当にこいつはバカで、地味な女だ。そして俺はもっとバカだ。

苛立ちから始った同情。そしてバカ地味女の想いに絆された俺は、優しく抱いてやった。




*****




「シャワー使う?」


俺は背中越しの寝ているさっきまで抱いていた女に声をかけた。


「先に行っていいよ…」

「すみません…」


彼女が風呂場へ向かうと、俺は大きく息を吐いた。

自分の事後処理をしながら、手にしたそれは赤く染まっている事に気が付いたからだ。それを見て、俺はやはりというか、何とも言えない苦い感情を持て余していた。

その上、俺はさっきの行為の中で、彼女を知っていた事に気が付いた。

あのバカで地味な女は、多分だけど、俺と同じ高校の後輩だ。


だとしたら、大学で俺を見てどう思っただろうな…。俺が変わってガッカリりしただろうか…。そんな事をぼんやりと考えていたら、シャワーを終えた彼女が部屋へ戻ってきた。


「終わりました…」


その声に俺は黙って立ちあがり、彼女の横を通って風呂場へ行こうとした。

その時、彼女は初めて俺にそうしたように、俺の腕をつかんだ。


「…なに?」


今度の俺は邪険に扱わなかった。

多分一番優しい声が出ていたと思う。


「行かないで…下さい」


多分、それはシャワーに行くなとかじゃ無く、先に帰って欲しくない…。そんな事だろうと思う。


「…体、痛くない?」

「…大丈夫です…」


俺の言葉が思っていた返事と違ったのだろう。彼女は少し困惑しながらも恥ずかしそうに答えた。だから俺はそのまま向きを変えて、彼女を抱きしめてやった。


(心臓が痛い…)


どちらの音か分からない心音を確かめるように、俺達はそのままベッドに戻り、そのままで抱き合った。

2回目の行為は無かった。無くて良かった。

だって抱き合うだけの熱と音で十分だったから…。


「ごめんな…」


胸に抱く彼女のおでこに唇を落しながら、俺は謝罪の言葉を告げた。

その短い言葉の中に、俺は色々な意味を込めた。


「大丈夫です」


俺の腕の中で寄り添う彼女の真意はわからないけど、柔らかな声に俺は素直に安堵した。だから、多分、素直に言えた。


「本気の彼女枠空いてるけど…」と。


そんな俺の一言に彼女の肩が揺れる。


「私、本気です…」


静かに答えた彼女の声は少し震えていた。


「もう酷い事はしない」


俺はそう言ってぎゅっと彼女を強く抱いて、彼女の額に唇を落した。

それは大学で流されてクズになった俺の反省からだった。そんな俺に彼女は言った。


「榊原さんは優しい人です」

「…」


俺が返事を答えあぐねていると、彼女は独り言のように語り出した。


「優しくない人は、他人が倒した自転車を、一緒に片付けてくれません」


その言葉に俺は急に高校時代の事を思い出した。


「あ…」

「あの時から好きでした」

「…そっか」


まるで時間が巻き戻ったような感覚に、俺の中に後悔と懺悔の念が押し寄せて来た。けれども現実の時間は巻き戻らない。

今からでも遅くないだろうか。

そんな懸念を持ちつつ、二度とそうならないようにしなければいけない…。そんな決意のような思いも込み上げて来た。

だから最後にこう聞いた。


「俺でも良いの?」


彼女はその答えを言うために、俺の腕の中から出て来た。そして真剣な眼差しで俺の目を見て伝えてくれた。


「榊原さんが良いんです」


キッパリと言い切った彼女。

柔らかな笑みと抱き合う温かさに、俺は身体の底から愛しさがこみあげて来た。


(あぁ…これがそうか…)


身体を繋げたい衝動を超えて、それでも深く繋がっていたい思いから、俺は優しく彼女の唇に唇を寄せた。


これがクズな俺と、バカ地味女の始まり…。

うん、少し違うな。


これが、クズだった俺と、一途な彼女の始まり…だな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る