※そのオーク、荒神につき

よるのぞく

孤独の森

0.プロローグ―――儀式失敗

 最初の勇者召喚は偶発的に起きたという。


 神々の信奉者にして世界の護り手である『聖堂』と、叡智の集、魔導の大権たる『塔』。

 この二つの組織のトップ、当時の聖堂大師長と塔大魔導師が二人で激論を交わしていた。何かの権利をめぐり、長い協議があったらしい。両組織は水と油であった。議論はやがて酒が入ると支離滅裂なものとなり、二人は酒に酔って喧嘩を始めた。


 過程は不明だったが夜が明け、酔いがさめると部屋にもう一人いた。



 この男には不思議な力があり、巧みな話術と交渉術でこの両組織を上手くまとめたという。


『お二人がいりゃぁ、おいらみたいなもんを呼び寄せることができるんでさぁ。苦しい時、手を手に取り合いなさいという神さんのお達しでしょう。おいらなんぞより、よっぽど腕の立つもんを役立てておやんな』



 両組織は協力体制を築いた。

 魔の軍勢と戦うために。



 それから100年、召喚の儀は続けられた。



 召喚された者は皆不思議な力を持っていた。

 聖堂はそれを加護、塔はスキルと呼んだ。


 最初の数十年は勇猛で果敢な益荒男たちが現れた。

 彼らは死して神々に選ばれた真の勇者たちだった。

 それぞれがこの世界にはない特殊な剣技を持ち、神が与えた力で魔の軍勢を一騎当千の働きで退け、人族の活動領域を押し広げた。



 ところが徐々に問題が起き始めた。

 勇者たちが徒党を組み、独立自治を求めた。


 各国はこれを認めざるを得ず、その自治区は『ヤマト』として今なお存続している。



 無制限な勇者召喚は自らの首を絞めると思い知った各国は、聖堂の仲介の下、勇者召喚のタイミングを4年に一度と限定し、その権利を賭けて尋常なる試合を組んだ。勝利した国が勇者を得る。


 問題は解決したかに思えた。




 魔の軍勢がこれらをただ傍観するはずなど無かった。

 度重なる妨害により、召喚が失敗に終わることもあった。

 しかも、苦労して勇者を獲得しても、その質は徐々に下がっていた。



『拉致だ!!』

『人権侵害だ!!』

『不当な拘束だ!!』


 と権利を主張し、一切戦わない者もいた。



 そんな中、今世の聖女ミーティアは召喚の儀に革新的な試みを施した。



 自らがヤマトの人々の故郷、祖国へ赴き、望むものを選んでこちらの世界に連れて帰還するというものだ。




「聖女様ズルい~!! 私も帰りたい!! てか帰らせろ!!」



 勇者マリアが聖女に絡んだ。


「勇者召喚の度に勇者を帰しては元も子もありません。それにあちらの世界ではあなたは死んでいるのですよ」

「あう~。ほんとに一人で大丈夫ですか? スマホと現金はありますけど、日本円しかないですし」



 何とかバッテリーを回復させ、起動したスマホ。これの操作はみっちり行ってきた。今やフリック入力もお手の物だ。



「あの人は確か世界中放浪してるって話なんで」

「それは神のお導き次第です。マリア、この方なら相応しい力を持っている。間違いありませんね?」



 マリアはスマホに映った写真で確認する。



「う~ん。とりあえず能力は大丈夫。あとは性格というか人格が……聖女様、襲われないように気を付けてね」

「え?」



 聖女は首を傾げた。



「野獣だからね、この男。女の敵みたいな……」

「ちょっとお待ちなさい。聞いてな――」

「聖女様、こちらとあちらの時間は同じ速さ。従ってちょうど一月後にあなた様をこちらに召喚いたしますゆえ」

「信じています。必ず勇者を見つけて連れてお戻りください」



 聖堂師たちに促され儀式は始まった。



「最善を尽くします」



 ミーティアは地球へと旅立った。


 この実験的試みは失敗した。


 約束の時刻。

 聖女と勇者を呼び戻す儀式の際それは起きた。

 黒々とした瘴気が大聖堂を覆った。

 闇の王ハラスの妨害は大聖堂の中枢にまで届いた。



「醜悪なる闇の魔力め……! 」

「必ず召喚の儀を成功させろ!!」

「なんということだ……時空が歪んている!」



 総力を結集させた儀式に闇の力がぶつかり、膨張したエネルギーが破裂した。


 半壊し静まり返った大聖堂の中央に人影が一つ。



「聖女様だ……!!」

「ミーティア様が戻られたぞ!!」



 しかしそこに、勇者の姿は無かった。



「そんな……まさか。彼はどこに?」



 気が付いた聖女はそこにいない者を探す。



「聖女様だけにございます」



 聖女は肩を落とした。


「聖なる力と闇の力の本流に飲み込まれたのだ。召喚前のただの人間には一たまりもあるまい」

「消滅したか」

「此度の勇者召喚の儀は失敗である」




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